気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百十九話 ただいま

 長い道程を経て、馬車がアールネスに着く頃。
 空はもうすっかり夜の帳《とばり》が下りようとしていた。

 馬車の窓からは、灯りを纏《まと》うアールネス王都の城壁が見えてきて、次第に城門が近付いてくる。

 その光景を見るだけで私は嬉しくなったが、城門を越えて中へ入った時の嬉しさは一際に大きかった。

 やっと帰ってこれた。
 そんな実感が胸を満たす。

 正確にはわからないけれど、さらわれて半月くらいは経っているんじゃないだろうか?

 城門には国衛院の隊員が待っていて、馬車を出迎えてくれる。
 馬車が停まり、私は馬車から降りる。
 みんなも出てきた。

 長時間の乗車で凝り固まった体をほぐす。

「やっと帰って来られたな」

 ティグリス先生が呟いた。

「アルエットも待っている。早く家に帰りたいところだ」
「そうですね」

 私も、早く父上と母上に会いたい。
 そうして、ただいまって言うんだ。

「なら、今日の所は帰ると良い。陛下への報告は私がしておこう」
「俺も、お前が帰ってきた事を親父に伝えとくよ」

 リオン王子とルクスがそう申し出てくれる。

 なら、お言葉に甘えさせてもらおう。

「帰るのは少しお待ちください」

 けれど、国衛院の隊員がそれを止めた。

「他の方はよろしいのですが、クロエ嬢とティグリス殿にはこれから我々に協力していただきたいのです」

 父上とその強敵達《ともだち》を説得して、和解するお手伝いをしてほしいとの事だった。



 今現在、王都ではビッテンフェルト候(パパ)への非道な行いをした王家に対し、大半の軍人達が反発しているらしい。

 父上の事が大好きな豪傑系軍人の方々である。

 そんな軍人達が、人質になっているビッテンフェルト夫人(ママ)を助け出そうと動いているのだそうだ。

 軍人達の活動は今でこそ水面下で行なわれているが、きっと夫人の救出が成功してしまえばもっと直接的な手段へと変わるだろう事は想像に難くなかった。

 つまり、大規模な反乱である。
 人質がいなくなり、ビッテンフェルト候も本格的に参加する事だろう。
 そうなれば、アールネスは内乱によって滅びてしまう。

 それを阻止する手伝いをお願いされたのだ。

 他の人達には解散してもらい、私と先生は国衛院に協力する事となった。
 父上の強敵達《ともだち》は、先生の強敵達《ともだち》と何人か共通しているらしく、先生にはその伝手で私が救出された事、母上も解放される事、そして国王がビッテンフェルト候に和解を求めている事を軍人達へ広く伝えてもらうつもりらしい。

 そして私は、母上と一緒に父上を説得して怒りを鎮めてもらうようお願いされた。

 私は国衛院の人に連れられて、下町にある二階建ての一軒家へ向かった。

「おお、クロエ嬢。ちゃんと帰りつけたようで何よりだ」

 中に入ると、アルマール公が笑顔で出迎えてくれた。

 ルクスはああ言っていたが、私の方が先に会ってしまった……。

「はい。アルマール公のおかげです。いろいろと手を回してくださったようで。ありがとうございます」

 一応、一軒家の中には他にも人がいるので「総帥」とは呼ばないでおく。
 しかし、この中にも我ら秘密結社見守り隊の隊員がいる事は間違いないだろう。
 我々はすでに、国衛院内のどこにでもいるのだ。

 全ては、青く甘酸っぱい世界のために……。

 室内にいる隊員の人達は、みんなピリピリとした雰囲気で外をうかがっていた。
 ここを豪傑系軍人達に襲撃されないか警戒しているのだろう。

「しかしよく間に合ってくれた。もう何日か遅れたら、守り通せなかっただろう」

 ギリギリだったんだなぁ。
 間に合わなければ、アールネスがなくなっていたかもしれないわけだ。

 私には帰れる所がないんだ……。
 こんなに悲しい事はない……。

 なんて事にならなくて本当によかった。

 あ、でも、もしかしたらアールネスが滅びても、国の名前がビッテンフェルトになっていただけかもしれない。

 私もお姫様かぁ。
 悪の手先からも助け出されたばかりだし、私のお姫様力は今上がっているはずだ。
 そうなってもちゃんとお姫様できそうだ。

 まぁ、それはいいとして。

 アルマール公に案内されて、私は二階へ向かう。
 そこには、部屋の中央で椅子に座る母上がいた。

 母上は私を見ると、立ち上がる。

「クロエ!」

 私に向けて駆け出してくる。
 そして、抱き締めてくれた。
 今の私は、魔力消失が完全に治っている状態だった。
 ちゃんと受け止められる。

「無事だったのですね。本当に、よかった……」

 苦しいくらいに抱き締めてくれる。

 ごめんね、ママ。
 心配かけたね……。

 私もそっと抱き返した。

「ママも大丈夫だった? 辛い事なかった?」

 答えによってはアルマール公に振り向き様の裏拳を見舞う準備がある。

 サッと私からさりげなく距離を取るアルマール公。
 察したか……。

「そんな事はありませんでしたよ。アルマール公爵様からは、事情は聞かされていましたから。あなたを助けようとしてくださっている事も聞きましたし、それにあの人が原因でアールネスを滅ぼすわけにはいきませんから」

 そうか。
 母上も協力していたんだ。

「辛い事があったとすれば、料理ができなかった事でしょうか」
「だったら、これから父上のために作ってあげてください。きっと、お腹を空かせて怒っていますから。その怒りを鎮めなくちゃ、まだ国家存亡の危機が去ったとは言えません」
「そうね」

 母上は小さく笑った。

「さて、じゃあ次は父上か……」



 私と母上は国衛院の馬車で、自宅へ送ってもらった。

「失敗した時の事も考えて、私達はしばらく門前で待機させてもらうとしよう」

 同乗したアルマール公に門の前で見送られ、私達は屋敷の中へ入った。

 夜だというのに、屋敷には灯りが点いていない。

 誰もいないのだろうか?
 家の使用人達はどうしたんだろう?

 そう思いながら家の中に入ろうとする。
 すると、私が開けるよりも前に扉が勝手に開いた。

「まさか、二代目ですかい?」

 そうして扉の隙間から顔を出したのは、父上の部下のジャックさんだった。

 その呼び方、どうにかならない?
 どちらかというと二代目はアルディリアだ。

「その後ろの方は、姐《あね》さんじゃないですか! ささ、入ってくだせぇ」
「あ、はい」

 促されるまま入ると、真っ暗な玄関の中には数十人の屈強な男達がひしめいていた。

 みんな見覚えがある。
 多分、ここにいるのは父上の部下の人達だ。

「ああ、よかった。二代目、無事だったんですね。サハスラータから一人で逃げ出してきて、その足で姐さんを助けて帰ってくるなんて流石はお嬢だ!」

 ああ、ジャックさんの中で私の豪傑伝説が勝手に形作られていく……。

「そうじゃありませんけど。それより、何でみんなここにいるんですか?」
「そりゃあ、動けるようになった時にすぐ王城へ攻め込めるようにでさぁ。姐さんの無事が確認されたら、このまま大将と一緒に王城へ突貫かける予定だったんです。だから今から行きやす。誰か大将呼んで来い! いくぞ、野郎共!」
「ちょっと待って!」
「二代目もご一緒しやすか?」
「いや、行きませんけど」
「俺、大将に伝えて来ます」

 別の人が父上を呼びに行こうとする。

「だから、ダメですって!」

 ていうか、よく見たら部下の人達に混じってうちの使用人達がいるんですけど。

 うちで働いてもらっている召使い達は、ほとんどが傭兵上がりなので武闘派揃いなのだ。
 状況が状況なので、復職してしまったのだろう。

 その後、私はなんとか部下と使用人達を宥め、事情を説明して突貫は止めてもらった。



 母上と一緒に父上の部屋へ向かう。

 部屋の奥を見ると、険しい顔つきで完全武装した父上が椅子に座っていた。

 私に気付き、父上が目を見開く。
 険しい顔つきが、驚きへと変わる。
 そして、立ち上がった。

「クロエ……なのか? それに……」
「はい。父上、帰ってきました」
「はい、私も」

 私と母上が答えると、父上は私達に駆け寄ってきた。
 二人まとめて抱き締められる。

「よかった……。二人とも、無事で」

 心底ホッとしたという声音で言う。
 むしろそれは、今にも泣き出しそうな声にも聞こえた。

 父上のこんな声は初めて聞いた。

 それほど、心配していたんだなぁ。

 それはそれとして……。

「父上、お風呂いつ入りました? ちょっと臭いです」

 今の父上はちょっと(オブラート使用済み)汗臭かった。

「ええ、ちょっと……」

 私と同じ事を思っていたのか、母上も私に賛同する。

 多分、たびたび部屋の中で暴れていたんだろう。
 秋なのにこの部屋だけむわっとしてるし、壁には拳大の穴がいくつか空いている。

「……そういえば、城から帰ってから入っていないな」

 それ、いつの事です?
 四、五日じゃ済まないでしょう。

「まずは風呂だな。一緒に入るか?」
「そうですね」

 父上の提案に母上が返事をする。
 私を見た。

「……父上に言いふらされるの嫌だし……」
「絶対に言わん」

 信用できない。
 酒が入ったら絶対に言いふらすと思う。

 ……でもいいか。

「じゃあ、入る」

 もう一回ぐらい、騙されてあげるよ。パパ。

「さて、二人とも帰ってきた事だ。風呂から出たら、王城を攻めるか」
「いや、そうじゃないでしょう」

 はぁ、お風呂でじっくりと説明して、説得しなくちゃいけないな。
 特に、アルマール公の活躍を三割増にして話しておこう。

 実は私がさらわれた事すらアルマール公の計画だった、とか。
 ……逆効果かな?

 でも、その前に……。

「パパ。ママ」

 二人が私を見る。

「ただいま」
「ああ。おかえり」
「おかえりなさい」



 お風呂でアルマール公の八面六臂の大活躍を説明し、私と母上は何とか父上の説得に成功した。
 そして、ホカホカ状態で出た時だった。

 私は父上の部下達が祝宴を挙げている玄関に顔を出した。

 私と母上が帰ってきた祝いだそうだ。
 一泊してから帰る予定らしい。

 外に待機していたアルマール公は説得の成功を伝えるとすぐに帰っていった。
 祝宴に参加したかったらしいが、いろいろと事後処理があるそうだ。

「二代目!」

 ジャックさんが、玄関扉の前から私を呼んだ。

「何?」
「ティグリスの伯父貴《おじき》が着やした。二代目に用があるそうです」

 四代目《ティグリス先生》が?

 見れば、扉の外でティグリス先生が立っていた。
 表情が強張っていて、先生の用がただ事でない事が伝わってくる。

 私はティグリス先生の方に向かった。
 外へ出て、話を聞く。

「どうしました?」
「アルエットが……さらわれた……」

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