気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百十一話 脱出決行

 それから三日ほど経った。
 私はまだ、捕まらずに済んでいる。

 その間、何度か隠れ家にしている倉庫の中を探索された事もあったが、幸い夜だったために窓の外へ隠れる事ができた。

 その三日間、私がどう過ごしていたかと言えば……。

 私は脱出する方法を模索するため、兵士から見つからないよう城内を探索した。
 倉庫にあった物を漁り、ありあわせの物で色々なかくれんぼ便利グッズを作り、肉体の力だけでは行使できないステルスアクションを行使できるようになった。
 ちなみに、兵士への支給品らしき黒い服があったので、ドレスからそっちに着替えた。
 夜の闇に紛れるには、こっちの方がいい。

 それらを駆使して城内に潜みつつ、私は兵士達の配置や城内の構造を調べていた。

 しかしそれがまた大変なのだ。

 ゲームなどなら、一度見つかっても逃げればまた同じ所の警備を始めたりするが……。
 現実の兵士がそんな馬鹿みたいな思考をするわけがない。

 一度でも見つかれば、諦めずに捕まえるまで追い駆け続けてくるだろう。
 それから逃れる自信は今の私になかった。

 つまり必然的にノーアラートクリアを目指さなければならないわけだが……。
 これがまた存外に難しい。
 何が難しいといえば、隠れる所がとても少ないところだ。

 通気口とか隠し部屋なんて、そんな都合のいいものなんてないんだからね!

 ステルスゲームにおいて、ノーアラートクリアを目指すにはトライ&エラーが不可欠である。
 しかし、現実ではそんな事などできない。

 だから私は、隠れ場所の少ないこの城内で、度を越した慎重さで地道に見つからないよう下調べする必要があった。
 大変時間のかかる作業である。

 万能ソナーがほしい……。
 使うと所在がバレる可能性もあるが、それでも使えれば大分楽だ。
 城の構造が一発で分かる。

 魔力がないのは不便だなぁ。
 などと思っていた三日目の今日、私は少しだけ魔力が扱えるようになっていた。

 前のように自由自在に扱えるわけではなく、ソナーは使えないが。
 指先から少しだけ棘を出せるくらいはできるようになった。
 壁を歩く事はできないが、壁を伝う際の滑り止め程度にはなりそうだった。
 筋力も少しアップである。

 この三日間の食糧に関しては、最初の日に持ち帰った瓶詰め類を少しずつ食べたり、給仕の控え室にあった料理の残りに手を付けたり、運よく一人でいる兵士を見つけた時に携帯食を奪ったり、となんとかして賄う事ができた。

 ちなみに、下の関係だが……。
 倉庫にあった蓋付きのツボ。
 とだけ言っておこう。

 しかし、調理場で最初の日に兵士を昏倒させて転がしたせいか、警備兵が常に二人以上配備されるようになってしまった。
 そのため、そこで食料を調達する事ができない。
 そして、瓶詰め類を食べつくしてしまったのでややピンチだ。
 流石に、料理の残り漁《あさ》りや携帯食狩りだけでは今の運動量を支えるだけの栄養は摂取できなくなるだろう。
 この城内サバイバル生活もそろそろ限界が来ていた。

 でも、問題は無い。
 何故なら、脱出の手立てができたからだ。
 色々なルート、人員の配置、兵士達の雑談などを聞いている内に、逃げられる算段がついたのだ。

 この城を簡単に説明すると本城とそれを囲う城壁からなっており、上から見ると「回」の字みたいな構造になっている。
 本城から城壁にはいくつか渡り廊下が伸びている。
 私の知る出口は城壁の西側にある城門だ。

 城壁の外周には堀があり、城門から出るにも跳ね橋を下げないと外へ出られない。
 堀は深く、周囲には兵士が配置されている。
 飛び込めば水音で気付かれるし、上る事も難しい。

 なので私は、どうにか橋を下げてそこから逃げる方法を探っていた。

 そんな時である。

 たまに、壁に張り付いている際、兵士達が警備状況について話す事がある。
 私は情報収集のためにそういう話を盗み聞くようにしていた。
 ほとんどはまったく役に立たない話なのだが、そんな中で不意にこんな話が耳に入った。

「そういえば東側の警備が薄い気がするんだが、あれは大丈夫なのか?」
「まぁ、今は人員が足りねぇからな。どうにかしたくても、どうしてもああいう場所が出来ちまうんだろうさ。でも、向こうは崖側だからな。逃げようと思っても、逃げられないさ」
「それもそうだな」

 その話を聞いた私は、それから東側を徹底的に調べる事にした。

 そして、その兵士達が話していた通り、東側の警備が他と比べてぬるい事に気付いた。

 配置された兵士は多くても二人。
 ルートを選べば、うまくやり過ごしたり、兵士を排除したりして何とか城壁の外へ行けるかもしれなかった。
 そちらへ渡る跳ね橋は無いが、兵士が配置換えをするために取り外しのできる木の橋を置いてある。
 本来なら毎回取り外さなければならないのだろうが、兵士は言いつけを守らずにずっと橋をかけっぱなしにしているらしい。

 何故こうも警備が緩いのかと言えば、こちらからは逃げられないだろうという油断があるからだ。
 この東側の城壁を抜けられたとしても、その先には崖がある。

 到底、人の手では下りられないであろう急な崖だという話だ。
 その先は海である。

 本城の高い所へ登り、確認すると確かにそこは兵士達の話通り崖になっていたし、海が見えた。

 人では下りられないであろう崖。
 この城の城門から逃げ出す困難さとどちらが厳しいだろうか?

 私はその東側の崖に挑む事にした。



 東側の警備を丹念に調べていた私は、難なく警備の兵士達を突破する事ができた。

 ただ、突破するために何人かの兵士を昏倒させた。
 もし、これで失敗するような事があれば、もうこのルートは使えないだろう。

 そして、私は最後に堀の警備をしていた兵士を一人昏倒させ、崖へと辿り着く。

 崖の淵で見下ろすと、暗い海が広がっている。
 崖は確かに急で、岩肌は荒い。
 落ちれば、命がないだろう。


 だが、逃げるには行くしかない。

 倉庫にあった物で作った鉤縄を命綱代わりに、私は崖を下り始めた。

 ごつごつと荒い岩肌は、落ちれば命を奪う非情な凶器になっただろうが、下りる分には取っ掛かりが多く、手や足をかけるのに困らない足場になった。
 きっと、この崖で最大の敵になるのは自分の恐れなのだろう。
 その恐れさえ何とかできれば、攻略できない難所ではなかった。

 途中で鉤縄は手放した。
 縄の長さがそこで途切れたからだ。
 下りた先から外す事ができないのだから仕方がない。

 そしてその先、見計らったかのようにあれだけ荒かった岩肌から凹凸が消える。
 下りていくのが一層難しくなる。

 命綱がなくなって、とっかかりも少なくなり、魔力も駆使してさらに慎重な手運び、足取りで崖を下りていく。
 そして、長い時間をかけ、私はついに崖の下へ辿り着いた。
 崖の下は砂浜になっていた。

「よっしゃあぁぁぁっ!」

 思わず、喜びに声が出た。
 これで逃げられる。

 そんな時だった。

 闇の中から飛来した何かが、私の胴体に絡みついた。

 冷たく固い感触が自由を奪う。

「なっ!」

 次いで、思わず上げた左腕にもさらにその感触が絡みつく。
 見ればそれは、黒塗りの鎖だった。

 鎖は次々に飛んできて、私の体中へ絡んでいく。
 両手、両足、腰、胸、首。

 抵抗して両腕を振り回す。
 しかし、動けば余計に鎖が体の節々へ食い込んでいく。

 そして、最後には私の体の自由が完全に奪われた。

「まさか、手に入れてからもこんなに楽しませてくれるとはな……」

 その時になって、そんな言葉がかけられる。
 見ると、そこには笑顔のヴァール王子が立っていた。

「ヴァール王子……どうしてここに?」
「そうだな。お前が、俺の期待に応えてくれたからだろうか?」

 どういう事?
 私が疑問に思っていると、ヴァール王子はイタズラっぽい笑みを向ける。

「警備に穴を作れば、お前なら必ずこの場所から逃げると思っていた。だから、この場所を部下に見張らせていたわけだ。そして、お前が崖を下りているという報告を受けたので、先にここへ来て待っていた」

 なんと!
 わざとだったのか!
 私はまんまとそれにハマってしまったという事か。

「あえて普通に警備を薄くしたとしても、知恵の回る者なら何かあると思う物だ。
 しかし、その尤《もっと》もらしい理由を用意してやれば、人間は疑いを薄くする。
 この崖は、その尤もらしい理由として十分だ。
 それでも普通の人間なら、恐ろしくてこんな場所を下りようとは思わんが……。
 お前ならやるだろうと信じていた。
 そしてお前は、こうして俺の期待に応えたわけだ」

 うう、そんな信頼いらないよ……。

「まぁ実際の所、影に任せればすぐにでも見つけられたのだがな」

 言いながら、ヴァール王子は私に顔を寄せる。
 そして、にんまりと嗜虐的な笑みを浮かべた。

「こうして希望から絶望へと一転するお前の顔を、間近で見てやりたかったのだ」

 このイジメっ子!

「さ、鳥かごに戻る時間だ」
「うう……」

 そうして私の脱出作戦は失敗に終わり、城へ連れ戻された。

 このままくびり殺せ、とか言われないだけマシだったかもしれないな。



 また例の監禁部屋に連行されると思っていたのだが、私はそのまま地下の牢屋へと連れて行かれた。
 王子曰く――

「あの部屋は、本来客室。俺なりの誠意だったわけだが、客が気に入らないと言うのなら別の部屋にするしかあるまい。嫌でも逃げ出せない部屋にしてやろう」

 との事だ。
 鎖は解かれたが、今度こそ逃げ出せない場所に押し込められてしまったわけだ。

 格子に鍵かかけられ、私を連行した兵士達が出て行く。

 私は牢屋のベッドに腰掛け、溜息を吐いた。

「新入りか……」

 すると、向かい側の牢屋から声がかかる。
 目を向けると、ベッドに座るおじさんがいた。

 短い金髪と褐色の肌。
 目はギラギラとしていて、口元には無精髭が生えている。
 全体的にワイルドな印象のおじさんだった。
 チョイワルオヤジって感じだ。

 おじさんはベッドに片膝を付き、その膝で頬杖を付くというちょっとカッコつけた格好で座っていた。
 何なんだろう? この人。

「男……いや、女か。何でお前みたいな女がこんな所に連れて来られたんだ?」
「おじさんこそ」
「俺は……まぁ、いろいろあってな。俺の事なんてどうでもいいだろう。それよりお前だ」

 何か偉そうだな、このおじさん。

 おじさんは無遠慮に視線を向け、私の目をじっと見据えてくる。
 目力が強く、そんな目で見据えられてしまうと、私の何もかもを見抜かれているかのような錯覚を受けた。

 偉そうなだけあって、只者ではない雰囲気がある。

「この国の王子様に拉致された」
「王子? ヴァールか?」

 私は頷く。

「何考えてんだ? あいつ」

 何か知り合いっぽいな、この人。

「お前、アールネス人か?」
「そうだけど」
「名前は?」
「クロエ・ビッテンフェルト」

 私が名乗った瞬間、おじさんの目からはギラギラが消え、代わりに目が怯えの色に染まる。
 その怯えは瞬く間に表情へ伝播し、そして……。

「ビッテンフェルトーッ!」

 唐突に叫ぶと、私から少しでも離れたいというように牢屋の奥の壁へ張り付いた。

「出してくれーっ! ここから出してくれーっ! ビッテンフェルトだ! ビッテンフェルトがいるぅぅぅぅっ!」

 叫びながら、奥の壁を叩くおじさん。
 多分、そこは開かないと思うけど……。

 いくらサハスラータ人がビッテンフェルトを恐れていると言っても、これは大げさ過ぎる。

「あの……」
「ひやぁーーーーっ!」

 声をかけた瞬間、こちらを向いて奇声を上げる。

「ダルシム! エドモンド! どこにいる! ビッテンフェルトの奇襲だーっ! 二人ともどこにいるんだ! 無事かぁーーっ! 俺を一人にしないでくれぇーーーーっ!」

 その人達はヨガをしたり、相撲したりする人なんですかねぇ?

 それから何度か声をかけてみたがおじさんは錯乱気味に叫ぶだけで、それ以降私と話をしてくれなくなった。

 本当に何なんだろう? この人?

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