気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 クロエのニンジャ教室
ビッテンフェルト家の庭。
恒例の鍛錬の時間。
「もう、闘技に関しては教える事がありません」
前に並ぶ門下生達に、私はそう告げる。
ちなみに、王子に付き添って来たカナリオも同じように並んでいる。
今言った通り、門下生達に対して私が教えられる闘技はなくなっていた。
三年間、みっちりと基礎から教えたアルディリアはもうビッテンフェルト流の闘技を全て習得している。
動きはまだまだ遅いし、鋭さも足りないが、動作だけなら父上と同じだ。
王子に関しては教えられる事がほとんどないくらいオリジナルの闘技を習熟していた。
ここではほとんど、自分なりのトレーニングと組み手をしていただけである。
アードラーはビッテンフェルト流の闘技を教えていたはずなのにいつの間にかオリジナルの闘技を完成させている次第だ。
みんな闘技に関して、教えられる事が無い。
「じゃあ、もうここでの鍛錬も終わりなの?」
アードラーが訊ねる。
少し残念そうだ。
「それでもいいんだけれど……。私としては闘技以外の事を教えようと思っているよ。どうだろう?」
「闘技以外の事?」
王子が聞き返す。
「そう。闘技は主に戦う技術でしたが、これからは戦う以外の事も含めて総合的な事を教えていこうと思います」
「例えば?」
「そうですね。実戦の戦いでは、これまでの鍛錬みたいに正面から戦う事ばかりじゃありません。不意打ちをされたり、逆に不意打ちをしたり、むしろ対等ではない戦いを強いられる場合の方が多いでしょう」
「なるほど。確かにそうだろうな」
「で、これから教えようというのは、そういった場合を考えての事です。不意打ちされた時の対応や、こちらが不意打ちする時に使える技術です」
「具体的にはどんな物なのだ?」
「ニンジャです」
「「ニンジャ?」」
四人の声が重なった。
「ニンジャとは。
格闘戦においては忍法カラテで戦い、チャクラという無色の魔力に似た独自のエネルギーを用いた多彩な技を得意とした諜報・暗殺を得意とした超人集団の事である。
その技の数々は多岐に渡り、あらゆる状況を想定、対応する事が可能。
相手に技をかけさせて、その最中に体勢を入れ替えてこちらが技をかけ返す。
忘我の境地に至り、なめくじみたいになる。
時には防具の一切を捨て去って下着姿となる事であえて自らを追い詰め、精神の極限状態を作り出して潜在能力を引き出せる。
基本的に女性のバストは豊満である。
分身できる。
宙返りができる。
三回負けて三回死んでもカッコイイ。
そして戦う相手への礼儀を忘れず、欠かさぬ挨拶を心がける。
負けた時は潔くハイクを詠んで爆発四散する。
と、逸話に事欠かない半神的存在である」
私はニンジャについての思いつく限りの知識を門下生達とカナリオに教えた。
「何だかよくわからないけど、とてつもない存在だという事はわかったよ」
アルディリアが言う。
「で、そんなニンジャの技の中でも実用性の高そうないくつかの技を教えておこうと思います。まずは、壁に立つ方法から覚えてもらおうかな。壁を走れるようになれば、どこかへ潜入する時も何かから逃げる時にも役に立つからね」
「あ、それ私できますよ」
カナリオが声を上げる。
「ならば貴様は王子に教えてやれ」
そっちの方が二人きりでラブラブできていいだろう。
その間に私はアルディリアとアードラーに教えておく事にしよう。
私達は、壁を使うために屋敷の近くへ場所を移した。
「というわけで、王子に個人的レッスンをつけてくれるマスク・ド・タイガーさんです」
「がーっ!」
「カナリオであろう」
その通り。
父上が持ち帰った毛皮。
切り取られていた頭の皮が荷物の中に見つかったので、カナリオにプレゼントしたのだ。
「ではタイガー。王子への指導は任せるぞ」
「がーっ!」
そうして王子の事はカナリ、おっと……タイガーさんに任せて私はアルディリアとアードラーの指導を行なう事にした。
「とりあえず理屈を簡単に説明すれば、足の裏から魔力の棘を何本も生やして壁に刺すんだよ」
足の裏から直接スパイクが生えている感じだ。
「具体的にどういう事かと言えば、こんな感じ」
私は地面に魔力の針を伸ばし、突き刺して前に体を傾けた。
すっごい斜めになった状態でも倒れない。
キングオブポップのあれみたいな感じだ。
「ポォウッ!」
「何!?」
二人がビクリと驚く。
声を上げたのはアードラーだ。
「威嚇」
「やめてよ、びっくりするじゃない!」
叱られた。
「最初は、こういうふうに地面へ刺して倒れないようにする練習をすればいいよ」
言いながら、月面歩法する。
これが真のニンジャの世界だ。
二人が私の教えた通り、地面で練習を始める。
でも、二人ともうまくいかないようだった。
「クロエ。これ、すっごく難しいんだけど」
「そう?」
ルクスの時から不思議だったのだが、どうしてみんなこんなに苦戦するのだろうか?
この技術って、足の裏から針を出すだけだからかなり簡単な気がするんだけどな。
カナリオだって簡単に覚えたし。
王子の方を見ると、やっぱりできてないようだ。
壁に足をつけたまま動けないでいる。
そんな王子をタイガーさんが壁に立った状態で応援していた。
もしかしたら、無色の魔力そのものを操る技術というのは意外と難しいのかもしれない。
無色の魔力の扱い方としては、炎や電気などに変換して放つなどの使い方が一般的だ。
そういうふうな物理現象に変換しなければ、無色の魔力は脆いからだ。
そういう理由から無色の魔力そのものを扱う事はあんまりない。
闘技においては、変換なしでそのまま筋肉の増強などを行なうが……。
父上もあまりそれは得意じゃないようだ。
魔力での増強より、自前の筋肉の方が捻出する馬力は強いようだし。
私の場合は逆だ。
筋肉の力よりも、魔力による増強の方が強い。
それでも、魔力なしの腕相撲でアルディリアには勝てるけどね。
父上の部下であるジャックさんまでなら勝てるかな?
「難しい……」
アルディリアが呟く。
「でも、これはアルディリアにとって有用な技術かもしれないよ」
「そうなの?」
「これを覚えれば、地面に自分の体を固定できる。アルディリアは体重が軽いから、いまいち攻撃に威力を乗せられないけど、体を固定できればその威力を補えるからね。王子にも勝てるかもよ」
アルディリアは未だ、王子から勝利をもぎ取れないでいる。
原因は威力不足だ。
最近、近付く事はそれほど難しくなくなっているのだが、近付いた所で相手を打倒するだけの威力を捻出できないのだ。
王子自身、拳へ威力を乗せる事は上手くないが、それでも体格の違いでアルディリアよりも威力は出せる。
そもそもの地力が違う。
身体のスペックで負けているのだ。
王子の接近戦での御し方が上手くなっている事もある。
アルディリアの勝利は、近いようで遠い。
そして最近、アードラーが王子から一本取ってしまった。
アードラーの攻撃は素直で、カウンターファイターである王子にとって格好の獲物だった。
王子にとっては組しやすい相手だった。
しかし、アードラーはそんな闘技における自分の素直さを克服する事なく、さらに自分の攻撃の鋭さを磨く事で王子を打倒した。
王子を倒したその攻撃は、来る事がわかっていながらそれでも避けられず、カウンターを合わせる事もできない鋭く強烈な足刀だった。
自分では届かない目標へ、ライバルであるアードラーは先に到達してしまった。
きっと、焦りがあるだろう。
それでも彼はその焦りを表に出さず、堅実に鍛錬へ取り組んでいた。
そんな直向《ひたむき》さがアルディリアにはあった。
私の話を聞き、アルディリアの目の色が変わる。
再び、真剣な面差しで練習に打ち込み始めた。
それからしばらくして、アルディリアは地面で体を斜めにしてバランスを取る事ができるようになった。
アードラーはまだできていない。
次に、壁へ挑ませる事にする。
「王子、どうですか?」
壁を背に、タイガーさんと二人でイチャイチャ休憩していた王子に声をかける。
「できぬ。難しすぎるな」
王子は答える。
「がー……」
タイガーさんもしょんぼりしている。
「そんな事じゃ、ペルシャの王子様に勝てませんよ」
「ペルシャ?」
「遠い異国です。その国の王子様はだいたい壁を走れるんですよ」
「そんな国があるのか。そなたは博識だな」
王子が真面目すぎる……。
ツッコミが欲しかったんだけどなぁ……。
ルクスが恋しい……。
彼なら――
「ペルシャってどこだよ!」
とツッコミを入れてくれたはずだ。
「じゃあ、アルディリア。やってみて」
「わかった」
アルディリアは壁への直立を試みる。
片足を壁につけ、そして恐る恐るもう片方の足を壁につける。
直立というわけには行かなかったが、それでもアルディリアは確かに壁へ立つ事ができた。
けれど、それは一瞬だ。
「わっ」
声を上げて、すぐに落ちる。
地面に叩きつけられる前に、私は彼の体を抱きとめた。
「ありがとう……」
恥ずかしそうに礼を言うアルディリア。
「足だけじゃ無理なら、手にも同じように魔力の棘を作ってくっつければいいよ。這うように登るんだ」
蜘蛛男方式である。
さぁ、キノコ狩りの格闘技世界チャンピオンになろう。
「うん」
アルディリアが頷き、再び壁へ挑む。
すると、今度はちゃんと張り付く事ができた。
危うげに、時に足を滑らせながら、ちゃんと壁を登る。
そして、ついには屋根の上まで登った。
「やったよ! クロエ!」
屋根の上から嬉しそうな声をあげ、アルディリアは私達へ手を振る。
「うん。頑張ったね!」
私も彼に声が届くように、声を張り上げた。
それから時間をかけて、なんとかみんな私の言った方法でとりあえず壁を登る事はできるようになった。
まだ歩く事もできず、走る事なんて到底できないだろうが、それでも大きな進歩だ。
「まぁ、まだまだだけど、ニンジャ修行の第一段階は達成したね。でも、まだ完璧じゃないからしばらく自習にして、次のニンジャ修行は間をおいてからにしよう。その間に、レスリングの技でも教えようかな」
「レスリング?」
アードラーが首を傾げる。
「うん。投げを主体とした格闘技だよ。みんな、打撃の撃ち合いは得意だけど、投げ技は使うのも対処するのも苦手だよね?」
「そうね」
「打撃使い同士の戦いならそれだけでいいけど、たとえばイノス先輩みたいな投げ技使いを相手にするとそういうわけにはいかないからね。その練習をしようと思うんだ」
「確かに、あれは抜けられないわね」
かつて、腕を極められた経験のあるアードラーが苦い顔をする。
まぁ、コマンド投げを抜けられたら投げキャラとしてやってられないだろうが。
「レスリングは歴史のある格闘技で、流派がいろいろある。レスリングに、プロレスリングに、スモウレスリング、あとはパンツレスリングってね」
最後のは冗談だが。
「パンツ?」
アードラーに聞き返される。
「森に住む妖精達が編み出したと言われる哲学的な流派だよ。著名な知識人達が長年研究しているが、哲学的過ぎて未だにルールがわからない。多分、下着を脱がせれば勝ちだろうけど、それすらも定かでは無いらしいよ」
適当な説明をしておく。
「よくわからないわね。でも私、そのルールだったらクロエに勝てる気がするわ」
力強い言葉でアードラーは言い切った。
どこからその自信が出てくるのだろうか?
そんなこんなで、ニンジャ教室は幕を閉じた。
恒例の鍛錬の時間。
「もう、闘技に関しては教える事がありません」
前に並ぶ門下生達に、私はそう告げる。
ちなみに、王子に付き添って来たカナリオも同じように並んでいる。
今言った通り、門下生達に対して私が教えられる闘技はなくなっていた。
三年間、みっちりと基礎から教えたアルディリアはもうビッテンフェルト流の闘技を全て習得している。
動きはまだまだ遅いし、鋭さも足りないが、動作だけなら父上と同じだ。
王子に関しては教えられる事がほとんどないくらいオリジナルの闘技を習熟していた。
ここではほとんど、自分なりのトレーニングと組み手をしていただけである。
アードラーはビッテンフェルト流の闘技を教えていたはずなのにいつの間にかオリジナルの闘技を完成させている次第だ。
みんな闘技に関して、教えられる事が無い。
「じゃあ、もうここでの鍛錬も終わりなの?」
アードラーが訊ねる。
少し残念そうだ。
「それでもいいんだけれど……。私としては闘技以外の事を教えようと思っているよ。どうだろう?」
「闘技以外の事?」
王子が聞き返す。
「そう。闘技は主に戦う技術でしたが、これからは戦う以外の事も含めて総合的な事を教えていこうと思います」
「例えば?」
「そうですね。実戦の戦いでは、これまでの鍛錬みたいに正面から戦う事ばかりじゃありません。不意打ちをされたり、逆に不意打ちをしたり、むしろ対等ではない戦いを強いられる場合の方が多いでしょう」
「なるほど。確かにそうだろうな」
「で、これから教えようというのは、そういった場合を考えての事です。不意打ちされた時の対応や、こちらが不意打ちする時に使える技術です」
「具体的にはどんな物なのだ?」
「ニンジャです」
「「ニンジャ?」」
四人の声が重なった。
「ニンジャとは。
格闘戦においては忍法カラテで戦い、チャクラという無色の魔力に似た独自のエネルギーを用いた多彩な技を得意とした諜報・暗殺を得意とした超人集団の事である。
その技の数々は多岐に渡り、あらゆる状況を想定、対応する事が可能。
相手に技をかけさせて、その最中に体勢を入れ替えてこちらが技をかけ返す。
忘我の境地に至り、なめくじみたいになる。
時には防具の一切を捨て去って下着姿となる事であえて自らを追い詰め、精神の極限状態を作り出して潜在能力を引き出せる。
基本的に女性のバストは豊満である。
分身できる。
宙返りができる。
三回負けて三回死んでもカッコイイ。
そして戦う相手への礼儀を忘れず、欠かさぬ挨拶を心がける。
負けた時は潔くハイクを詠んで爆発四散する。
と、逸話に事欠かない半神的存在である」
私はニンジャについての思いつく限りの知識を門下生達とカナリオに教えた。
「何だかよくわからないけど、とてつもない存在だという事はわかったよ」
アルディリアが言う。
「で、そんなニンジャの技の中でも実用性の高そうないくつかの技を教えておこうと思います。まずは、壁に立つ方法から覚えてもらおうかな。壁を走れるようになれば、どこかへ潜入する時も何かから逃げる時にも役に立つからね」
「あ、それ私できますよ」
カナリオが声を上げる。
「ならば貴様は王子に教えてやれ」
そっちの方が二人きりでラブラブできていいだろう。
その間に私はアルディリアとアードラーに教えておく事にしよう。
私達は、壁を使うために屋敷の近くへ場所を移した。
「というわけで、王子に個人的レッスンをつけてくれるマスク・ド・タイガーさんです」
「がーっ!」
「カナリオであろう」
その通り。
父上が持ち帰った毛皮。
切り取られていた頭の皮が荷物の中に見つかったので、カナリオにプレゼントしたのだ。
「ではタイガー。王子への指導は任せるぞ」
「がーっ!」
そうして王子の事はカナリ、おっと……タイガーさんに任せて私はアルディリアとアードラーの指導を行なう事にした。
「とりあえず理屈を簡単に説明すれば、足の裏から魔力の棘を何本も生やして壁に刺すんだよ」
足の裏から直接スパイクが生えている感じだ。
「具体的にどういう事かと言えば、こんな感じ」
私は地面に魔力の針を伸ばし、突き刺して前に体を傾けた。
すっごい斜めになった状態でも倒れない。
キングオブポップのあれみたいな感じだ。
「ポォウッ!」
「何!?」
二人がビクリと驚く。
声を上げたのはアードラーだ。
「威嚇」
「やめてよ、びっくりするじゃない!」
叱られた。
「最初は、こういうふうに地面へ刺して倒れないようにする練習をすればいいよ」
言いながら、月面歩法する。
これが真のニンジャの世界だ。
二人が私の教えた通り、地面で練習を始める。
でも、二人ともうまくいかないようだった。
「クロエ。これ、すっごく難しいんだけど」
「そう?」
ルクスの時から不思議だったのだが、どうしてみんなこんなに苦戦するのだろうか?
この技術って、足の裏から針を出すだけだからかなり簡単な気がするんだけどな。
カナリオだって簡単に覚えたし。
王子の方を見ると、やっぱりできてないようだ。
壁に足をつけたまま動けないでいる。
そんな王子をタイガーさんが壁に立った状態で応援していた。
もしかしたら、無色の魔力そのものを操る技術というのは意外と難しいのかもしれない。
無色の魔力の扱い方としては、炎や電気などに変換して放つなどの使い方が一般的だ。
そういうふうな物理現象に変換しなければ、無色の魔力は脆いからだ。
そういう理由から無色の魔力そのものを扱う事はあんまりない。
闘技においては、変換なしでそのまま筋肉の増強などを行なうが……。
父上もあまりそれは得意じゃないようだ。
魔力での増強より、自前の筋肉の方が捻出する馬力は強いようだし。
私の場合は逆だ。
筋肉の力よりも、魔力による増強の方が強い。
それでも、魔力なしの腕相撲でアルディリアには勝てるけどね。
父上の部下であるジャックさんまでなら勝てるかな?
「難しい……」
アルディリアが呟く。
「でも、これはアルディリアにとって有用な技術かもしれないよ」
「そうなの?」
「これを覚えれば、地面に自分の体を固定できる。アルディリアは体重が軽いから、いまいち攻撃に威力を乗せられないけど、体を固定できればその威力を補えるからね。王子にも勝てるかもよ」
アルディリアは未だ、王子から勝利をもぎ取れないでいる。
原因は威力不足だ。
最近、近付く事はそれほど難しくなくなっているのだが、近付いた所で相手を打倒するだけの威力を捻出できないのだ。
王子自身、拳へ威力を乗せる事は上手くないが、それでも体格の違いでアルディリアよりも威力は出せる。
そもそもの地力が違う。
身体のスペックで負けているのだ。
王子の接近戦での御し方が上手くなっている事もある。
アルディリアの勝利は、近いようで遠い。
そして最近、アードラーが王子から一本取ってしまった。
アードラーの攻撃は素直で、カウンターファイターである王子にとって格好の獲物だった。
王子にとっては組しやすい相手だった。
しかし、アードラーはそんな闘技における自分の素直さを克服する事なく、さらに自分の攻撃の鋭さを磨く事で王子を打倒した。
王子を倒したその攻撃は、来る事がわかっていながらそれでも避けられず、カウンターを合わせる事もできない鋭く強烈な足刀だった。
自分では届かない目標へ、ライバルであるアードラーは先に到達してしまった。
きっと、焦りがあるだろう。
それでも彼はその焦りを表に出さず、堅実に鍛錬へ取り組んでいた。
そんな直向《ひたむき》さがアルディリアにはあった。
私の話を聞き、アルディリアの目の色が変わる。
再び、真剣な面差しで練習に打ち込み始めた。
それからしばらくして、アルディリアは地面で体を斜めにしてバランスを取る事ができるようになった。
アードラーはまだできていない。
次に、壁へ挑ませる事にする。
「王子、どうですか?」
壁を背に、タイガーさんと二人でイチャイチャ休憩していた王子に声をかける。
「できぬ。難しすぎるな」
王子は答える。
「がー……」
タイガーさんもしょんぼりしている。
「そんな事じゃ、ペルシャの王子様に勝てませんよ」
「ペルシャ?」
「遠い異国です。その国の王子様はだいたい壁を走れるんですよ」
「そんな国があるのか。そなたは博識だな」
王子が真面目すぎる……。
ツッコミが欲しかったんだけどなぁ……。
ルクスが恋しい……。
彼なら――
「ペルシャってどこだよ!」
とツッコミを入れてくれたはずだ。
「じゃあ、アルディリア。やってみて」
「わかった」
アルディリアは壁への直立を試みる。
片足を壁につけ、そして恐る恐るもう片方の足を壁につける。
直立というわけには行かなかったが、それでもアルディリアは確かに壁へ立つ事ができた。
けれど、それは一瞬だ。
「わっ」
声を上げて、すぐに落ちる。
地面に叩きつけられる前に、私は彼の体を抱きとめた。
「ありがとう……」
恥ずかしそうに礼を言うアルディリア。
「足だけじゃ無理なら、手にも同じように魔力の棘を作ってくっつければいいよ。這うように登るんだ」
蜘蛛男方式である。
さぁ、キノコ狩りの格闘技世界チャンピオンになろう。
「うん」
アルディリアが頷き、再び壁へ挑む。
すると、今度はちゃんと張り付く事ができた。
危うげに、時に足を滑らせながら、ちゃんと壁を登る。
そして、ついには屋根の上まで登った。
「やったよ! クロエ!」
屋根の上から嬉しそうな声をあげ、アルディリアは私達へ手を振る。
「うん。頑張ったね!」
私も彼に声が届くように、声を張り上げた。
それから時間をかけて、なんとかみんな私の言った方法でとりあえず壁を登る事はできるようになった。
まだ歩く事もできず、走る事なんて到底できないだろうが、それでも大きな進歩だ。
「まぁ、まだまだだけど、ニンジャ修行の第一段階は達成したね。でも、まだ完璧じゃないからしばらく自習にして、次のニンジャ修行は間をおいてからにしよう。その間に、レスリングの技でも教えようかな」
「レスリング?」
アードラーが首を傾げる。
「うん。投げを主体とした格闘技だよ。みんな、打撃の撃ち合いは得意だけど、投げ技は使うのも対処するのも苦手だよね?」
「そうね」
「打撃使い同士の戦いならそれだけでいいけど、たとえばイノス先輩みたいな投げ技使いを相手にするとそういうわけにはいかないからね。その練習をしようと思うんだ」
「確かに、あれは抜けられないわね」
かつて、腕を極められた経験のあるアードラーが苦い顔をする。
まぁ、コマンド投げを抜けられたら投げキャラとしてやってられないだろうが。
「レスリングは歴史のある格闘技で、流派がいろいろある。レスリングに、プロレスリングに、スモウレスリング、あとはパンツレスリングってね」
最後のは冗談だが。
「パンツ?」
アードラーに聞き返される。
「森に住む妖精達が編み出したと言われる哲学的な流派だよ。著名な知識人達が長年研究しているが、哲学的過ぎて未だにルールがわからない。多分、下着を脱がせれば勝ちだろうけど、それすらも定かでは無いらしいよ」
適当な説明をしておく。
「よくわからないわね。でも私、そのルールだったらクロエに勝てる気がするわ」
力強い言葉でアードラーは言い切った。
どこからその自信が出てくるのだろうか?
そんなこんなで、ニンジャ教室は幕を閉じた。
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