気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
四十九話 鷲の威を借る貴族令嬢を借る貴族令嬢
う~~花摘み花摘み。
今花摘みのために全力疾走している私はシュエット魔法学園に通うごく一般的な侯爵令嬢。
強いて違うところをあげるとすればちょっと豪傑っぽい所があるってとこかナ……。
名前はクロエ・ビッテンフェルト。
そんなわけで、中庭を横断する渡り廊下を渡って来たのだ。
ふと見ると中庭に複数の女子生徒と彼女達に連行されるカナリオの姿を見つけた。
ウホッ! どう見てもイジメ現場!
そう思っていると突然彼女達は私が見ている目の前で、中庭の奥へと入っていったのだ……。
カナリオが心配だった私は、彼女達が行く先にホイホイとついて行っちゃったのだ。
「何の御用ですか?」
七人の女子生徒達に囲まれながら、カナリオは毅然とした態度で訊ねた。
「あなたが身の程を忘れているんじゃないかと思って、忠告してあげようと思っただけよ」
女子生徒の一人が答える。
彼女がそんなお節介な考えで、カナリオを連れ込んだわけじゃない事は火を見るよりも明らかだった。
カナリオを囲む女子生徒達の目には、蔑みと嗜虐の色があった。
女子生徒が唐突にカナリオの胸を強く押した。
カナリオはバランスを崩してその場で尻餅を着く。
その上で、自分を押した女子生徒へまっすぐ眼差しを返す。
「私は身の程を理解しています」
言って、カナリオは立ち上がった。
真っ向から、女子生徒と顔を合わす。
「でも、私はあなた達に何かをした覚えがありません。このような事をされるいわれはないはずです」
女子生徒は、カナリオの答えにニヤリと笑った。
「そうね。確かに私達はあなたに何の恨みもないわ。でも、誰かに恨まれている自覚はあるのではなくて?」
カナリオはハッとなる。
「まさか、フェルディウス様……」
女子生徒は笑みを深めた。
いやいや、ねーよ。
今のアードラーがそんな事するわけがない。
「ふふふ、どうかしらね?」
女子生徒は含みのある言い方をする。
「でも、これでいわれはできたわね」
言うと、女子生徒はカナリオの襟を掴み、詰め寄った。
先ほどの威勢も消え、カナリオは萎縮してしまっていた。
「これは正当な怒りよ。私達はあの方に代わって、その怒りを代弁しているに過ぎないわ」
そう言って睨みつけられ、カナリオは目をそらしてしまう。
あ、思い出した。
これイベントだ。
アードラーが自分の取り巻きにカナリオをイジメさせる奴だ。
でも、本来の彼女を知ってしまうとこのイベントっておかしいんだよね。
だって、ボッチのアードラーに取り巻きがいるわけないじゃん。
ゲームの時だって単独犯だったに違いない。
つまりあいつらは、アードラーの威を借ってカナリオをイジメる口実にしているだけだ。
そうそう、だんだん思い出してきたぞ。
その上で奴らは、断罪イベントの時に「私達はアードラー様にやれと言われただけです」とかしれっと言いやがるのだ。
そしてアードラーは何の反論もせず、そのまま一人で去って行く。
その時の彼女の気持ちはどんな物だったのだろうか……。
このイベントは、王子ルートのイベントだ。
待っていれば、王子が助けに来て二人の仲は深まる。
だからこのまま放っておいてもいい。
むしろ、放っておいた方がいい。
でもねぇ……。
ちょおっと、それは気分が悪いかなぁ……。
「あなたみたいな下賎な人間に婚約者を奪われて、フェルディウス様はなんてお可哀相なのかしら」
「そ、それは……」
「あなたは卑しい身分の女。いったい、どんな下品な手を使って王子様を誑かしたのかしら? きっと私達じゃ思いつかないような、手練手管を使ったのでしょうね」
「そんな事は……」
女子生徒達は、口々にカナリオを罵っていた。
カナリオは委縮しきっていて、何も反論できないでいた。
「皆さん、何をしているんです」
そんな中、私は彼女達に声をかけた。
ギョッと驚いて、女子生徒達が私を見る。
「あ、あなたは、ビッテンフェルト様?」
「そうですけど。何ですかねぇ、この状況は? 喧嘩ですか?」
「い、いえ……」
相手の否定する声を、大きく指の関節を鳴らして打ち消す。
「喧嘩だったら、混ぜて欲しいんですけどねぇ? あ、知ってると思いますけど、私はカナリオの友人です。どっちに加勢するかはわかりますよね?」
言って、私はカナリオの襟首を掴んでいる令嬢へ近付いていく。
令嬢はその時になってようやく、手を離した。
「わ、私達は闘技の嗜みなどありません! ビッテンフェルト様を満足させられるような事など決してできません!」
女子生徒が大焦りで弁明する。
そんな彼女の腕を私は掴んだ。
顔を近づけて、笑みを向けてやる。
「構うものですか。私は闘技未経験者《ノンケ》でも構わず食っちまう女なんですよ?」
言ってやると、女子生徒の顔がみるみる青ざめていった。
拳の使いどころに反するので、単なる脅しだけどね。
手を放して、他の女子生徒達を睥睨する。
みんな、一様に血の気の失せた表情をしていた。
「じゃあ、始めましょうか?」
自分の思い描く、精一杯獰猛な笑みを作って告げた。
「い、いいえ、わ、わわ、私達は、ご遠慮――」
「喧嘩しねぇのかっ!」
怯えに体を震わせて、及び腰になっていた女子生徒達へ私は怒鳴りつけた。
それを合図に、女子生徒達が悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。
「喧嘩しねぇなら二度とこんな真似するな! 食っちまうぞ!」
ガー、と両手を突き上げて威嚇しつつ、逃げていく女子生徒達を見送った。
「あの、クロエ様……」
カナリオが声をかけてくる。
「あまり無様を見せるなと言ったはずだ」
大丈夫? が変換されてえらい言葉になってしまった。
「あ、はい。すみません。……ありがとうございます」
カナリオは俯きがちに礼を言う。
「ふん」
勝手に鼻が鳴る。
私の中のクロエはどれだけカナリオが嫌いなんだ。
無意識の内に腕組みしてるし。
こいつに心臓《ハート》は開かんという意思表示か?
と、それよりもアードラーのフォローをしておこう。
あの連中のせいで不当に勘違いされるのは我慢できない。
「……あの連中の戯言、信じるような愚か者ではあるまいな?」
「え、それは……フェルディウス様の事ですか?」
私はコクリと頷く。
「で、でも……フェルディウス様は私の事を恨んでいらっしゃいます」
それは……否定できないな。
きっとアードラーは、まだ王子の事が好きだろうから。
そんな彼を奪ったカナリオを嫌っているはずだ。
でも、もうアードラーはカナリオに嫌がらせなんてしないよ。
「わかっているのです。私は、恨まれるような事をしている。筋違いな事をしているのだと……」
「ああ、そうだな」
「これは、本当はいけない事……。でも、わかっているのにそれでも私、王子を諦められないんです」
カナリオは制服の胸の布地を握りしめる。
そこに痛みを覚えているように、表情を苦しそうに歪めた。
「だから、アードラーを信じられないというのか? 愚かしい」
「……はい」
言い辛そうに、けれどしっかりとカナリオは答えた。
確かに、最初はアードラー自身が意地悪をしていたからね。
信じられないのは無理ないか。
「アードラーが信じられないか。軟弱な事だな。ならば、あやつの友である私を信じる事もできまい」
「え? そんな事はありません。私は、クロエ様を信じる事ならできます」
私は口の端だけをクイッと小さく上げて笑う。
もうちょっとにっこりしてもいいんだよ、クロエ。
「ふん。臆病なお前でも、それだけの勇気は持ち合わせているか。ならば、アードラーではなく私の言葉を信じろ。我が友は、もう決して貴様に手を出す事はない。それだけは誓える。この言葉には、命をかけてもいいだろう」
「そ、そんなにアードラー様の事を?」
「信じられぬ者を友と呼ぶつもりはない」
カナリオは目を見張って私を見る。
何かおかしな事を言ったろうか?
いや、自分でも全体的におかしな事を言っている気はするんだけど。
もう一人の私《クロエ》的な意味で。
「わかりました。信じます」
「ふん。それでこそ、私が強敵《とも》と認める女だ」
普通に「友」って言ったはずなのに、別のものに変換された気がする。
気のせいか?
そんな時だ。
私達のいる場所に、王子が姿を現した。
王子はカナリオの姿を認めると、その表情を綻ばせた。
けれどそれは一瞬の事で。
私を見るとすぐにその表情を険しくした。
「ビッテンフェルト家の令嬢、か」
「はい。クロエ・ビッテンフェルトと申します。殿下」
「そなたは、アードラーと交友があるそうだな。失礼だが、ここで何を?」
明らかに私を警戒した質問だ。
カナリオがそれに気づいて「あっ」と小さく声を上げる。
そのまま彼女が何か言う前に、私は先に答えた。
「私はカナリオ様とも交友があるのですよ」
「……ほう。そうなのか?」
王子はカナリオに訊ねる。
「はい。よくしていただいています」
「そう、か……」
呟くように答えると、王子は私に向いた。
その表情からは険しさが消えていた。
警戒を解いたのだろう。
「どうやら、私は不当な邪推をしてしまったようだ。許してほしい」
王子は清廉潔白を好む人柄だ。
だから、こうした不当な扱いを嫌い、自分に非があれば本心から謝れる。
だけど、不当な扱いを謝るなら、私より先に謝る人がいるでしょうに。
「いえ、構いません。それより、お訊ねしてもよいでしょうか?」
「何だ?」
「王子にとって、アードラーはどんな人間ですか?」
一転して、王子は不愉快そうな表情になる。
「自分の目的のためならば手段を選ばず、容赦すらしない。冷淡な女だ」
「そうですか……。本当にそう思っておられます?」
私は目を細めて訊ね返す。
王子は真っ向から視線をくれ、答える。
「私はそなた以上に、フェルディウス譲と付き合いが長い。その間も、ずっとあの女の性根を見てきたのだ。間違いようはない」
それはそれは、大した慧眼です事。
「……もう良いか?」
「はい」
「では、行こうか、カナリオ」
王子は、カナリオへ笑いかける。
「はい」
カナリオは返事をすると、私を気にしながら王子へと寄った。
そのまま二人は、一緒に去って行った。
これからデートだろうか?
しっかし、友達を悪く言われるとムカつくのは何でだろう?
自分の事を言われているわけじゃないのに不思議だよ。
それが間違った見解なら、特に腹が立つ。
ちぇ、相手が王子じゃ下手に言い返す事もできないや。
気づいたら、国衛院に囲まれてたなんて事になっても困るからね。
あー、でもむしゃくしゃする!
またあの女子生徒連中を見つけて、憂さでも晴らしてやろうか!
今花摘みのために全力疾走している私はシュエット魔法学園に通うごく一般的な侯爵令嬢。
強いて違うところをあげるとすればちょっと豪傑っぽい所があるってとこかナ……。
名前はクロエ・ビッテンフェルト。
そんなわけで、中庭を横断する渡り廊下を渡って来たのだ。
ふと見ると中庭に複数の女子生徒と彼女達に連行されるカナリオの姿を見つけた。
ウホッ! どう見てもイジメ現場!
そう思っていると突然彼女達は私が見ている目の前で、中庭の奥へと入っていったのだ……。
カナリオが心配だった私は、彼女達が行く先にホイホイとついて行っちゃったのだ。
「何の御用ですか?」
七人の女子生徒達に囲まれながら、カナリオは毅然とした態度で訊ねた。
「あなたが身の程を忘れているんじゃないかと思って、忠告してあげようと思っただけよ」
女子生徒の一人が答える。
彼女がそんなお節介な考えで、カナリオを連れ込んだわけじゃない事は火を見るよりも明らかだった。
カナリオを囲む女子生徒達の目には、蔑みと嗜虐の色があった。
女子生徒が唐突にカナリオの胸を強く押した。
カナリオはバランスを崩してその場で尻餅を着く。
その上で、自分を押した女子生徒へまっすぐ眼差しを返す。
「私は身の程を理解しています」
言って、カナリオは立ち上がった。
真っ向から、女子生徒と顔を合わす。
「でも、私はあなた達に何かをした覚えがありません。このような事をされるいわれはないはずです」
女子生徒は、カナリオの答えにニヤリと笑った。
「そうね。確かに私達はあなたに何の恨みもないわ。でも、誰かに恨まれている自覚はあるのではなくて?」
カナリオはハッとなる。
「まさか、フェルディウス様……」
女子生徒は笑みを深めた。
いやいや、ねーよ。
今のアードラーがそんな事するわけがない。
「ふふふ、どうかしらね?」
女子生徒は含みのある言い方をする。
「でも、これでいわれはできたわね」
言うと、女子生徒はカナリオの襟を掴み、詰め寄った。
先ほどの威勢も消え、カナリオは萎縮してしまっていた。
「これは正当な怒りよ。私達はあの方に代わって、その怒りを代弁しているに過ぎないわ」
そう言って睨みつけられ、カナリオは目をそらしてしまう。
あ、思い出した。
これイベントだ。
アードラーが自分の取り巻きにカナリオをイジメさせる奴だ。
でも、本来の彼女を知ってしまうとこのイベントっておかしいんだよね。
だって、ボッチのアードラーに取り巻きがいるわけないじゃん。
ゲームの時だって単独犯だったに違いない。
つまりあいつらは、アードラーの威を借ってカナリオをイジメる口実にしているだけだ。
そうそう、だんだん思い出してきたぞ。
その上で奴らは、断罪イベントの時に「私達はアードラー様にやれと言われただけです」とかしれっと言いやがるのだ。
そしてアードラーは何の反論もせず、そのまま一人で去って行く。
その時の彼女の気持ちはどんな物だったのだろうか……。
このイベントは、王子ルートのイベントだ。
待っていれば、王子が助けに来て二人の仲は深まる。
だからこのまま放っておいてもいい。
むしろ、放っておいた方がいい。
でもねぇ……。
ちょおっと、それは気分が悪いかなぁ……。
「あなたみたいな下賎な人間に婚約者を奪われて、フェルディウス様はなんてお可哀相なのかしら」
「そ、それは……」
「あなたは卑しい身分の女。いったい、どんな下品な手を使って王子様を誑かしたのかしら? きっと私達じゃ思いつかないような、手練手管を使ったのでしょうね」
「そんな事は……」
女子生徒達は、口々にカナリオを罵っていた。
カナリオは委縮しきっていて、何も反論できないでいた。
「皆さん、何をしているんです」
そんな中、私は彼女達に声をかけた。
ギョッと驚いて、女子生徒達が私を見る。
「あ、あなたは、ビッテンフェルト様?」
「そうですけど。何ですかねぇ、この状況は? 喧嘩ですか?」
「い、いえ……」
相手の否定する声を、大きく指の関節を鳴らして打ち消す。
「喧嘩だったら、混ぜて欲しいんですけどねぇ? あ、知ってると思いますけど、私はカナリオの友人です。どっちに加勢するかはわかりますよね?」
言って、私はカナリオの襟首を掴んでいる令嬢へ近付いていく。
令嬢はその時になってようやく、手を離した。
「わ、私達は闘技の嗜みなどありません! ビッテンフェルト様を満足させられるような事など決してできません!」
女子生徒が大焦りで弁明する。
そんな彼女の腕を私は掴んだ。
顔を近づけて、笑みを向けてやる。
「構うものですか。私は闘技未経験者《ノンケ》でも構わず食っちまう女なんですよ?」
言ってやると、女子生徒の顔がみるみる青ざめていった。
拳の使いどころに反するので、単なる脅しだけどね。
手を放して、他の女子生徒達を睥睨する。
みんな、一様に血の気の失せた表情をしていた。
「じゃあ、始めましょうか?」
自分の思い描く、精一杯獰猛な笑みを作って告げた。
「い、いいえ、わ、わわ、私達は、ご遠慮――」
「喧嘩しねぇのかっ!」
怯えに体を震わせて、及び腰になっていた女子生徒達へ私は怒鳴りつけた。
それを合図に、女子生徒達が悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。
「喧嘩しねぇなら二度とこんな真似するな! 食っちまうぞ!」
ガー、と両手を突き上げて威嚇しつつ、逃げていく女子生徒達を見送った。
「あの、クロエ様……」
カナリオが声をかけてくる。
「あまり無様を見せるなと言ったはずだ」
大丈夫? が変換されてえらい言葉になってしまった。
「あ、はい。すみません。……ありがとうございます」
カナリオは俯きがちに礼を言う。
「ふん」
勝手に鼻が鳴る。
私の中のクロエはどれだけカナリオが嫌いなんだ。
無意識の内に腕組みしてるし。
こいつに心臓《ハート》は開かんという意思表示か?
と、それよりもアードラーのフォローをしておこう。
あの連中のせいで不当に勘違いされるのは我慢できない。
「……あの連中の戯言、信じるような愚か者ではあるまいな?」
「え、それは……フェルディウス様の事ですか?」
私はコクリと頷く。
「で、でも……フェルディウス様は私の事を恨んでいらっしゃいます」
それは……否定できないな。
きっとアードラーは、まだ王子の事が好きだろうから。
そんな彼を奪ったカナリオを嫌っているはずだ。
でも、もうアードラーはカナリオに嫌がらせなんてしないよ。
「わかっているのです。私は、恨まれるような事をしている。筋違いな事をしているのだと……」
「ああ、そうだな」
「これは、本当はいけない事……。でも、わかっているのにそれでも私、王子を諦められないんです」
カナリオは制服の胸の布地を握りしめる。
そこに痛みを覚えているように、表情を苦しそうに歪めた。
「だから、アードラーを信じられないというのか? 愚かしい」
「……はい」
言い辛そうに、けれどしっかりとカナリオは答えた。
確かに、最初はアードラー自身が意地悪をしていたからね。
信じられないのは無理ないか。
「アードラーが信じられないか。軟弱な事だな。ならば、あやつの友である私を信じる事もできまい」
「え? そんな事はありません。私は、クロエ様を信じる事ならできます」
私は口の端だけをクイッと小さく上げて笑う。
もうちょっとにっこりしてもいいんだよ、クロエ。
「ふん。臆病なお前でも、それだけの勇気は持ち合わせているか。ならば、アードラーではなく私の言葉を信じろ。我が友は、もう決して貴様に手を出す事はない。それだけは誓える。この言葉には、命をかけてもいいだろう」
「そ、そんなにアードラー様の事を?」
「信じられぬ者を友と呼ぶつもりはない」
カナリオは目を見張って私を見る。
何かおかしな事を言ったろうか?
いや、自分でも全体的におかしな事を言っている気はするんだけど。
もう一人の私《クロエ》的な意味で。
「わかりました。信じます」
「ふん。それでこそ、私が強敵《とも》と認める女だ」
普通に「友」って言ったはずなのに、別のものに変換された気がする。
気のせいか?
そんな時だ。
私達のいる場所に、王子が姿を現した。
王子はカナリオの姿を認めると、その表情を綻ばせた。
けれどそれは一瞬の事で。
私を見るとすぐにその表情を険しくした。
「ビッテンフェルト家の令嬢、か」
「はい。クロエ・ビッテンフェルトと申します。殿下」
「そなたは、アードラーと交友があるそうだな。失礼だが、ここで何を?」
明らかに私を警戒した質問だ。
カナリオがそれに気づいて「あっ」と小さく声を上げる。
そのまま彼女が何か言う前に、私は先に答えた。
「私はカナリオ様とも交友があるのですよ」
「……ほう。そうなのか?」
王子はカナリオに訊ねる。
「はい。よくしていただいています」
「そう、か……」
呟くように答えると、王子は私に向いた。
その表情からは険しさが消えていた。
警戒を解いたのだろう。
「どうやら、私は不当な邪推をしてしまったようだ。許してほしい」
王子は清廉潔白を好む人柄だ。
だから、こうした不当な扱いを嫌い、自分に非があれば本心から謝れる。
だけど、不当な扱いを謝るなら、私より先に謝る人がいるでしょうに。
「いえ、構いません。それより、お訊ねしてもよいでしょうか?」
「何だ?」
「王子にとって、アードラーはどんな人間ですか?」
一転して、王子は不愉快そうな表情になる。
「自分の目的のためならば手段を選ばず、容赦すらしない。冷淡な女だ」
「そうですか……。本当にそう思っておられます?」
私は目を細めて訊ね返す。
王子は真っ向から視線をくれ、答える。
「私はそなた以上に、フェルディウス譲と付き合いが長い。その間も、ずっとあの女の性根を見てきたのだ。間違いようはない」
それはそれは、大した慧眼です事。
「……もう良いか?」
「はい」
「では、行こうか、カナリオ」
王子は、カナリオへ笑いかける。
「はい」
カナリオは返事をすると、私を気にしながら王子へと寄った。
そのまま二人は、一緒に去って行った。
これからデートだろうか?
しっかし、友達を悪く言われるとムカつくのは何でだろう?
自分の事を言われているわけじゃないのに不思議だよ。
それが間違った見解なら、特に腹が立つ。
ちぇ、相手が王子じゃ下手に言い返す事もできないや。
気づいたら、国衛院に囲まれてたなんて事になっても困るからね。
あー、でもむしゃくしゃする!
またあの女子生徒連中を見つけて、憂さでも晴らしてやろうか!
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