気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
五十一話 恨まれる理由
話をしよう。
あれは、五年……いや、三年二十四か月前の出来事だったか。
まあいい。
私にとっては昔の出来事だが、君達にとっても多分過去の出来事だ。
ルクスが十歳、イノス先輩が十一歳の頃だ。
ルクスとその婚約者であるイノス先輩は、馬車で移動していた。
どこへ行こうとしていたのか、私も理由ははっきり憶えていない。
観劇を見に行こうとしていたのだったか、どこかのパーティへ行こうとしていたのか、そういうものだったと思う。
二人の乗った馬車は、護衛の騎兵を伴って夜の町を進んでいた。
しかしそんな時に、馬車の前へ道を塞ぐように一人の男が倒れこんだ。
御者はルクスへその事を伝え、ルクスは馬車を停めるように御者へ告げた。
そして、御者に男の安否を確認させた。
その時だ。
路地の闇から、別の男が飛び出した。
男は暗器を投擲して目前の騎兵を排除すると、二人の乗る馬車へ走り寄った。
そして男は馬車の窓を破り、何かを車内へ投げ込んだ。
それは火薬と薬品を使用した爆弾だった。
何かはわからないが、危険物である事を悟ったイノス先輩は、ルクスをその爆弾から庇うように抱き締め、馬車の外へ飛び出した。
扉が開かれた瞬間、同時に爆発が起こる。
そして、幼い二人の体は爆風に吹き飛ばされた。
車外へ飛び出していた事とイノス先輩が咄嗟に魔力の壁を張った事もあってルクスは無傷だった。
だが、イノス先輩はそういかなかった。
魔力の壁で軽減はされていたがそれでも爆発の威力は殺しきれず、背面は爆風と吹き飛ばされた破片によって火傷と外傷でボロボロになり、そして右足は千切れてしまっていた。
そして騒動の混乱が収まった時には、倒れていた男も走りこんできた男もいなかった。
意識不明の重傷を負ったイノス先輩は国衛院の治療施設へ運ばれ、治療を受けた。
そうして長い治療の後、一命を取り留めた先輩だったが……。
そこには消えない大きな傷痕と満足に動かなくなった右足が残されていた。
ルクスはそれを自分のせいだと思っているようだった。
自分が馬車を泊めさせなければ、こうならなかった。
爆発物に気付いて自分で逃げられれば、イノス先輩もルクスを庇う手間をかけずに逃げ出せたかもしれない。
そう、思っているようだった。
確かに、そういう部分を見ればルクスの責任なのかもしれない。
でも、多分そこは見るべきところじゃない。
本当に悪いのは、事件を起こした人間。
ルクスとイノス先輩を狙った人間が一番悪い。
私はそう思う。
では、何故このような襲撃を受けたのか?
それは二人が国衛院の上にいる人物の子供だからだ。
事件を起こしたのは、前世の世界で言う所のヤクザ者である。
いや、マフィアやギャングと言った方がしっくりくるだろうか?
裏の世界を牛耳り、利益を上げるためならば平気で法を犯す連中だ。
彼らにとって、国の犯罪を一手に取り締まる国衛院は目の上のたんこぶであり、敵対関係にあった。
だが、直接的な原因はあるヤクザ組織のボスの息子が、捕り物の最中に捕縛され、その際誤って命を落とした事にある。
その報復として、二人は狙われたのだ。
それは当時大きな事件として取り扱われ、幼い私の耳にも入るほどだった。
その頃の私は、まだ前世の記憶を取り戻していなかったが。
国衛院はこれを機に、ヤクザ組織の一斉摘発を行った。
多くのヤクザ組織のボスや幹部が捕まり、処刑。
もしくは暗殺された。
国衛院は警察組織のような物であるが、あくまでもような物でしかない。
国の秩序を著しく乱すものを排除する事に、手段は選ばないのである。
結果、ヤクザ組織の多くは壊滅に追い込まれた。
が、全てを根絶やしにする事はできず、彼らはさらに深い闇の住人として未だに王都のどこかで息を潜めながら活動しているという。
そして、イノス先輩は体に残った傷を理由に婚約を解消された。
見目の問題で婚約を解消されたのだ。
詳しい事は知らないが、無論それはルクスが望んだ事ではない。
ただ、ルクスがそれ以来父親と折り合い悪くなった事から、なんとなく誰がそう望んだのか察する事ができるだろう。
イノス先輩の夢を壊した。
ルクスが言ったその言葉は、この部分を指している。
ピグマール家は、アルマール家の役に立つ事を喜びとする一族だ。
アルマールとピグマールの先祖は元々が主従関係であり、ある時一介の従者であったピグマール家の先祖をアルマール家の先祖が貴族へ取り立てたのである。
その時より、ピグマール家はアルマール家への恩を忘れず、今でも仕えるように生きているそうだ。
と、これは母上から教えてもらった話だ。
そういった家の事情があり、ピグマール家の者にとってアルマール家の者となる事は大変な名誉とされている。
その名誉を受ける事が、イノスの夢だったのだ。
その夢を潰してしまったために、ルクスはイノスから恨まれている。
少なくとも、ルクスはそう思っているらしかった。
「おまえさぁ、たまに変な動きするよな」
我が家での鍛錬が終わり、休憩している時にルクスが言った。
「え? どこかおかしかった?」
私としては、イメージ通りの動きをしていたはずなのだが。
「蹴り上げた体勢から、地面を滑って近寄るような挙動するだろ?」
「ああ、何だ。そんな事か」
それは私が編み出した技の一つだ。
魔力を使って地面から体を浮かし、これまた魔力で体を押して推進力とする。
所謂《いわゆる》、ホバー移動のようなものだ。
私は、ブーストと呼んでるけど。
世紀末バスケゲー的な意味で。
意外と魔力の消費が多いので連続使用は難しく、ちょっとずつしか使えない。
が、それで十分だ、
相手に次の動作を読ませないという意味ではかなり有効な挙動である。
何せ予備動作無しでいきなり近付いたり離れたりするのだ。
後ろに跳んだと見せかけて距離を詰めたり、蹴りを空振って隙だらけと見せかけて後ろへ移動したり、遠目から技の動作に入ってから強引に近付いて当てたりとかなり汎用性に優れている。
この前、マリノーの家へ遊びに行った時、ティモシーくんを追いかける時に使ったら世界の終わりを見たような顔で泣かれた。
ピエロのメイクなんてしてないのに……。
それからかなり必死で逃げられた。
別に捕まっても、画面が暗転して気付いたら転がされてるなんて事にはならないのに……。
結局、彼は最後まで懐いてくれなかったな……。
「あ、それは私も気になってたわ。動きが読み難いったらありゃしないんだから」
アードラーが話に参加する。
「そういう目的の技だからね。これがないと、私は父上に勝てないよ」
まぁ、これ以外にも奥の手はあるけど。
ゲーム知識のある私はある意味、技のデパートだよ。
「そうなのか?」
ルクスが訊ねる。
「元々、地力で負けてるからね。魔力を駆使しないと絶対に勝てないよ。幸い、父上は魔力の扱いが苦手だから、その差で何とか互角に追いついているんだよ」
筋力だってそうだ。
魔力で増強しなくては、攻撃が通らない。
成長期途中の女の子の筋肉じゃ、成人したマッチョマンに勝てるわけがないのだ。
「ふぅん。魔力の差、か」
ルクスは何気なく呟いた。
「じゃあ、もしかして私もそれを覚えたら今より強くなれるかしら? だったら、教えて欲しいのだけど」
「あ、それじゃあ僕も。これ以上、差をつけられたくないし」
アードラーとアルディリアが声を上げる。
「ルクスは?」
「ん? ああ、ついでだから教えてくれ」
何だか気の乗らない返事だな。
何か考え事をしていたみたいだけど……。
いったい、何に気付いたんだろうか?
あれは、五年……いや、三年二十四か月前の出来事だったか。
まあいい。
私にとっては昔の出来事だが、君達にとっても多分過去の出来事だ。
ルクスが十歳、イノス先輩が十一歳の頃だ。
ルクスとその婚約者であるイノス先輩は、馬車で移動していた。
どこへ行こうとしていたのか、私も理由ははっきり憶えていない。
観劇を見に行こうとしていたのだったか、どこかのパーティへ行こうとしていたのか、そういうものだったと思う。
二人の乗った馬車は、護衛の騎兵を伴って夜の町を進んでいた。
しかしそんな時に、馬車の前へ道を塞ぐように一人の男が倒れこんだ。
御者はルクスへその事を伝え、ルクスは馬車を停めるように御者へ告げた。
そして、御者に男の安否を確認させた。
その時だ。
路地の闇から、別の男が飛び出した。
男は暗器を投擲して目前の騎兵を排除すると、二人の乗る馬車へ走り寄った。
そして男は馬車の窓を破り、何かを車内へ投げ込んだ。
それは火薬と薬品を使用した爆弾だった。
何かはわからないが、危険物である事を悟ったイノス先輩は、ルクスをその爆弾から庇うように抱き締め、馬車の外へ飛び出した。
扉が開かれた瞬間、同時に爆発が起こる。
そして、幼い二人の体は爆風に吹き飛ばされた。
車外へ飛び出していた事とイノス先輩が咄嗟に魔力の壁を張った事もあってルクスは無傷だった。
だが、イノス先輩はそういかなかった。
魔力の壁で軽減はされていたがそれでも爆発の威力は殺しきれず、背面は爆風と吹き飛ばされた破片によって火傷と外傷でボロボロになり、そして右足は千切れてしまっていた。
そして騒動の混乱が収まった時には、倒れていた男も走りこんできた男もいなかった。
意識不明の重傷を負ったイノス先輩は国衛院の治療施設へ運ばれ、治療を受けた。
そうして長い治療の後、一命を取り留めた先輩だったが……。
そこには消えない大きな傷痕と満足に動かなくなった右足が残されていた。
ルクスはそれを自分のせいだと思っているようだった。
自分が馬車を泊めさせなければ、こうならなかった。
爆発物に気付いて自分で逃げられれば、イノス先輩もルクスを庇う手間をかけずに逃げ出せたかもしれない。
そう、思っているようだった。
確かに、そういう部分を見ればルクスの責任なのかもしれない。
でも、多分そこは見るべきところじゃない。
本当に悪いのは、事件を起こした人間。
ルクスとイノス先輩を狙った人間が一番悪い。
私はそう思う。
では、何故このような襲撃を受けたのか?
それは二人が国衛院の上にいる人物の子供だからだ。
事件を起こしたのは、前世の世界で言う所のヤクザ者である。
いや、マフィアやギャングと言った方がしっくりくるだろうか?
裏の世界を牛耳り、利益を上げるためならば平気で法を犯す連中だ。
彼らにとって、国の犯罪を一手に取り締まる国衛院は目の上のたんこぶであり、敵対関係にあった。
だが、直接的な原因はあるヤクザ組織のボスの息子が、捕り物の最中に捕縛され、その際誤って命を落とした事にある。
その報復として、二人は狙われたのだ。
それは当時大きな事件として取り扱われ、幼い私の耳にも入るほどだった。
その頃の私は、まだ前世の記憶を取り戻していなかったが。
国衛院はこれを機に、ヤクザ組織の一斉摘発を行った。
多くのヤクザ組織のボスや幹部が捕まり、処刑。
もしくは暗殺された。
国衛院は警察組織のような物であるが、あくまでもような物でしかない。
国の秩序を著しく乱すものを排除する事に、手段は選ばないのである。
結果、ヤクザ組織の多くは壊滅に追い込まれた。
が、全てを根絶やしにする事はできず、彼らはさらに深い闇の住人として未だに王都のどこかで息を潜めながら活動しているという。
そして、イノス先輩は体に残った傷を理由に婚約を解消された。
見目の問題で婚約を解消されたのだ。
詳しい事は知らないが、無論それはルクスが望んだ事ではない。
ただ、ルクスがそれ以来父親と折り合い悪くなった事から、なんとなく誰がそう望んだのか察する事ができるだろう。
イノス先輩の夢を壊した。
ルクスが言ったその言葉は、この部分を指している。
ピグマール家は、アルマール家の役に立つ事を喜びとする一族だ。
アルマールとピグマールの先祖は元々が主従関係であり、ある時一介の従者であったピグマール家の先祖をアルマール家の先祖が貴族へ取り立てたのである。
その時より、ピグマール家はアルマール家への恩を忘れず、今でも仕えるように生きているそうだ。
と、これは母上から教えてもらった話だ。
そういった家の事情があり、ピグマール家の者にとってアルマール家の者となる事は大変な名誉とされている。
その名誉を受ける事が、イノスの夢だったのだ。
その夢を潰してしまったために、ルクスはイノスから恨まれている。
少なくとも、ルクスはそう思っているらしかった。
「おまえさぁ、たまに変な動きするよな」
我が家での鍛錬が終わり、休憩している時にルクスが言った。
「え? どこかおかしかった?」
私としては、イメージ通りの動きをしていたはずなのだが。
「蹴り上げた体勢から、地面を滑って近寄るような挙動するだろ?」
「ああ、何だ。そんな事か」
それは私が編み出した技の一つだ。
魔力を使って地面から体を浮かし、これまた魔力で体を押して推進力とする。
所謂《いわゆる》、ホバー移動のようなものだ。
私は、ブーストと呼んでるけど。
世紀末バスケゲー的な意味で。
意外と魔力の消費が多いので連続使用は難しく、ちょっとずつしか使えない。
が、それで十分だ、
相手に次の動作を読ませないという意味ではかなり有効な挙動である。
何せ予備動作無しでいきなり近付いたり離れたりするのだ。
後ろに跳んだと見せかけて距離を詰めたり、蹴りを空振って隙だらけと見せかけて後ろへ移動したり、遠目から技の動作に入ってから強引に近付いて当てたりとかなり汎用性に優れている。
この前、マリノーの家へ遊びに行った時、ティモシーくんを追いかける時に使ったら世界の終わりを見たような顔で泣かれた。
ピエロのメイクなんてしてないのに……。
それからかなり必死で逃げられた。
別に捕まっても、画面が暗転して気付いたら転がされてるなんて事にはならないのに……。
結局、彼は最後まで懐いてくれなかったな……。
「あ、それは私も気になってたわ。動きが読み難いったらありゃしないんだから」
アードラーが話に参加する。
「そういう目的の技だからね。これがないと、私は父上に勝てないよ」
まぁ、これ以外にも奥の手はあるけど。
ゲーム知識のある私はある意味、技のデパートだよ。
「そうなのか?」
ルクスが訊ねる。
「元々、地力で負けてるからね。魔力を駆使しないと絶対に勝てないよ。幸い、父上は魔力の扱いが苦手だから、その差で何とか互角に追いついているんだよ」
筋力だってそうだ。
魔力で増強しなくては、攻撃が通らない。
成長期途中の女の子の筋肉じゃ、成人したマッチョマンに勝てるわけがないのだ。
「ふぅん。魔力の差、か」
ルクスは何気なく呟いた。
「じゃあ、もしかして私もそれを覚えたら今より強くなれるかしら? だったら、教えて欲しいのだけど」
「あ、それじゃあ僕も。これ以上、差をつけられたくないし」
アードラーとアルディリアが声を上げる。
「ルクスは?」
「ん? ああ、ついでだから教えてくれ」
何だか気の乗らない返事だな。
何か考え事をしていたみたいだけど……。
いったい、何に気付いたんだろうか?
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