気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 父上に遊んでもらいました 夏休み編

 小鳥のさえずる昼時。
 ビッテンフェルト家の庭では、二人の男女が対峙していた。

 二人の間には、戦いの気配が渦巻いていた。
 漫画とかだったら、二人の間では空気が歪む描写がなされていそうな雰囲気だ。

 二人の内、女の方はアードラーだった。
 そして、男の方は私の父上である。

 二人が礼を経て、互いに構えを取る。
 そして、戦いが始まった。

 何故、二人が戦う事になったのか。
 それに至るまでには、以下の経緯があった。



「イヤーッ!」
「グワーッ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
「ねぇクロエ」
「何?」
「ちゃんと私の攻撃を防いでいるのに、いちいち変な悲鳴あげるのやめてくれない? 気が散るんだけど」

 いやぁ、アードラーの掛け声を聞いていると私もお返しに声をあげたくなるんだよね。

 場所はビッテンフェルト家の庭。
 私はアードラーと組み手をしていた。
 アルディリアはさっき組み手を終えて、木陰で気絶している。
 ちょっと力加減を間違えて、私が強く攻撃を当てすぎたせいだ。

 気を取り直して、私は真剣に戦う事にした。

 それからしばしの攻防を経てアードラーが降参し、決着がついた。

「クロエ、あなたって技の引き出しが広すぎるわよね」

 アルディリアの気絶する木陰に座って休んでいると、アードラーがそんな事を口にする。

「そう?」

 ちなみにさっきの試合展開は、見よう見真似のカポエイラでアードラーを翻弄し、最終的にタックルで押し倒して関節技を極めた。

 確かに、技の引き出しは多いかもしれない。
 そのほとんどは、ゲームや漫画の見よう見真似なのだけど。

「でも、さっきの踊りみたいな戦い方は少しおふざけが過ぎるんじゃない。真剣味が足りない気がするわ」

 それを君が言っちゃうのか?

「アードラーだって舞踏みたいな戦い方をするじゃない」
「あれは、舞踏の動きが私にとって一番しっくり来るからよ。強くなるために、あえて取り入れているの。でも、クロエの動きは付け焼刃みたいであんまり洗練されていないわ。ちょっと試してみようかなって感じがして、真剣にやってないような気がするのよ。正直、馬鹿にされてる気分だわ」

 別に馬鹿にはしていないが、反論はできない。
 確かにさっきの戦い方はゲームや映画の動きを真似ているだけで、私本来の戦い方じゃない。

 私にはゲームにあるようなアクションへの憧れがある。
 せっかく自由自在に動く超人ボディがあるのだから、そういった動きを実現してみたいと思っていた。

 だから、今回も試してみようという気があった。
 彼女の言う事は正しかった。
 少し、不真面目だったかもしれない。

「ごめん。アードラーの言う通りだった。もうしない」
「わかればいいのよ」

 しかしアードラー、それがわかっちゃうくらいに強くなったのか。
 今度からはちゃんとしよう。

「クロエの悪ふざけは今に始まった事ではないのですがね」

 そう言って現れたのは、父上だった。

 アードラーは突然現れた父上に驚き、立ち上がった。

「ごきげんよう、ビッテンフェルト卿。わたくし、フェルディウス家のアードラーと申します」
「存じていますよ。いつも娘が世話になっているようですね。これからもどうぞよろしくお願いします」

 父上が敬語だ。
 爵位の関係上尊大な口調は控えるのは当然なのだが、それでも私にとっては珍しい父の姿だ。

 それから、改まって親が友達に挨拶する所を見るのはどうして恥ずかしいと思ってしまうのだろうか?
 父上の口からわざわざ私の事を頼まれるとなんとも言えない気分になる。

「それより、先ほどのお話をうかがってもよろしいですか?」
「クロエの話ですか?」
「はい。どのような悪ふざけをなさったのですか?」

 悪ふざけ? そんな事をした憶えはないんだけど。

「そうですね。例えば、こっちの方が絶対速いと言い張って、手を下穿きのポケットに突っ込んだまま戦ったり……」

 あの時は手をポケットから出すのに手間取ってボコボコにされたっけ。
 でも、あの時の私は真剣だった。

 ふざけてなんていない。

「剣の模擬戦では、特に奇妙な構えを取りたがったり……」

 あの時は、私が剣を担いだ時は用心しなければならないですよ、と大見得を切ったはいいが、簡単に剣を叩き落されてしまったのだったか。
 人差し指と中指だけで剣を持っていたので、両手で剣を握る父には太刀打ちできなかった。
 というより、刃がどんな軌道を描くか構えでバレバレだったから対処が簡単だったらしい。
 でも、やっぱりあの時の私も真剣だった。

 ふざけてなどいない。

「それに、鍛錬方も独特でしてね。この前など、蟷螂《かまきり》の入った虫かごを前に構えを取っていたので何事かと観察していれば、結局しばらくして「無理」と言ってやめてしまった。アレはいったいなんだったのか、今でもわからない」

 この体の類稀なる格闘センスならばイメージトレーニングによる巨大カマキリとの戦いもできるのでは、と思ってやってみたけど結局できなかったんだよね。
 もちろん、真剣に取り組んでいた。

 ほら、悪ふざけなんてしていない。

 ていうより、やめてよパパ!
 パパの話だと、私すっごく変な人みたいじゃん!
 全部ちゃんと原典に基づいたものなんだからね!

「しかし、そういった奇抜さがあるからこそ、クロエの技は多彩なのだろうな。珍妙な技をよく使いたがるが、時に驚くほど実用的な技を編み出す事もある。自慢の娘ですよ」

 父はそう言って、私にホッコリと笑いかけた。

 もう、そんな言葉で絆されたりなんかしないんだから。
 でも、今回は特別に許してあげよう。

「しかし、フェルディウス嬢。あなたもなかなかにやりますね。舞踏だけでなく、闘技の才能もおありになるようだ」
「武門の誉れ高いビッテンフェルト卿にそう褒めていただけると、光栄の至りですわ」
「どうでしょう? よろしければ、一手いかがですか? 我が武の一端、お見せ致しましょう」

 そう言って、父はアードラーを組み手へ誘う。
 今しがた一戦してどう見ても疲れている相手に何を言っているんだ。
 と思ったのだが……。

「ええ、是非」

 アードラーは妙に乗り気な様子で誘いを受けた。
 本当に、最近のアードラーはこっち寄りの人間になってきたなぁ。

「わたくし、クロエと互角に戦えるようになりたいと思っておりますの」
「ほう、面白い」

 父の目がギラリと光る。
 アードラーの言葉で、ちょっと素に戻ってしまったようだ。



 という経緯があって、今私の目の前では父上とアードラーが組み手をしていた。
 私はアルディリアの隣に座って、その様子を眺めていた。
 見ている限り、父は少し手加減して相手をしているようだった。

 アードラーが反応できるかできないかの速さで攻撃を繰り出し、その切り替えし方を見て対応を変えている。
 怪我をしないよう、細心の注意を払っているのがわかる。
 が、明らかに不味い切り替えしをするようなら、容赦なく痛い攻撃を当てている。

 組み手の中で採点し、修正する。
 そんな感じのやりとりだ。

 今ではほぼ互角なのだが。
 もしかして、幼い頃、私へ闘技を教えていた時もこんな感じだったんだろうか?

 もしそうなら、私はとても丁寧に大事に育てられてきたんだな、と思えた。

「あれ、アードラー……。ビッテンフェルト卿と戦ってるの? なんで?」

 アルディリアが目を覚まして声をかけてくる。

「組み手だよ」
「そうなんだ」

 二人で揃って組み手を見る。

 しかし、父上の戦い方を初めて客観的に見たけれど、なんかゲーム版のクロエと動きがそっくりだ。
 コンパチって感じがする。

 でも、本来のクロエと今の私ではもうほとんど別物になっているので、今はそれほど似ていない。

「初めて見たけれど、クロエと戦い方が似てるね」

 と思っていたら、アルディリアがそんな事を言った。

「手加減してるからなのかもしれないけれど、クロエって最初に相手の出方を見てから動くよね」

 よく見てるね、アルディリア。

 確かに、二人と組み手をする時は力量を測るためにそうしている。
 けれど、それは手加減しているという事ではない。
 多分、誰が相手でも私はそうする。

「手加減じゃなくて、見極めるためだよ。己を知り、相手を知れば百戦危うからずという言葉があるからね。相手の動きを見て、今の自分にできる事をすり合わせてから戦うようにしているんだよ」

 こういう考え方は、前世から変わっていない。
 ただ前世では、実際に戦っていたわけじゃなく格闘ゲームでの話だけど。
 自分のキャラクターの特性を知って、相手が何をしてくるかを知って、対策を立てておくのは格闘ゲームの基本だ。

「どこの言葉?」
「遠い国だよ」

 そういえば、これは前世の国のことわざだったね。

「でもすごいなぁ、クロエは。僕はまだ、どう攻撃してどう防げばいいか、ぐらいしか考えてないよ。相手を見る余裕がないや」
「その割に、私の動きはよく見えていたみたいだけど」
「それは、アードラーと戦っている所をこうやって客観的に見る事が多いからだよ」

 そっか。
 私と一対一で戦っている間、片方はじっくりと外から組み手を見られるわけだもんね。
 それなら、落ち着いて観察できるか。

 私は父上に目を向ける。
 確かに、父上はアードラー技の出だしを見極めてから動いていた。
 先手から動く事はない。
 ゲームのクロエに当身技あるのって、こういうビッテンフェルト流の戦い方に関係があるのかな?

「じゃあ、ビッテンフェルト卿も同じなのかな。やっぱり、親子だから戦い方が似るんだね」

 それはどうかわからない。
 けれど、似ていると言われるのは悪くない気分だ。



 アードラーの動きもまた、格闘ゲームの物に近付いている。
 だから、父上との組み手を見ながらなんとなくゲームの事を思い出しながら彼女を見ていた。

 私ならここでこうするああする、と考えながら見ていたのだが。
 そんな時に、父上が跳び上がった。蹴りを放とうとする。
 ゲームならここで迷わず6Pだな、なんて思っていたのだが。

 私の思い描いていた通り、アードラーはゲームの6Pと同じ挙動を取った。
 父上の蹴りをすかしつつ、手刀が父上の顔に迫る。

 その攻撃は鋭く、あまりにも洗練され完成された動きだった。
 そのため、父上もそれを完全に避けきる事はできなかった。
 手刀が頬に掠り、血の筋が走った。

「ぬっ」

 着地と同時に父上は距離を取った。

「あ、あれは!」

 アルディリアが声を上げる。

「知っているのか、アルディリア!?」
「前にクロエが職員室に呼び出された時、待っている間の組み手で僕がやられた技だ! 前はあんなにはっきりとした形じゃなかったけれど、間違いない。僕も跳び蹴りを放ったけれど、あれに驚いて着地に失敗して負けたんだ」

 そうだったのか。
 まさか、もうあの技を完成させていたとは……。

 今までの組み手でも用心してできるだけ跳ばないよう気をつけていたが、これから先にアードラーが力をつければ空へ逃げなければならない場面は出てくるだろう。
 そうなった時は、あの技の餌食だ。

 が、焦る事はない。
 何を隠そう、ゲームでのクロエはアードラーの6Pに空中で打ち勝てる唯一のキャラクターなのだ。
 クロエの空中強Kは下斜めへ蹴りを放つモーションで、しかも下半身が無敵である。

 長いリーチも相まって、位置関係によってはアードラーの上半身を突き抜けて、当たり判定のある下半身まで届く事があるのだ。

 この世界はゲームじゃないので実際にどうなるかわからないが、同じモーションを再現できれば、対処できる可能性はあった。

 まぁ、組み手ぐらいでしか戦う機会なんてないから、そこまで躍起になる事もないんだけどね。



 アードラーと父上の組み手が終わると、次はアルディリアが父上に組み手をお願いした。
 それが終わると、丁度良い時間になったので、二人は自宅へ帰っていった。
 いつもよりハードな組み手になったので、きっと今頃は馬車の中で眠っているのではないだろうか。

 今、庭にいるのは私と父上だけだ。

「父上。折角ですから、組み手をしませんか?」
「うむ。よいだろう。久し振りだな」

 そう久し振りだ。
 最近はアルディリアとアードラーの鍛錬に付き合っていたから、父上と一緒に組み手をするという機会はまったくなかった。
 今は丁度良いと思い、誘ってみたのだ。

 父上は二人の若者相手に組み手をしたばかりで、私以上に疲れているだろう。
 が、構うもんか。

 二人が父上と組み手をする姿を見て、私もたまには本気で父上と戦いたくなったのだ。

 父上は私の父上なのだから、こういう甘え方をしても構わないだろう。

「行きますよ」
「ああ。遠慮せずにかかって来い」

 私は父上と向かい合い、互いに構えをとった。
 父上と全く同じ構えを。

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