気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
七十一話 諦めの理由
今後どうするのかを話し合い、それが終わる頃。
あたりはもうすっかり暗くなっていた。
どうするかについては、必要最低限の荷物と金銭を持って二時間後に家を出るという事に決まった。
その後、可能ならばフェルディウス家へ寄ってアードラーの私物を引き取る予定である。
そしてそのまま、国外へ逃げる。
つまり、夜逃げである。
行き先は東のサハスラータ方面ではなく、その逆。
西方の隣国へとりあえず向かう。
とりあえずというのは、今は一刻も早くこの国から逃げなければならないからだ。
西方の隣国には父上の知り合いがいるらしく、その人物を頼るそうだ。
しばらくその国で滞在し、じっくりと身の振り方を考えるのだ。
王都を出る時は、門番に便宜を図ってもらう予定だ。
父上には顔見知りの門番が何人かいるらしい。
よく飲みに行くそうだ。
それが叶わないようなら、強行突破も予定している。
ただ、その際にビッテンフェルト家の動向を読んで警備が固められている可能性があるので、臨機応変に対応を変えるかもしれない。
私はその可能性が一番高いのではないか、と思っていた。
何せ、この国には国衛院がある。
有力貴族の反乱を鎮圧する対策を、まだ疑ってもいない内から立て始める変態組織だ。
そういった部分に抜かりがあるとは思えない。
だが、王都から出てしまえば、あとはどうとでもなるだろう。
抜け道なんていくらでもある。
抜け道というより、獣道かな?
父上の口ぶりでは、本来なら人の通れないようなルートを視野に入れているようだ。
何が起こるかはまだわからないが、家族会議が終わると私達は各々休息を取る事にした。
深夜、夜逃げを始めればもう休む暇もないだろうから。
今の内に休んでおくのだ。
家族揃って食事を済ませて、アードラーとそれぞれ自室と客室へ戻る途中。
不意に、アードラーは立ち止まった。
数歩進み、アードラーが隣に居ない事に気付いて振り返る。
アードラーは窓の外を見ていた。
その視線の先には、月明かりに照らされた庭があった。
他の家みたいな飾り気のない、所々に申し訳程度の木々が植えられ、あとは芝生だけが広がる殺風景な庭だ。
いつも、私達が鍛錬をしている庭だ。
「夜は雰囲気が変わるわね」
「少し寂しいかな?」
「そうね」
アードラー小さく答えると、黙って夜の庭を眺めていた。
並び立ち、見た彼女の横顔は無表情だ。
何を考えているんだろうか?
もう、ここには戻って来れないと、感傷に浸っているんだろうか?
いや、これは私の思っている事だ。
正直に言えば私は、寂しさを覚えていた。
でも、私と違って、追放前の時間を家でじっくりと過ごせないアードラーは私以上に寂しさを覚えているんじゃないだろうか……。
ふと、ある疑問を思い出す。
私はアードラーを向き、口を開く。
「ねぇ、どうしてあの時、素直に認めたの? アードラーが悪いわけじゃないのに」
王子から追放処分を受けた時だ。
アードラーは身に覚えのない罪を受け入れた。
私にはそれが納得できなかった。
アードラーは私に向いた。
「……それでもいいと、思ったの」
「どうして?」
「そうね……。逃げ出したかったのかもしれないわ」
「逃げ出したかった?」
「クロエは、フェルディウスがどういう家か、知ってる?」
「公爵家。それも忠臣三公に数えられる名家だ。国のあらゆる分野に、多くの人材を輩出している」
合ってる? と私は目で訊ねる。
アードラーは頷いた。
「そしてフェルディウス家は、ピグマール家によく似ている……。
ただ仕える対象がアルマールでなく、王家というだけで。
うちでは、王家のために尽くし、生きるよう教育されるの。
お父様はその模範のような人間で、王家のためならば何でもする人よ。
きっと、娘が追放されたとしても王家のためと割り切る事ができる。そんな人……。
そして私も、そんなお父様に王家を第一に生きるよう求められた。
その生き方を私は、ずっと窮屈に思っていた」
「そうなんだ」
まったく知らなかった。
ゲームでも、こんな話は一切なかった。
裏設定にすら記されない、彼女だけが知っていた秘めた気持ちなのだろう。
「数多く習わされた教養も嗜みも、全ては王家のため。王家の役に立つものばかりを私は身につけてきた。全部、お父様の命令で……。私が本当に好きでやっているのは、きっと舞踏だけね。今は、闘技もかしら?」
アードラーはそこで初めて笑顔を見せた。
淡々と告げていた彼女の口調が、そこからはサバサバとした感情を含んだ物に変わる。
「だからかしらね。追放を言い渡された時、私は少しの嬉しさを覚えたのよ」
「だから、認めたんだね」
「そう。これで私は解放される。そう思ってしまった」
国外追放に開放感を覚えるなんて……。
よっぽど息の詰まるような人生だったんだろうな。
「不安もあったのだけれどね。でも、今はそれもないわ」
「そうなの? どうして?」
訊ね返すと、アードラーは黙り込んだ。
「……言わせる気なの?」
え、何を?
アードラーは小さく息を吐いた。
「これからは、そばにあなたが居てくれるんでしょう? だったら、何の心配もないじゃない」
アードラーは照れたふうに答えた。
それからすぐに、言い繕うように続ける。
「それに、ビッテンフェルト卿が守ってくださると言ってくれてもいるのよ。不安を懐く要素なんて何もないじゃない」
「そっか」
信頼してくれているんだな。
だったら、私もその信頼に応えないといけないな。
「だから、もう何も怖くないわ」
髪形ドリルの君がそれを言うと私は不安になってくるよ。
頭が無くなりそうで怖い。
「ん? クロエ、ちょっと」
アードラーは、窓の外に目を凝らしながら私を呼んだ。
「何?」
「あれ、何かしら?」
アードラーが窓の外を指し示す。
私はアードラーの示した方へ目を凝らした。
そこには、光の点が見えた。
それも一つではなく、いくつもある。
光の点は横並びに列を作って、家の敷地を外壁の外から囲っているように見えた。
よく見ると光は、揺らめいているように見えた。
もしかしたら、松明の炎なのかもしれない。
「クロエ」
不意に、後ろから声をかけられる。
振り返ると父上がいた。
「父上。あれ……」
私が光の点を示して言うと、父上は頷いた。
あれに気づいたから、来たのかもしれない。
「どうやら、囲まれたらしいな」
何に? とは問わない。
今現在、私達を包囲する必要のある存在など一つしかない。
「国衛院でしょうか?」
「展開の速さから見ればそう思える。だが、少し数が多いな。国軍かもしれん」
軍!?
「もう少しかかると思っていたんだがな……。拙速を尊んだか。嘗《な》められたものだ」
父上がニヤッと笑う。
楽しそうですね。
久し振りの実戦を想定して、テンションが高くなっているのかもしれない。
でも実のところ、私もちょっと楽しい。
興奮する。
これはビッテンフェルト家の血のせいかもしれない。
私は改めて外を見る。
そして、ある事に気付いた。
門の外で、両手を頭上で振り続ける可愛らしい生き物を発見した。
「あ、アルディリア」
そういえば、連れてくるの忘れてた……。
まさか、人質にされたんだろうか?
表情は緊張からか強張り、手を振る動作もちょっとぎこちなかった。
もしかして、これは国衛院の私対策の一つなのかもしれない。
くっ、卑劣な!
やってくれる!
なんて思っていたら、アルディリアの隣にいた背の高いおじさんもアルディリアと同じように高く上げた両手を元気に振っていた。
身なりのいい壮年のおじさんだ。
顔には、頭髪と同じ金色の立派な髭を蓄えている。
すっごい笑顔でこちらに手を振っていた。
変なおじさんだ。
誰だろう? あの人。
どっかで見た事のある顔だけど、誰だったか思い出せない。
「父上、門の所にアルディリアと変なおじさんがいます」
「何?」
父上が目を凝らして、門を見る。
「なん……だと……?」
「え、嘘でしょう!?」
父上とアードラーが驚愕に目を見開いた。
「まさか、自らお出ましとはな……。交渉の余地があるという事か……?」
何やら思案して呟くと、父上はその場から離れようとする。
「どうするのですか?」
「出迎えるしかあるまい」
え、そうなの?
父上の事だから、人質は救出する方向で動くかと思った。
それが、こんなにすぐ応じるなんて思わなかった。
もしかしてあのおじさんは、父上にとっての人質だったんだろうか?
とっても大事な人なので、出ざるを得ないとか?
「あの変なおじさんは父上の知り合いなのですか?」
ぶふっ、とアードラーが噴き出す。
私、何かおかしな事を言った?
「知らないの? クロエ?」
「知らないけど……」
アードラーが信じられないものを見る目で私を見ていた。
「そういえば、面識はなかったな」
父上が呟く。
そして、私に向き直ってあの変なおじさんの素性を教えてくれた。
「あれはこの国の王だ」
陛下だったらしい。
あたりはもうすっかり暗くなっていた。
どうするかについては、必要最低限の荷物と金銭を持って二時間後に家を出るという事に決まった。
その後、可能ならばフェルディウス家へ寄ってアードラーの私物を引き取る予定である。
そしてそのまま、国外へ逃げる。
つまり、夜逃げである。
行き先は東のサハスラータ方面ではなく、その逆。
西方の隣国へとりあえず向かう。
とりあえずというのは、今は一刻も早くこの国から逃げなければならないからだ。
西方の隣国には父上の知り合いがいるらしく、その人物を頼るそうだ。
しばらくその国で滞在し、じっくりと身の振り方を考えるのだ。
王都を出る時は、門番に便宜を図ってもらう予定だ。
父上には顔見知りの門番が何人かいるらしい。
よく飲みに行くそうだ。
それが叶わないようなら、強行突破も予定している。
ただ、その際にビッテンフェルト家の動向を読んで警備が固められている可能性があるので、臨機応変に対応を変えるかもしれない。
私はその可能性が一番高いのではないか、と思っていた。
何せ、この国には国衛院がある。
有力貴族の反乱を鎮圧する対策を、まだ疑ってもいない内から立て始める変態組織だ。
そういった部分に抜かりがあるとは思えない。
だが、王都から出てしまえば、あとはどうとでもなるだろう。
抜け道なんていくらでもある。
抜け道というより、獣道かな?
父上の口ぶりでは、本来なら人の通れないようなルートを視野に入れているようだ。
何が起こるかはまだわからないが、家族会議が終わると私達は各々休息を取る事にした。
深夜、夜逃げを始めればもう休む暇もないだろうから。
今の内に休んでおくのだ。
家族揃って食事を済ませて、アードラーとそれぞれ自室と客室へ戻る途中。
不意に、アードラーは立ち止まった。
数歩進み、アードラーが隣に居ない事に気付いて振り返る。
アードラーは窓の外を見ていた。
その視線の先には、月明かりに照らされた庭があった。
他の家みたいな飾り気のない、所々に申し訳程度の木々が植えられ、あとは芝生だけが広がる殺風景な庭だ。
いつも、私達が鍛錬をしている庭だ。
「夜は雰囲気が変わるわね」
「少し寂しいかな?」
「そうね」
アードラー小さく答えると、黙って夜の庭を眺めていた。
並び立ち、見た彼女の横顔は無表情だ。
何を考えているんだろうか?
もう、ここには戻って来れないと、感傷に浸っているんだろうか?
いや、これは私の思っている事だ。
正直に言えば私は、寂しさを覚えていた。
でも、私と違って、追放前の時間を家でじっくりと過ごせないアードラーは私以上に寂しさを覚えているんじゃないだろうか……。
ふと、ある疑問を思い出す。
私はアードラーを向き、口を開く。
「ねぇ、どうしてあの時、素直に認めたの? アードラーが悪いわけじゃないのに」
王子から追放処分を受けた時だ。
アードラーは身に覚えのない罪を受け入れた。
私にはそれが納得できなかった。
アードラーは私に向いた。
「……それでもいいと、思ったの」
「どうして?」
「そうね……。逃げ出したかったのかもしれないわ」
「逃げ出したかった?」
「クロエは、フェルディウスがどういう家か、知ってる?」
「公爵家。それも忠臣三公に数えられる名家だ。国のあらゆる分野に、多くの人材を輩出している」
合ってる? と私は目で訊ねる。
アードラーは頷いた。
「そしてフェルディウス家は、ピグマール家によく似ている……。
ただ仕える対象がアルマールでなく、王家というだけで。
うちでは、王家のために尽くし、生きるよう教育されるの。
お父様はその模範のような人間で、王家のためならば何でもする人よ。
きっと、娘が追放されたとしても王家のためと割り切る事ができる。そんな人……。
そして私も、そんなお父様に王家を第一に生きるよう求められた。
その生き方を私は、ずっと窮屈に思っていた」
「そうなんだ」
まったく知らなかった。
ゲームでも、こんな話は一切なかった。
裏設定にすら記されない、彼女だけが知っていた秘めた気持ちなのだろう。
「数多く習わされた教養も嗜みも、全ては王家のため。王家の役に立つものばかりを私は身につけてきた。全部、お父様の命令で……。私が本当に好きでやっているのは、きっと舞踏だけね。今は、闘技もかしら?」
アードラーはそこで初めて笑顔を見せた。
淡々と告げていた彼女の口調が、そこからはサバサバとした感情を含んだ物に変わる。
「だからかしらね。追放を言い渡された時、私は少しの嬉しさを覚えたのよ」
「だから、認めたんだね」
「そう。これで私は解放される。そう思ってしまった」
国外追放に開放感を覚えるなんて……。
よっぽど息の詰まるような人生だったんだろうな。
「不安もあったのだけれどね。でも、今はそれもないわ」
「そうなの? どうして?」
訊ね返すと、アードラーは黙り込んだ。
「……言わせる気なの?」
え、何を?
アードラーは小さく息を吐いた。
「これからは、そばにあなたが居てくれるんでしょう? だったら、何の心配もないじゃない」
アードラーは照れたふうに答えた。
それからすぐに、言い繕うように続ける。
「それに、ビッテンフェルト卿が守ってくださると言ってくれてもいるのよ。不安を懐く要素なんて何もないじゃない」
「そっか」
信頼してくれているんだな。
だったら、私もその信頼に応えないといけないな。
「だから、もう何も怖くないわ」
髪形ドリルの君がそれを言うと私は不安になってくるよ。
頭が無くなりそうで怖い。
「ん? クロエ、ちょっと」
アードラーは、窓の外に目を凝らしながら私を呼んだ。
「何?」
「あれ、何かしら?」
アードラーが窓の外を指し示す。
私はアードラーの示した方へ目を凝らした。
そこには、光の点が見えた。
それも一つではなく、いくつもある。
光の点は横並びに列を作って、家の敷地を外壁の外から囲っているように見えた。
よく見ると光は、揺らめいているように見えた。
もしかしたら、松明の炎なのかもしれない。
「クロエ」
不意に、後ろから声をかけられる。
振り返ると父上がいた。
「父上。あれ……」
私が光の点を示して言うと、父上は頷いた。
あれに気づいたから、来たのかもしれない。
「どうやら、囲まれたらしいな」
何に? とは問わない。
今現在、私達を包囲する必要のある存在など一つしかない。
「国衛院でしょうか?」
「展開の速さから見ればそう思える。だが、少し数が多いな。国軍かもしれん」
軍!?
「もう少しかかると思っていたんだがな……。拙速を尊んだか。嘗《な》められたものだ」
父上がニヤッと笑う。
楽しそうですね。
久し振りの実戦を想定して、テンションが高くなっているのかもしれない。
でも実のところ、私もちょっと楽しい。
興奮する。
これはビッテンフェルト家の血のせいかもしれない。
私は改めて外を見る。
そして、ある事に気付いた。
門の外で、両手を頭上で振り続ける可愛らしい生き物を発見した。
「あ、アルディリア」
そういえば、連れてくるの忘れてた……。
まさか、人質にされたんだろうか?
表情は緊張からか強張り、手を振る動作もちょっとぎこちなかった。
もしかして、これは国衛院の私対策の一つなのかもしれない。
くっ、卑劣な!
やってくれる!
なんて思っていたら、アルディリアの隣にいた背の高いおじさんもアルディリアと同じように高く上げた両手を元気に振っていた。
身なりのいい壮年のおじさんだ。
顔には、頭髪と同じ金色の立派な髭を蓄えている。
すっごい笑顔でこちらに手を振っていた。
変なおじさんだ。
誰だろう? あの人。
どっかで見た事のある顔だけど、誰だったか思い出せない。
「父上、門の所にアルディリアと変なおじさんがいます」
「何?」
父上が目を凝らして、門を見る。
「なん……だと……?」
「え、嘘でしょう!?」
父上とアードラーが驚愕に目を見開いた。
「まさか、自らお出ましとはな……。交渉の余地があるという事か……?」
何やら思案して呟くと、父上はその場から離れようとする。
「どうするのですか?」
「出迎えるしかあるまい」
え、そうなの?
父上の事だから、人質は救出する方向で動くかと思った。
それが、こんなにすぐ応じるなんて思わなかった。
もしかしてあのおじさんは、父上にとっての人質だったんだろうか?
とっても大事な人なので、出ざるを得ないとか?
「あの変なおじさんは父上の知り合いなのですか?」
ぶふっ、とアードラーが噴き出す。
私、何かおかしな事を言った?
「知らないの? クロエ?」
「知らないけど……」
アードラーが信じられないものを見る目で私を見ていた。
「そういえば、面識はなかったな」
父上が呟く。
そして、私に向き直ってあの変なおじさんの素性を教えてくれた。
「あれはこの国の王だ」
陛下だったらしい。
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