気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 変な夢の話 2

 その日、カナリオは王子とムルシエラ先輩との板ばさみに合い、倒れた。

 私は二人の間からカナリオを助け出すと、保健室へ急行した。

 保健室の先生が言うには、どうやらカナリオはストレス性の胃炎を発症しているらしい。
 きっとここ最近、王子とムルシエラ先輩の事で悩み続けた結果だろう。

 診察を終えたカナリオは、ベッドに寝ていた。
 私はその隣に立ち、カナリオを見下ろしている。

「クロエ様、ご迷惑をおかけしました」
「まったくだ。貴様がこうまで軟弱者だったとはな」
「すみません。ご心配をおかけして」
「ふん。勘違いするな。貴様を気にかけているわけではない。これ以上、煩わされたくないだけだ。そうならないよう、大人しく寝ているのだな」

 こんな時ぐらい労わろうともう一人の私《クロエ》に抵抗してみたら、ツンデレみたいになった。

「クロエ様……。私、どうすればいいんでしょうか……」
「……知らぬ」

 私には恋愛の経験が無い。
 だから、答えられる言葉なんてない。

「だが、貴様はどうしたい?」

 だから返せるのは、こんな言葉ぐらいだ。

「わからないんです……。何が正解なのか……。どうすれば、全部丸く治まるのか……」

 正解、か。
 それはちょっと違うんじゃないだろうか。

「人との関わり方に、正解も不正解もあるか」
「それは、どういう……」
「人はどんな選択をしたとしても、選ばなかった方に後悔を覚える生き物なのだそうだ。要は、理屈ではないという話だ。結局貴様の言う正解を選びたければ、貴様にとってより良いと思う方を選ぶしかないという事だ」

 カナリオは黙り込んだ。
 何か考えているのかもしれない。
 私は立ち去ろうとする。
 が、足を止めた。

 しかし、放っておけないな。

 こんなに苦しんで、ボロボロになってしまっているカナリオをこのまま放ってはおけない。

 カナリオの寝転ぶベッドに、私は腰掛けた。

「クロエ様?」

 私には恋愛なんてわからない。
 でも、そんな私にも私なりに彼女の気を楽にするアドバイスはできるはずだ。

「あまり、思い悩むな」
「でも……私は……」
「何なら、逃げてしまってもいいのだぞ。二人の間が苦しいというのなら、一度その間から抜け出す事も悪くないはずだ」
「二人の間から、逃げる……。それは、二人以外の者を選ぶという事ですか?」
「そういうわけではないが……」

 もしそんな事をすれば、二人以外で選ばれた人間は王族と公爵家の子息から睨まれてストレスがマッハになってしまう。
 ストレス性胃炎どころではなく、胃に穴が空きそうだ。

「今のお前は疲れきっているように見える。そんな時に、まともな判断など下せるわけがなかろう。距離を置け、そう言っているのだ」
「……そう、かもしれませんね」

 私に言えるのはこれくらいだ。

「あの、クロエ様はどうしてそこまで私の心を気遣ってくださるのですか?」
「知れた事……。貴様のそんな姿など見たくないからだ」

 私はカナリオの頭を撫でた。
 口元が綻ぶ。

 珍しい事に、もう一人の私《クロエ》がデレたようだ。

 そんな私をカナリオは熱っぽい眼差しで見詰めていた。
 熱があるのかもしれないな。

 今度こそお暇《いとま》しよう。

「ではな」

 私は言って、その場を立ち去った。



 それから数日。
 カナリオはみるみる内に体調を回復した。
 そして、昼食会にも再び参加するようになった。

 当然のように、王子とムルシエラ先輩もいる。
 久し振りのフルメンバーであった。

 私の両端にはアルディリアとアードラー、そして正面にはカナリオが座っていた。
 元々アルディリアとアードラーはいつもその場所を定位置にしていたが、最近ではカナリオも私の正面を定位置とするようになっていた。

「クロエ様。どうぞ」
「そっちより、私の方がおいしいわよ」
「ぼ、僕のもどうぞ」

 どういうわけか最近、私はこのトライアングルフォーメーションからあーんされる日々を送っている。

 どういう事だってばよ。


 また、カナリオが最近よく私のそばにいるようになった。
 王子も一緒にいるのに、特に気にした様子もなく平然としている。
 ちゃんと会話もしているし、おかしな所は無い……。

 おかしな所はないのだが、私へ話を振る割合が王子以上に多い気がする。
 私の事を聞きたがるようになったし、何より妙に距離が近い。
 たまに腕へ抱きついてくる事がある。

 前の保健室での事があってから、どうやら私はカナリオに懐かれたらしい。
 たいした事なんて言ってないのに。

「クロエ様って、悩み事とかないんですか?」
「そうだなぁ……。子供や小動物に恐がられる事だろうか。見かければ可愛がってやりたいのだがな」

 近所の野良猫とか撫でてみたいが、近付くと逃げるんだよね。
 本気で追いかければ簡単に捕獲はできるのだけど、可哀想なくらい怯えるからなぁ。

「はは、可愛いらしい悩みですね」
「そうだろうか?」
「はい。クロエ様、男の子みたいにカッコいいのに。そんな女の子らしい可愛らしさも持ってるなんて……ずるいですね」

 何だか最近、カナリオの言葉の端々にゾクッとする事がある。
 気のせいだろうか?



 そんなある日の事。

「大変だ!」

 アルディリアが私を呼びに教室へ駆け込んだ。

「どうしたの? アルディリア」
「アードラーとカナリオが、講堂で決闘してる!」

 カナリオ……。
 決闘したのか、私以外の奴と……。

 この台詞、前にも思った気がするけどいつ思ったのか思い出せない……。
 だが、今はそんな場合ではない。

 私は講堂へ向かった。
 だが私が辿り着いた時にはすでに、決着はついていた。

 右手人差し指を天へ突き出して腰をクイッと上げたポーズのカナリオと、地面に両手両膝を付いてうな垂れるアードラーの姿があった。
 その周囲では、ギャラリーの生徒達が歓声を上げている。

 何があったのか、正直わからない。
 だが、どちらが勝利者で、どちらが敗者であるかは一目瞭然だった。

「何があったの?」

 アルディリアに訊ねる。

「アードラーはカナリオに舞踏の勝負を挑んだんだ」

 それって、ゲームの展開じゃないか。

 ゲームのアードラーは、王子を賭けてカナリオと勝負するのだ。
 その展開と、今の展開は同じだ。

「まさか、私が舞踏で負けるなんて……」
「いずれ、この時は来ると予感していました。だから、私も舞踏の特訓をしていたのです」

 すごいな、カナリオ。
 たいした奴だ。

 でも、アードラーはどうして勝負を挑んだのだろうか?
 王子の事なんて、どうでもいいって言ってたのに。



 その日は豪雨だった。
 馬車までへ行く事も難しいほどの雨量を前にして、私は校舎の中で足を止めていた。
 傘はある。

 けれどアードラーとアルディリアは教室に傘を忘れてきてしまい、今は取りに行っている。
 私はそんな二人を待っていた。

「クロエ様」

 そんな時、カナリオから声をかけられた。
 彼女が隣に立つ。
 彼女は開いた傘を持っていた

「雨に足止めですか? 送っていきますけれど?」
「いや、アードラーとアルディリアを待っているだけだ」
「そうですか……」

 少し残念そうに言う。

 沈黙。
 でも、カナリオはその場から離れようとしなかった。

「……クロエ様」

 不意に、声がかけられる。

「何だ?」
「頭に糸くずがついています」

 私は自分の頭を払う。

「あ、そこじゃありません。私が取りますから、頭を下げてください」
「うむ」

 その瞬間、カナリオは私達を隠すように傘を横に向けた。
 そして、下がった私の顔。その唇に、カナリオの唇が押し当てられた。

 私は驚いて一歩引く。

「戯れはよせ」

 そう言う私の顔は火照っていた。

「戯れで、こんな事ができると思いますか?」

 顔を赤くしたカナリオは言うと、私に背を向けた。

「それじゃあ、また明日! さようなら!」

 そう言うと、カナリオは雨の中を走って行った。

 残された私はその背中を黙って見送った。

 ……色恋に疎い私でもここまでされればわかるぞ。
 多分だけどカナリオは、私を……。



 カナリオにキスされ、その気持ちを悟ってしまった私は深く思い悩んだ。
 彼女の気持ちに、私はどんな答えを返せばいいだろうか?

 そもそも女同士はどうなんだろうか?
 ありか? なしか?
 愛があればいいんじゃない?
 とこれまで思っていたが、その当人になってしまえばどうしていいのかわからない。
 パッと割り切れるものじゃない。

 私は確かにカナリオが好きではあるが、それはきっとラブじゃなくライクだ。
 でも、カナリオが望んでいるのはその逆であり、私はその望みに身を投じるべきなのだろうか?
 どうしよう。
 どうしよう……。

 なんて事を考え、私は最近寝不足だった。

 その日は、学園の行事で山へ行楽に来ていた。

 ずっと悩みながら歩いていた私は、途中にあったつり橋で足を留めた。

 綺麗で激しい川の流れ。
 大自然の雄大な景色に見惚れる。
 こんな景色を見ていれば、今だけは悩みが忘れられた気がした。

 それで気が抜けたのだろう。
 一瞬だけ、眠気で意識が遠退いた。

「クロエ様!」

 意識が戻ったのは、カナリオの叫ぶ声を聞いた時だ。
 そしてその時にはもう、私は橋の下へ身を投じていた。
 私を助けようと、飛び出したカナリオと共に……。



 そうして流され、何とか岸へ辿り着く私達。

 服を乾かすために脱ぎ、体を温めるために下着姿で焚き火に当たっていた。

「私のせいですか?」

 唐突に、訊ねられる。
 何が、と彼女は口にしない。
 でも、それが私の不調の理由を訊ねた言葉である事は容易に理解できた。

「自惚れるな。私が貴様如きの言葉に心を揺らされるはずなどなかろう」
「嘘吐き……」
「…………」

 何も言い返せなかった。
 それを彼女は肯定と取ったのだろう。

「嬉しいです。そんなに、真剣に考えてくれたんですね」

 カナリオは笑うと、私の方へ寄って来た。
 私は少し離れようとして、手を強引に掴まれる。
 そのまま地面に押し倒される。
 両手が捕まれ、胴体に圧し掛かられた。
 そのまま唇を奪われる。

 超・急・展・開!

 何これ?
 ガチ過ぎるんですけど!

 本気で抵抗しているはずなのに、全然手を振り払えない。
 ちゃんと力が入りにくい所を押さえていて、なおかつ上手い事、力を逃されてる感がある。
 彼女を跳ね除けて起き上がる事ができない。

「びっくりしました? 私もクロエ様みたいになりたくて、最近闘技を習い始めたんですよ」

 最近闘技を習い始めた人間のできる芸当じゃねぇし!
 この完璧超人め!

「何を、する?」

 私は彼女を睨みつけ、訊ねる。
 すると、カナリオは笑った。

「好きな人と裸で二人きりですよ?」

 わかった。
 もういい。
 その先は言わなくていい。
 何も言わずに解放してほしい。

「私、今ならムルシエラ先輩の気持ちがわかる気がします。好きな子が自分の手で、追い詰められている姿って見ていると胸がキュンキュンしますね。きっと、今のこの子は私の事で頭がいっぱいなんだろうなぁ、ってわかるから」

 確かに、今はカナリオへの恐怖で一杯だよ……。

 冗談ですよね?
 目がマジですけど、完璧超人のカナリオさんならそういうガチっぽい演技も簡単にできちゃうだけですよね?

 待ってください!
 私、もっとプラトニックな方面を想像してました!
 そんな大人な関係はまだ私には早いと思います!

「私にはアルディリアがいる!」
「私がアルディリア様の側室になればずっと一緒ですね!」

 わおっ!
 逃げ道が無ぇ!

「女は度胸。何でも試してみるものですよっ!」

 アッーーーー!



 それから数日後、私達は川を遡って何とか救助してもらった。

 カナリオはその時、アルディリアを見つけると川を渡って走り寄り、こう申し込んだ。

「側室にしてください!」

 その後、思わぬ経緯でアルディリアルートへ入ってしまった事で、謎のバタフライエフェクトでサハスラータとの戦争が勃発したのだが……。

 私とカナリオが決闘するという事態が無くなり、むしろ三人で敵と相対した事で私の死の運命はあっさりと退ける事ができた。

 戦争が終わった後、何故かアードラーもアルディリアの側室になり、私達はずっと幸せに暮らしましたとさ。

「ずっと、一緒ですよ! クロエ様」



 という夢を見た。

 目覚めてからもその内容を鮮明に憶えていた私は、ベッドの上で悶えてしばらく起き上がれなかった。

 その後、学園に登校したが……。

「おはようございます、クロエ様」
「ああ。おはよう……」

 挨拶するカナリオの顔をまともに見る事ができず、不思議がられた。

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