気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 快楽主義者の失態
どうやら、私の留守中に国衛院の施設内へ賊が侵入したらしい。
私の懇意にしている侯爵令嬢、クロエ・ビッテンフェルト。
彼女が巫女の血筋であるカナリオ・ロレンスと共に山中で遭難した。
私はクロエ・ビッテンフェルトと個人的な交友関係を持っていた。
私は彼女を心配し、なおかつ楽しそうだったので彼女の捜索をするために国衛院の人員と共に山へ向かう事にした。
幸い、二人はほどなくして見つかった。
だが、彼女達の捜索に国衛院の人員を割いたのがあだとなった。
警備人員の不足を衝き、賊は侵入したらしい。
それが計画された故意の事であるか、それとも偶然かはわからないが、どちらであっても失態には変わりない。
その失態の責任をどう取るか……。
考えるだけで私は少し楽しくなった。
「賊の目的は?」
国衛院本部。
院長室。
私は自分の席に着いて部下へ訊ねた。
「わかりません。どの部屋も荒らされた形跡はなく、特に無くなっている物もありません」
「中身の配置が変わっている棚などはなかったか?」
「いえ、全て規定通りの場所にありました」
「賊の侵入に気付いた経緯は?」
「警備の人間が見回りをした時にたまたま、二階の壁伝いに逃げようとする賊を発見しました」
気付いたのは偶然か……。
場合によっては、侵入にすら気付けなかったわけか。
さて、賊の目的は何なのか……。
目的もなく、国衛院の厳しい警備を切り抜けようと思う人間はいないだろう。
何か目的があるはずだ。
何も盗られていないというのなら、目的は何かしらの工作か、もしくは資料の閲覧という所だろう。
探し物の線もあるが、だったら荒らされていないのは不自然だ。
盗み取ってしまえば、気付かれようが関係ないのだから。
この場で何かを成して、それでいて荒らされた様子は無い。
何をしたのか、気付かれたくなかったから慎重に現状の維持に徹していたという事か。
何故気づかれたくなかったのか。
その何かを知られ、対応を取られたくなかったという事かもしれない。
なら、やはり工作の線が強いか。
「建物内をくまなく改めさせろ。設備、装備なども全てだ。不審な部分がないか、徹底的に」
「はっ、わかりました」
部下が私の部屋から出て行く。
今の所、できる対処はそれくらいだろうか。
しかし……。
思い浮かぶのは、あの豪傑令嬢の事だ。
私は資料室へ足を運んだ。
クロエ嬢に関する資料を手に取る。
恐らく、個人的に交友のある私でなければ、気にする事もなかったであろうな。
そう思いながらクロエ嬢の資料。
その巻物を調べる。
そしてある部分で目を留めた。
紙面の上に皺を見つけ、触れてみる。
少し湿っている。
「誰かが汗でも落としたか……」
私はその日、ヴェルデイド家へ赴いた。
温室へ通されると、そこにはお洒落なテーブル席に着く美しい人物がいる。
それは顔もさる事ながら、その所作に至るまで全てを含めた評価だ。
本へ落とす視線も、紅茶を口にする動きも、人の美的感覚を刺激するものだ。
その人物は私に気付くと、本へ落としていた視線を私へ向けた。
「こうして個人的に訪ねて来たのは久し振りだね。アルマール」
「うむ。少し聞いておきたい事があってきたのだよ。ヴェルデイド」
この人物こそが、ヴェルデイド公。
王家の魔術指南役にして、アールネスの宮廷魔法使い筆頭、そして外交を取り仕切る人物でもある。
並みの女性では太刀打ちできぬ美貌を持っているが、その実はれっきとした男である。
私は彼の向かい側の席へ着いた。
彼が手ずから私のカップを用意し、紅茶を注いでくれる。
「まぁ、そう性急に事を進める必要もないだろう? ゆっくりしていくといいよ」
訊ねる声は落ち着きのある女声だ。
昔は私よりも声が太かったくせに、何故こうなったのか不思議だ。
こいつの事だから、体の中を弄るような事もしていそうだ。
「楽しそうだな、ヴェルデイド」
「わかっちゃう? 今、面白い研究をしていてね」
「どんな研究だ?」
「女性を男性にする研究」
「ほう。ついに消失した部分を取り戻す事にしたか」
「別に私は切り落としたわけじゃないんだけど……。そもそも私には子供が二人いるのだけどね。どうやって作ったと?」
「それはあれだ。瓶《かめ》に……」
「瓶?」
「謎の液体と髪やら血やら入れて、グルグル回してコトコト煮込んで、水分を飛ばしたら赤ん坊ができてるとかそういう……」
「君は私を何だと思っているんだ?」
変人だと思っているが?
「相変わらず失礼だね、君は」
そう言いながら、ヴェルデイドは楽しげに笑う。
「君こそ楽しそうじゃないか。アルマール」
「うむ。最近特に楽しい。面白い見物もあれば、近々派手な荒事もありそうだからな。娯楽には事欠かない」
「そうなのかい?」
「継承権を剥奪された王子を担ぎ上げようと企むアホが何人かいてな」
「へぇ」
「王子にその気はないというのにな。肝心な部分で失敗するよう仕込み、もう少し勢力の規模が大きくなるまで泳がせようと思っている。肥大し切った処で踏み込んでやれば、きっと楽しいぞ」
「王子の件に関しては、うちの息子も少し厄介をかけたからね。協力が必要なら、少しは手伝うよ」
「いらぬよ。私の楽しみを取ってくれるな」
にやりと笑ってみせる。
ヴェルデイドも笑い返した。
「さて、そろそろ本題に入っておこうか」
「何だい?」
「前に国衛院が依頼していた薬はちゃんと保管しているかね?」
「……ああ、あれか。あんな物を魔法使いに研究させるなんて、まったく意地悪な事だよ。幸いなのは、あれは材料のコストが高すぎて量産できない事だね」
「そんな事はどうでもいい? ちゃんと、あるのかね?」
ヴェルデイドは溜息を吐いた。
「まったく、タイミングが良すぎるよ。もしかして、君が妙に焦っている理由とこの件は関係しているのかもしれないね」
ヴェルデイドは目を細め、一度私を見る。
そして、答えた。
「盗まれたよ。王城内の保管庫から、ビンごと消えていた」
これはまた、楽しい事になりそうだな……。
私の懇意にしている侯爵令嬢、クロエ・ビッテンフェルト。
彼女が巫女の血筋であるカナリオ・ロレンスと共に山中で遭難した。
私はクロエ・ビッテンフェルトと個人的な交友関係を持っていた。
私は彼女を心配し、なおかつ楽しそうだったので彼女の捜索をするために国衛院の人員と共に山へ向かう事にした。
幸い、二人はほどなくして見つかった。
だが、彼女達の捜索に国衛院の人員を割いたのがあだとなった。
警備人員の不足を衝き、賊は侵入したらしい。
それが計画された故意の事であるか、それとも偶然かはわからないが、どちらであっても失態には変わりない。
その失態の責任をどう取るか……。
考えるだけで私は少し楽しくなった。
「賊の目的は?」
国衛院本部。
院長室。
私は自分の席に着いて部下へ訊ねた。
「わかりません。どの部屋も荒らされた形跡はなく、特に無くなっている物もありません」
「中身の配置が変わっている棚などはなかったか?」
「いえ、全て規定通りの場所にありました」
「賊の侵入に気付いた経緯は?」
「警備の人間が見回りをした時にたまたま、二階の壁伝いに逃げようとする賊を発見しました」
気付いたのは偶然か……。
場合によっては、侵入にすら気付けなかったわけか。
さて、賊の目的は何なのか……。
目的もなく、国衛院の厳しい警備を切り抜けようと思う人間はいないだろう。
何か目的があるはずだ。
何も盗られていないというのなら、目的は何かしらの工作か、もしくは資料の閲覧という所だろう。
探し物の線もあるが、だったら荒らされていないのは不自然だ。
盗み取ってしまえば、気付かれようが関係ないのだから。
この場で何かを成して、それでいて荒らされた様子は無い。
何をしたのか、気付かれたくなかったから慎重に現状の維持に徹していたという事か。
何故気づかれたくなかったのか。
その何かを知られ、対応を取られたくなかったという事かもしれない。
なら、やはり工作の線が強いか。
「建物内をくまなく改めさせろ。設備、装備なども全てだ。不審な部分がないか、徹底的に」
「はっ、わかりました」
部下が私の部屋から出て行く。
今の所、できる対処はそれくらいだろうか。
しかし……。
思い浮かぶのは、あの豪傑令嬢の事だ。
私は資料室へ足を運んだ。
クロエ嬢に関する資料を手に取る。
恐らく、個人的に交友のある私でなければ、気にする事もなかったであろうな。
そう思いながらクロエ嬢の資料。
その巻物を調べる。
そしてある部分で目を留めた。
紙面の上に皺を見つけ、触れてみる。
少し湿っている。
「誰かが汗でも落としたか……」
私はその日、ヴェルデイド家へ赴いた。
温室へ通されると、そこにはお洒落なテーブル席に着く美しい人物がいる。
それは顔もさる事ながら、その所作に至るまで全てを含めた評価だ。
本へ落とす視線も、紅茶を口にする動きも、人の美的感覚を刺激するものだ。
その人物は私に気付くと、本へ落としていた視線を私へ向けた。
「こうして個人的に訪ねて来たのは久し振りだね。アルマール」
「うむ。少し聞いておきたい事があってきたのだよ。ヴェルデイド」
この人物こそが、ヴェルデイド公。
王家の魔術指南役にして、アールネスの宮廷魔法使い筆頭、そして外交を取り仕切る人物でもある。
並みの女性では太刀打ちできぬ美貌を持っているが、その実はれっきとした男である。
私は彼の向かい側の席へ着いた。
彼が手ずから私のカップを用意し、紅茶を注いでくれる。
「まぁ、そう性急に事を進める必要もないだろう? ゆっくりしていくといいよ」
訊ねる声は落ち着きのある女声だ。
昔は私よりも声が太かったくせに、何故こうなったのか不思議だ。
こいつの事だから、体の中を弄るような事もしていそうだ。
「楽しそうだな、ヴェルデイド」
「わかっちゃう? 今、面白い研究をしていてね」
「どんな研究だ?」
「女性を男性にする研究」
「ほう。ついに消失した部分を取り戻す事にしたか」
「別に私は切り落としたわけじゃないんだけど……。そもそも私には子供が二人いるのだけどね。どうやって作ったと?」
「それはあれだ。瓶《かめ》に……」
「瓶?」
「謎の液体と髪やら血やら入れて、グルグル回してコトコト煮込んで、水分を飛ばしたら赤ん坊ができてるとかそういう……」
「君は私を何だと思っているんだ?」
変人だと思っているが?
「相変わらず失礼だね、君は」
そう言いながら、ヴェルデイドは楽しげに笑う。
「君こそ楽しそうじゃないか。アルマール」
「うむ。最近特に楽しい。面白い見物もあれば、近々派手な荒事もありそうだからな。娯楽には事欠かない」
「そうなのかい?」
「継承権を剥奪された王子を担ぎ上げようと企むアホが何人かいてな」
「へぇ」
「王子にその気はないというのにな。肝心な部分で失敗するよう仕込み、もう少し勢力の規模が大きくなるまで泳がせようと思っている。肥大し切った処で踏み込んでやれば、きっと楽しいぞ」
「王子の件に関しては、うちの息子も少し厄介をかけたからね。協力が必要なら、少しは手伝うよ」
「いらぬよ。私の楽しみを取ってくれるな」
にやりと笑ってみせる。
ヴェルデイドも笑い返した。
「さて、そろそろ本題に入っておこうか」
「何だい?」
「前に国衛院が依頼していた薬はちゃんと保管しているかね?」
「……ああ、あれか。あんな物を魔法使いに研究させるなんて、まったく意地悪な事だよ。幸いなのは、あれは材料のコストが高すぎて量産できない事だね」
「そんな事はどうでもいい? ちゃんと、あるのかね?」
ヴェルデイドは溜息を吐いた。
「まったく、タイミングが良すぎるよ。もしかして、君が妙に焦っている理由とこの件は関係しているのかもしれないね」
ヴェルデイドは目を細め、一度私を見る。
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