気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
三十五話 踊らない舞踏会
私は後悔している。
あの日、あの時、私は自分の身可愛さからアードラーを止めなかった。
あのまま王子に食って掛かれば、カナリオと王子の仲が進展して、アルディリアのルートに入らないと思ったからだ。
そう思ったから、私は彼女の言葉を遮ろうとしなかった。
このまま、王子から言葉を引き出すために「もっと言え」とすら思っていた。
そんな自分が、酷く利己的で薄情な人間に思えた。
アードラーはその浅ましさをあの一瞥で見抜いたからあの場を逃げ出したのだろうか?
根拠は一切ない、妄想じみた考えなのだけど……。
あの日から、アードラーは私に会おうとしない。
正直に言えば、私にはどうして彼女が私を避けるのか、本当の理由を把握できていなかった。
何が彼女を追い詰めたのか、理解できないでいた。
それは愛しい王子からの罵倒であったかもしれない。
王子の言葉を受け止め、私やアルディリアが彼女の地位を目当てにしていると信じたからかもしれない。
そんな気持ちなど私にはない。
けれど、人の心は見えないものだ。
他人からどう言葉を用いて自らの心を語られても、それが真実だとは限らない。
だから、私の事を信じられなくて、あの場から逃げ出してしまったのかもしれない。
どんな理由も答えには結びつかない。
ただ確かなのは、アードラーが深く傷ついていたという事だけだ。
私はなんとかアードラーと話がしたかった。
言葉を信用できなくなっていたとしても、弁明をさせてほしかった。
けれど、アードラーにその気は欠片もないようだった。
休み時間にも遊びに来ないし、舞踏の鍛錬を受けるためにフェルディウス家へ行っても気分が優れないから、とメイドさんに追い返される。
学園で見かけて声をかけようとしても、アードラーは私を避けて逃げていく。
言葉すら交わせない日々が続いていた。
仲の良い友人から避けられるのは気分が悪く、なので最近の私は少し元気がなかった。
そんなある日、私の家に王家から招待状が届いた。
舞踏会の招待状である。
この舞踏会は「夏迎えの祝い」という春から夏へ変わるこの時期に王家が王城にて主催する行事である。
これはゲームにもあるイベントで、主人公はここで一番好感度の高い相手と踊る事になっている。
誰の好感度が一番高いのか、その指針となるイベントだ。
舞踏会の招待状は伯爵以上の貴族に対してのみ送られてくる事になっており、招待を受けた家は一人だけ特別に付き添う人間を招待できる。
この舞踏会は婚約関係のお披露目をするための目的もあり、婚約者が子爵以下の場合でも参加できるようにするための制度らしい。
主人公はその制度のおかげで、攻略対象と共に舞踏会へ参加する事ができるのである。
なので、騎士公であるティグリス先生の好感度が一番高い場合のみ、町で同じ日に行われる夏迎えの祭りにグラン親子と一緒に参加する事になっている。
そういう煌びやかな席というのは苦手だ。
私にはゲームセンターの薄暗い光明の方が似合っている。
それでも父上の立場や将来の自分の立場にも関わってくるので、私は舞踏会へ参加する事にした。
何より、そこでなら彼女とも話ができるかもしれないのだし。
そして、舞踏会の当日。
舞踏会の参加資格は十五歳以上。
なので、私がこの舞踏会へ参加するのは今日が初めてだ。
アルディリアと一緒に入城する予定である。
アルディリアの家は伯爵家なので、付き添い人用の招待状は無駄になっていた。
本来なら、速やかに破棄すべきなのだろうが、私は余った招待状をアルエットちゃんにプレゼントした。
すごく喜んでくれた。
体全身で喜びを表現されて超可愛かった。
ちなみに、ティグリス先生はマリノーが招待している。
入城門の前。
私とアルディリアは、一度そこで足を留めた。
今の私は黒いドレスを着ている。アルディリアもその色合いに合わせたタキシード風の衣装だ。
こういう格好をしているのに、アルディリアの女子力は変わらない。
女子力の変わらないたった一人の貴族子息である。
ちなみに私は、家を出る際に何故か正装にも使える飾りつき軍服で行くよう父上に勧められた。
どうやら父上は若い頃血気盛んで、よくこういった場で喧嘩をふっかけたり、ふっかけられたりしていたらしい。
その際に、ドレスでは動きにくいだろうという配慮だ。
着ないよ。そもそも喧嘩なんてしないよ。
何より、そんな格好で行ったらアルディリアが可哀相でしょ!
でも結局、軍服も持たされた。
馬車に置いてきたけど。
「緊張するね、クロエ」
「そうだね」
ガチガチに緊張したアルディリアに声をかけられ、言葉を返す。
本当だよ。
本当に緊張するよ。
アードラーのおかげで舞踏は女性パートも男性パートも完璧にこなせるだろう。
アルディリアはどっちのパートしたい? どっちでもできるよ?
けど、こんなに緊張していたら色々とトチりそうだ。
ふと、アルディリアに手を握られた。
彼の顔を見ると、恥ずかしそうな笑顔があった。
「行こうか」
「うん」
いつもは遠目からしか見た事がなかったけれど、間近で見上げる王城は荘厳の一言に尽きる。
その佇まいだけで、見る物を威圧する迫力があった。
招待状を渡して中へ入ると、外観とはまた違った意味で驚く事になる。
どこか無骨さのある外観と違って、中は光の世界と言った感じだ。
まだ廊下だと言うのに、飾られた調度品の数々は灯りに照らされて魅惑的な輝きを放っていた。
しかしただ美しさだけがあるのではない。
廊下に等間隔で配置された青い制服の警備兵達は、一切の身じろぎもせず、油断なく警戒し続けている。
戯れに殺気を少しでも向ければ、すぐにでも捕縛に動きそうな雰囲気があった。
警備兵の質の高さがそこからはうかがえる。
国の力の部分も、ここでは見せつけられているようだった。
でも、さらに驚いたのは舞踏会の会場へ足を踏み入れた時だ。
あまりにも超大な空間というものは、それだけで人の心を掴むらしい。
多くの人々を収め、それでも窮屈さを感じさせない会場に私は高揚感を覚えた。
シャンデリアの拡散する輝かしい光は、どこか現実離れした雰囲気を醸し出していた。
「凄いね!」
アルディリアも私と同じく興奮したらしく、無邪気な声を上げた。
可愛らしい。
アルエットちゃんに通じる可愛らしさがある。
「そうだね」
舞踏会に来たわけだが、こういう場合真っ先に行うのは舞踏ではない。
挨拶回りが先である。
踊るのはそれが終わってからだ。
私とアルディリアは、揃って互いに友好のある貴族へと挨拶に回った。
その最中、マリノーとグラン親子を見つけた。
マリノーは胸元の開いた大胆な緑のドレスを着ていた。
おお。攻めたね、マリノー。持ち味を生かせている感じがするよ。
先生は白い飾りつき軍服姿だった。
普段のラフな格好も似合っているが、軍服もしっくりと似合っている。
アルエットちゃんもフリルのいっぱいついた白いドレスがよく似合っている。
うん、可愛い可愛い。
「あ、クロエお姉ちゃんだ!」
最初に気付いたのは、アルエットちゃんだった。
私を見つけて走り寄り、そのままタックル気味に抱きついてくる。
アルエットちゃんを優しく受け止められるように腹筋を緩めたので、頭突きをされたお腹が少し痛かった。
そんなアルエットちゃんの両脇から腕を回し、同じ目線になるよう抱き上げる。
「あら、クロエさん」
「ビッテンフェルト。ラーゼンフォルトも一緒か」
二人も私達に気付く。
私はアルエットちゃんを抱き上げたまま二人に近づいた。
「こんばんは、マリノー様、ティグリス様。夏を迎えるのに良い夜ですね」
「こんばんは、フカールエル様、グラン様。夏を迎えるのに良い夜ですね」
私とアルディリアが挨拶をする。
夏を迎えるのに良い夜ですね。というのは、この日の挨拶に添える慣用句のようなものだ。
そして、その時初めてアルエットちゃんはアルディリアに気付いた。
誰この人? という顔でアルディリアを見た。
「お姉ちゃん、誰?」
気持ちはわかるけど、お兄ちゃんだよ。
互いに挨拶を終え、少し雑談をしていた時だ。
「そういえば、先ほどフェルディウス様を見かけましたよ」
「本当!?」
思わず、私は声を上げていた。
マリノーが急な事に驚く。
「失礼。今はどこにいるかわかる?」
「お見かけしたのは、あちらの方ですが」
マリノーは手で指し示して教えてくれる。
「そう。ありがとう。悪いけれど、これで失礼させてもらいます。良い夜を」
「はい。良い夜を」
一通り挨拶して、アルエットちゃんを下ろすと、私はマリノーの示した方へ向かった。
アルディリアもついて来る。
そして私は、舞踏にも参加せず、一人きりで壁によりかかるアードラーを見つけた。
彼女は詰まらなさそうな顔でダンスフロアを眺めている。
私は彼女の視線の先を見た。
王子とカナリオが踊っている姿があった。
カナリオは王子のルートへ入ろうとしている。
だから、これは起こるべくして起こった事だ。
私はそれを知っていた。
けれど……。
彼女は何を思って彼らを見ているんだろうか?
「アードラーだ」
アルディリアが言う。
「行こう」
「うん」
私とアルディリアは、人の垣を避けながらアードラーへと近付いていく。
彼女を見ながら進んでいくと、一つ気付いた事がある。
今の彼女は普段とは違う豪華な赤いドレスを着ているのだが、そのドレスに私は見覚えがあった。
格闘ゲームで、各キャラクターに一つずつ用意された特殊カラーの衣装と同じなのだ。
アードラーのそれは、フラメンコを思わせる情熱的でゴージャスな感じのドレスだ。
ちなみに攻略対象の野郎共は特殊カラーが全員上半身裸で統一されている。
販促用のポスターにあった、全員上半身裸のデザインにちなんでそうなったのだと思われる。
ポスターのアルディリアが何故か胸元を隠していて犯罪臭がする。
格闘ゲーム内で動きが付いてもやっぱり犯罪臭がする。
私のデザイン?
デニムのパンツと裸ジャケット。
肩に金属製のパットを着けた世紀末風ファッションですが何か?
ブイネックの裸ジャケットなので、谷間が丸見えである。
しかも、SEになってから何がとは言わないが私だけ揺れるようになったので大変いやらしい。
格闘ゲーム人気のおかげで思わぬ男性ファンを獲得したため、そっち方面へのサービスだと思われる。
何でワシだけサービスせにゃならんのじゃ……。
なんて事を思い出しながらアードラーに近付いていくと、不意にアードラーがこちらを向いた。
数瞬目が合う。
彼女の瞳孔の広がるのが見えた。
同時に、彼女は踵を返す。
「あ、逃げた」
「追おう!」
私は多くの人で進みにくい中を必死に追う。
けれど、私の見る前でアードラーはまるで無人の野を行くが如く軽やかに走っていく。
明らかに人の通れるスペースに見えないのに、人と人の間をすり抜けていく。
あれってもしかして、特殊ステップ?
その技ちょっと汎用性が高すぎない?
どんどん距離を取られていく中、何とか彼女がホールから出て行く所を目撃した私達は、それを追って廊下へ出た。
が、そこでアードラーを完全に見失ってしまった。
そこは城の外側に面する廊下だ。
外に面する場所に壁はなく、庭を見渡せるようになっている。
「どこに行ったんだろう?」
「さぁ……」
私達の目を盗んで、戻ったという事はないはずだ。
流石にすれ違えば気付く。
とりあえず、私とアルディリアは廊下を進む事にした。
途中、一人の人物がこちらへ歩いてくるのが見えた。
警備兵と同じ、青い制服の人物だ。
ただ他の警備兵と違うのは、その人物が私と同じ歳くらいの少女である事と杖をついて歩いている事だ。
彼女は月明かりに半身を照らされながら、こちらへと歩いてくる。
表情はなく、怜悧な印象のある顔立ちをしていた。
私は足を留め、その彼女へ声をかける。
「失礼ですが、少し質問をよろしいですか」
「何でしょう?」
静かな声が返される。
「フェルディウス家の令嬢を見ませんでしたか?」
「それならこの先の廊下を曲がり、ホールへ向かわれたようですが」
別の道から戻っていたか。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
アルディリアと二人、礼を言って通り過ぎようとする。
その時だった。
ゾワリと嫌な感覚があった。
その瞬間、私の腕が掴まれ、後ろへ引かれた。
そのまま肩を押さえられ、極められそうになる。
が、その前に空中前転し、同時に腕の拘束を解いた。
着地して距離を取り、振り返る。
相手は、先ほどの杖をついた少女だ。
「何のつもりでしょうか?」
私は問い掛ける。
「お見事です。少し、試してみたかっただけですよ」
淡々と、悪びれもせず語る彼女。
イノス・ピグマール。
彼女もまた、ライバル令嬢の一人である。
そういえば彼女は、クロエに次ぐ武闘派の令嬢だった。
あの日、あの時、私は自分の身可愛さからアードラーを止めなかった。
あのまま王子に食って掛かれば、カナリオと王子の仲が進展して、アルディリアのルートに入らないと思ったからだ。
そう思ったから、私は彼女の言葉を遮ろうとしなかった。
このまま、王子から言葉を引き出すために「もっと言え」とすら思っていた。
そんな自分が、酷く利己的で薄情な人間に思えた。
アードラーはその浅ましさをあの一瞥で見抜いたからあの場を逃げ出したのだろうか?
根拠は一切ない、妄想じみた考えなのだけど……。
あの日から、アードラーは私に会おうとしない。
正直に言えば、私にはどうして彼女が私を避けるのか、本当の理由を把握できていなかった。
何が彼女を追い詰めたのか、理解できないでいた。
それは愛しい王子からの罵倒であったかもしれない。
王子の言葉を受け止め、私やアルディリアが彼女の地位を目当てにしていると信じたからかもしれない。
そんな気持ちなど私にはない。
けれど、人の心は見えないものだ。
他人からどう言葉を用いて自らの心を語られても、それが真実だとは限らない。
だから、私の事を信じられなくて、あの場から逃げ出してしまったのかもしれない。
どんな理由も答えには結びつかない。
ただ確かなのは、アードラーが深く傷ついていたという事だけだ。
私はなんとかアードラーと話がしたかった。
言葉を信用できなくなっていたとしても、弁明をさせてほしかった。
けれど、アードラーにその気は欠片もないようだった。
休み時間にも遊びに来ないし、舞踏の鍛錬を受けるためにフェルディウス家へ行っても気分が優れないから、とメイドさんに追い返される。
学園で見かけて声をかけようとしても、アードラーは私を避けて逃げていく。
言葉すら交わせない日々が続いていた。
仲の良い友人から避けられるのは気分が悪く、なので最近の私は少し元気がなかった。
そんなある日、私の家に王家から招待状が届いた。
舞踏会の招待状である。
この舞踏会は「夏迎えの祝い」という春から夏へ変わるこの時期に王家が王城にて主催する行事である。
これはゲームにもあるイベントで、主人公はここで一番好感度の高い相手と踊る事になっている。
誰の好感度が一番高いのか、その指針となるイベントだ。
舞踏会の招待状は伯爵以上の貴族に対してのみ送られてくる事になっており、招待を受けた家は一人だけ特別に付き添う人間を招待できる。
この舞踏会は婚約関係のお披露目をするための目的もあり、婚約者が子爵以下の場合でも参加できるようにするための制度らしい。
主人公はその制度のおかげで、攻略対象と共に舞踏会へ参加する事ができるのである。
なので、騎士公であるティグリス先生の好感度が一番高い場合のみ、町で同じ日に行われる夏迎えの祭りにグラン親子と一緒に参加する事になっている。
そういう煌びやかな席というのは苦手だ。
私にはゲームセンターの薄暗い光明の方が似合っている。
それでも父上の立場や将来の自分の立場にも関わってくるので、私は舞踏会へ参加する事にした。
何より、そこでなら彼女とも話ができるかもしれないのだし。
そして、舞踏会の当日。
舞踏会の参加資格は十五歳以上。
なので、私がこの舞踏会へ参加するのは今日が初めてだ。
アルディリアと一緒に入城する予定である。
アルディリアの家は伯爵家なので、付き添い人用の招待状は無駄になっていた。
本来なら、速やかに破棄すべきなのだろうが、私は余った招待状をアルエットちゃんにプレゼントした。
すごく喜んでくれた。
体全身で喜びを表現されて超可愛かった。
ちなみに、ティグリス先生はマリノーが招待している。
入城門の前。
私とアルディリアは、一度そこで足を留めた。
今の私は黒いドレスを着ている。アルディリアもその色合いに合わせたタキシード風の衣装だ。
こういう格好をしているのに、アルディリアの女子力は変わらない。
女子力の変わらないたった一人の貴族子息である。
ちなみに私は、家を出る際に何故か正装にも使える飾りつき軍服で行くよう父上に勧められた。
どうやら父上は若い頃血気盛んで、よくこういった場で喧嘩をふっかけたり、ふっかけられたりしていたらしい。
その際に、ドレスでは動きにくいだろうという配慮だ。
着ないよ。そもそも喧嘩なんてしないよ。
何より、そんな格好で行ったらアルディリアが可哀相でしょ!
でも結局、軍服も持たされた。
馬車に置いてきたけど。
「緊張するね、クロエ」
「そうだね」
ガチガチに緊張したアルディリアに声をかけられ、言葉を返す。
本当だよ。
本当に緊張するよ。
アードラーのおかげで舞踏は女性パートも男性パートも完璧にこなせるだろう。
アルディリアはどっちのパートしたい? どっちでもできるよ?
けど、こんなに緊張していたら色々とトチりそうだ。
ふと、アルディリアに手を握られた。
彼の顔を見ると、恥ずかしそうな笑顔があった。
「行こうか」
「うん」
いつもは遠目からしか見た事がなかったけれど、間近で見上げる王城は荘厳の一言に尽きる。
その佇まいだけで、見る物を威圧する迫力があった。
招待状を渡して中へ入ると、外観とはまた違った意味で驚く事になる。
どこか無骨さのある外観と違って、中は光の世界と言った感じだ。
まだ廊下だと言うのに、飾られた調度品の数々は灯りに照らされて魅惑的な輝きを放っていた。
しかしただ美しさだけがあるのではない。
廊下に等間隔で配置された青い制服の警備兵達は、一切の身じろぎもせず、油断なく警戒し続けている。
戯れに殺気を少しでも向ければ、すぐにでも捕縛に動きそうな雰囲気があった。
警備兵の質の高さがそこからはうかがえる。
国の力の部分も、ここでは見せつけられているようだった。
でも、さらに驚いたのは舞踏会の会場へ足を踏み入れた時だ。
あまりにも超大な空間というものは、それだけで人の心を掴むらしい。
多くの人々を収め、それでも窮屈さを感じさせない会場に私は高揚感を覚えた。
シャンデリアの拡散する輝かしい光は、どこか現実離れした雰囲気を醸し出していた。
「凄いね!」
アルディリアも私と同じく興奮したらしく、無邪気な声を上げた。
可愛らしい。
アルエットちゃんに通じる可愛らしさがある。
「そうだね」
舞踏会に来たわけだが、こういう場合真っ先に行うのは舞踏ではない。
挨拶回りが先である。
踊るのはそれが終わってからだ。
私とアルディリアは、揃って互いに友好のある貴族へと挨拶に回った。
その最中、マリノーとグラン親子を見つけた。
マリノーは胸元の開いた大胆な緑のドレスを着ていた。
おお。攻めたね、マリノー。持ち味を生かせている感じがするよ。
先生は白い飾りつき軍服姿だった。
普段のラフな格好も似合っているが、軍服もしっくりと似合っている。
アルエットちゃんもフリルのいっぱいついた白いドレスがよく似合っている。
うん、可愛い可愛い。
「あ、クロエお姉ちゃんだ!」
最初に気付いたのは、アルエットちゃんだった。
私を見つけて走り寄り、そのままタックル気味に抱きついてくる。
アルエットちゃんを優しく受け止められるように腹筋を緩めたので、頭突きをされたお腹が少し痛かった。
そんなアルエットちゃんの両脇から腕を回し、同じ目線になるよう抱き上げる。
「あら、クロエさん」
「ビッテンフェルト。ラーゼンフォルトも一緒か」
二人も私達に気付く。
私はアルエットちゃんを抱き上げたまま二人に近づいた。
「こんばんは、マリノー様、ティグリス様。夏を迎えるのに良い夜ですね」
「こんばんは、フカールエル様、グラン様。夏を迎えるのに良い夜ですね」
私とアルディリアが挨拶をする。
夏を迎えるのに良い夜ですね。というのは、この日の挨拶に添える慣用句のようなものだ。
そして、その時初めてアルエットちゃんはアルディリアに気付いた。
誰この人? という顔でアルディリアを見た。
「お姉ちゃん、誰?」
気持ちはわかるけど、お兄ちゃんだよ。
互いに挨拶を終え、少し雑談をしていた時だ。
「そういえば、先ほどフェルディウス様を見かけましたよ」
「本当!?」
思わず、私は声を上げていた。
マリノーが急な事に驚く。
「失礼。今はどこにいるかわかる?」
「お見かけしたのは、あちらの方ですが」
マリノーは手で指し示して教えてくれる。
「そう。ありがとう。悪いけれど、これで失礼させてもらいます。良い夜を」
「はい。良い夜を」
一通り挨拶して、アルエットちゃんを下ろすと、私はマリノーの示した方へ向かった。
アルディリアもついて来る。
そして私は、舞踏にも参加せず、一人きりで壁によりかかるアードラーを見つけた。
彼女は詰まらなさそうな顔でダンスフロアを眺めている。
私は彼女の視線の先を見た。
王子とカナリオが踊っている姿があった。
カナリオは王子のルートへ入ろうとしている。
だから、これは起こるべくして起こった事だ。
私はそれを知っていた。
けれど……。
彼女は何を思って彼らを見ているんだろうか?
「アードラーだ」
アルディリアが言う。
「行こう」
「うん」
私とアルディリアは、人の垣を避けながらアードラーへと近付いていく。
彼女を見ながら進んでいくと、一つ気付いた事がある。
今の彼女は普段とは違う豪華な赤いドレスを着ているのだが、そのドレスに私は見覚えがあった。
格闘ゲームで、各キャラクターに一つずつ用意された特殊カラーの衣装と同じなのだ。
アードラーのそれは、フラメンコを思わせる情熱的でゴージャスな感じのドレスだ。
ちなみに攻略対象の野郎共は特殊カラーが全員上半身裸で統一されている。
販促用のポスターにあった、全員上半身裸のデザインにちなんでそうなったのだと思われる。
ポスターのアルディリアが何故か胸元を隠していて犯罪臭がする。
格闘ゲーム内で動きが付いてもやっぱり犯罪臭がする。
私のデザイン?
デニムのパンツと裸ジャケット。
肩に金属製のパットを着けた世紀末風ファッションですが何か?
ブイネックの裸ジャケットなので、谷間が丸見えである。
しかも、SEになってから何がとは言わないが私だけ揺れるようになったので大変いやらしい。
格闘ゲーム人気のおかげで思わぬ男性ファンを獲得したため、そっち方面へのサービスだと思われる。
何でワシだけサービスせにゃならんのじゃ……。
なんて事を思い出しながらアードラーに近付いていくと、不意にアードラーがこちらを向いた。
数瞬目が合う。
彼女の瞳孔の広がるのが見えた。
同時に、彼女は踵を返す。
「あ、逃げた」
「追おう!」
私は多くの人で進みにくい中を必死に追う。
けれど、私の見る前でアードラーはまるで無人の野を行くが如く軽やかに走っていく。
明らかに人の通れるスペースに見えないのに、人と人の間をすり抜けていく。
あれってもしかして、特殊ステップ?
その技ちょっと汎用性が高すぎない?
どんどん距離を取られていく中、何とか彼女がホールから出て行く所を目撃した私達は、それを追って廊下へ出た。
が、そこでアードラーを完全に見失ってしまった。
そこは城の外側に面する廊下だ。
外に面する場所に壁はなく、庭を見渡せるようになっている。
「どこに行ったんだろう?」
「さぁ……」
私達の目を盗んで、戻ったという事はないはずだ。
流石にすれ違えば気付く。
とりあえず、私とアルディリアは廊下を進む事にした。
途中、一人の人物がこちらへ歩いてくるのが見えた。
警備兵と同じ、青い制服の人物だ。
ただ他の警備兵と違うのは、その人物が私と同じ歳くらいの少女である事と杖をついて歩いている事だ。
彼女は月明かりに半身を照らされながら、こちらへと歩いてくる。
表情はなく、怜悧な印象のある顔立ちをしていた。
私は足を留め、その彼女へ声をかける。
「失礼ですが、少し質問をよろしいですか」
「何でしょう?」
静かな声が返される。
「フェルディウス家の令嬢を見ませんでしたか?」
「それならこの先の廊下を曲がり、ホールへ向かわれたようですが」
別の道から戻っていたか。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
アルディリアと二人、礼を言って通り過ぎようとする。
その時だった。
ゾワリと嫌な感覚があった。
その瞬間、私の腕が掴まれ、後ろへ引かれた。
そのまま肩を押さえられ、極められそうになる。
が、その前に空中前転し、同時に腕の拘束を解いた。
着地して距離を取り、振り返る。
相手は、先ほどの杖をついた少女だ。
「何のつもりでしょうか?」
私は問い掛ける。
「お見事です。少し、試してみたかっただけですよ」
淡々と、悪びれもせず語る彼女。
イノス・ピグマール。
彼女もまた、ライバル令嬢の一人である。
そういえば彼女は、クロエに次ぐ武闘派の令嬢だった。
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