気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

五十六話 名探偵イノス

 時計塔の一階。
 私とルクスを囲む部隊員から抜け出て、イノス先輩は私達の前へ歩み出た。

「説明をしてくださいますね? ルクス様」

 イノス先輩は静かに、しかし有無を言わせぬ口調で問い掛ける。
 対してルクスは、ムッと顔を顰めた。

「何でお前にそんな事を言わなきゃならねぇんだよ? お前には関係ないだろ」

 わお、ツンデレ乙。

「そうですね。けれど、今回に関してはそれで済ませるわけにいきませんので」

 言って、先輩は辺りを見回す。
 今、一階には私達が撃退した男達が倒れていた。

「何故こんな事を? ここ最近、スラム近辺の犯罪者の関節を外して回っていたのはあなた方なのでしょう?」
「そりゃあ……こいつがしたいって言うからだよ」

 ルクスは私を親指で差して何かおかしな事を言い出した。

 何言ってんの?
 そんな嘘吐いても意味ないじゃん。
 むしろ、ここはアピールする所だよ?
 お前のために犯罪者を捕まえてたって。

「俺は今、こいつとデート中なんだよ」

 本当に何言い出しちゃってるの!?

「知ってんだろ? こいつはビッテンフェルトだ。何よりも戦いを好む血に飢えた戦闘狂だ。だから俺はこいつが存分に戦える場所を用意してやったのさ。してほしい事をしてやれば、女は喜ぶもんだからな」

 誰が戦闘狂だ。
 勝手な事言いやがって。
 あと、私の肩に腕を回そうとするな。

 ルクスの手をパシッと払う。

 これって、ルクスが考えたイノス先輩の気を引く方法その一でしょ。
 他の女の子と仲良くして、気を引くっていう奴でしょうよ。

 だから相手が自分に好意を持ってないと逆効果だって言ったでしょうが!
 私を巻き込まないでよ!

「ルクス様が、ビッテンフェルト様とそのような仲であるとは存じませんでした」
「おう、もうかなり親密な仲なんだぜ。耳に小指を突っ込んできたり、手を握ってきたりするような仲だ」
「本当なのですか?」

 イノス先輩は真偽を探るように私を見る。

 私は答えなかった。
 確かに半分は嘘じゃないので、ちょっと言葉に迷ってしまったのだ。

 しかし……。
 もしかしてこれはルクスにとっていい展開なのかもしれない。

 カナリオがルクスと親密になって、イノス先輩はライバル宣言をする。
 だったら、こうして私とルクスが親密だと思わせれば、先輩は私にライバル宣言をするかもしれない。
 そうなれば、ルクスとイノス先輩の仲は進展するはずだ。

 私は期待しつつ、イノス先輩の言葉を待った。

「そうですか。それはよろしい事です」

 あれ?
 普通に受け入れてしまったぞ。
 やっぱり、カナリオにライバル宣言をしたのは、彼女が貴族ではなかったからなのかもしれない。

 相手が貴族であれば問題ない。
 その線が濃厚になった。

「ですが、本当にそれだけですか?」

 先輩は目を細めて、ルクスを見た。

「ほ、本当だ」

 ルクスが答えると、先輩は次に私を見た。
 まるで確認を取るように。

 私は事実を話す事にした。
 多分、これは隠してもいい事じゃないし。

「嘘ですよ。本当は、盗賊団を捕まえようとしていました」

 ルクスは「おい!」と声を上げ、イノス先輩は目を細めて私を見た。

「何故そのような事を?」

 ルクスが焦り顔で私を睨んでくる。
 もー、めんどくさいなー。
 言っちゃえばいいのに。

「それは、国の秩序を乱す犯罪を許せなかったからです。ついでに、いい運動になればいいかな、とも思いまして」

 かなり適当な理由を述べる。

「そうですか。確かに、あなたの協力は助かりました。けれど、これきりにしてください。国衛院が護る対象は国。それは住まう民も含めての事。あなたもまた、その中にあるのです」

 そういう理念があるのか。
 多分、私がこの国の敵にならない限り、という言葉が裏にあるんだろうけど。

「なので、このような危険な行為はやめてください」
「わかりました。でも、最後に一つだけ情報提供をさせてください」
「それくらいならば」

 私は、この時計塔で聞いた会話と機関部で戦った相手の事を話した。

「ビッテンフェルト家を気にしていた?」
「はい。正直、それが一番気になっています。うちに何かあるかも、と思うと少し怖いです」

 父上が何とかしてくれそうな気もするのだが、相手は毒を使うのだ。
 ちょっとの油断で父上が死んでしまうという事も無いとは言い切れない。
 家族が死ぬのは嫌だ。

 先輩はしばし黙考すると、不意に部下の隊員を呼びつけた。

「時計塔の一番上にいる男の死体を調べてください。それから、盗賊団の被害にあった場所の再度調査を。現場にあった資料類を重点的にお願いします。終ったらその結果報告とビッテンフェルト様の証言を資料にまとめ、第一、第二部隊の隊長へ提出してください」
「はっ」

 部下は短く答えると、数名の隊員を連れて時計塔を登った。
 それを見届けてから、先輩は私に向き直る。

「それが的確なものであるかわかりませんが。私の所見からしますと、恐らくビッテンフェルト家が狙われる事はないと思われます」
「何故ですか?」
「それは言えません。知る必要のない事です」

「Need not to know(知る必要のない事)」って?
 むぅ……。
 気になるじゃないの。

「話してやれよ」

 そんな時に、ルクスが言葉を発した。
 言葉を向けたのは、イノス先輩に対してだ。
 二人して、彼に向き直る。

「不安がってる奴がいるなら、そいつを不安から護ってやれよ」
「部外者には話せません」
「いいから話せ」
「それは、第三部隊隊長としての命令ですか?」

 イノス先輩は、暗にルクスに国衛院に所属するのか? と問うた。

「……違うぜ。アルマール家として、ピグマール家の人間に命じているんだ」

 ルクスはそれをきっぱり拒否する。

 その言葉を最後に、二人は口を噤む。
 にらみ合うでもなく、互いに視線を合わせ続けた。
 しばらくそれが続き、やがてイノス先輩が口を開く。

「……わかりました。話しましょう」

 あくまでもこれは私の考えなので、正しいとは限りませんが……。
 と前置きしてから、イノス先輩は説明してくれた。

「恐らく、ビッテンフェルト様とルクス様が捕らえた男の正体は細作《スパイ》ではないかと思われます。それも、隣国の……」

 あれ?
 ヤクザ組織の人間じゃなくて?

「どうしてそう思うのですか?」

 先輩の言葉に私は問い返す。

「根拠ですか……。そうですね。盗賊団が積極的に貴族の家を標的にしていた事とビッテンフェルト家を気にしていた事、でしょうか。それにその男は、あなたの顔を存じていたのでしょう?」
「ええ。それが根拠ですか?」

 どうしてそれが根拠になるの?

「普通、盗賊は貴族の屋敷を狙いません。リスクが大きすぎますからね。特に、ビッテンフェルト家なんて絶対に入らないでしょう。試みた人間も幾人かいますが、今の所一人として生きて屋敷から出た盗賊はいませんから」
「はぁ、そうなんですか」

 知らなかったよ。
 私の生まれる前かな?
 それとも、私の知らない内に誰かが処理していたって事なのかな。

「今、私達の追う盗賊団は臨時の人員を囮にして、ひっそりと別の場所へ盗みに入っていました。とても慎重で計画的な行動を取る組織です」

 やっぱりそうだったのか。
 盗賊団の手口、私とルクスの思った通りだ。

「そんな盗賊団が貴族の家を襲うというリスクを犯すのは、不自然です。
 恐らく、別の目的があったからなのでしょう。
 盗みに入られた家は皆、家中があらされていました。その中には書斎などもあり、重要書類の入った金庫なども開けられていた。
 それらの物には手付かずで、金目の物だけを持ち去っていたので考えに到りませんでしたが、今思えば盗まれた金品は貴族家の家を襲撃するリスクを犯すには少し少なすぎました」
「つまり、盗賊団の盗みは諜報活動の目くらましって事ですね」

 イノス先輩は頷く。

 書類を持ち去る事はしなかったが、実際は書き写していったのだろう。
 そうして、諜報活動が行われている事実を隠蔽していたのだ。
 目的が金品の窃盗であると思わせて。

「そんな事をするのは、細作ぐらいのものです。そして、盗賊団の幹部と見られる男は、あなたの素性を見破る程度にビッテンフェルト家を知っている。ならば隣国、サハスラータの人間であるという可能性が高いのです」

 私は息を呑んだ。
 サハスラータというのは、アルディリアのルートにおいて戦争を仕掛けてくる隣国だからだ。
 つまり、直接的に私を殺す国の名前なのだ。

 そんな国が、私の素性を調べている。
 その事実が怖かった。

「うちの素性を知っていると、どうして隣国の細作になるのですか?」
「お前の親父が、その国の王に何をしたのか知っているだろう?」

 私の疑問に、ルクスが答えた。

「昔、サハスラータが攻めてきた時、お前の親父は現サハスラータの王族である指揮官を追い詰めた。その指揮官は当時の第二王子、そして現サハスラータ王だ。ここまで言えばわかるか?」
「な、なんとなく」
「実はわかってねぇだろ?」

 バレたか。

「その時の事が余程恐ろしかったんだろうさ。
もう、二度とうちと戦いたくないと思うほどに。何せ、第二王子の身で、敗戦の責任を負わされながらも、戦争の再開を画策していた第一王子を押し退けて王の座を奪ったんだからな。
 そして今は、うちとの和平を維持する事に躍起になっている。
 その上で細作を送り込み、偏執的なまでにビッテンフェルト家の情報を重視しているんだ」

 ビッテンフェルト家が怖いから、見張っているわけだ。

「なるほど。よくわかった」
「サハスラータ王は過剰にビッテンフェルト家を恐れています。それこそ、下手に手を出して怒りを買いたくないと思う程度には。安心していただけましたか?」
「まぁ、一応は」

 実はそこかしこで見張られているかもしれない、というのは気持ち悪いけど。

「でも、今日は殺されそうになりましたけどね」
「それもそうですね。十中八九現場の独断だと思われますが、別の国が装っているという可能性もありますね。ですが、それも調査を進めていけばわかるでしょう。事が国外からの諜報戦であるとわかれば、こちらも第一、第二部隊との連携が取れます。あるいは……」

 言いかけて、先輩は言葉を止めた。

「とにかく、これで盗賊団の問題は直《じき》に片がつくでしょう。隣国の仕業だという証拠を得られれば、正式な抗議もできます。あなたのおかげです。感謝します。でも、こういう事はこれっきりにしてください」
「わかってます。今回は、ルクスの手伝いを頼まれただけですから」
「おい!」

 ルクスが怒鳴る。
 アピールしなきゃ伝わらないよ。
 今のままじゃ、本当に愛国心のために行動したとしか思われないよ。

「ルクス様が? 民間人を巻き込んで何をしているんですか?」

 イノス先輩は険しい顔でルクスを睨んだ。
 どうやら逆効果だったようだ。

「あ、いや、それは……」

 ごめん、ルクス。

 私は心の中で謝った。



 それにしても、盗賊団が隣国の細作だったとはね。
 びっくりだよ

 でもそれって、幼いルクスとイノスを襲った犯人が隣国の細作だったって事でもあるんだよね。

 ヤクザ組織の人間にも、そういう諜報員が入り込んでいるって事だ。

 二人が狙われたのも実は、隣国の思惑があったって事なのだろうか……。

 ゲームをしている時は気付かなかったけど、この世界の裏側は思った以上に血生臭いのかもしれないなぁ。

 こうして、私とルクスの悪党狩りは終わったのである。

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