気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

六十話 危険地帯デートの誘い

 中庭。
 いつものメンバーで恒例のランチ女子会を開いていた時の事だ。



「マリノー様の作ったサンドイッチおいしーっ!」

 カナリオがマリノーからもらったサンドイッチを頬張り、幸せそうな表情で感嘆の声をあげる。
 昼食を食べ終わり、マリノーがデザートとして配った甘いフルーツサンドイッチだ。
 具には、色々なバリエーションのフルーツが使われている。
 ちなみに、私が渡されたのはイチゴのフルーツサンドイッチである。

 イチゴは野菜……。
 フルーツじゃないんですが……。

 それはともかく、確かにとても美味しい。
 パンその物が柔らかくて美味しいのは勿論、パンに塗られたソースもフルーティで美味しい。

 全部、手作りなんだろうなぁ。
 きっとこのソースの味って女の子だよね。
 粘性と果肉の歯ごたえがあるという事は、ジャムかな。

「本当においしいや。これならいくつでも入っちゃうよ」

 アルディリアがそのまま溶けちゃいそうなくらいに蕩けた顔で賛同する。

「頬っぺたについてますよ」

 そんなアルディリアの頬っぺたから、ムルシエラ先輩がソースを指先で拭い取る。

「あ、先輩、ありがとうございます」

 アルディリアは恥ずかしそうに頬を染めて礼を言った。

「いいえ。どういたしまして」

 ムルシエラ先輩もにっこりと笑う。

 ……まぁ、いいけどさ。

「本当に美味しいわね。これ。パンに塗っているのは何かしら? フルーツのシロップ漬けかしら?」
「そいつはジャムだ! わからないのか!」

 アードラーの疑問に答える。

「なんでそんなに必死なのよ」
「倍返しだ!」
「何を!?」

 こういうネタを言い合う機会がないから、言いたかったんだよ。
 前世では、私と波長の合う残念な女友達とこんなネタを交えた話をよくしていた。
 みんな、元気にしているだろうか……?

「おいしーね」

 私の膝の上に座っていたアルエットちゃんが、にぱっと笑いながら言った。
 そうだね。
 おいしいね。

 みんな。
 私は今、こっちで元気にしているよ。



「ねぇクロエ」

 サンドイッチを食べ終わった頃、アードラーが声をかけてきた。

「何?」
「私、近々隣国へ行く事になったのだけど……」
「隣国って、サハスラータ?」

 アードラーは頷く。

「どうしてまた?」
「親善大使みたいなものね。恒久的な和平の象徴として、毎年互いの国の行事に互いの国の王族が参加する事になっているの。今年はリオン様だったのよ」
「ふぅん」

 そういえば、ゲームでもあったな。
 そんなイベント。
 王子シナリオの一つだ。
 意外と重要な物である。

「で、リオン様の婚約者として私も一緒に行くのだけれど……」

 一拍置き、アードラーは一つ咳払いをする。
 頬をほのかに染め、続く言葉を口にする。

「クロエも一緒に行かないかしら?」

 何か、「チケットが手に入ったから一緒に行かない?」みたいなノリで話されたけど、結構な大事ではなかろうか?

「私が行ってもいいの?」
「別に構わないわ。殿下だって別の人物を誘っているみたいだし」

 アードラーはちらりとカナリオを見る。
 カナリオは居たたまれない表情で、身を縮こまらせていた。

「申し訳ありません」

 小さな声で謝る。

 誘われていたんだな。

 でも、これはゲームイベント通りだ。
 彼女が誘われたという事は、順調に王子の好感度が上がっているのだろう。
 私としてはありがたい展開なのだが……。

 私はアードラーを盗み見た。

「別に気にしてないわ」

 本当にこれっぽっちも気にしていないという感じでアードラーが答えた。
 彼女がここまで平然と答えた事が、私には意外だった。

「それより、どうかしら?」

 アードラーに再度訊ねられる。

「いや、それもあるんだけど。私が気になるのは、ビッテンフェルト家の私が行っても大丈夫なのかって事だよ」

 あー、とアードラーが得心いったというように声を出す。

 私の懸念はむしろそっちだ。

 細作《スパイ》の騒動で、隣国が信じられないくらいビッテンフェルトを怖がっている事がわかってしまった。
 私が行ってしまうと、相手を無用に刺激してしまうのではないか、と心配なのだ。

 このビッテンフェルトを連れてきたのは誰だ!
 無礼千万だ!
 責任者《おかみ》を呼べ!

 と怒られやしないだろうか。
 下手したらそれがきっかけで国同士の関係が悪化しないだろうか。

「その話、できるなら私達からもお願いしたい所です」

 思いがけない所から返事が返ってくる。
 見ると、ルクスに手を貸してもらってイノス先輩がこちらへ歩いてくる所だった。
 何故か杖を持っていない。

「ごきげんよう。ビッテンフェルト様」
「よう、クロエ」
「ごきげんよう。ピグマール先輩。あと、ルクス、こんちはー」
「俺には雑だな」

 いいじゃん。
 親しさの証だよ。

「杖はどうしたのですか?」
「どういうわけか朝から見当たらないのです。なので、仕方なくルクス様の手をお借りしている次第でして……。足手まといにはなりたくないのですけどね」

 イノス先輩は、表情にかすかな苦々しさを映した。

 もしかして、先輩の手を握りたいから君が隠したんじゃないだろうね?
 と、ルクスを見る。
 ルクスは「ちげーよ」というふうに首を左右に振った。
 違うらしい。
 じゃあ、どうしてだろう?

「それで、さっきの話なのですが」
「ア、ハイ」
「先の細作騒動について抗議をする事になりまして、相手を威圧する目的でご同行願いたいのです」
「威圧、ですか?」
「簡単に言えば嫌がらせです。今回は向こうが悪いので、それくらいは許されるでしょう」
「そうですか。……私が行って、大丈夫なんですか? 国の関係が悪くなったりしません?」
「ビッテンフェルト卿本人が向かえば戦争に発展する危険性はありますね。ですが、娘のあなたなら威圧で留まるでしょう」

 そんなもんか?

「それは私からもお願いします」

 ムルシエラ先輩が話に参加する。

「その際の外交官として、私もサハスラータへ行く事になっているのです。あの国では、ビッテンフェルトの名前はかなり轟いていますからね。娘とはいえ、当事者の一人として本人が現れれば、責任の追及をうまく進められるでしょう。そのままあわよくば、搾り取れるだけ搾り取りたい所ですね」

 ムルシエラ先輩がニヤリと口の端を歪めた。
 いつもの先輩からは想像できない悪辣な禍々しさがあった。
 これが先輩の外交官としての顔か。

「?」

 私の視線に気づいて、先輩はいつもの優しげな笑みを向けてくれた。

「強制ではありませんがね。居てくれると少し助かる、というぐらいの物ですから」

 イノス先輩が言う。
 どうしようかな。

「ね、行きましょうよ」

 アードラーが私を誘う。
 そんな彼女を見る。

 普段通りの様子に見えて、少しばかり表情がぎこちないように見えた。
 私を誘うのに、きっと勇気を振り絞ったんだろうな。
 今も、断られないか不安なのだ。

 私が断れば、きっとアードラーは向こうで一人きりなんだろうな……。

「わかった。じゃあ、行こうかな」

 私が答えると、アードラーの表情が華やいだ。

「ええ、ええ! 行きましょう! 私も何度か向こうには行っているから、町を案内してあげるわ」

 アードラーはとても嬉しそうだ。
 喜んでくれてよかった。

「あ、じゃあ僕も行く」

 アルディリアが手を上げた。
 アードラーが不満そうに顔を顰めた。

「どうしてあなたまで来るのよ?」
「僕、婚約者だから」
「芋づるじゃあるまいし、婚約者だからってどこかしこについてこなくてもいいわよ」

 差し詰め、私は芋ですか。

「やっぱり公式の場だからさ。婚約者がいないと格好がつかないよ」
「たしかに、婚約者同伴の方が刺激は抑えられそうですね」

 イノス先輩がアルディリアに賛同する。
 私は婚約者を連れて遊びに来ただけですよ、というアピールができるという事かな。

「ほら、先輩もこう言ってるし、ね?」
「ぐぬぬ……。わかったわ」

 妙に悔しそうな様子でアードラーは了承した。



 こうして私は、アードラーに同行して隣国へ向かう事になった。

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