気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

四十七話 ルクス・イノスの事情

 その日、私は職員室へ呼び出された。
 呼び出したのは伝説の龍、もとい白虎であるティグリス先生だ。
 正直私は、どうして呼び出されたのか皆目検討もつかなかった。
 最近の私は、呼び出されるような事はしていないはずだ。

「ビッテンフェルト。お前は最近、アルマールに付き纏われているそうだな」
「あーはい。そうですね」
「そうか。そういう話を小耳に挟んでな」
「心配してくださったんですか」
「そうだな」

 先生……。

 先生は私達を大切に思ってくれているんだな。
 きっと、悪霊に襲われても虎の手で助けてくれるに違いない。

「校舎裏へよく連れ立って行くという話も聞いた。だから、そこへ足を運んでみたんだがな」
「…………」
「校舎の壁と外壁と地面に穴が空いていたんだが、心当たりはあるか?」
「さぁ……」

 私は先生から目をそらした。

「だいたいわかった。やっぱりお前か」

 ち、違うんです!
 あれはルクスが避けるから悪いんです!

 先生の言う穴の類は、前のガチバトルでできた物だろう。
 国衛院を管理するアルマール家の人間だけあって、ルクスは武人寄りの人間だ。
 そのためか、妙に回避能力が高いのである。
 だから、全部当てていくつもりだったのに、何発か外れて壁や地面へ当たったのだ。

 でも、校舎の壁に空いた穴は違う。
 多分、マリノーに壁ドンした時の奴だ。
 だから、それは今関係ない。

 はず……。

 先生が心底呆れたように溜息を吐く。

 おのれ、ルクスめ。
 貴様のせいで先生に呆れられてしまったではないか!

「弁償はしてもらうぞ?」
「……はい」

 相場はわからないけれど、金貨ぐらいいるかな?
 こうなったら、ルクスに半分出させてやるんだから!



 その日も、ルクスは私へ勝負を挑みにやってきた。

「やい、ビッテンフェルト! 勝負しろ!」
「また? もう、本当にルクスは先輩のためなら労力を惜しまないよね」
「…………」

 何を言ってもからかわれると学習したのか、ルクスは黙り込んだ。
 それでも構わず私は続ける。

「自分のために戦ってくれる男がいるなんて、先輩愛されてるなー。女としてうらやましいなー」
「…………」
「やーい、やーい、ルクスと先輩はアッチッチー」
「…………」

 反応がないと何だか虚しい……。

「……認めてやるよ」
「あ?」
「俺は、確かにあいつが好きだ。お前に勝負を挑むのだって、あいつのためだ」
「え、うん」
「だから、大人しく勝負しろ!」

 やばい。
 開き直られてしまった。
 毎回これで追い払っていたから、耐性がついてしまったんだ!

「いや、考え直せ。話せばわかる!」
「問答無用!」

 うお! 犬養っぽい。
 偶然?


 結局戦う事になった。
 もう校舎裏の穴を増やさないために打撃を封じて関節技主体で戦い、ルクスに勝利した。



「くっ……、あれはなんだ? 国衛院の捕縛術とも、ピグマール家の組み技とも違う。独創的で破壊力に溢れるものばかりだった」

 決着がつき、両肩の関節を外されたルクスがうつ伏せになりながら呟く。

「それはいいんだけどさ」

 私はルクスの肩を嵌め直してあげながら言う。

「ルクスはイノス先輩が好きって事で間違いないんだよね?」
「何度も言わせるな」

 ルクスが顔を赤くしながら答える。

 肯定だよね?

「じゃあさ、何で私に勝負を挑む事がイノス先輩のためになるの?」
「それは……」

 ルクスは言いよどむ。

「言い難《にく》い事なの?」
「いや、そうでもない。というか、何でお前にそんな事を言わなくちゃならないんだよ?」
「原因が解からないと対策が立てられないからだよ」
「何の対策だよ?」
「ルクスが勝負を挑んでこなくなるようにする対策だよ。迷惑だって言ったでしょうが」

 毎日勝負を挑まれるのはかなり鬱陶しいし、常にルクスから逃げ回る事も疲れてしまう。
 どうにかできるなら、どうにかしたいのである。

「ちっ、仕方ねぇな。どうせ国衛院の都合だ。俺が気にする意味もないか。……いいか? 俺がお前に勝負を挑むのは、あいつがお前の事で悩んでいるからだ」
「あいつって、イノス先輩?」

 ルクスは頷く。

「そうだ。あいつ、というよりあいつを含めた国衛院の首脳連中は今、お前に対しての対策を練っている」
「私の対策……ってどういう事?」
「国衛院があらゆる貴族の情報を把握しているのは知っているか?」
「知ってる」
「それは貴族が反乱を起こした時の対策を練ったり、弱みを握って動きを封じたりするためだ」
「ちょっと待った……。先輩が練ってる対策って、もしかして……」
「そうだ。お前が国家に反抗した時の対策だ」
「ちょっ! 私、そんな事考えた事もないよ!」
「だろうな。情報を収集された貴族の大半はそんな事を考えていないさ。それでも、もしもって事はある。だから、疑わしくなくとも反乱時の対策は用意されているのさ」

 なるほど。
 転ばぬ先の杖ってわけだ。

「……理屈はわかった。でも、イノス先輩が私の対策を立てているとして、それでどうして私に勝負を挑むの?」
「それは、あいつがお前への対策に悩んでいるからだ」
「そうなの?」
「あいつが言うには、お前の対策はかなり難しいらしい。止めようはあるだろうが、惨事は免れないんだと」
「何それ? 私、すっごい危険人物みたいじゃない!」
「実際そうだろうが! 自覚ねぇのかよ!」

 自覚も何も本当にわからんのですが?

「お前、自分の親父に勝利する事がどういう事なのか、わかってねぇだろ? あのビッテンフェルト将軍が齢十二歳の娘に負けた。その情報が広まった時、どれだけ国を騒がせたか知らないだろう」

 知らない。
 そんな事になってたの?

「あの時は父上の不意を衝いたからなんだけど」
「それでも事実だろうが」
「そうだけど。……でも、私一人が反抗してもたかが知れてるでしょ」
「お前の親父は、一人で百や二百の兵士を軽々と退ける武力があるんだぞ? そんなのと互角かそれ以上かもしれない人間の武力を過小評価できるか?」

 そういえば、ゲームのクロエは消耗した状態で百人ほどの兵を相手と相打ちしたのだ。
 それだけでも十分に異常だ。

 そして今の私は多分それ以上の実力を持っているわけだから、確かに個人としては異常な武力を持っているのかもしれない。

「何より、お前の親父はお前を溺愛している。「パパ、だーい好き」というやり取りを事あるごとに話題へ上らせる程度には子煩悩だ」
「グハッ!」

 まだ今でもあれが流出している、だと……?
 く、父上め、いつまで私を苦しめれば気が済むんだ……っ!

「続けていいか?」
「……どうぞ」
「そんな愛されまくってるお前が反乱を起こした場合、もれなくあの親父も反旗を翻すだろう。そしてあの親父は多くの軍人に慕われているから、追従する軍人も何人か出てくるはずだ。下手をすれば、グランも付き合う可能性だってある」

 脳筋が軒並み反乱に加わる可能性が出てくるわけか。
 確かに大惨事だ。

 あ、でもティグリス先生はどうだろう?
 アルエットちゃんがいるから、思いとどまるんじゃないかな?

「でも、それってあくまでも仮定の話でしょう?」
「そうだな。でも、そうなってしまった時の対策がお前には思いつくか?」
「えーと、反乱される前に拘束するとか?」
「あとは、家族を人質に取るとかな。それくらいだろう? そして、その方法はどっちも難しい。人質の場合はお前の母親になるけど、お前の親父を退けなきゃならん」
「そんな事になったら私の事情とか関係なく反乱を起こすと思う」
「だろ?」

 ルクスが人差し指を突きつけながら言う。
 尖角照射《せんかくしょうしゃ》はやめろ。

「で、お前を拘束する場合にはかなりの人数が必要になるだろうが、国衛院の手勢だけじゃまず無理だ。お前に匹敵する猛者もいない。あいつも実際に手合わせしてみて、無理だと判断した」

 ああ、あの二度の襲撃はそのためのシミュレーションだったわけね。
 なるほどね。

「そこで、俺だ!」

 ルクスは親指で自分を指して言った。

「え? どういう事なの?」
「お前を倒せる人間がいないから、あいつは困ってるんだ。だったら、俺が倒せる人間になればあいつの悩みもなくなるって事じゃねぇか。そうだろ!」
「え、あ、うん、そうなんじゃない?」
「だから俺は、お前に勝負を挑んでいたんだ!」

 な、なんだってーっ!

 言っている理屈はわかるので、間違ってはいない。
 でも、何かちょっと考え方がふわふわしてるな。
 他に方法はなかったの?

「それはわかった……。それでちょっと質問したいんだけどさ」
「何だよ」
「それでどうなるの?」
「あ?」
「ルクスは先輩の役に立って、先輩の気を惹きたいって事だよね? それで気を惹いて、先輩とどうなりたいの?」
「どうって……」

 ルクスは顔を歪めた。

「一緒になりたい?」
「……そうかもな。そうなんだろうな。正直に言うと、そう言われるまでこっちを見て欲しいとしか考えてなかったぜ。あいつが俺の事をどう思ってるのか、子供頃からずっとわからなかったからな。こっちはこんなに、惚れてるっていうのにな……」

 ルクスはしみじみと呟くように言った。
 その顔が次第に赤くなる。

「言わせるな!」

 そっちが勝手に言ったんでしょうが!
 言って恥ずかしくなるなら初めから言うな!

「ま、とにかく、そういうわけだ。理由はわかったんだから、これからは快く勝負を受けてくれるよな?」

 やだよ。
 休み時間ごとに勝負するのめんどくさいよ。

 はぁ、仕方ないなぁ。

「ルクス……。正直に言って、何度やっても同じだと思う」
「そんなもの、やってみなくちゃわからんだろうが」
「ルクスの気持ちは知ってるから負けてあげたい気もするけど、わざとじゃ意味がないんでしょ?」
「当たり前だ」
「じゃあ、やっぱり無理。今のルクスじゃ何したって私に勝てないよ」
「何で言い切れるんだよ」
「明らかに鍛錬不足だからだよ。サボってるでしょ? そういうの戦えばわかるんだからね」
「うっ」

 ルクスはたじろぐ。
 やっぱりそうだったか。
 そんなんで私に勝とうとかあまりにも甘すぎる。

 でも、才能はある。
 だから、鍛えればもしかしたら私に勝てるかもしれない。

「だからさ、私が鍛えてあげるよ」
「は?」
「ルクスが私に勝てるように、みっちりと仕込んでやる」

 ようこそ、ビッテンフェルト道場へ。
 あなたは記念すべき三人目の門下生です。

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