気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 せっかくなので転生モノらしい事をしてみる 実戦編
前回のあらすじ。
アルエットちゃんへの誕生日プレゼントとして、魔法少女セットを作って贈った。
その変身機構に目をつけた私は、自分用の変身セットを作りたくなってしまったのである。
私は、前に試作した893……スーツ型無糸服をベースとして自分用の変身セットを作る事にした。
前の生地をさらに細かく切り、形状記憶の術式を埋め込む。
この形状記憶の術式は、ムルシエラ先輩が設計図として書き起こした物を参考に、私が一人で作り上げた物だ。
設計図があってもかなり時間がかかった。
ムルシエラ先輩のすごさを実感した。
一応、形状記憶の術式がなくても魔力を操って自力で変身する事もできる。
だが、細分化した事でどれがどの生地かわからなくなってしまったため、自力でやると生地も色も違う奇妙な質感の服になってしまうのだ。
形状記憶の術式はコアとなる物へ刻み、それを基点にして構成される。
プティ・ティーグルのコアは変身した時、胸についているエンブレムだ。
私もアルエットちゃんと同じように、胸に家のエンブレムを貼り付けても良いのだが……。
これを破壊されると、変身機構が使えなくなってしまので内側に隠す方針である。
そうして出来上がったのが、黒いリュックサックである。
見た目だけなら、大容量のカバンにしか見えない代物だ。
プティティーグルのポーチと違って、大きく作ったのでこっちにはまだ物を詰められる余裕がある。
とりあえず、変身機構の試運転がてら起動する。
「変身っ!」
一瞬後、私はスーツ姿のイケメンになっていた。
姿見でじっくり確認する。
綻びは無い。
ちゃんと思惑通りになってくれたようだ。
しかし、まだだ。
いつもならここで満足する所だが、今回はこれで終われない。
今回、この変身セットを作ろうと思ったのは、何も自分の好奇心を満たすためだけではない。
私は数日後、隣国サハスラータへ向かわなければならない。
だが、その際に武具の類の携行を禁じられたのである。
正直に言うとそれは不安だ。
ただでさえ隣国へ行くというだけで不安だというのに、あの国はビッテンフェルト家へ妙な執心を見せているのだ。
他国の人間なのに、細作《スパイ》を使って監視していたりするのだ。
そんな国に自衛の手段を持っていけないのは不安過ぎる。
なので、もしもの時の自衛用として一瞬で武装できる変身セットを作ろうと思ったのである。
変身セットならば、一見武具には見えないので何とか持ち込めるのではないか、という考えだ。
なので、この変身セットを武装できるようさらに改造しなければならない。
ある意味、これからが本番なのである。
とりあえず私は、変身セットに金属プレートを接着していく事にした。
金属プレートは、自宅の倉庫に転がっていた古いプレートメイルをバラして使わせてもらう。
父上にはちゃんと許可を取ってある。
使っていないものなので、ぶっ壊してもいいそうだ。
金属は液体を吸い込まないので、魔力溶剤による接着はできない。
塗布しても、表面の溶剤だけが剥れて飛ぶ可能性があるので使えない。
なので、溶剤に漬《ひた》した布を釘止めして変身時に引っ付ける方式だ。
そうして、手甲、脚甲、胸甲、そして急所だけを守れるよう小さく加工した金属プレートを変身セットに組み込んだ。
手甲と脚甲は一度細かくバラし、ジョイントをつけて裏返せるようにした。
その裏側に布を貼り付け、一見して金属部品だとわからなくしておく。
変身機構を作動させると、各部位に張り付いてから裏返るので手や足を通さずに包まる感じで装備できる。
その機構の関係で、手甲の指部分はない。
他のプレートは手足の関節を守れるように配置する。
肩、肘、腰、膝という具合だ。
後は胸全体を覆う胸甲である。
しかし、これは布地の上に配置する前提なのだが、裸で配置するとまるでビキニアーマーみたいだ。
まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど。
で、それらを収めるようにリュックサック形態に戻してみたのだが……。
中身が布と金属プレートばかりのリュックって……。
全然怪しくないよね!?
と、自分を誤魔化してみても、国境警備兵達の目を欺く事はできない。
客観的に見れば、どう見ても怪しいのだ。
中身を改められればアウトである。
この問題を解決すべく私は考え、さらに改良を加える。
まず、裏返して布地に偽装した手甲と脚甲をリュックサックのベルト部分になるよう術式を組みなおす。
そして、残りのプレートは、リュックを二重にして布と布の間に隠した。
どうせ一度バラけるので、それでも全然問題ない。
これで、見える部分に金属パーツはなくなったわけだが……。
リュックの中に、布が大量に残る事になる。
布だけが入ったリュックもまだ怪しい気がする。
具体的な指摘はされないだろうが、怪しさはある。
ここまで来たのなら、妥協はいけない。
この布もなんとかしてしまおう。
そして私は、残った布地で普段着用の上着を作った。
よく考えれば、普段着を変身セットに変えてしまえば、武装なしの変身だけはできる。
ただ、変身時に下着姿になるだけだ。
私はみんなの見る前でへそ以上の露出プレイに走る勇気がないので、上着だけを変身セットに組み込む事にした。
私は美少女戦士にはなれない。
しかし、これは結果として良い判断だった。
あのまま変身セットを使うと服の重ね着になるのでとても暑かったのだ。
その問題がある程度緩和した。
そこからさらに諸々の試行錯誤を重ね、ついに私専用の変身セットが完成した。
完成品を試着する。
「ヘシン!」
私の姿が一瞬にして、ヒーローめいた姿に変わる。
「おおー」
私は姿身を眺めて思わず声を漏らした。
無駄な布地を省いていった結果、私の変身セットはもうスーツの形をしていなかった。
プレートを黒い塗料で塗り固め、全身黒一色になった姿はどこか近未来的な印象の武装服になっていた。
カッコイイ。
一通り動いてみたが、特に動きにくいという事もない。
ただ、少しいつもより体が重く感じるくらいだ。
しかし、この技術は面白いな。
偽装を考えなければ、瞬時に鎧を着込む事もできるんじゃないだろうか?
今度は、黄金の鎧でも作ってみようかな。
組み立てると星座のモチーフになるやつ。
とにかく、こうして私の変身セットは完成した。
そして、一度完成してしまうと実際に使ってみたくなるものである。
王都。夜のスラム街。
「ひひひ、テメェいい物持ってるじゃねぇか。貰うぜ!」
ナイフを持った小汚い悪党が、一人の男の手からハムを奪う。
そんな様子を悪党の仲間が二人、ニヤニヤと笑いながら眺めていた。
「ああ! それは妻のために買った物なんです、返してください!」
取り返そうと身を乗り出した男が殴り倒される。
「ほう、妻がいるのか?」
「お願いします! 返してください! 妻は病気なんです。何か栄養のある物を食べさせてやらなくちゃいけないんです」
「そいつは悪い事をした。だったらこれは俺達がお前に代わって奥さんに届けてやるよ。何、気にすることは無い。礼はその奥さんにたっぷり返して貰うからよ、ひひひ」
「そんな……」
男の顔が絶望に歪む。
その顔が悪党の足に踏みつけられた。
「だからお前は、家の場所を俺達に教えてここで休んでりゃいい。何も気にする事はねぇ」
「うう……」
その時である。
男の背後に、大きな黒い影が下り立った。
黒い影はナイフを持った悪党の腕を掴む。
「何だ!?」
驚きの声を上げる悪党が、影の手によって投げ飛ばされた。
飛ばされた悪党は、仲間にぶつかり巻き込みながら倒れこむ。
「何だこいつは!」
影は残った仲間の方へ詰め寄ると、足を掴んで引き上げた。
足を取られ、仰向けに倒れそうな悪党の顔を目掛けて拳を叩き込む。
地面と拳に挟まれるように殴られた男は気を失った。
影は手早く悪党を無力化すると、次に先ほど悪党を投げ飛ばした方向へ走った。
そちらには立ち上がった悪党が二人、影を警戒していた。
「このやろう! なめやがって!」
体勢を低くして振るわれたナイフをかわすと、影は奥にいた悪党の顎へアッパーを見舞う。
浮き上がった体をそのまま蹴り飛ばした。
蹴られた悪党は壁に打ち付けられ、意識を失う。
そんな影を狙って、ナイフが再度振るわれた。
影はナイフの刃を腕で凌ぐ。
刃が影の手甲を滑る。
そのまま手を振って刃を弾くと、影は相手の手を殴ってナイフを手放させた。
腹を一発殴り、壁に追い詰めると肘で首元を圧迫する。
「ぐあっ」
悪党は痛みで閉じてしまった目をゆっくりと開く。
その時に、初めて影をまともに見たのだろう。
怯えの混じった驚きが表情に浮かぶ。
「な、なんだテメェは?」
影は黒衣の人間である。
その顔には、顔全体を覆う黒い仮面があった。
「私は今後、お前達の心に巣食う闇だ。闇を見る度に思い出せ」
答える声は、人間の声ではなかった。
声は歪み、男かも女かもわからない声だ。
より一層の怯えを見せる悪党の顔に、拳が見舞われた。
悪党は気を失う。壁に背を滑らせ、座り込むように倒れた。
「あの……」
悪党達に囲まれていた男が、おずおずと口を出す。
黒衣の人物は、男にハムを投げ渡す。
ナイフの悪党が奪った物だ。
男がハムに注目し、それを受け止める。腹のあたりで受け止められたハムを追い、視線が一瞬だけ黒衣の人物からそれる。
次に男が顔を上げた時、そこには初めから何もなかったかのように路地の闇があるだけだった。
男は首を捻った。
あの人物は誰だろう?
そう疑問に思ったのかもしれない。
とまぁ、その人物は私なのだが。
私は悪党を成敗すると、屋根の上に立った。
私がこうして悪党を相手にするのは、スーツの性能を試すためである。
そのついでに、夜の治安維持にも貢献しようと思ったわけだ。
実戦で使い、ちゃんと防具として機能するか確かめたかった。
そのためにさっきも、ナイフをあえて受け止めたのだ。
ただ、さっきみたいに刃が滑るのは危ないかもしれない。
さっきは弾いたが、それができなければ手甲の途切れ目に刃を這わされる可能性があった。
普通の刃物ならいいが、毒が塗ってあった場合は命取りになる。
そうならないように、十手みたいな刃を受け止める部分を作った方がいいかもしれない。
いや、ソードブレイカーみたいにいくつもあった方がいいかな。
帰ったら改良しよう。
あと、手と足を金属で覆った事で拳と蹴りの威力が跳ね上がっている。
ハンマーで殴りつけるのと変わらない感じだ。
思わぬパワーアップだ。
それは嬉しいのだが、スラムのチンピラ相手には過剰戦力だ。
加減を気を付けないと殺してしまいそうだ。
仮面を一度外して、屋根の上に置く。
この仮面は正体を隠すための物だ。
町には国衛院の部隊員達が散っているのだ。
下手をすれば、イノス先輩とかち合う可能性がある。
もう二度とするなと言われた手前、試運転とはいえ素顔で悪党退治をするわけにはいかないのだ。
それに何より、顔を隠した方がカッコイイ!
変身ヒーローは正体がわからないからいいのである。
ちなみにこの仮面は、自作だ。
舞踏会で使った物ではない。
あれはちゃんと返した。
木製の板をベースにした物で、口元が笑みの形にパカッと開くようになっている。
左目の部分が開くようにしようかとも思ったが、いくつもそんな機能をつけられなかった。
何より、私には王の力もなければ邪眼も持っていないので意味がない。
声は魔力を操って自力で変えている。
面倒なので、それを自動で行う機能を仮面につけようかなと考え中だ。
これから先、使う機会があるかはわからないけれど。
私は仮面をつける。
さて、次だ。
一度だけじゃ、まだ性能を検証できない。
改良点もまだあるかもしれない。
だから、次だ。
べ、別に、楽しかったからってわけじゃないんだからね?
でも、何だかんだで、私はやっぱり武家の人間だな。
戦いに赴くと思うと、体がうずうずする。
これから起こる事の期待感に、胸を躍らせずにはいられない。
そうして、何度か性能実験を繰り返していた時だ。
「おいテメェ。何者だよ?」
声をかけられてそちらを向くと、男女の二人組が立っていた。
目を凝らすと、その二人組は青い制服を着たルクスとイノス先輩だった。
今日のイノス先輩は、学園にいる時とは違って、肘に固定するタイプの杖を使っていた。
両手をフリーにした状態で使えるタイプの物だ。
あちゃー、出会っちゃったか。
私は今現在、襟首を掴みあげていた悪党の顔を殴りつけ、気を失わせてから二人に向き直った。
「……さっきの奴とは違うな。仮面も格好もよく見れば別だ」
どう言えばいいかな。
「ルクス様。どうやら、私は勘違いをしていたようです」
唐突に、イノス先輩が口にする。
「何を?」
「私は、もう一人の人物が漆黒の闇に囚われし黒の貴公子だと思っていました」
よくスラスラ言えるね、その名称。
私だってたまに間違えるのに。
「ですが、どうやら違ったようです。この人物こそが、漆黒の闇に囚われし黒の貴公子です」
「どうしてそう思う?」
「骨格が同じです」
父上といい、先輩といい、何でそんな事ができる?
ばっちり正解だよ。
でも、イノス先輩はまだ父上の域に達しているわけではないみたいだ。
偽装した骨格を見抜いただけで、私がクロエであるという事には気付いていない。
「ふぅん。社交界で話題の人物が、どうしてこんな所でチンピラをイジメているのか気になるな。でも、どっちにしろ、捕まえる事には変わりねぇ。その時にじっくりと話を聞かせてもらえばいいか」
「そうですね」
「どうする? 大人しく投降するかい? 悪いようにはしねぇぜ」
別に投降しても、構わないんだけどね。
多分、イノス先輩から叱られるぐらいだろうし。
漆黒の闇に囚われし黒の貴公子だと思った?
残念、骨格を変えたクロエちゃんでした!
と正体を明かせば、万事解決なのだが……。
でも、やっぱり叱られるのは嫌だな。
よし、ここは逃げよう。
私は仮面の機構を動かして、口をパカッと開けた。
クロエスマイルだ。
二人がビクッとする。
隙あり!
私は一歩退き、そのまま地面を蹴って跳び上がった。
目指すのは建物の壁、そこから蹴り上って屋根の上に逃げる。
つもりだったのだが……。
「逃さねぇぜ!」
同じく、跳び上がったルクスに邪魔された。
蹴りを放たれ、私はガードする。
着地した所に、イノス先輩の手が伸びてきた。
私の手首を極めようとしてくる。
が、逆に捻ってイノス先輩の手首を極め返す。
「ぐっ……」
先輩が呻く。
このまま、倒してしまおう。
「何しやがる!」
そこに、叫びを上げるルクスが跳び蹴りで急降下してきた。
私は仕方なく先輩から手を放して距離を取る。
先輩を庇うようにルクスが私と先輩の間に着地した。
むぅ、意外とやる。
簡単に逃げられそうにない。
仕方ない。
ちょっと相手をして、隙を見つけて逃げよう。
スーツの性能を確かめるという意味では、丁度いいか。
私は二人を前に、構えを取った。
正体がバレないように、ビッテンフェルト流ではない構えだ。
私は猛攻をしのぎながら、二人の動きを観察していた。
ルクスが攻め立て、相手が隙を見せた所でイノス先輩が掴みかかってくる。
空中に逃げようにも、ルクスがそれを許さない。
単純な役割分担であるが、効果的な戦法だった。
何より、二人の息はぴったりだ。
二人の連携が、個人の力量以上の力を生み出している。
でも、そろそろ見切った。
ハイキックを狙うルクスの軸足を蹴り払う。
「なっ!」
バランスを崩して倒れるルクスの脇腹を強めに蹴る。
「ぐえ……っ」
これで、痛みのためにしばらく動けなくはずだ。
次に、イノス先輩に迫る。
先輩は迎撃しようと杖を振るう。
その杖を逆に掴み、膝でへし折った。
そのまま引き倒す。
「くっ……」
そうして二人とも動けなくなった隙に、私はその場から逃走した。
「待ちやがれ……っ!」
制止する声を振り切って、私は走り去った。
路地を暫く走り、人気の無い所で変身を解く。
「ふぅ」
溜息が漏れた。
まぁ、いろいろあったけど。
十分すぎるくらいに、スーツの性能は確かめられた。
これなら、隣国で何かあっても私の身を守ってくれるだろう。
私は帰り道を歩き出す。
そうして、道の角を曲がった時だ。
誰かとぶつかった。
「あっ」
その人物は私を見上げると、小さく声を上げた。
「クロエ様。こんばんは」
「こんばんは、ヴォルフラムくん」
そこにいたのはヴォルフラムくんだった。
「どうしてこんな所に?」
首を傾げながら訊ねてくる。
「ちょっと用事」
「そうなんですか」
「ヴォルフラムくんは?」
「僕も同じです」
「家のお仕事とか?」
私が言うと、空気が張り詰めた。
しかし、それもすぐに霧散する。
でもその一瞬、前髪で隠れていたヴォルフラムくんの目が鋭く細められたのを私は見た。
失言だったな。
「どうして、そう思うんです?」
「ヴォルフラムくんって、経営科でしょ? だから、将来のために家の仕事を手伝ったりしてるのかなぁ、って……。アルディリアがそうだからさ。家の事業の手伝いとかしてるよ。違った?」
「そうですか……。そうなんですよ。僕もアルディリアくんと同じで、家の手伝いをしているんです」
「やっぱりー?」
ヴォルフラムくんは笑顔を向ける。
「じゃあ、僕はこれで」
「うん。それじゃあ、またね。夜道は危険だから、気をつけてね」
「それなら、女性のクロエさんの方が危ないじゃないですか」
「どうかな? ヴォルフラムくんは私より可愛らしい顔してるからね」
「あ、ひどいです」
そうして、軽口を言いながら別れた。
「スラム街で事業の手伝いか……。こんな場所でどんな手伝いをしているのかなー」
私は虚空に呟いて、帰路に就いた。
アルエットちゃんへの誕生日プレゼントとして、魔法少女セットを作って贈った。
その変身機構に目をつけた私は、自分用の変身セットを作りたくなってしまったのである。
私は、前に試作した893……スーツ型無糸服をベースとして自分用の変身セットを作る事にした。
前の生地をさらに細かく切り、形状記憶の術式を埋め込む。
この形状記憶の術式は、ムルシエラ先輩が設計図として書き起こした物を参考に、私が一人で作り上げた物だ。
設計図があってもかなり時間がかかった。
ムルシエラ先輩のすごさを実感した。
一応、形状記憶の術式がなくても魔力を操って自力で変身する事もできる。
だが、細分化した事でどれがどの生地かわからなくなってしまったため、自力でやると生地も色も違う奇妙な質感の服になってしまうのだ。
形状記憶の術式はコアとなる物へ刻み、それを基点にして構成される。
プティ・ティーグルのコアは変身した時、胸についているエンブレムだ。
私もアルエットちゃんと同じように、胸に家のエンブレムを貼り付けても良いのだが……。
これを破壊されると、変身機構が使えなくなってしまので内側に隠す方針である。
そうして出来上がったのが、黒いリュックサックである。
見た目だけなら、大容量のカバンにしか見えない代物だ。
プティティーグルのポーチと違って、大きく作ったのでこっちにはまだ物を詰められる余裕がある。
とりあえず、変身機構の試運転がてら起動する。
「変身っ!」
一瞬後、私はスーツ姿のイケメンになっていた。
姿見でじっくり確認する。
綻びは無い。
ちゃんと思惑通りになってくれたようだ。
しかし、まだだ。
いつもならここで満足する所だが、今回はこれで終われない。
今回、この変身セットを作ろうと思ったのは、何も自分の好奇心を満たすためだけではない。
私は数日後、隣国サハスラータへ向かわなければならない。
だが、その際に武具の類の携行を禁じられたのである。
正直に言うとそれは不安だ。
ただでさえ隣国へ行くというだけで不安だというのに、あの国はビッテンフェルト家へ妙な執心を見せているのだ。
他国の人間なのに、細作《スパイ》を使って監視していたりするのだ。
そんな国に自衛の手段を持っていけないのは不安過ぎる。
なので、もしもの時の自衛用として一瞬で武装できる変身セットを作ろうと思ったのである。
変身セットならば、一見武具には見えないので何とか持ち込めるのではないか、という考えだ。
なので、この変身セットを武装できるようさらに改造しなければならない。
ある意味、これからが本番なのである。
とりあえず私は、変身セットに金属プレートを接着していく事にした。
金属プレートは、自宅の倉庫に転がっていた古いプレートメイルをバラして使わせてもらう。
父上にはちゃんと許可を取ってある。
使っていないものなので、ぶっ壊してもいいそうだ。
金属は液体を吸い込まないので、魔力溶剤による接着はできない。
塗布しても、表面の溶剤だけが剥れて飛ぶ可能性があるので使えない。
なので、溶剤に漬《ひた》した布を釘止めして変身時に引っ付ける方式だ。
そうして、手甲、脚甲、胸甲、そして急所だけを守れるよう小さく加工した金属プレートを変身セットに組み込んだ。
手甲と脚甲は一度細かくバラし、ジョイントをつけて裏返せるようにした。
その裏側に布を貼り付け、一見して金属部品だとわからなくしておく。
変身機構を作動させると、各部位に張り付いてから裏返るので手や足を通さずに包まる感じで装備できる。
その機構の関係で、手甲の指部分はない。
他のプレートは手足の関節を守れるように配置する。
肩、肘、腰、膝という具合だ。
後は胸全体を覆う胸甲である。
しかし、これは布地の上に配置する前提なのだが、裸で配置するとまるでビキニアーマーみたいだ。
まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど。
で、それらを収めるようにリュックサック形態に戻してみたのだが……。
中身が布と金属プレートばかりのリュックって……。
全然怪しくないよね!?
と、自分を誤魔化してみても、国境警備兵達の目を欺く事はできない。
客観的に見れば、どう見ても怪しいのだ。
中身を改められればアウトである。
この問題を解決すべく私は考え、さらに改良を加える。
まず、裏返して布地に偽装した手甲と脚甲をリュックサックのベルト部分になるよう術式を組みなおす。
そして、残りのプレートは、リュックを二重にして布と布の間に隠した。
どうせ一度バラけるので、それでも全然問題ない。
これで、見える部分に金属パーツはなくなったわけだが……。
リュックの中に、布が大量に残る事になる。
布だけが入ったリュックもまだ怪しい気がする。
具体的な指摘はされないだろうが、怪しさはある。
ここまで来たのなら、妥協はいけない。
この布もなんとかしてしまおう。
そして私は、残った布地で普段着用の上着を作った。
よく考えれば、普段着を変身セットに変えてしまえば、武装なしの変身だけはできる。
ただ、変身時に下着姿になるだけだ。
私はみんなの見る前でへそ以上の露出プレイに走る勇気がないので、上着だけを変身セットに組み込む事にした。
私は美少女戦士にはなれない。
しかし、これは結果として良い判断だった。
あのまま変身セットを使うと服の重ね着になるのでとても暑かったのだ。
その問題がある程度緩和した。
そこからさらに諸々の試行錯誤を重ね、ついに私専用の変身セットが完成した。
完成品を試着する。
「ヘシン!」
私の姿が一瞬にして、ヒーローめいた姿に変わる。
「おおー」
私は姿身を眺めて思わず声を漏らした。
無駄な布地を省いていった結果、私の変身セットはもうスーツの形をしていなかった。
プレートを黒い塗料で塗り固め、全身黒一色になった姿はどこか近未来的な印象の武装服になっていた。
カッコイイ。
一通り動いてみたが、特に動きにくいという事もない。
ただ、少しいつもより体が重く感じるくらいだ。
しかし、この技術は面白いな。
偽装を考えなければ、瞬時に鎧を着込む事もできるんじゃないだろうか?
今度は、黄金の鎧でも作ってみようかな。
組み立てると星座のモチーフになるやつ。
とにかく、こうして私の変身セットは完成した。
そして、一度完成してしまうと実際に使ってみたくなるものである。
王都。夜のスラム街。
「ひひひ、テメェいい物持ってるじゃねぇか。貰うぜ!」
ナイフを持った小汚い悪党が、一人の男の手からハムを奪う。
そんな様子を悪党の仲間が二人、ニヤニヤと笑いながら眺めていた。
「ああ! それは妻のために買った物なんです、返してください!」
取り返そうと身を乗り出した男が殴り倒される。
「ほう、妻がいるのか?」
「お願いします! 返してください! 妻は病気なんです。何か栄養のある物を食べさせてやらなくちゃいけないんです」
「そいつは悪い事をした。だったらこれは俺達がお前に代わって奥さんに届けてやるよ。何、気にすることは無い。礼はその奥さんにたっぷり返して貰うからよ、ひひひ」
「そんな……」
男の顔が絶望に歪む。
その顔が悪党の足に踏みつけられた。
「だからお前は、家の場所を俺達に教えてここで休んでりゃいい。何も気にする事はねぇ」
「うう……」
その時である。
男の背後に、大きな黒い影が下り立った。
黒い影はナイフを持った悪党の腕を掴む。
「何だ!?」
驚きの声を上げる悪党が、影の手によって投げ飛ばされた。
飛ばされた悪党は、仲間にぶつかり巻き込みながら倒れこむ。
「何だこいつは!」
影は残った仲間の方へ詰め寄ると、足を掴んで引き上げた。
足を取られ、仰向けに倒れそうな悪党の顔を目掛けて拳を叩き込む。
地面と拳に挟まれるように殴られた男は気を失った。
影は手早く悪党を無力化すると、次に先ほど悪党を投げ飛ばした方向へ走った。
そちらには立ち上がった悪党が二人、影を警戒していた。
「このやろう! なめやがって!」
体勢を低くして振るわれたナイフをかわすと、影は奥にいた悪党の顎へアッパーを見舞う。
浮き上がった体をそのまま蹴り飛ばした。
蹴られた悪党は壁に打ち付けられ、意識を失う。
そんな影を狙って、ナイフが再度振るわれた。
影はナイフの刃を腕で凌ぐ。
刃が影の手甲を滑る。
そのまま手を振って刃を弾くと、影は相手の手を殴ってナイフを手放させた。
腹を一発殴り、壁に追い詰めると肘で首元を圧迫する。
「ぐあっ」
悪党は痛みで閉じてしまった目をゆっくりと開く。
その時に、初めて影をまともに見たのだろう。
怯えの混じった驚きが表情に浮かぶ。
「な、なんだテメェは?」
影は黒衣の人間である。
その顔には、顔全体を覆う黒い仮面があった。
「私は今後、お前達の心に巣食う闇だ。闇を見る度に思い出せ」
答える声は、人間の声ではなかった。
声は歪み、男かも女かもわからない声だ。
より一層の怯えを見せる悪党の顔に、拳が見舞われた。
悪党は気を失う。壁に背を滑らせ、座り込むように倒れた。
「あの……」
悪党達に囲まれていた男が、おずおずと口を出す。
黒衣の人物は、男にハムを投げ渡す。
ナイフの悪党が奪った物だ。
男がハムに注目し、それを受け止める。腹のあたりで受け止められたハムを追い、視線が一瞬だけ黒衣の人物からそれる。
次に男が顔を上げた時、そこには初めから何もなかったかのように路地の闇があるだけだった。
男は首を捻った。
あの人物は誰だろう?
そう疑問に思ったのかもしれない。
とまぁ、その人物は私なのだが。
私は悪党を成敗すると、屋根の上に立った。
私がこうして悪党を相手にするのは、スーツの性能を試すためである。
そのついでに、夜の治安維持にも貢献しようと思ったわけだ。
実戦で使い、ちゃんと防具として機能するか確かめたかった。
そのためにさっきも、ナイフをあえて受け止めたのだ。
ただ、さっきみたいに刃が滑るのは危ないかもしれない。
さっきは弾いたが、それができなければ手甲の途切れ目に刃を這わされる可能性があった。
普通の刃物ならいいが、毒が塗ってあった場合は命取りになる。
そうならないように、十手みたいな刃を受け止める部分を作った方がいいかもしれない。
いや、ソードブレイカーみたいにいくつもあった方がいいかな。
帰ったら改良しよう。
あと、手と足を金属で覆った事で拳と蹴りの威力が跳ね上がっている。
ハンマーで殴りつけるのと変わらない感じだ。
思わぬパワーアップだ。
それは嬉しいのだが、スラムのチンピラ相手には過剰戦力だ。
加減を気を付けないと殺してしまいそうだ。
仮面を一度外して、屋根の上に置く。
この仮面は正体を隠すための物だ。
町には国衛院の部隊員達が散っているのだ。
下手をすれば、イノス先輩とかち合う可能性がある。
もう二度とするなと言われた手前、試運転とはいえ素顔で悪党退治をするわけにはいかないのだ。
それに何より、顔を隠した方がカッコイイ!
変身ヒーローは正体がわからないからいいのである。
ちなみにこの仮面は、自作だ。
舞踏会で使った物ではない。
あれはちゃんと返した。
木製の板をベースにした物で、口元が笑みの形にパカッと開くようになっている。
左目の部分が開くようにしようかとも思ったが、いくつもそんな機能をつけられなかった。
何より、私には王の力もなければ邪眼も持っていないので意味がない。
声は魔力を操って自力で変えている。
面倒なので、それを自動で行う機能を仮面につけようかなと考え中だ。
これから先、使う機会があるかはわからないけれど。
私は仮面をつける。
さて、次だ。
一度だけじゃ、まだ性能を検証できない。
改良点もまだあるかもしれない。
だから、次だ。
べ、別に、楽しかったからってわけじゃないんだからね?
でも、何だかんだで、私はやっぱり武家の人間だな。
戦いに赴くと思うと、体がうずうずする。
これから起こる事の期待感に、胸を躍らせずにはいられない。
そうして、何度か性能実験を繰り返していた時だ。
「おいテメェ。何者だよ?」
声をかけられてそちらを向くと、男女の二人組が立っていた。
目を凝らすと、その二人組は青い制服を着たルクスとイノス先輩だった。
今日のイノス先輩は、学園にいる時とは違って、肘に固定するタイプの杖を使っていた。
両手をフリーにした状態で使えるタイプの物だ。
あちゃー、出会っちゃったか。
私は今現在、襟首を掴みあげていた悪党の顔を殴りつけ、気を失わせてから二人に向き直った。
「……さっきの奴とは違うな。仮面も格好もよく見れば別だ」
どう言えばいいかな。
「ルクス様。どうやら、私は勘違いをしていたようです」
唐突に、イノス先輩が口にする。
「何を?」
「私は、もう一人の人物が漆黒の闇に囚われし黒の貴公子だと思っていました」
よくスラスラ言えるね、その名称。
私だってたまに間違えるのに。
「ですが、どうやら違ったようです。この人物こそが、漆黒の闇に囚われし黒の貴公子です」
「どうしてそう思う?」
「骨格が同じです」
父上といい、先輩といい、何でそんな事ができる?
ばっちり正解だよ。
でも、イノス先輩はまだ父上の域に達しているわけではないみたいだ。
偽装した骨格を見抜いただけで、私がクロエであるという事には気付いていない。
「ふぅん。社交界で話題の人物が、どうしてこんな所でチンピラをイジメているのか気になるな。でも、どっちにしろ、捕まえる事には変わりねぇ。その時にじっくりと話を聞かせてもらえばいいか」
「そうですね」
「どうする? 大人しく投降するかい? 悪いようにはしねぇぜ」
別に投降しても、構わないんだけどね。
多分、イノス先輩から叱られるぐらいだろうし。
漆黒の闇に囚われし黒の貴公子だと思った?
残念、骨格を変えたクロエちゃんでした!
と正体を明かせば、万事解決なのだが……。
でも、やっぱり叱られるのは嫌だな。
よし、ここは逃げよう。
私は仮面の機構を動かして、口をパカッと開けた。
クロエスマイルだ。
二人がビクッとする。
隙あり!
私は一歩退き、そのまま地面を蹴って跳び上がった。
目指すのは建物の壁、そこから蹴り上って屋根の上に逃げる。
つもりだったのだが……。
「逃さねぇぜ!」
同じく、跳び上がったルクスに邪魔された。
蹴りを放たれ、私はガードする。
着地した所に、イノス先輩の手が伸びてきた。
私の手首を極めようとしてくる。
が、逆に捻ってイノス先輩の手首を極め返す。
「ぐっ……」
先輩が呻く。
このまま、倒してしまおう。
「何しやがる!」
そこに、叫びを上げるルクスが跳び蹴りで急降下してきた。
私は仕方なく先輩から手を放して距離を取る。
先輩を庇うようにルクスが私と先輩の間に着地した。
むぅ、意外とやる。
簡単に逃げられそうにない。
仕方ない。
ちょっと相手をして、隙を見つけて逃げよう。
スーツの性能を確かめるという意味では、丁度いいか。
私は二人を前に、構えを取った。
正体がバレないように、ビッテンフェルト流ではない構えだ。
私は猛攻をしのぎながら、二人の動きを観察していた。
ルクスが攻め立て、相手が隙を見せた所でイノス先輩が掴みかかってくる。
空中に逃げようにも、ルクスがそれを許さない。
単純な役割分担であるが、効果的な戦法だった。
何より、二人の息はぴったりだ。
二人の連携が、個人の力量以上の力を生み出している。
でも、そろそろ見切った。
ハイキックを狙うルクスの軸足を蹴り払う。
「なっ!」
バランスを崩して倒れるルクスの脇腹を強めに蹴る。
「ぐえ……っ」
これで、痛みのためにしばらく動けなくはずだ。
次に、イノス先輩に迫る。
先輩は迎撃しようと杖を振るう。
その杖を逆に掴み、膝でへし折った。
そのまま引き倒す。
「くっ……」
そうして二人とも動けなくなった隙に、私はその場から逃走した。
「待ちやがれ……っ!」
制止する声を振り切って、私は走り去った。
路地を暫く走り、人気の無い所で変身を解く。
「ふぅ」
溜息が漏れた。
まぁ、いろいろあったけど。
十分すぎるくらいに、スーツの性能は確かめられた。
これなら、隣国で何かあっても私の身を守ってくれるだろう。
私は帰り道を歩き出す。
そうして、道の角を曲がった時だ。
誰かとぶつかった。
「あっ」
その人物は私を見上げると、小さく声を上げた。
「クロエ様。こんばんは」
「こんばんは、ヴォルフラムくん」
そこにいたのはヴォルフラムくんだった。
「どうしてこんな所に?」
首を傾げながら訊ねてくる。
「ちょっと用事」
「そうなんですか」
「ヴォルフラムくんは?」
「僕も同じです」
「家のお仕事とか?」
私が言うと、空気が張り詰めた。
しかし、それもすぐに霧散する。
でもその一瞬、前髪で隠れていたヴォルフラムくんの目が鋭く細められたのを私は見た。
失言だったな。
「どうして、そう思うんです?」
「ヴォルフラムくんって、経営科でしょ? だから、将来のために家の仕事を手伝ったりしてるのかなぁ、って……。アルディリアがそうだからさ。家の事業の手伝いとかしてるよ。違った?」
「そうですか……。そうなんですよ。僕もアルディリアくんと同じで、家の手伝いをしているんです」
「やっぱりー?」
ヴォルフラムくんは笑顔を向ける。
「じゃあ、僕はこれで」
「うん。それじゃあ、またね。夜道は危険だから、気をつけてね」
「それなら、女性のクロエさんの方が危ないじゃないですか」
「どうかな? ヴォルフラムくんは私より可愛らしい顔してるからね」
「あ、ひどいです」
そうして、軽口を言いながら別れた。
「スラム街で事業の手伝いか……。こんな場所でどんな手伝いをしているのかなー」
私は虚空に呟いて、帰路に就いた。
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