気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
八十四話 仮面騎士BLACK
私は、ヴォルフラムを連れて中庭の奥へ向かった。
この話は誰の耳にも入れたくなかったので、人気を避ける必要があったのだ。
ただ、彼を連れてくる際、置いていかれたアルディリアが思った以上に残念そうだった。
ごめんよ、アルディリア。
でも、人に聞かれるわけにはいかない事なんだ。
そうして、木々に囲まれた場所へ入り込み、一本の木に背中を預けた。
腕を組む。
ついでに、聞き耳などを立てられないよう軽く周辺を探知する。
この場所へ一定距離まで近付くと、すぐにわかるようにした。
「ん……」
その際、ヴォルフラムくんが不快そうに呻く。
私の魔力が体を探っている感覚が不快なのかもしれない。
地面へ魔力を伝える探知から、魔力を周囲に散布して触れた者を感知するタイプのものに切り替える。
相手から囲まれた時などに使う、闘技特有の魔力運用法の一つだ。
こっちなら、体を魔力が巡る事はないので大丈夫だろう。
多少、確実性には欠けるが不快な思いをさせるよりかはいい。
彼には、快く私の話を承諾してもらう必要があるのだから。
お前の魔力が入ってきて気持ち悪かったから嫌だ。
なんて断られるわけにはいかないのだ。
「それで、話とは何ですか?」
首を傾げて訊ねる。
人畜無害。
彼を見ていると、そんな言葉が思い浮かぶ。
けれど、それが装われたものだという事を私は知っていた。
「本来の態度で話してくれても構わない。私は君が目立たないように自分を偽っている事も知っているし、どうしてそんな事をしているのかという事情も知ってる」
私が言うと、ヴォルフラムくんの雰囲気が変わった。
「なら、そうしよう」
言って、ヴォルフラムくんは自らの前髪をかき上げた。
そのままオールバックにし、顔をあらわにした。
彼の顔は童顔で幼い印象が抜けきっていない。
だが、作る表情はなかった。
強い敵意を含む無表情だ。
しかし一番特徴的なのは、その金色の目だ。
普段はこの目の色を隠すために、前髪を下ろしているのだろう。
これは彼の家系の特徴だ。
人畜無害。その言葉は今の彼には当てはまらなかった。
私への警戒心を隠そうともせず、彼は私を睨みつけていた。
これこそが、彼本来の姿なのだ。
「あんたは俺の何を知っている?」
「黒色《こくしょく》を目視でき、なおかつ黒色を操れる特異体質だという事。それから、黒い鎧を着て夜の町で活躍している事かな」
ヴォルフラム・イングリット。
彼はSEから追加された攻略対象である。
彼のルートは、ヴァール殿下と同じく学園への入学前で決まる。
ヴァール殿下を含む全ての攻略対象を攻略した後に出る選択肢を選ぶ事で、そのルートへ入る事ができる仕様となっている。
つまり「ヴィーナスファンタジア」の集大成、最後を飾るキャラクターとなるわけだ。
彼のシナリオをかいつまんで説明しておこう。
学園へ入学する前日、カナリオは夜の町で黒い鎧に身を包んだ人物と出会う。
その謎の人物は見えない何かと戦っており、その戦いによって謎の人物は出血する。
カナリオはその血をたまたま目に浴びる事で、片目が金色に変化。
目の力によって、謎の人物が戦っている姿なき敵を目視できるようになる。
その戦っている敵というのが、黒色から生み出された魔物だった。
魔物との戦いに決着がつくと変身は解け、一人の少年が倒れていた。
それがヴォルフラム・イングリットだ。
彼を介抱するカナリオだったが、彼は目覚めるとすぐに姿を消す。
そして、学園で再会した二人はなんやかんやで関わりを持ち、なんやかんやで一緒に黒色の魔物と戦うようになり、なんやかんやで恋仲となるのである。
と、そんな内容のシナリオだ。
彼がどうして黒色と戦うかと言えば、それは家の使命があるからだ。
イングリット家の者は代々黒色を操る力を継承しており、その力を使って黒色を滅する使命を持っているのだ。
具体的にどんな力かと言えば。
一つは黒色の力を体に纏って鎧と成す物。
狼を模った兜が特徴的な黒い鎧だ。
ずっとルクス達が追っている黒い鎧の人物の正体とは彼の事なのである。
そしてもう一つは黒色へ触れる事ができるという物だ。
なので、人間に寄生した黒色を直に引き剥がす事ができる。
彼は夜の町で、黒色に魅入られてしまった人々から黒色を引き剥がしているのだ。
つまり、一言で言ってしまえば。
なんと彼は、黒色の力を使って黒色と戦う変身ヒーローなのである。
なんか、世界観が違う。
ファン達からもよく言われていた事だが、それも当然の事だ。
彼のルートを担当するシナリオライターは、アルディリアのルートと同じライターなのだから。
まともであるはずがない。
アンケート内の不満点の欄にて、「アーケードモードがない」「トレーニングモードがない」という意見が上がる乙女ゲーム界の異端児「ヴィーナスファンタジア」。
さらにその中でも異端と悪名高いアルディリアルートであるが、それに輪をかけた異端のシナリオがこの彼ヴォルフラムのルートなのである。
そのルートで見られる、オッドアイになったカナリオの立ち絵とスチルなんて無駄にカッコイイし。
攻略対象より、ヒロインを格好良く描いてどういうつもりなのだろうか?
私の言葉に、ヴォルフラムくんは警戒心を強める。
「そんな君だからこそ、私はお願いしたい事がある」
「…………」
「ある少女に巣食う黒色を取り除いて欲しい」
私は、アルエットちゃんの事をヴォルフラムくんに話した。
「……お断りだ」
でも、ヴォルフラムくんはにべもなく断った。
「まぁ、そう言うと思っていたよ。私は、君の事情を知っているから。何を恐れているのか、も」
ヴォルフラムは苦い顔で舌打ちする。
「だから、私は君が乗らざるを得ない交換条件を用意した」
ニヤリと笑いかける。
「何だ?」
「その体に溜め込んだ黒色を取り除く方法」
ヴォルフラムくんの目の色が変わる。
強い驚愕に、無表情を崩した。
「そんな物があるのか?」
必死な声で訊ねる。
縋る様な響きが声には含まれていた。
それもそのはずだ。
この方法は、ヴォルフラムくんの命を救う事になるのだから。
ヴォルフラムくんは、無力化した黒色を自分の身に取り込む事で黒色を封印する。
これはヴォルフラムくんだけでなく、同じ能力を持っていた先祖代々が行っていた方法だ。
そうして、王都に黒色が蔓延する事を防いでいるのだ。
かつてあった、王都の著しい治安低下も黒色の影響であり、その回復を裏から助けたのもイングリット家の人間だった。
その関係で国衛院、もしくはアルマール家その物と繋がりがあるようだ。
だが、その方法には危険が伴う。
黒色を取り込みすぎた人間は、いずれ黒色に飲み込まれて死んでしまうのだ。
ヴォルフラムくんの父親もそうだった。
そして、母親もまたそれに巻き込まれて死んだ。
その様子を間近で見てしまった彼は、自分が同じように死ぬ事を恐れているのだ。
そのため、使命にもあまり積極的ではない。
危険な物は取り去るが、被害の小さな物は見逃すようにしている。
だから、私からの頼みも断ろうとした。
一族の長女だけを蝕む黒色など、彼にとっては被害の小さい部類に入るのだろう。
しかも、百年近く被害者の恨みや嘆きを食らい存在し続けた黒色。
その力は強いだろう。
彼にとって、絶対に関わりたくない相手だ。
だが、その死を回避する方法があるなら、どんな事があっても応じるはずだ。
たとえ、強大な黒色を取り込む事になっても。
「あるよ」
「本当か?」
「嘘じゃないよ。ただ、一時的な物だけどね。溜め込んだ黒色を吸い取ってくれるだけのものだからね。溜め込めば危険な事に変わりない」
「構わない。そんな方法があるのなら、喜んで力を貸す。だが、嘘だったら……」
彼は私を威嚇するように睨み付ける。
「じゃあ、願いを聞いてもらう前にその方法を教えるよ。でも、同じ言葉を返すようだけど、もしそれで約束を反故にしたら……」
私も彼を睨みつける。
「わかるよね?」
「……いいだろう。取引に応じよう」
商談成立だ。
私は手を差し出した。
彼はその手を握る。
私は笑みを向けて、踵を返した。
「しかしあんた、何者だ? 何故そんな事を知っている?」
その背に彼が問いかける。
「クロエ・ビッテンフェルト」
「それは知ってる」
「貴族令嬢だよ。ただ、少しばかりこの世界に詳しいだけの、ね」
この話は誰の耳にも入れたくなかったので、人気を避ける必要があったのだ。
ただ、彼を連れてくる際、置いていかれたアルディリアが思った以上に残念そうだった。
ごめんよ、アルディリア。
でも、人に聞かれるわけにはいかない事なんだ。
そうして、木々に囲まれた場所へ入り込み、一本の木に背中を預けた。
腕を組む。
ついでに、聞き耳などを立てられないよう軽く周辺を探知する。
この場所へ一定距離まで近付くと、すぐにわかるようにした。
「ん……」
その際、ヴォルフラムくんが不快そうに呻く。
私の魔力が体を探っている感覚が不快なのかもしれない。
地面へ魔力を伝える探知から、魔力を周囲に散布して触れた者を感知するタイプのものに切り替える。
相手から囲まれた時などに使う、闘技特有の魔力運用法の一つだ。
こっちなら、体を魔力が巡る事はないので大丈夫だろう。
多少、確実性には欠けるが不快な思いをさせるよりかはいい。
彼には、快く私の話を承諾してもらう必要があるのだから。
お前の魔力が入ってきて気持ち悪かったから嫌だ。
なんて断られるわけにはいかないのだ。
「それで、話とは何ですか?」
首を傾げて訊ねる。
人畜無害。
彼を見ていると、そんな言葉が思い浮かぶ。
けれど、それが装われたものだという事を私は知っていた。
「本来の態度で話してくれても構わない。私は君が目立たないように自分を偽っている事も知っているし、どうしてそんな事をしているのかという事情も知ってる」
私が言うと、ヴォルフラムくんの雰囲気が変わった。
「なら、そうしよう」
言って、ヴォルフラムくんは自らの前髪をかき上げた。
そのままオールバックにし、顔をあらわにした。
彼の顔は童顔で幼い印象が抜けきっていない。
だが、作る表情はなかった。
強い敵意を含む無表情だ。
しかし一番特徴的なのは、その金色の目だ。
普段はこの目の色を隠すために、前髪を下ろしているのだろう。
これは彼の家系の特徴だ。
人畜無害。その言葉は今の彼には当てはまらなかった。
私への警戒心を隠そうともせず、彼は私を睨みつけていた。
これこそが、彼本来の姿なのだ。
「あんたは俺の何を知っている?」
「黒色《こくしょく》を目視でき、なおかつ黒色を操れる特異体質だという事。それから、黒い鎧を着て夜の町で活躍している事かな」
ヴォルフラム・イングリット。
彼はSEから追加された攻略対象である。
彼のルートは、ヴァール殿下と同じく学園への入学前で決まる。
ヴァール殿下を含む全ての攻略対象を攻略した後に出る選択肢を選ぶ事で、そのルートへ入る事ができる仕様となっている。
つまり「ヴィーナスファンタジア」の集大成、最後を飾るキャラクターとなるわけだ。
彼のシナリオをかいつまんで説明しておこう。
学園へ入学する前日、カナリオは夜の町で黒い鎧に身を包んだ人物と出会う。
その謎の人物は見えない何かと戦っており、その戦いによって謎の人物は出血する。
カナリオはその血をたまたま目に浴びる事で、片目が金色に変化。
目の力によって、謎の人物が戦っている姿なき敵を目視できるようになる。
その戦っている敵というのが、黒色から生み出された魔物だった。
魔物との戦いに決着がつくと変身は解け、一人の少年が倒れていた。
それがヴォルフラム・イングリットだ。
彼を介抱するカナリオだったが、彼は目覚めるとすぐに姿を消す。
そして、学園で再会した二人はなんやかんやで関わりを持ち、なんやかんやで一緒に黒色の魔物と戦うようになり、なんやかんやで恋仲となるのである。
と、そんな内容のシナリオだ。
彼がどうして黒色と戦うかと言えば、それは家の使命があるからだ。
イングリット家の者は代々黒色を操る力を継承しており、その力を使って黒色を滅する使命を持っているのだ。
具体的にどんな力かと言えば。
一つは黒色の力を体に纏って鎧と成す物。
狼を模った兜が特徴的な黒い鎧だ。
ずっとルクス達が追っている黒い鎧の人物の正体とは彼の事なのである。
そしてもう一つは黒色へ触れる事ができるという物だ。
なので、人間に寄生した黒色を直に引き剥がす事ができる。
彼は夜の町で、黒色に魅入られてしまった人々から黒色を引き剥がしているのだ。
つまり、一言で言ってしまえば。
なんと彼は、黒色の力を使って黒色と戦う変身ヒーローなのである。
なんか、世界観が違う。
ファン達からもよく言われていた事だが、それも当然の事だ。
彼のルートを担当するシナリオライターは、アルディリアのルートと同じライターなのだから。
まともであるはずがない。
アンケート内の不満点の欄にて、「アーケードモードがない」「トレーニングモードがない」という意見が上がる乙女ゲーム界の異端児「ヴィーナスファンタジア」。
さらにその中でも異端と悪名高いアルディリアルートであるが、それに輪をかけた異端のシナリオがこの彼ヴォルフラムのルートなのである。
そのルートで見られる、オッドアイになったカナリオの立ち絵とスチルなんて無駄にカッコイイし。
攻略対象より、ヒロインを格好良く描いてどういうつもりなのだろうか?
私の言葉に、ヴォルフラムくんは警戒心を強める。
「そんな君だからこそ、私はお願いしたい事がある」
「…………」
「ある少女に巣食う黒色を取り除いて欲しい」
私は、アルエットちゃんの事をヴォルフラムくんに話した。
「……お断りだ」
でも、ヴォルフラムくんはにべもなく断った。
「まぁ、そう言うと思っていたよ。私は、君の事情を知っているから。何を恐れているのか、も」
ヴォルフラムは苦い顔で舌打ちする。
「だから、私は君が乗らざるを得ない交換条件を用意した」
ニヤリと笑いかける。
「何だ?」
「その体に溜め込んだ黒色を取り除く方法」
ヴォルフラムくんの目の色が変わる。
強い驚愕に、無表情を崩した。
「そんな物があるのか?」
必死な声で訊ねる。
縋る様な響きが声には含まれていた。
それもそのはずだ。
この方法は、ヴォルフラムくんの命を救う事になるのだから。
ヴォルフラムくんは、無力化した黒色を自分の身に取り込む事で黒色を封印する。
これはヴォルフラムくんだけでなく、同じ能力を持っていた先祖代々が行っていた方法だ。
そうして、王都に黒色が蔓延する事を防いでいるのだ。
かつてあった、王都の著しい治安低下も黒色の影響であり、その回復を裏から助けたのもイングリット家の人間だった。
その関係で国衛院、もしくはアルマール家その物と繋がりがあるようだ。
だが、その方法には危険が伴う。
黒色を取り込みすぎた人間は、いずれ黒色に飲み込まれて死んでしまうのだ。
ヴォルフラムくんの父親もそうだった。
そして、母親もまたそれに巻き込まれて死んだ。
その様子を間近で見てしまった彼は、自分が同じように死ぬ事を恐れているのだ。
そのため、使命にもあまり積極的ではない。
危険な物は取り去るが、被害の小さな物は見逃すようにしている。
だから、私からの頼みも断ろうとした。
一族の長女だけを蝕む黒色など、彼にとっては被害の小さい部類に入るのだろう。
しかも、百年近く被害者の恨みや嘆きを食らい存在し続けた黒色。
その力は強いだろう。
彼にとって、絶対に関わりたくない相手だ。
だが、その死を回避する方法があるなら、どんな事があっても応じるはずだ。
たとえ、強大な黒色を取り込む事になっても。
「あるよ」
「本当か?」
「嘘じゃないよ。ただ、一時的な物だけどね。溜め込んだ黒色を吸い取ってくれるだけのものだからね。溜め込めば危険な事に変わりない」
「構わない。そんな方法があるのなら、喜んで力を貸す。だが、嘘だったら……」
彼は私を威嚇するように睨み付ける。
「じゃあ、願いを聞いてもらう前にその方法を教えるよ。でも、同じ言葉を返すようだけど、もしそれで約束を反故にしたら……」
私も彼を睨みつける。
「わかるよね?」
「……いいだろう。取引に応じよう」
商談成立だ。
私は手を差し出した。
彼はその手を握る。
私は笑みを向けて、踵を返した。
「しかしあんた、何者だ? 何故そんな事を知っている?」
その背に彼が問いかける。
「クロエ・ビッテンフェルト」
「それは知ってる」
「貴族令嬢だよ。ただ、少しばかりこの世界に詳しいだけの、ね」
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