気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

六十一話 喧嘩上等許可

 ビッテンフェルト家。
 食堂で夕食をとっていた時の事。

「というわけで、サハスラータへ赴く事となりました」

 私は、昼間の事を父上に話した。

「そうか……」

 父上は難しい顔つきになり、ナイフとフォークを置いた。
 今日の夕食はステーキである。

「もしやとは思うが、強制されたのではないだろうな?」

 片眉を上げて、父上は訊ね返す。

「いえ、そんな事はないですけど」
「ならいいが……」

 父上はどこか不機嫌そうな様子で返す。
 食べかけのステーキにも手を付ける様子がない。

「あなた、心配なのですね」

 母上が指摘する。
 すると、父上は視線だけを巡らせて母上を一瞥する。

「そうだな……」

 一言肯定した。

「これが他の国ならば、何も心配はいらん。だが、サハスラータは別だ。あそこの王とは因縁がある」
「それは、父上がサハスラータ王を追い回したからですか?」
「そうだ。それを恨み、お前を害そうとするかもしれぬ。それが心配だ」

 父上が不安を口にするのを初めて聞いた。
 それくらい、危ないという事だろうか。

「多分、大丈夫ですよ。先輩方もそう言ってましたし」

 私が宥めると、父上は一つ唸った。

「……もしも、何かあった時は形振《なりふ》り構わずに逃げろ。あの国の重鎮であろうと、構わず叩き斬って逃げろ。たとえ、国際問題になってもいい。自分の身の安全だけを考えて動け」

 なんて物騒な……。

「いや、流石にそれはちょっと。国に迷惑がかかりますし、そうなったらビッテンフェルト家もどうなるか……」
「家の事などどうでもいい。お前が無事ならば」

 ああ。
 私、父上に愛されてるんだな。

「それは隣国の、今回の事に限ってじゃない。もし、上位の人間に意に沿わぬ事を強いられた時も遠慮は要らぬ、逆らってでも自分の思う通りに行動しろ」
「それだと本当に家が危ないじゃないですか」
「そうだな。私も家は守りたい。だから、私はどんな人間に何を言われようと、恭しく応じている」
「説得力無いですよ、父上」
「そうでもない。これは、私の話だからな。私はお前達を守りたい。私の責任でお前達に災禍を及ぼすような事はしたくないのだ。
 だから、お前達が自分を守るために行動するのなら、それがどんな結果になろうと私は構わない。
 その相手が隣国の重鎮であろうと、上位貴族だろうと、王族であろうと……。構わない、好きなように振舞え」

 それって、嫌な事をされたら誰が相手でも構わずに喧嘩売ってもいいって事?
 喧嘩上等なの?

「ふふふ」

 母上が小さく笑う。

「私には喧嘩する相手なんてありませんよ」

 母上は私を見る。

「でも、クロエ。私はお父様と同じ考えですよ。あなたが自分の身を守るためなら、どんな事をしても私は構いません。家の事など気にせず、あなたはあなたの生きたいように生きなさい」

 さっき感じた事は、ちょっと違ったみたいだ。
 私は、両親に愛されているんだ。

「わかりました。じゃあ、本当にどうしようもなくなった時はそうします」

 私は答える。

 けれど、これは嘘だ。
 家族を守りたいのは、父上と母上だけじゃない。
 私だって、家族は守りたいのだ。

「ああ、気にする事は無い。武力という物は、どこに行こうと必要とされる物だ。この国にいられなくなっても、どこでだってやっていける」
「そうですね。鍋と焚き火があれば料理も作れますもの。あ、材料は必要ですけどね」

 母上が冗談めかして言い、笑った。

「なんて話をしていたら、結婚したての頃を思い出しますね」
「ん?」
「ほら、あなたの山篭りについて行った事があったじゃありませんか」
「ああ、あったな」
「あなたの背負う椅子に座って、山道を登っていきましたね」
「鍛錬のために丁度よかったんだ。少し、軽すぎるくらいではあったが」
「方位磁石が壊れている事に気付いて、そのまま遭難しましたね」
「ああ。山の動物と山菜を取りながら飢えを凌ぎ、川に沿って歩いて何とか下山したのだったな。遭難していながら、あんなに美味い物が食えるとは思わなかったな」
「まぁ、お上手ですね。今更口説かれなくとも、私はもうあなたの物ですよ。ふふふ」

 やばい。
 二人が固有結界を発動し始めた。
 砂糖になるぅ〜。

 私は二人が本気を出す前に、ステーキを急いで食べるとその場を後にした。

 危ない危ない。
 あのままでは、私の具体的な誕生秘話まで語られそうだった。
 両親のそういう話って、聞いていると精神的なダメージを受けるんだよね。
 どうしてだろう?

 しっかし、あんなに仲がいいのにどうして私は一人っ子なんだろうか……。
 不思議だなぁ……。
 ビッテンフェルト家のミステリーだよ。



 後日、隣国へ向かう色々な打ち合わせが終わったのだが……。

 本来、隣国へ赴く際は戦力になりそうな護衛の人数は制限されるが、その代わり基本的に自衛用の武器防具などの携行を許されている。

 なのだが、私が武具を持つ事だけはサハスラータから禁じられた。
 その上、両手足に枷をつけるよう言われたらしい。
 流石に使節の人がそれは突っぱねてくれたのだが……。

 サハスラータはどれだけビッテンフェルトを恐れているんだよ。
 どんだけ〜。

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