気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 キングの観察日記 前編

○月×日

 今日、私は信じられない話を聞いた。
 なんと、あのビッテンフェルトが闘技で負けたというのだ。

 しかも驚くべきはそこばかりではない。
 ビッテンフェルトを倒したのは、十二歳の娘だというのだ。

 クロエ・ビッテンフェルト。
 ビッテンフェルトの一人娘だ。

 情報源がビッテンフェルトの酒の席での話である事もあり、真偽はまだ定かではないが……。
 これが本当ならば無視できない話だろう。
 単純に考えて、ビッテンフェルトというこの国の戦力が二倍になったという事である。

 私はクロエ嬢へ注目するよう、国衛院に命じた。

○月△日

 最近、ビッテンフェルトの様子が変わったらしい。
 というのも、普段の奴は酒を飲むと妻のノロケ話ばかりをしていたのだが、それがいつしか娘の自慢話ばかりするようになったとの事だ。

 酒が入ると私相手でもびっくりするぐらい絡んでくるのだ、奴は。
 妻の料理が美味い。なんて話は何度となく聞いた。
 特に、シチューなどの煮込み料理が絶品だとな。
 その内容が今後は、娘の話にとって代わったという事か。

 報告によれば、娘は甘えん坊で「パパ、だーい好き」と毎夜のように甘えてくるそうだ。

 いかに強いとは言っても、まだ甘えたい盛りの娘なのだろう。

○月☆日

 今日、サハスラータから大量の贈り物が届いた。
 一緒に贈られてきた書状には、これからの和平関係を一層強固にしたいという旨の内容が熱く書かれていた。

 どうやら、クロエ嬢の話がサハスラータに伝わったらしい。
 やはり、サハスラータの諜報機関はビッテンフェルトをマークしているようだ。
 だが、そのおかげで思いがけない贈り物が手に入った。

 クロエ嬢には感謝しなくてはならないな。

○月□日

 どうやらクロエ嬢は、独自の闘法を模索する事が趣味のようだ。
 毎日のように新たな闘法を思いつき、庭で実地の鍛錬を行っているという。

 たとえば、ある時は独特のステップを踏みながら、これまた独特の型で丸太を相手に鍛錬を行っていた。
 その際には「ホワァァァ!」「アチャー!」などの奇声を発し、型の中には相手にクイクイと手招きしての挑発まで組み込んでいたそうだ。
 相手の気勢を削ぐ事を目的とした型なのかもしれない。

 またある時は、短剣を片手にのらりくらりとした動きで「イィィヤァァァ!」という奇声を発しながら相手を攻撃する奇妙な型を試していたらしい。
 どういうわけか眼帯をつけていたらしいが、特殊な鍛錬法だったのだろうか?

 正直に言えば、報告だけを聞くと奇行癖のある変な少女という印象を拭えない。
 だが、彼女が思いついたであろうそれらの型は所々に甘さはあるものの、見るべき所は多分にあると国衛院の者は言っていた。
 何より、まだ出来上がったばかりの技。
 彼女自身も習熟はしていない。
 もし、その技が完成すれば恐らく実用的な闘技に発展するのではないかという話である。

 恐るべきは、彼女がその技の数々を毎日のように編み出す所にある。
 やはりそこは、ビッテンフェルト家の血が成せる才覚という所なのだろう。


×月○日

 今日、クロエ嬢がシュエット魔法学園へ入学した。

 今年の魔法学園には、例年以上に見るべき生徒が多い。
 皆、今後の活躍を期待できる優秀な人材ばかりだ。
 私の一人息子もまた、入学するわけであるし。

 だが、私が最も注目しているのはクロエ嬢だ。

 未来を担う優秀な人材は他にも多くいて、それらの報告も私は受けている。
 だが、彼女に関する報告書はどれにも増して異彩を放っていた。
 ついつい、優先的に読みたくなってしまう。

 正直に言えば、彼女に関する報告書は読んでいて楽しいのだ。
 やる事成す事が珍妙で、思いがけないものばかりだった。

 果たして彼女は、この学園でどのような事を成すのだろうか。
 楽しみである。

×月△日

 クロエ嬢は今日、アードラー嬢と接触を図ったらしい。
 それだけならば何の事はないのだが、どうやらクロエ嬢はアードラー嬢と交友関係を持ったようだ。

 私はその報告に驚きを隠せなかった。

 アードラー嬢は、フェルディウス家の令嬢である。
 公爵の爵位と幼い頃からの整った顔立ちによって、リオンの婚約者に選ばれた少女だ。
 今は成長によって、顔立ちの愛らしさは美貌と呼ばれる物に変わりつつある。
 だが、彼女の価値はそこだけではない。
 私が彼女の最も素晴しいと思える所は、尻である。

 舞踏を嗜む彼女の背筋は美しく伸び、立ち姿は気品すら感じさせる程だ。
 そしてそのまっすぐに伸びた背筋の下、小ぶりながらもしっかりとした丸みを帯びる尻たるや、もはや芸術品と言っても過言ではないだろう。

 まぁ、それはいい。
 話を戻そう。

 私はアードラー嬢の性格を概ね把握している。
 彼女は優れた人物であるが、その気性ゆえに多くの物を得られないでいる哀れな娘だ。
 身の内に抱える苦しみを理解されない娘である。

 かくいう私も、妻の存在がなければその気性を理解できなかっただろう。
 私の妻は、元々フェルディウス家の親戚筋にあたる者である。
 その気性は、アードラー嬢とよく似ている。

 嫉妬深く、独占欲が強い。
 私も初めて会った時は、なんと嫌な女かと思ったが、それは表向きだけの事だ。

 表では良い顔をして、裏では悪い事を考える人間は多い。
 だが、彼女はそれと逆だ。
 人へは悪い印象を与えるが、心根は誰よりも美しい。

 しかし、一般的に人から好かれやすいのは前者であろう。
 損な性格である。

 そんな妻とアードラー嬢の性格は良く似ていた。
 国衛院からの報告で、私の思った通りの性格であるという事も把握している。
 今はリオンもアードラーを嫌っているが、いずれはわかる時が来るだろう。

 妻は私が他の女を見ただけで途端に機嫌が悪くなる、扱いの難しい女だ。
 故に、私には側室がいない。
 いつもは機嫌が悪いだけで済むが、恐らく実際に側室を取ってしまえば怒るどころか泣くだろう。

 そんな女である。
 だがそれは、私への愛情がそれだけ深いという事だ。

 そんな女性だからこそ、こちらも全身全霊を以って愛情を注ぐ価値がある。
 アードラー嬢の性分が妻と同じならば、安心してリオンを任せられるという物だ。

 そして、そのアードラー嬢の性分を受け入れ、友人になったクロエ嬢はやはり器が広く、そして人を見る目があるのだろう。
 リオンですら、未だにアードラー嬢の心根を理解できずにいるというのに、たいしたものである。

 ますます、私はクロエ嬢への評価を高くした。

×月☆日

 最近、何やらアードラー嬢の様子がおかしい。
 あれだけリオンへの執着を見せていたのに、今ではクロエ嬢にべったりだ。
 クロエ嬢から闘技まで習いだし、その代わりに舞踏を教えるようになった。

 しかも、クロエ嬢に関わる人間へ示威行為のようなものを見せている。
 これはもしや……。

 ……いや、止そう。
 きっと考えすぎだ。

×月□日

 クロエ嬢の優れた所は、どうやら身体能力だけではないらしい。
 受ける授業は全て人並み以上にこなし、特に計算能力は他を圧倒しているという。
 まさしく、文武両道を体現したかのようである。

 本当に将来が楽しみな娘である。

×月×日

 今宵は夏迎えの祝い。
 先ほど、その舞踏会を終えた所である。

 私はそこで初めてクロエ嬢の姿を見た。
 同世代の女性の中では抜きん出て長身の少女だった。
 体格も良く、姿勢が綺麗だった。

 顔立ちは少女というよりも美男子と形容した方が正しいかもしれない。
 しかし、ある部分が紛う事なく女性である事を主張していた。

 私はそこから目が離せなくなった。
 近くで見てしまえば最後、恐らくその魔力に囚われたまま抜け出せなくなってしまうだろう。

 しかし残念ながら、間近で見る機会に恵まれなかった。

 どうやら、彼女は人を探しているらしく、婚約者と常にホール内を目でさらっていた。

 私には、彼女の探す人物に心当たりがあった。
 アードラー嬢である。

 私は、ここ最近にあったアードラー嬢とカナリオ嬢の騒動の顛末を知っていた。
 カナリオ嬢は、リオンが今気にかけている平民の少女である。
 アードラー嬢はその娘へと罵声を浴びせ、リオンと口論して以来クロエ嬢を避けるようになった。

 アードラー嬢が何を思ってそうしているのかは、私には察する事ができなかった。
 だが、彼女が心に重荷を背負いやすい人間である事は理解しているつもりだ。
 きっと、彼女なりの事情があるのだろう。

 そんな彼女のために、クロエ嬢は今動いているのだろう。
 比べて、リオンはアードラー嬢に見向きもせず、カナリオ嬢とホールで踊っていた。
 いつか、アードラー嬢の心根に気付くだろうとは思うが、正直その姿を見ていると不安だ。

 そう思っていたら、アードラー嬢が正体の知れぬ、謎の人物と踊りだした。
 ダンスホールで演じられる二人の舞踏は、他の参加者の舞踏が児戯に思える程の優美さを誇っていた。
 まるで一つの生き物であるように、二人の動きは完璧な同調を見せていた。

 やがて舞踏は終わり、私はようやく我に返った。
 それほどに心を震わせる美しさがその舞踏からは感じられた。

 あれは誰だったのだろうか?
 そう思って舞踏会に来ていたアルマールへ、正体を探るよう言ったのだが。

「あれはビッテンフェルト家の令嬢でしょう」

 と、奴は答えた。

 とても驚いた。
 あの人物の正体もそうだが、何よりその正体であるクロエ嬢の舞踏の完成度にも驚いた。
 教えを受けているとは知っていたが、まさかあそこまでの物だとは思わなかった。

 しかし、何故あのような格好をしていたのだろうか?
 やはり、少しばかり変わった所のある娘のようだ。

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