気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百一話 私達結婚します!

 学園。
 中庭にて。

 一週間の休養を終えて登校した私は、王子とカナリオに呼び出された。

「私達、婚約しました。学園を卒業したら結婚します」

 一度息を吸い込み、カナリオが意を決したようにして私へ告げた。

「そうか……。よかったではないか」

 おめでとうと言いたかったが、もう一人の私《クロエ》のせいで言えなかった。

「あれだけ派手に気持ちを伝えたのだ。当然といえば当然か」

 数日前、私達が遭難から救助された時の事だ。
 カナリオはあの日、王子に自分の気持ちを伝えた。

「はは、あの時はやっと見つけられた答えを王子に伝えたくて……。気持ちを抑えられなくて……」

 カナリオは顔を赤くして照れ笑う。

「それに……人間はいつ死ぬかわかりませんからね。後悔しないように行動しようと思ったんです」

 遭難中の体験で、カナリオの人生観が変わったのかもしれないな。

「しかし、よくあそこまで吹っ切れたものだ」

 悩み過ぎなくらい悩んでいたのに。

「私の本質は後先考えない自分勝手らしいですからね。自分勝手に行動してみました」

 あれ? 根に持ってる?

 不意に、カナリオは俯き、自分の右腕を掴んだ。

「でも本当は、まだちょっと気になってます。王子は私と一緒にいたいと願ってくれました。けれど、それで運命の変わってしまった人がいるんじゃないかって……」
「かもしれぬな。だが、それが悪い方向に変わるとは限らない。悪い方向に転がったようで、実は良い方向に転がっていたという事もあるしな。何よりお前は一度、人の運命を変えているのだ」

 私は王子を見て言う。
 そしてもう一度カナリオを向く。

「なら、もう一度変えればいい。運命が悪い方向へ向いたなら、もう一度良い方向へ向けてやればいいのだ」

 ある意味、これは私にとっての自己弁護のようなものでもある。
 私だって、これまで色んな人間の運命を変えてきた。
 その度に、私はできる限りその人達が良い運命を辿れるようにしてきたつもりだ。

 そうして自分がしてきた事を正当化したいのかもしれない。

「……そう、ですね。そうします」

 カナリオは顔を上げる。
 その表情は笑顔だった。

「クロエ。何故そなたはカナリオと接する時だけおかしくなるのだ?」

 そんな時、王子にもっともな事を訊ねられた。

「いろいろと事情があるんです。殿下」
「あれ? そういえば、身分のケジメを示すためだと言っていませんでしたか?」

 カナリオが首を傾げて訊ねてくる。

「もう、身分を気にする事などなかろう」

 王子が続いて言う。
 まぁ、そうなんですけどね。

 仕方ない。
 もう言い訳はやめよう。

「確かにケジメだと言ったな。あれは嘘だ」
「そうだったんですか!?」
「実の所、この身は呪いのような物に侵されている」
「それは大事《おおごと》ではないか? 大丈夫なのか?」

 王子が心配そうに気遣ってくれる。

「理由はわかっていますし、カナリオに不遜な態度をとる以外に害はないので大丈夫です」
「何だその奇妙な呪いは」

 たまに自分の中にあるもう一人の自分が暴れだす奇病です。
 眼帯と合わさって最強に見えます。

「まぁ、それは気にしなくていいです。王子には問題なく言えるので、改めて言わせてください。婚約、おめでとうございます」

 私は深く頭を下げて言った。

「うむ」
「でも、これからどうするのですか?」

 カナリオと婚約したという事は、王子の継承権剥奪が確実のものとなるという事だ。

「私はこの学園を卒業したら王都を出るつもりだ」
「それで?」
「王領の一つをいただく事になっている。私は一領主として、そこに住まう民の安寧を守るつもりだ。カナリオの懸念が少しでも和らぐように、目に見える人間ぐらいは幸せにして見せよう」
「リオン様……」

 カナリオがリオン王子の顔を見上げる。
 王子もカナリオと見つめ合う。

 それ以上の展開は帰ってからやってね。

「カナリオを抱く私の手では、国を支える事などできない。支えられるとすれば領一つぐらいのものであろうな」

 なるほど。
 国一つから領一つ……。

 カナリオはずいぶん重いらしい。

「実はその領地、私の生まれ故郷なんです」
「ほう」
「あそこで暮らしている頃はこんな事になるなんて夢にも思いませんでした」

 過去を懐かしむようにカナリオは言葉を漏らす。

「きっと、みんな驚くでしょうね。町一番のじゃじゃ馬娘が、王子様を連れて帰ってくるんですから。……死んだ母は喜んでくれるでしょうかね」

 そう言って、カナリオは胸元からペンダントを取り出して眺めた。

 十字にXが重なったような形のペンダントで、その中央には白い石がはめ込まれていた。

「それは……」
「これは、母の形見なんです。先祖代々、伝わっているものらしいですよ。もしかしたら、巫女の血筋ゆかりのものなのかもしれませんね」

 まぁ、そうなんだけどね。
 私はそれがどういうものか、ゲームの知識で知っているからわかる。

 まぁ、多分使う機会はないだろうけどね。



「クロエさん。こんにちは」

 廊下を歩いていると、ムルシエラ先輩に声をかけられる。

「こんにちは、ムルシエラ先輩」

 ふられたはずの先輩だったが、特に落ち込んだ様子は見受けられなかった。

「カナリオさんと殿下の婚約が決まりましたね」

 先輩の方から話を向けてくる。

「そうですね。……先輩、大丈夫ですか?」

 先輩はただ笑うだけだ。
 普段通りの笑顔である。

 思えば、先輩が落ち込むという所を私は見た事がなかった。
 先輩はいつも、余裕の態度を崩さない。

 それは外交員として感情を隠す事に長けているからなのだろう。

 その余裕が崩れたのは、遭難から救助されたあの日。
 カナリオが王子を選んだ時だけだ。

 表情は相変わらずだったが、あの時の哀愁に満ちた声色は忘れられない。

「さぁ、どうでしょうね」

 先輩は私の質問をはぐらかす。

「でも、今でも好きです。それだけは確かですよ」
「え?」

 思ってもいない言葉に私は思わず声を上げた。

「人のものになったとして、気持ちがすぐに消える事なんてありませんよ。……前に、ティグリス先生が言っていました。人を好きになる事は理屈じゃない、と。それを今痛い程実感していますよ。理屈ではもうダメだとわかっているのに、気持ちが消えないんです」
「それはつまり、遠まわしに大丈夫じゃないという事でしょうか?」
「ふふふ」

 ふふふじゃないよ。

「そうとも限らないですよ。……ねぇクロエさん、不変の愛なんてあるでしょうか? ずっと、あの人が心変わりなく過ごすとは限らない。そう思いませんか?」
「それは……」
「あんなに強く愛し合っていても、いずれ心が離れる時が来るかもしれない。私はね、この期に及んでそんな事を考えているのですよ」

 その時が来れば、取ってやると言わんばかりだな。

「でもそれは、先輩にも言える事じゃないですか?」

 先輩の気持ちだって、不変じゃない。
 ずっと、カナリオへの気持ちを持ち続けられるとは限らない。
 先に崩れてしまうのは、先輩の気持ちの方かもしれないのだ。

「だと、いいのですけどね」

 それもまた良し。
 そう、考えているのかもしれない。

 カナリオの気が変わるならそれでも良く、自分の気が変わってもいい。
 どちらであっても、気は楽になる。
 でも、それまではまだ苦い恋の中にいるまま……。

 今の先輩は、そういう状態なのかな。

 ただ、今の先輩はそういう苦役の中にいるようには見えなかった。
 余裕があるように見える。

「では……」

 そう言って、先輩は去って行った。

 その背中を見送る。

「落ち込んでいますわね、お兄様」

 不意に、息が掛かる程の耳元で言葉を囁かれた。

「わっ!」

 振り返りつつ距離を取る。
 そうして見ると、コンチュエリが立っていた。

「コンチュエリ……」
「ごきげんよう。クロエちゃん」
「びっくりするじゃない」

 そう抗議する。
 それにしても、背後を取られたのにまったく気付かなかった。

「驚かせるつもりでしたもの。闘技者は、魔力を放出して気配を探る魔法を使うらしいですわね。要は、最低限の魔力で薄いフィールドを張って異物の侵入を感知する感じかしら。闘技者同士なら十分でしょうけど、魔法使いが相手だと誤魔化されますわよ。その方法」

 そう言って、コンチュエリはカラカラと笑う。

 マジで……。
 それは知らなかった。
 でも、コンチュエリにしてやられたのがちょっと悔しい。

「まぁ、ビッテンフェルト侯はそれでも気付かれるそうですけれど……。謎の技術ですわね」
「そうなんだ」

 すごいな、パパ。

 そういえば父上、たまに魔力じゃ説明のつかない技術を使うんだよね。
 殺気とか。気合いとか。
 よくわからん波《は》を飛ばしてくる時がある。
 魔力じゃないのは確かなのに、何かぶつけられる感触があるんだよね。

 本当に謎の技術だ。

「それより、先輩は落ち込んでいたの?」
「ええ、とても。表情には出ませんけれど、私にはなんとなくわかりますわ。兄妹ですもの」

 そうなのか。
 私にはまったくわからなかったよ。

「でも、結果はともかく今回の事は良い事だったかもしれませんわ」
「どうしてそう思うのさ?」
「お兄様が、自分の我を通そうとした所かしら」
「そうなの?」
「そうですわ。お兄様はああ見えて生真面目ですもの。家のため、国のために全てを捧げていますわ。したい事も欲しい物も我慢して、今まで滅私奉公してきましたわ。自分のために何かをしようと思った事は、本当にありませんでしたの」

 なんか、アードラーみたいだな。
 社交的なアードラーって感じだ。

「コンチュエリもそうなの?」
「そう見えまして?」

 まったく見えないけど。

「私はそんな生き方真っ平ですわ。確かに家の仕事は大事ですし、おろそかにするつもりはございません。でも、楽しくなければ人生は意味がないと思いません事? 私《わたくし》が公《こう》より私《し》を軽んじる事などありえませんわ」

 そうだと思った。

「そんなお兄様が、今回は自分の欲求のために自分の力を使いましたわ。それも最大限、全力で。こんなに自分勝手なお兄様は初めて見ました。だから、いい傾向のような気がしますの。兄を想う妹としましては……」
「そうなんだ」
「まぁ、他の方々にとっては、はた迷惑この上ない事だったでしょうけれど」

 まったくだよ。
 少し狂えば、私も王子と結婚させられる所だったんだから。

「お兄様がこれからどうなるかわかりませんが、またこういう騒動を起こしてほしいと私は思っていますの。だから、これからもお兄様が面倒かけるかもしれませんけれど、よろしくお願いしてもいいかしら? クロエちゃん」
「よくないよ」
「もう、そこは任せろと胸を叩く所でしてよ」
「何で私が了承すると思ってるの? 私を何だと思ってるのさ」

 私は危機感で楽しくなっちゃう変人じゃないんだぞ。

「友達だと思っていますわ」

 自信満々の表情で言い切られた。

 私もそう思ってるけど……。
 限度がある。

「わかったよ。でもある程度ならいいけど、程度を過ぎたらあの綺麗な顔をフッ飛ばすからね」
「それでこそ、親友ですわ」

 関係を勝手にクラスアップさせるな!



 その数日後、二人は正式な婚約を発表した。
 それと同時に、王子は王位継承権を剥奪された。



 その発表を受けて気付いたのだが……。
 もしかして、私の死の運命は完全に回避されたんじゃないだろうか?

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