気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

九十二話 進撃の先輩

 何故こんな事になったのか、私はずっと考えていた。

 ムルシエラ・ヴェルデイド。
 三公の一つ、魔術指南役と外交を取り仕切るヴェルデイド家の嫡子。
 ゲームにおける攻略対象の一人で、イメージモデルは蝙蝠《こうもり》。

 女性的な風貌でありながら男性。
 だから蝙蝠なのだと思われる。
 空を飛ぶ事はできるが、鳥ではなく哺乳類。
 そういう事だ。

 格闘ゲームの性能は、設置系遠距離重視のキャラクターだ。

 三種類のトラップを最大二つずつ設置する事ができ、弱、強、同時押しで変わる三種類の軌道の飛び道具を発射できる。
 トラップで近づけない相手へ飛び道具を一方的に放ついやらしい戦法を得意とするキャラクターである。
 その分、接近されると手も足も出ない。

 飛び道具の軌道の一つが地面を滑っていくものなので、強みである匍匐での飛び道具回避が意味を成さなくなるイノス先輩にとって天敵である。
 近づければ圧倒的有利になるが。

 ムルシエラ先輩は逃げねばならず、イノス先輩は距離を詰めなければならない。
 そんな二人の戦いは、鬼ごっこや弾を撃てない弾幕ゲームなどと揶揄される事が多い。
 これ、そんなゲームじゃないから。とはよく言われる。

 全くその通りだ。
 だってこれは乙女ゲームだからね。

 逆に、特殊ステップを持つアードラーと飛び道具当身を持つティグリス先生がとてつもなく苦手である。

 超必殺技は、飛び道具の強化版と当身技。

 固有フィールドは、トラップの設置数が四つずつに増えるという物だ。



 ゲームにおいて彼がカナリオに惚れる理由は、カナリオの裏表無い性格に惹かれたからだ。

 彼は父親から、幼い頃より外交の現場へ連れられ、人の裏表を見抜く術を叩き込まれた。
 そのため、人の本心を見抜く術に優れている。

 ちなみに、先輩が女性的な風貌や仕草をするのはわざとである。
 美しいものが嫌いな人間は稀であり、容姿が美しければたとえ相手が男性であっても好意的な男性は少なくなく、女性もまた相手が女性的であると態度を軟化させる。

 そういう理由があって、先輩は女性的な自分を装っている。

 アルディリアとの関わり方を見ると本当に装ってるの? と思わずにいられないが、一応装っているという設定はあるのだ。

 だが、そんな外交における能力に優れた先輩は、人を本心から信じる事ができなくなっていた。
 彼の知り合った人々は、良い心の持ち主よりも悪い心の持ち主の方が多かったからだ。

 そんな時、彼は卒業式でカナリオと出会う。
 その時に接した彼女は、彼が今まで出会ってきた女性の中で、一番純真で裏表の無い心を持っていた。
 そんな彼女は、ムルシエラ先輩の目にこれ以上なく魅力的に映った。

 一言で簡潔に言ってしまえば、初対面で一目惚れしてしまったのである。

 つまりムルシエラ先輩は、ゲーム中どのルートを通してもカナリオへ好意を持ち続けている唯一のキャラクターだ。
 でも、そんな彼が気持ちを打ち明けるのは彼のルートだけである。
 その他のルートでは、ずっと気持ちを隠し続けるのだ。

 だ・け・ど、一度その気持ちを表に出した彼は凄まじく変わる。
 もはや、別人である。

 カナリオはムルシエラ先輩の事を優しく女性的な先輩と認識していた。
 そんな彼女に対して先輩は、ある日唐突に、不意打ちのように男としての姿を見せる。

 そしてそうなってしまうと、攻め! 攻め! 攻め! 押しの一手である。

 男性としての魅力で物理的に、外交員としての話術で精神的に、ゴリゴリと強引に攻めてくる。
 俺様系のはずのルクス以上に強引である。

 壁ドン? 当然ある。
 床に押し倒される床ドンだってあったよ。

 見た目で、美人系の男の娘属性であると思われがちな先輩だが、それは間違いだ。
 実際の彼は、恐らくギャップ萌えをコンセプトとしたキャラクターであろう。
 女性に見えて男性、穏やかなようでいて強引、優しげに見えて嗜虐的。
 と、ギャップに満ちている。

 そしてそんな彼の攻勢が今、私の前で行われていた。


 カナリオの動向が気になっていた私は、彼女を探して学内を探していた。
 私は彼女を図書室のテーブル席で見つけて声をかけようとしたのだが、そんな彼女に近づく一人の人物があった。
 ムルシエラ先輩である。

 私は咄嗟に本棚へ隠れて、二人の様子をうかがった。

 カナリオに気付かれないよう、こっそりと背後から近寄る先輩。
 その手には本を持っている。
 声をかけた先輩に、カナリオは驚く。
 警戒して、その場から離れようとするのだが、先輩が何かしら話しかけると足を止めた。
 先輩は手に持った本を見せて、優しい笑顔で何か言っている。

「安心してください。本を読みに来ただけですよ」
「そうなんですか」

 みたいなやり取りをしているのだろう。
 カナリオは一応の納得を見せて、席に座りなおした。
 その向かいに先輩は座る。

 しかし、これは罠だろう。
 極端な話、先輩には口を開かせてはならない。
 先輩の話を一度聞くと、なんだかんだで納得させられて逃げられなくなってしまうのだ。
 これはもはや、絶対に逃げられない状況だ。

 ゲームでも言葉巧みに近づき、油断した所で抱きしめたり、唇を奪ったりする展開がある。

「そんな……何もしないっていったのに……」
「そんな事を信じたんですか? ふふふ」

 なんて展開が何度かあった。
 二回目あたりで気づけよ、カナリオ。

 実際、声をかけてからの先輩は真剣に本を読んでいるように見えた。
 が、さりげなくカナリオへ話しかける。
 警戒していたカナリオだったが、普段通りに優しく女性的な先輩の接し方に、段々と警戒を解いていった。

 その時である。

 おもむろに、先輩はカナリオの手首を掴んだ。
 机に身を乗り出し、何事かを彼女の耳元へ囁く。
 すると、カナリオの顔が急激に赤くなった。

 いったい、何を囁いているんですかね。

 先輩が手首から手を離すと、開放されたカナリオは席を立つ。
 早足で図書室から出て行った。
 その間も、彼女の顔から火照りは引いていないようだった。

 これはあれだ。

 孫子曰く。
 始めは処女の如く、敵人戸を開くや、後は脱兎の如くにして、敵は拒《ふせ》ぐに及ばず。

 という奴だ。
 つまり、最初は大人しくしておいて、相手が油断した時にガン攻めするという事である。

 先輩はたいした策士である。



 しかしゲームにおいて、彼が王子とカナリオを取り合う展開は一切なかった。
 その事が、私は気にかかっている。

 本来ならば、ムルシエラ先輩は他のルートへ入ると気持ちを隠す。
 それはゲームのシステム上、それは仕方がないという話かもしれないが……。

 でも、ゲームの話を抜きにして考えると、それはカナリオに付け入る隙がなかったからという事なのかもしれない。
 ゲームのカナリオは、相手が決まるまではあっちこっちで好感度を上げられるが、一度相手が決まってしまうと後は一途に相手を想い続ける。
 付け入る余地は無い。

 でも、今のカナリオはゲームの展開と違って、王子のルートに入っていながら身を退こうかと悩んでいる。
 その隙ができたから、攻めようと思ったのかもしれない。

 私は、王子にあの日あった事を伝えていた。

「そうか、ムルシエラと……」

 話を聞いた王子は、そう呟いた。

 少しの動揺を見せていたが、それ以上の感情は無い。
 カナリオが取られるかもしれないという焦りもなかったし、簒奪しようとするムルシエラ先輩に対する怒りも感じられなかった。

「それがよいのかもしれないな」

 一言呟く。

 何それ?
 やっぱり王位の方が大事って事?

「カナリオがムルシエラと付き合えば、王位を諦めなくて済みますものね」

 ちょっとカチンときて、軽く嫌味を返す。
 途端、王子に睨みつけられた。

「私は、彼女と王位を天秤にかけた事など一度としてない。そなたにとっての私は情けない男かもしれないが、そこまで見縊《みくび》るな!」
「すみません」

 素直に謝る。
 これは私が言い過ぎだったかもしれない。

「じゃあ、どうしてそれがいいなんて言うんです?」
「カナリオが、私を嫌っているかもしれぬからだ。私の不甲斐無さに、愛想を着かしたのかもしれぬ」

 王子はうな垂れた。
 まぁ、あれだけ避けられれば、そうも思っちゃうか。

 でも、それが違うという事を私は知っている。

「それは違いますよ。王子。カナリオは、王子の事を想って避けているんです」
「どういう事だ?」

 内密に、とは言われたけれど、先輩からの伝言だけじゃフェアじゃないよね。

 私は、カナリオが何を考えているのか、それを王子に伝えた。

「カナリオは、私のためを想って行動しているというのか?」
「はい。そう言ってました。王子だってカナリオを見縊っているというわけです」
「かもしれぬな……」

 その時は、何事かボーっと思案していたが……。
 王子はどうするつもりなのだろう?

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