気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百二十一話 復活のC

 郊外の教会。
 隠し部屋の中。

 私とカナリオは、アルエットちゃんを人質に取る魔狼騎士と対峙した。

 アルエットちゃんが少しぐったりしてる。

「クロエ、お姉……ちゃん……」

 その口から私を呼ぶ声が漏れ出た。

 何故、彼はこんな事をしたのか……。
 彼もゲームの攻略対象の一人だ。
 ぶっきらぼうな人物ではあるが、人に好かれる人物設定がなされている。
 ダークサイド寄りの人物とはいえ、こんな非道な事をするような人間ではない。

 そんな彼が何故……。

 まぁ、だいたいの理由はわかっているのだけどね。

 私は仮面を外し、腰のストッパーへ引っ掛けた。
 眼帯を外す。

 右目で見た彼の体には、黒い霧が纏わりついていた。
 黒色だ。
 彼の鎧に覆われた体を黒色の霧が覆っている。

 普段の彼ならば黒色を操れるため、こういう形で黒色を纏う事はない。
 だが、今は身の内の黒色が多過ぎて、制御できずに体が蝕まれている状態なのだろう。

 今のヴォルフラムくんは黒色に蝕まれ、心の闇を増幅されている状態なのだ。

 ゲームでこの状態になる事はなかったが、こうなるかもしれないという事は示唆されていた。
 だから、これはまだわかる。

 でも、一番気になるのは……。

 杯が壊れている……。

 この状況は、ゲームでもなかった。

「私が身代わりになります! アルエットちゃんを解放してください!」

 カナリオが叫ぶ。
 前に出ようとする彼女を私は制した。

「さて、説明はしてくれるんだろうね?」

 私は魔狼騎士に訊ねる。

「そんな事はどうでもいい。巫女の身柄と祭壇の在り処を寄越せ!」

 だが、魔狼騎士は有無を言わさずにそう要求してくる。
 切羽詰まっているという感じだ。

「さては、声でも聞いた?」
「……ああ、そうだ。巫女の血を祭壇へ捧げよ、と。さすれば、汝の身にある黒色は消え失せるだろう、と」

 やっぱりか。

 シチュエーションは違うけれど、接触されたのか。
 あれに……。

「お前は知っているんだろう? 祭壇の場所を!」
「……知っている。教えてもいい。でも、その前にそっちからも一つ教えてほしい」
「何だ?」
「何で杯が壊れているの?」
「黒色を受け入れる限界点を超えた。声がそう言っていた。そしてその時の反動で、俺の体に強い黒色が流れ込んできた。そして、この様だ!」

 そんなわけはない。
 ゲーム中ではそんな事、一切なかった。

 この杯はあれに繋がっている。
 ここに奉納された黒色は、すべてあれの所へ行く。

 多分、ヴォルフラムくんは私がさらわれている間にも一人で黒色を排除していたのだろう。
 でも私がいないから、黒色の量を抑えられなかった。
 結果、体に溜まった黒色を除去するためにここを多く利用する事になってしまったのだろう。

 ならば、ある程度の力が溜まったと判断したあれが、あえて杯を壊し、黒色を除去できなくした。
 なおかつ、逆に黒色を流し込んだりもしていそうだ。
 ヴォルフラムくんを追い詰め、封印を解かせるために……。

 あれの復活には、黒色の奉納と巫女の血が必要だ。

 ここが壊れてしまえば、もう黒色の供給をする事はできないのに、思い切った事をするなぁ。
 一か八かの賭けに出たって事か。

 アルエットちゃんかヴォルフラムくん。
 そのどちらかを見捨てれば、その一か八かの賭けも失敗に終わるのだが……。

 選びたくないな。

 この場合なら、私も一か八かで二人を助けられる方法を選んでやる。

「早く教えろ! 俺は、死にたくないんだ!」

 言いながら、魔狼騎士はアルエットちゃんの首にかけた手へ力を込めた。

「うう……」

 鋭い指先がアルエットちゃんの首に食い込み、少し出血する。
 首筋を赤い筋が伝った。

「おい……!」

 声をかける。
 思った以上に低い声が出た。
 魔狼騎士が怯み、手の力を緩める。

 ……白色を込めてたこ殴りにしたら、ヴォルフラムくんの黒色を除去できないかな?

 できないのはわかっているのだが、そうしてやろうかとちょっと思ってしまった。
 魔力を持った他人の体内には魔力が通り難く、アルエットちゃんの時みたいに一度引き剥がさなければ黒色を除去できないのだ。

 ヴォルフラムくんは黒色でおかしくなっているだけ……。
 悪いのは黒色だ。
 全て黒色の仕業だ。
 彼もまた助けなくちゃならない相手だ。

 だから……。

 でも事が済んだら、拳の一発くらいは覚悟してもらおう。

 私はカナリオに目配せする。
 彼女は頷いた。

「今から、カナリオを引き渡す。だから、アルエットちゃんを解放してほしい。いいね?」
「ダメだ。お前のこの子へ対する情は深い。お前には最後までしっかりとやるべき事をやってもらわなければならないからな。それまでこいつは預かっておく」

 もう一発くらいやってやろうか、この……。

「……わかった。じゃあ、案内しよう」



 私達が向かったのは、アールネスの王城だった。

 その入り口では、リオン王子が待っていた。
 彼の周りには多くの国衛院隊員がいて、彼を警護している。

 前もって、ここへ来る必要がある事はわかっていたので父上の部下の人に言伝を頼んでおいたのだ。

 リオン王子は魔狼騎士を睨み付けてから、私とカナリオへ目を向けた。

「父上には話を通してある。了承を貰った」
「ありがとうございます。王子」
「父上としてはビッテンフェルト家の機嫌を取っておきたかったのだろう。すぐに許可をくれた」

 そうなんだ。

「しかし何故、そなたは祭壇の事を知っていた? あれは王家の者しか存在を知らないというのに……」
「まぁ、色々あるんですよ」

 笑って誤魔化しておく。

 私達は先導し、魔狼騎士は国衛院隊員と警備の兵士に囲まれながら、城の奥へと向かう。
 一度最上階に向かい、一階まで下りるという回りくどい道筋。

 途中、城の中枢への入口を通った。
 そこにはカナリオが巫女の家系だと判明するきっかけとなった女神の鐘がある。

 入り口の真上に吊るされたそれが、高く綺麗な音を鳴らす。
 これが鳴ると、城の至る所に備え付けられた鐘が呼応して鳴る仕組みらしい。

 祭壇はここからさらに奥にある。
 この鐘は本来、巫女の家系の者を祭壇へ近づけないためにあったのだ。
 祭壇の封印が解かれないようにする措置だ。
 言わば、警報装置である。

 その警報が虚しく鳴り響く中、私達は中枢を進む。

 そこから中枢を抜け、さらに城をぐるりと回るように長い廊下を進み、そして最後には中央へ戻る。
 一階への階段を下り、さらに長い廊下を進む。
 この回りくどい道順も、相手を侵入させないようにする措置だろう。

 そして、広い部屋へたどり着く。
 中央の床に、大きな石のプレートがはめ込まれた広い部屋だ。
 プレートの中央には、紋章が刻まれている。

 そこから先には道がない、本当に城の最奥にある場所だ。

「ここに来るのは初めてだ」

 王子が呟く。

「そうなんですか?」
「代々の王だけが入る事を許される部屋だからな。何せここは……」
「ここが、祭壇か!」

 王子の言葉を遮るように、魔狼騎士が叫ぶ。

 アルエットちゃんを抱えたまま、兵士達の囲みを突破して祭壇の部屋へと入り込んだ。
 部屋の奥の壁を背にして立つ。

「これで、俺は死ななくて済む! 俺はこの忌々しい役目から解放される!」

 魔狼騎士が私を見る。

「さぁ、早くやれ! 巫女の血を捧げろ!」
「巫女の血だと?」

 初耳だったリオン王子が怪訝な顔で私を見る。

「大丈夫です」

 そんな王子に声をかけたのはカナリオだった。
 続いて私が説明する。

「血と魔力を吸われるだけです。消耗するので二、三日眠る事になるかもしれませんが、命に別状はありません」
「十分、大事じゃないか!」

 そうですね。
 ごめんなさい。

「大丈夫です、王子。死にはしないんですから!」
「だが、しかし……」
「信じてください」

 戸惑う王子の手をぎゅっと両手で握り、カナリオは言う。

「……わかった」

 カナリオは王子に笑顔を向けると、私を見る。

「ありがとう、カナリオ」
「いいえ、これくらいどうって事ないですよ。で、どうすればいいんですか?」
「少しでいいから手を切って、それを部屋の中央にあるプレートに押し付けるだけだよ」
「簡単ですね」

 言うと、カナリオは指先から魔力の刃を出した。
 左手の平を切りつけ、血を出す。
 プレートの前で跪《ひざまず》き、石のプレートに手を押し付けた。

 手の平から出た血が、プレートを伝って動き、中央の紋章へ集まる。
 紋章が血で赤く染まる。

 その途端、石がほのかに光を帯びた。

「うっ、くっ!」

 カナリオが呻き声を上げる。
 そして、その場で倒れこんだ。

 魔力を吸われたせいだろう。

 王子が名を呼び、カナリオへ駆け寄る。
 抱き寄せ、プレートから彼女を離した。

 彼女が倒れてなおもプレートは光り続ける。
 光は明滅になり、そして……一瞬にして黒へ染まった。

 黒くドロドロとした何かが石のプレートから滲み出る。

「何だこれは?」

 王子が、嫌悪感をありありと含んだ声で呟く。

 スライム状のドロドロとしたそれは、次第に縦へと伸びていき、やがて人の形へと変わった。

 一体化していたそれらは人の頭、胴体、四肢、髪を形作り、服を形成し、最後に顔を作る。

 そしてプレートの上には、黒い服を着た一人の少女が立っていた。

「な、カナリオ?」

 その顔を見て、王子が驚愕の声を上げる。
 その少女の顔は、カナリオと瓜二つだった。

 少女は一度自分の体を確かめるように視線を巡らせる。

「ようやくじゃのう……。長かった……。ついにワシは、再び顕現する事ができた!」

 そう言った少女は顔をあげる。
 口角を上げ、にやりと笑みを作った。
 そして告げる。

「ワシの名はシュエット! 運命を司る女神である!」

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