気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百二十話 カナリオは犠牲になったのだ……

 ティグリス先生は私と別れた後、国衛院からの要請で強敵達《ともだち》の説得にあたった。

 旧知の友人達と友情を再確認し、時に拳を交わしながら、なんとか説得していった先生。
 だがそんな時、彼のもとへマリノーが会いに来た。
 その彼女から告げられたのは、愛娘のアルエットがさらわれたという驚愕の事実だった。

 マリノーの話によれば、アルエットちゃんが姿を消したのはほんの一日前だったという。
 昨夜、フカールエル家の人間が眠っている間に何者かが子供部屋へ侵入し、アルエットちゃんをさらっていったという話だった。

 その事態には誰も気付かず、アルエットちゃんがさらわれたと知れたのは朝になっての事だという。
 朝になって彼女のベッドを見たマリノーの弟、ジェイソンくんはそこで一枚の書置きを見つけた。

「それがこれだ」

 先生から話を聞き、渡された書置きを私は読んだ。
 そこには短くこう書かれていた。

「クロエ・ビッテンフェルトへ。
 娘を返して欲しければ、女神の巫女と共に二人で黒の杯のもとへ来い」

 その文面で、私は犯人の正体を察した。

「心当たりはあるか?」
「はい」
「どこの誰だ!」

 先生がいつもより短気だ。
 それも仕方がないのだろうけど。

「落ち着いてください」
「……落ち着いていられるか……! そいつの所へ案内しろ!」
「でも、この書置きには私一人で来いと書いてあります。下手に約束を違えるとアルエットちゃんの身が危険かもしれません」
「それは……」

 先生は悔しげに顔を歪める。

「私だってアルエットちゃんは大事です。彼女を傷つけるような事はさせません。だから、この件は私に任せてくれませんか?」

 黙り込む先生。

「……わかった」

 やがて、搾り出すように先生は答えた。


 さて、どういう事かな?

 この犯人は恐らく彼だ。
 でも、何でこんな事をしたのか、さっぱりわからない。

 ゲームではこんな事なんて……。

 ……いや、ない事もないか。

 しっかりとそんな事があったわけでもないが、ありえたかもしれない。

 巫女を欲しがるという事は、そういう事なのか。

 アルエットちゃんが人質に取られるなんて事はなかったけれど、彼がこうなる可能性はあった。

 多分、恐れていた事態が起こっている。
 詳しく何がどうなっているのかわからないけれど、あの書置きの文面からして彼のイベントが進もうとしている事は間違いなさそうだった。

 できれば、こうなってほしくなかったが……。
 事が起きてしまったからには仕方がない。

 となれば、どう対応するべきだろう?

 これ以上の予定外がないとも言い切れないが、だいたい何が起こっているのかは把握できている。

 それを踏まえた上でアルエットちゃんを助けて、被害を最小限に食い止める方法は……。

 一つだけ思いつく。
 失敗した時のリスクは高いけれど、全て丸く収めるにはこれしかない……。
 もっと確実な方法はあるけれど、それではアルエットちゃんか彼のどちらかが犠牲になる……。
 だから、選ぶならこの方法だ。



 とりあえず先生には、ビッテンフェルト家で待機してもらう事にした。
 その後、私は自室で部屋着から普段着へ着替えた。

 なんか久し振りだな、この服。
 ちょっとへそが肌寒く感じる。
 帰ってきたら衣替えしよう。

 変身セットを手に持ち「変身」と唱える。

 上着と変身セットが一瞬にして分解し、私の体で再構築される。

 最後に、私の手に乗った仮面を顔に装着した。

 着替えた私は、窓から飛び出してマントを飛行形態に変えた。
 そのまま魔力で風を起こし、夜の町へ飛び発った。

 そうして向かったのは、学園の寮である。

 シュエット魔法学園には国内の各地より貴族の子女が集まってくるため、三年間寝泊りするための大きな寮が隣に建っているのだ。

 カナリオは今、そこで寝泊りしている。
 部屋番号を知らないので、寮の壁を歩きながら部屋の中を探っていく。
 そして、彼女の部屋を見つけた。

 どうやら彼女はまだ起きていたらしい。

 外側から窓をノックする。
 普通の窓ならば外からでも魔力を駆使してちょちょいと開けられるが、流石に貴族の使う建造物の窓には魔力防止のセキュリティが働いている。

 カナリオがノックに気付いて窓へと近付いてきた。
 私は彼女の前に顔を出した。

「きゃっ!」

 彼女の悲鳴が窓に阻まれ、くぐもって聞こえてくる。

「開けるがいいっ!」

 もう一人の私《クロエ》が主張して、口調が乱暴になる。

「嫌だよ! 誰あなた!?」

 ああ、仮面つけてたっけ。
 私は仮面を外して顔を見せた。

「クロエ様?」

 カナリオが窓を開けてくれる。
 私は窓際に屈んで座る。

「どうしたんですか? それに、その格好」

 実は私、漆黒の闇(略)だったんだ……。

「皆には内密にしておくがいい」

 みんなには内緒だよ☆
 ウェヒヒ。

「はぁ、わかりました」

 と、今はそんな場合じゃない。

「実は、アルエットが不逞の輩に拐《かどわ》かされた」
「え! 大変じゃないですか!」
「ああ、そうだ。それで……」

 ちょっと言い難《にく》いな……。

「犯人は、貴様の身柄を要求している……」

 私の思いついた計画では、カナリオを一度相手に渡す必要がある。

 被害を最小限に留めようとしておきながら、早速これである。
 成功しようが失敗しようが、カナリオには割を食わせてしまう事になりそうだ。

 必要だけれど、それをお願いするのがちょっと辛い。

「本当の目的は私って事ですか? じゃあ、行きましょう」

 わお、迷いがないんだね。

 流石は主人公だ。
 なんともないぜ。

「貴様が殺される事はない。それだけは保証しよう。危地に陥ったとしても、この身に代えても助けると約束する」
「ありがとうございます」
「ただ、二、三日意識を失う事は確実となろう」
「だったら、安心ですね」

 死にはしないんでしょう? と笑顔を見せる。

 暗に身代わりになってくれ、と言われているのに……。
 なんかとにかく明るいな、カナリオ。

 安心してください。
 死にませんよ。

 まぁ、私への信頼があるからかもしれない。
 だったら、私も信頼に応えないとね。

「それと、一つ頼みがある」
「何でしょう?」
「貴様が前に見せたペンダントを我に貸せ」
「これですか?」

 カナリオが胸元の鎖を引いて、ペンダントを見せる。
 ×字と十字を組み合わせた、ユニオンジャックのような形のペンダントだ。
 中央には白い石が嵌《はま》っている

「いいですけど。何に使うんですか?」
「貴様に言っても仕方のなき事だ」
「そうですか。……あの、私もマスクをつけた方がいいですか?」
「身元を疑われてはならぬゆえ、顔を隠してもらっては困るよ」
「そうですか……」

 ちょっと残念そうなカナリオ。
 にょろーん、って感じである。



 私はカナリオを連れて、夜の町を走った。

 カナリオを抱いて家屋の屋根の上を走り、跳び、飛行機能を駆使して目的地を目指す。

 そうして辿り着いたのは、郊外にある教会だった。

 イノス先輩が人質に取られた場所であり、黒色を捧げる杯が設置された場所である。

 前に来た時は昼間だったけど、夜に来るとちょっと不気味で怖い。

「ここに犯人がいるんですか?」
「うむ。間違いなかろう」

 私はカナリオと一緒に、教会の中へ入る。
 教会は真っ暗だった。

 私は指先に魔法で炎を起し、明かりを灯す。
 その明かりで教会内を照らす。
 すると思った通り、教会の壁にある隠し通路が開いていた。

「こっちだ」
「はい」

 先導して、カナリオを案内する。
 隠し通路の先の階段を二人で下りて行った。

 階段が途切れ、部屋が現れる。
 部屋は明るかった。

 部屋の中に入ると、部屋の中央には壊れた杯があった。

 そしてその杯を挟んだ奥に、犯人はいた。

「待っていたぞ。クロエ」
「うん。久し振りだ。魔狼騎士」

 アルエットちゃんの小さな体を抱き上げ、首へ手をかけた魔狼騎士、ヴォルフラムくんがそこにいた。

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