気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百二十四話 神へ挑む

 英気を養うために二時間くらい眠って。
 起きると私の両腕を枕にして眠るアルディリアとアードラーの姿があった。

 どこぞのニーサン状態である。

 二人を起こした私は、そのまま二人を伴って食堂へ向かった。
 痺れた両腕をさすりながら食堂に入ると、母上が待っていた。

「用意しておきましたよ」

 そう言って、母上はお粥の入った器を出してくれた。
 前もって用意してほしいと頼んでいた物だ。

 これからの戦いに備えた消化しやすく、エネルギー効率の良い食事だ。

 あとは炭酸抜きのコーラがあれば完璧なのだが、それは流石に用意できない。

 たいしたものですね。

 二人も一緒に、三人で遅めの昼食をとった。

「ありがとう。美味しかったよ、ママ」
「それはよかった」
「……あのね、ママ。私、今から出かけるけれど、多分帰りが遅くなると思うんだ」

 もしかしたら死ぬかもしれない。
 そんな事は言えないので、何をしに行くのかはぼかして言った。

「そうなのですか?」
「でも、明日には必ず帰って来ると思うから……」
「わかりました。……誰かと戦うのですか?」

 思いがけない答えに私は驚いた。

「何で?」
「お父さんが戦場へ行く時と態度が似ていますからね」

 そうなんだ。

「うん。ちょっと戦ってくるんだ。でも、大丈夫だよ。私、強いから」
「……お父さんの子ですからね」

 言って、母上は私の事を抱き締めてくれた。

「でも、お母さんの子でもあるのですよ。それも、忘れないでくださいね」
「……うん、わかったよ。ママ」

 そうして、私達は王城へ向かう。

 私は変身セットを背中に負っていた。
 戦いに使うためだ。

 王城には父上が来ているので、会いに行く。
 どうやら、陛下といろいろ話をしているらしい。
 シュエット関係の対応策かもしれない。

 私が行った時には丁度話し合いの休憩時間だったらしく、廊下で立っている父上に会えた。

「クロエ。どうやらうちは公爵家になるらしいぞ」
「え!?」

 何でそうなったし。

 詳しく聞くと、今回の事でサハスラータとの関係が強化されるかもしれないらしく、その功労者として私の名が挙がっているらしい。
 で、その働きに対する褒美なのだそうだ。

 というのは建前で、私が誘拐された時にあった一連の事に対するお詫びらしい。

 陛下、ちょっと腰が低すぎるんじゃないだろうか?

「そんな事で許されると思っているらしいな」

 そして父上はそれでも納得がいかないらしい。
 声には怒りが含まれている。

「そういえば、お前はどうしてここにいる?」
「用事です。これから、ちょっと強い相手と喧嘩してきます」

 父上は、その事を陛下から聞いているかもしれない。
 もう母上には言ってしまったし、隠す意味もないだろう。

「ほう……。そういえば、何やら昨日騒動があったらしいな。詳しくは聞いていないが、それと関係があるのか?」

 あれ? 聞いてないの?
 もしかしたら、隠しているのかもしれないな。 

「はい。その騒動の主を叩きのめしてきます」
「私も行くか?」
「いえ、大丈夫です。これは私のケジメですし……。それに、二人もいますから」

 私は後ろで待ってくれているアルディリアとアードラーを見た。

 二人が父上に頭を下げて挨拶する。

「大丈夫なのだな?」

 確かめるように訊ねられる。

「はい。大丈夫です。必ず、勝ちます。だから、信じてください」

 信じてもらえれば、私の力になる。

「わかった。万全のお前ならば、誰にも遅れは取るまい。何せ、お前は私の娘なのだからな」
「はい。私の強さ、相手に見せ付けてやります。何せ私の強さは、父上の強さなのですから。相手を叩きのめして、その強さを証明してやります」

 父上は笑う。
 が、すぐに真剣な表情を作った。

「……強さの証明などどうでもいい。必ず帰って来い。無様でも良い。形振り捨てでも、必ず帰って来い」

 父上には、なんとなくわかっているのかもしれないな。
 私は、どんな相手と戦うのか……。

「わかりました。必ず帰ってきます」

 そうだよね。
 負けても逃げてしまえばいいんだ。
 死ぬまで戦うよりも、生きて帰って再戦した方が戦力的にも有利になる。

 だったら、負けそうになった時は逃げてしまおう。
 その方が、ずっといい。



 その後、陛下やアルマール公とも挨拶を済ませて、私はアルディリアとアードラーの三人で祭壇の間へ向かった。

 王子の計らいで、本来なら入れない中枢へもすんなりと入る事ができた。

「ここが祭壇の間?」
「この城にこんな場所があったなんて、知らなかったわ」

 二人が部屋を見回しながら思い思いの事を口にする。

「でも、行き止まりなのね」
「まぁ、一見そうだけどね」

 私は言いながら、壁を探る。
 一つだけ薄っすらとアールネスの紋章が刻まれた壁のブロックを見つける。

 それを押し込んだ。
 すると、ゴリゴリと石の擦れるような音がし始めた。

「クロエ! 奥の壁が動いてる」

 驚いてアルディリアが声を上げる。
 彼の見る方向へ視線をやると、奥の壁が下へと下がっていく途中だった。

「ここから先が、シュエットの聖域。シュエットにとって、一番居心地の良い場所」

 彼女が十全に力を発揮できる場所である。

「クロエ、あなたはどうしてそんな事を知っているの?」

 アードラーが訊ねる。

「いろいろあるんだよ。いろいろと」

 私の答えに釈然としない様子のアードラー。
 そんな彼女をおいて、私は隠し通路へと足を進める。

 そして、足を踏み入れた場所で立ち止まった。

「わ、どうしたの?」

 後ろに続こうとしていたアルディリアが驚きの声をあげる。
 その後ろにはアードラーも続いている。

「うーん。先に謝っておくよ。ごめんね」

 私は言うと、振り返ってアルディリアへ蹴りを放つ。
 アルディリアはそれを咄嗟に避ける。
 が、体勢が崩れた彼の腹に、すかさず掌底を叩きつけた。

 本当に強くなったよ。
 私の一撃目を咄嗟に避けられるようになったんだから。

 私はアルディリアをそのまま突き飛ばした。
 それに巻き込まれてアードラーも後ろに倒れる。

 そして、私はすぐさま通路の壁を叩いた。
 アンチパンチを使って、入り口が塞がるように両壁を崩す。
 瓦礫が落ちてきて、通路が塞がった。

「クロエ!」
「どういう事よ!」
「だからごめんって。どうやっても、二人が諦めてくれないと思ったからさ」

 私は初めから、二人を戦いに参加させないつもりだった。
 多分この戦いは、二人にとって危険すぎる。

 強くなったと言っても、二人では敵わない。

 それにこれは、定員一名の戦いだからね。

「クロエの馬鹿! ……必ず、帰ってきなさいよ! 帰ってこなかったら許さないんだから!」
「そうだよ! 帰ってきたら、僕達のお説教受けてもらうからね!」

 瓦礫の向こうから声が聞こえてくる。

「うん。絶対に、二人のお説教を受けに帰ってくるから」
「「クロエの馬鹿!」」

 二人の罵倒を受けながら、私は隠し通路を進んだ。
 通路は岩肌がむき出しになっており、地下へと続いている。
 指先に魔力の炎を灯しながら、暗い通路を行く。

 途中、眼帯を外した。
 通路の闇がさらに濃くなった。
 灯りに照らされた足元を黒色が流れていくのが見えた。

 そして、直径三十メートル程の球形。
 ドーム状の空間に出た。

 私の通って来た通路や、空間の岩肌から黒色が滲み出すように

 その中央に奴はいた。
 こちらに背中を向け、シュエットは立っていた。

 その体からは黒色が流れ出していた。
 流れ出した黒色は、地面を満たして黒一色に染めている。
 そして黒色は、私が今通って来た通路を通っていったり、岩壁へ染み込んだりして外へ出ていっているようだった。

 このまま黒色が外へ出続ければ、二、三日後には王都が黒色に染められてしまう。
 それを未然に防ぐためには、今ここで倒す事が望ましい。
 できるかどうかは、私次第だ。

 背中を向けていたシュエットは、私に気付いて振り向いた。

「ほう、貴様が来たのか。気色の悪い奴」
「クロエ・ビッテンフェルト」
「ん?」
「私の名前だよ。ミス……ミセス・神様」

 私は不敵に笑う。

「ふん。運命の見えない……。いや、運命のない人間を気色悪いと言って何が悪い。神族でもないくせに運命がないなど、本当に気色が悪い」

 私には運命がない、か……。

 私は、本来の私《クロエ》ではない。
 それが関係しているのかもしれないね。

「人間の名前などに興味は無い。所詮は塵芥と大差のない無価値なものじゃ」
「覚えておいて損はないと思うよ。だって、あなたを倒す人間の名前だから」

 シュエットは不快そうに顔を歪めた。

「ぬかしたな!? 愚かな人間の小娘が!」
「それだけの力は、あるつもりだからね……!」

 私は、興奮していた。

 今までにないほどの強敵。
 恐らく、私よりも格上の相手だ。
 そんな存在が、父上や先生のように手加減など考えず、本気で私を殺すつもりで戦いに応じてくれる。

 その状況が、楽しくてたまらなかった。
 オラ、ワクワクすっぞ。

 何だかんだで王子の言う通り、どんなに言い繕ってみても結局私は強い奴とやりあいたいだけなんだろうな。

 私は変身セットのリュックをシュエットへ投げつけた。
 それがシュエットに当たる直前、変身セットのパーツがバラバラに飛び散る。

 目くらましのように布地が舞う。
 そんな黒い布地の目くらましの中に突撃する。

「変身!」

 叫びつつ、シュエットへ向けて拳を叩きつけた。
 シュエットが私の拳を受け止めた時、私の体には変身セットが装着されていた。

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