気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百三話 唐突な来訪者

 文化祭当日。
 早朝、学園の空き教室を借りて、一度だけ通し稽古を行なう事になった。

 私がアルディリアとアードラーの二人と一緒に教室へ来た時、すでに教室使用にあたっての監督役であるティグリス先生がいた。

「おはようございます」
「おう。おはよう。早かったな。お前達が一番乗りだ」

 それぞれ先生と挨拶を交わす。

「アルエットちゃんは?」

 アルエットちゃんも劇のキャストだ。
 一緒に来ていると思ったが、教室内にはいない。

「昨日、興奮して眠れなかったらしくてな。起きる様子がなかったから置いてきた。後でマリノーが連れてきてくれる予定だ」

 マリノーが先生の家からアルエットちゃんを連れてくる……?

「……先生、もしかしてマリノーは先生の家にお泊りとかしてるんですか?」
「してない。合鍵を渡しているだけだ」

 そうなんだ。
 それでも、私の前世でやったら問題になりそうな事ではあるが。

 まぁ、二人の仲が順調に進展しているようで何よりだ。

 その後、眠たげなルクスの手を引いてイノス先輩が教室へ入ってくる。
 イノス先輩は普段通りにキリリとしており、「おはようございます」と挨拶を交わしてくれた。

 が、ルクスは半分夢の中にいるような感じで、私が誰か判別できているかも怪しい調子で頭を下げるだけだった。

 少ししてカナリオと王子が一緒に来る。
 二人ともちゃんと目は覚めているようだ。

 その次にムルシエラ先輩と先輩に牽引された夢心地のコンチュエリが来て、最後に完全熟睡状態でマリノーに運搬されるアルエットちゃんが来た。

「ほら、着きましたよ。アルエットちゃん」

 マリノーに呼ばれてアルエットちゃんが目を開ける。
 床に下ろされて、目を擦りながら自分の足で立つ。
 よろよろと危なっかしく歩き出す。
 目が開いていない。

 私の方へ歩いてきたから抱き止める。
 アルエットちゃんの頭が私のお腹に当たった。

「大丈夫? 眠かったら眠ってもいいよ?」

 この際、アルエットちゃんなしで通し稽古をしてもいい。

 アルエットちゃんは一度目を開き、前にある物を見る。

「ううん、私ちゃんと起きるよ、お父さん……」

 どこ見てそう思った?

 ほら、見上げてごらん。
 父《ちち》には乳《ちち》なんてついてないでしょう?

「ちゃんと起きるよ……」

 言いつつ体の力が抜けて、アルエットちゃんは寝息を立て始める。
 腹筋をさわさわしてくる。

「どうしましょうか?」

 先生にうかがう。

「良いのなら寝かせてやってくれ。今日をとても楽しみにしていてな。毎日頑張って練習はしていた。通しでやらなくてもちゃんとできるだろう。本番でちゃんとできない方が可哀相だ」
「わかりま、ドゥーアッ……!」
「どうした?」

 私が唐突に変な声を上げると、教室中の視線が集まった。

「いえ、おへそに指を突っ込まれただけです」

 腹筋をさわさわしていたアルエットちゃんのちっちゃい指が、へその中へ埋没していた。
 あまりの衝撃に、仙道でも目覚めそうだった。

「ああ、たまに寝ぼけてやってくるな」

 先生が言う。

「お前、そんな変な声がでるくらい弱いのに、丸出しにしているのか?」

 今の叫び声で完全に目が覚めたのか、ルクスがからかうように言う。

「弱点をあえてさらす事で自分を追い詰め、精神修行してるんだよ」

 私は適当な理由を答えた。

 名付けて、背水の構え。



 通し稽古を終える。

「どうでしたか? 先生」

 椅子に座って稽古を見守っていた先生に訊ねる。

 劇は講堂で行なわれる。
 劇の本番中、先生には照明を担当してもらう予定だ。
 なので、配役のない先生に感想をいただく事にしたのだ。

「劇の事はよくわからんが、悪くはないんじゃないか。台詞のミスもなかったし、立ち回りもよかった。話は……俺には良し悪しがわからん」

 概ね大丈夫そうだ。

「音楽のタイミングはどうでしたか?」

 音響担当のイノス先輩が先生に訊ねる。

「良いと思うぞ。場面にばっちり合っていた。それにしても、すごい魔術具だな、それは」

 床に座っていた先輩の前には、音響の魔術具とスピーカーに類する装置があった。
 これはムルシエラ先輩に頼んで作ってもらったものだ。

「音楽を再生……えーと、演奏された音楽を収めて好きなようにその音楽を出せる魔術具とかありませんか?」
「音を、ですか? そういう物は聞いた事がありませんが」
「作れませんか?」
「申し訳ありませんが、すぐにはやり方が思いつきませんね……」
「音の波を魔力の波で代用する、とかでできませんか?」
「音は魔力で代用できるのですか? 初耳ですね」

 前に家屋の中の音を盗聴する事ができたので、その時の事と仕組みを説明し、ついでに万能ソナーの性質が音波に似ている事を説明した。
 すると、先輩は乗り気になってくれて、その数日後にはこの音響装置を完成させてくれた。

 その当の先輩は、今リオン王子に話しかけている。

「なかなか良かったですよ」
「……一応、礼は言っておこうか」

 普段通りの笑顔で接するムルシエラ先輩に対し、リオン王子は微妙な表情で返している。

 そのそばで、カナリオが緊張した面持ちをしていた。

「カナリオさんも素晴しかったです」
「ありがとうございます……。台詞、ほとんどないんですけどね」

 あれ以来、先輩はカナリオへの接し方を以前のように改めた。
 強引なアタックをかける事もなく、前と同じ優しくたおやかな態度で接している。

 ただ、まだあの時の記憶が強く残っているためか、カナリオの先輩に対する態度はギクシャクとしていた。

 今の先輩には、もうカナリオへちょっかいをかけるつもりはない。
 とりあえず、今の所は……。

 カナリオが心変わりでもしない限り、先輩はもうあんな事はしないはずだ。
 だから彼女が今の態度にも慣れて、いずれは二人の関係も戻るかもしれないな。


 通し稽古を終えて、私達は一旦解散する事になった。
 それぞれ、自分のクラスの準備もあるからだ。

 そのクラスの準備も終わり、文化祭の開始ももうすぐという時間。
 出し物用の衣装に着替えた私は、束の間の息抜きを兼ねて一人で校舎の外へ出た。

 校門から校舎まで続く敷地は、普段の学園と変わらない。
 前世の文化祭ではこの場所にも出店などが出る物だけれど、そういった物がない所が前世の学校との違いだ。
 部活という物がなく、出し物は全てクラス別だから教室だけで事足りてしまうからだ。

 今は閉じられているが、文化祭の始まりと同時に門は開かれる予定である。

 伸びをしながら、私は人のいない敷地を歩く。
 その途中、ふと気付く。

「ん?」

 敷地内にある木の上へ視線を向ける。
 赤く色付く木々の合間、木の上へ隠れ座る人物がそこにいた。

「ほう。気づくとはな……流石だ」

 どこか楽し気な声。

「ヴァール殿下……?」

 サハスラータの第三王子。
 ヴァール・レン・サハスラータが木の上から私を見下ろしていた。

「会いに来てやったぞ。クロエ・ビッテンフェルト」

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