気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

八十一話 ビッテンフェルト流読心術

 アルエットちゃんが発作に倒れてから数日。

 ティグリス先生は学校を休んでいたが、その日先生は久し振りに教室へ足を踏み入れた。
 私はそれに気付き、先生に近付く。
 同じく、マリノーも先生のもとへ向かう。

「先生、アルエットちゃんは?」
「どうなんですか?」

 私達二人から詰め寄られたティグリス先生は、特に表情を変えなかった。
 ただ一言答える。

「大丈夫だ。朝には発作が治まった。しばらく様子を見るために、今は入院している」

 返答を聞いて、私はホッと息を吐く。
 アルエットちゃんの容態が、この数日間ずっと気になっていたのだ。

「フカールエル」

 先生がマリノーを呼ぶ。

「なんでしょうか?」
「いつでもいい。後で職員室へ来てくれ。話がある」
「はい。わかりました」

 私は仲間はずれですか?
 なんだろう?

 私がその答えを知ったのは、昼休みの事だった。



 昼休み。
 私は普段通りに友人と昼食を取った。
 けれど、今日の昼食は少しだけ寂しかった。

 カナリオも、アルエットちゃんもいない。
 そして、マリノーも参加していなかった。

「フカールエル嬢はどうしたのだ」

 リオン王子が私に訊ねる。

 最近、王子の態度が少しずつ軟化して、気軽に話しかけてくるようになった。
 少なくとも、節々で感じた硬質な態度はなくなっている。

「今日は気分じゃないそうです」

 一応声はかけたが、断られてしまった。
 落ち込んだ様子で、元気がなかった。
 笑顔を向けようとしていたが、無理していたのがすぐにわかったくらいだ。

「そうか……。致し方ない」

 王子様ががっかりしていらっしゃる……。
 何だかんだで昼食でシェアされるマリノーの弁当がお気に入りだったようだ。

 流石は、料理をミニゲームに持つ令嬢。
 王子様の胃袋を見事に掴んでいる。

 でも、私だってマリノーは気になる。

「ティグリス・グランと何かあったのか?」

 今は、王子も私達と同じクラスだ。
 今朝のやり取りを聞いていたのだろう。

「かもしれませんね」

 確かにマリノーが落ち込むとすれば、心当たりは先生だ。
 休み時間に、彼女は職員室に行くと言っていた。
 そこで、何かあったのかもしれない。

 私は早めに昼食を切り上げて、マリノーを探す事にした。
 王子が生真面目にも同行しようとしたが、私は断った。



 私が彼女を見つけたのは、かつて私とマリノーが密談に使っていた校舎裏だった。
 一時、壁ドンとルクスとのバトルによってボロボロになっていたが、今は綺麗に修繕されていた。

 見つけた時、彼女は校舎の壁にもたれかかって座り込んでいた。
 体育座りで俯いている。

「マリノー」

 彼女は顔を上げた。

「クロエさん」

 私の名を呼ぶ彼女の顔は、泣き腫らして酷い有様だった。
 ハンカチを取り出し、彼女の目元を拭う。

「何があったの?」

 彼女は頑なに口を閉ざす。
 話すべきか、悩んでいるようだった。
 そして、彼女は話そうと決心したようだ。

「……先生にフラれちゃいました」

 マリノーは、私に気を遣わせないためか、無理に笑顔を作ろうとする。
 その表情は、余計に痛々しく見えた。

「フラれた? どうして?」
「やっぱり、私にはアルエットちゃんは任せられない、って……お遊びのような関係はおしまいだ、って……」
「何それ?」
「多分、先生は怒っているんです。私があの子を連れ出したから、発作が起こったかもしれないから……」
「でも、今までだってマリノーはアルエットちゃんと出かける事はあったでしょう」
「……そうですけど」

 そんなの言いがかりに近いじゃないか。

 確かに、ティグリス先生はアルエットちゃんを大事にしている。
 大事な一人娘が危険な目に遭えば、理屈でなく取り乱す事もわかる。

 でも、先生はそういう道理もちゃんと弁える人だ。
 マリノーに落ち度がなかった事は、先生もわかっている。
 だから、その事でマリノーを責める事はない。
 そう思っていた。

 なのにどうして?

 本当の所は、私が勝手なイメージを先生に持っているだけかもしれない。
 それでも、納得はできなかった。

「仕方ない、事ですよね……。だって、私、あの時には何もできなかった……。クロエさんがいなければ、彼女を守る事もできなかった。そんな人間に、大事な子を任せられるわけ、ありませんものね……」

 彼女は笑みを作る。
 その瞳から、つーっと涙の雫が零れ、頬を伝った。
 くしゃりと顔が歪められる。

 今まで抑えてきた感情を留める事ができなくなってしまったのだろう。
 彼女は声を上げて泣き出した。
 私の胸に顔を埋める。
 そんな彼女を抱き締める。

「わかってるんです、私。嫌われても仕方ないって……。でも、悲しくて仕方ないんです! あの人のそばに入られなくなる事も、嫌われてしまった事も、考える度に心が痛いんです! だって私……、先生の事が……」
「好きだから?」

 マリノーは答えなかった。
 でも、泣き止まない彼女を見ればその気持ちはよくわかった。

「わかったよ。マリノー」

 私は彼女が泣き止むまで、彼女に胸を貸した。
 授業の始まりを告げるベルが聞こえても私達は教室に戻らず、終わりのベルが鳴り終わるまでずっと校舎裏にいた。



 全ての授業が終ると、私は職員室へ向かった。

 用事があるから、とアルディリアとアードラー、リオン王子には先に帰ってもらっている。
 いつもの鍛錬もお休みだ。

 自分の机で、書類へ目を通すティグリス先生の所へ行く。

 先生が私に気付いて顔を上げた。

「ビッテンフェルトか。どうした?」
「少し話があります。付き合ってください」
「……いいだろう」

 私は先生を連れ立って、校舎裏へ向かった。

「何の話だ?」
「何でマリノーに別れを告げたんですか?」
「聞いたのか……。アルエットを任せられないと思ったからだ」
「本当ですか?」
「何を疑ってる?」

 先生が目を細める。

「先生、わかってるんでしょう? マリノーが悪いわけじゃないって」
「…………」

 先生は肯定も否定もせず、沈黙する。
 そんな先生に言葉を重ねる。

「私は信じられない。先生がそんな理由でマリノーを遠ざけるなんて」
「…………」
「マリノーの事だって、本当は憎からず想っているんじゃないんですか?」
「……お前に俺の何が解かるって言うんだ」

 私と先生の付き合いなんて、半年経つかどうかの短い間だけだ。
 確かに、知らない事の方が多い。

 でも、だったら、もっと先生の事を理解させてもらおうじゃないか。
 私なりのやり方で……。

「すっかり、涼しくなりましたね。運動するにはいい季節だと思いませんか?」
「何が言いたい?」

 私が言うと、先生は怪訝な顔で訊ね返す。

「勝負しましょうよ。先生。言葉だけじゃ、納得できない。せめて私なりのやり方で、先生の気持ちを確かめさせてください」
「闘って、俺の気持ちがわかるっていうのか?」
「気持ちの強弱ぐらいはわかるんじゃないですか? だから先生、賭けをしましょうよ」
「賭けだと?」
「私が勝ったら、マリノーとの関係を修復する。先生が勝ったら、マリノーとの関係を終わらせる。そういう条件で戦えば、先生が本当はどういう気持ちなのかはっきりすると思うんですよ」
「わけのわからねぇ理屈を持ち出しやがって……。お前はただ、俺とやり合いてぇだけなんじゃねぇのか?」

 そんな事……。

 いや、否定はできないな。
 マリノーのために起こした行動ではあるけれど、正直に言えば気分の高揚を否定できない。

「かもしれませんね」

 素直に認める。
 でも、だからと言ってもう私に引き下がるという選択肢はなかった。

 私は答えると、先生へ奇襲気味に殴りかかった。

 ここまで来て、お預けはごめんだ。

 左右のワン・ツーパンチ。左右共に、難なく腕のガードで防がれる。
 そのガードその物を狙い、ライトアッパー。先生のガードが上に弾かれる。
 相手へ飛び込みながらの左ストレートで、がら空きになった頭部を狙う。

 が、先生はダッキングで拳をかわす。
 私は飛び込んだ先、先生の背後へ着地した。
 互いに背合わせとなる。

 そこで選択した行動は互いに同じ。
 振り向き様の上段後ろ回し蹴り。
 私と先生の蹴り足が、クロスの形にぶつかり合った。

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