気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

三十話 愛しさと切なさと……

 遊び疲れたのか、アルエットちゃんから休もうとの提案があった。
 対して私はそうでもない。この体は無駄に体力があるのだ。

 前世では、親戚の子供とちょっと遊んだだけで疲れたんだけどね。
 だが子供たちは満足せず、私がへとへとになっても容赦なく「遊んで」とせがんで来るのだ。

 本当に辛かった。
 その時に比べれば、本当にクロエの体力はすごい。
 全然疲れないよ!

 私は胡坐をかいて座り、その上にアルエットちゃんを座らせた。

「あのね、お姉ちゃん。私、クロエお姉ちゃんの事が大好きだよ」

 何故かわからないが、唐突にアルエットちゃんから告白された。

「ん? 私もアルエットちゃんの事大好きだよ」

 両想いだったので私も告白してみる。

「本当? やったーっ!」

 アルエットちゃんは無邪気に喜んでくれた。
 カワイイヤッター!

「でね、私はお姉ちゃんの事がもっと好きになっちゃったんだ」

 さっきの男の子の件かな?
 あれくらい、簡単なんだけどね。

「そう、ありがとう」

 私はアルエットちゃんの頭を撫でる。
 すると、アルエットちゃんは一転して表情を暗くし、顔をうつむけてしまった。
 何事かと思っていると、急に顔を上げる。
 深刻な表情で口を開いた。

「ねぇ、もしかしてマリノーお姉ちゃんってお父さんの事が好きなの?」

 どうやらアルエットちゃんは、マリノーの好意をなんとなく察していたらしい。
 今回、ピクニックに誘った意図も悟っているのだろうか?
 いや、流石にそれはないか。

「んー、そうだねぇ」

 少し迷ったが、私は正直に答えた。

「ねぇ、クロエお姉ちゃんはお父さんが好きじゃないの?」

 なんで急にそんな話になる? と不思議に思ったが、次の言葉で私は理解する。

「私はね、お姉ちゃんにお母さんになってほしい」

 私の服の裾をぐっと掴み、アルエットちゃんは言った。

 あら、私今口説かれてる。
 幼女に口説かれてるんだわ。

 でも、そんなに可愛く口説かれても、私はアルエットちゃんに応えられないよ。

「確かに、私はティグリス先生が好きだよ。でも、私の好きはそういう好きじゃないからね」
「そうなんだ」

 残念そうにアルエットちゃんは肩を落とした。

 可哀相だけれど、私の先生に対する好きなんて本当にたいしたものじゃない。
 それこそ、前世でプレイしたゲームの延長でしかない感情だ。

 もちろん、直接触れ合う事で人としての魅力を感じてはいるが、それでもゲームのキャラクターが現実の物になってカッコイイな程度の認識でしかないじゃないかと思う。

 どう考えても、私の懐く感情は恋愛感情なんかじゃない。

「でもね、マリノーは違うよ。マリノーは本当にお父さんの事が大好きなんだ」

 私を殺してしまおうとするくらい。とは言わないでおく。
 けれど、そうしてもいいと思えるくらいに、彼女は先生の事が好きなのだ。
 その強い気持ちは、私の気持ちなんかとは比べ物にならない。

「だから私は、マリノーを応援している」
「クロエお姉ちゃんは、マリノーお姉ちゃんがお母さんになったらいいと思ってるの?」
「まぁね。アルエットちゃんはマリノーお姉ちゃんの事、好きじゃない?」
「……好き。お菓子くれるから」

 餌付けされてんなぁ。

「それ以外にも良い所はいっぱいあるよ。マリノーにも私とは違った、良い所がいっぱいあるんだよ。無理にとは言わないけれど、そういう所にも目を向けてあげてね」
「うん、わかった」

 良い子だ。
 なでなで。



 お腹が減ったのでアルエットちゃんを連れてマリノー達の所へ戻ると、残っていた二人が妙な雰囲気になっていた。

「先生、お茶を……」
「ああ……」
「ハンバーグを……」
「ああ……」

 という感じで、全体的に言葉少なく堅苦しい雰囲気があった。
 よそよそしいとも言える。
 これは何かあったな。

 気になるけれど、今はとりあえずご飯だ。
 今の私は人間火力発電所だ。
 お腹がぺこちゃんなのだ。
 うおォン。

「わぁ、マリノーお姉ちゃんの卵焼きおいしー!」

 多分、アルエットちゃんも同じ気持ちだったんだろうな。
 本当に美味しそうな様子でお弁当をがっつき食べ始める。

 表情がとても輝いている。
 夢の世界を駆ける乙女のような表情だ。
 彼女のマリノーに対する好感度が、今モリモリと上がっているのが見えるようだ。

「先生のキノコグラタン美味しい!」

 シイタケみたいなかさの大きいキノコを器代わりにして、ホワイトソースとチーズを乗せたような奴だ。
 まさかこの世界のお弁当で、グラタンが食べられるとは思わなかった。
 やはり、戦場で食べるため、美味しく携行しやすい物として考え出された物なのだろうか。

 と、堅苦しい二人を尻目に、私とアルエットちゃんは目先の食欲を満たした。

 その後、食事を取って回復したアルエットちゃんに連れられ、また川で遊んだ。
 マリノーの事も気になったが、今は聞き辛いので帰りにでも聞く事にした。



 ちょっと川の深い場所を見つけて。

「お姉ちゃん凄い! 水の上を走ってる!」
「ははは、私は一向にかまわんッッッ!」

 アルエットちゃんを背中に負った状態で魔力と脚力を最大限に使い、敵のために川を渡るツンデレごっこをして遊んでいた時。
 荷物を持った先生とマリノーが迎えに来て、ピクニックデートは終わった。

「また遊んでね!」
「うん。また遊ぼうね」

 名残惜しそうなアルエットちゃんと言葉を交わし、私とマリノーはグラン親子と帰り道を分かった。
 ティグリス先生は騎士公ではあるが、貴族の住む区画である貴族街には住んでいない。

 貴族らしい邸宅など持たず、下町の一軒家で娘と二人慎ましく暮らしている。
 だから、王都の貴族街に住む私とマリノーは、先生達と帰る道が違うのだ。
 少し歩けば、馬車も待っている。

「ねぇ、マリノー。何かあった?」

 馬車までのわずかな帰り道、私は昼休みの時に聞けなかった事を聞いてみた。
 迎えにきた時も、先生とマリノーはよそよそしいままだった。

 マリノーは一度俯き、口を開く。

「ええ。実は私、先生に告白したの」
「え? そうなの」

 あんなに人目を気にしていたのに、どういった心境の変化だろう。

「よく決心できたね」
「ええ。一緒にいると、私はやっぱり先生が好きなんだって実感できたの。それで、気付いたら気持ちを抑えられなくなっていました」
「それで、どうなったのさ?」

 マリノーは一度口を噤む。
 その仕草で、私はなんとなく結果を察した。
 口が開かれる。

「ふられてしまいました」
「そっか……」

 なんて言ってあげればいいんだろう?
 私には、こんな時にどう言ってあげればいいのかわからない。

 最初から、私にはこの告白は失敗するだろうという事が想像できてしまっていた。
 それでも告白させたのは、先生にマリノーを意識させるためだ。
 マリノーの気持ちを理解してもらうためだ。
 そうして、ゲームの展開から逸脱するつもりだったのだ。

 だから実の所、計画はこれから始まると言ってもいい。
 これから、徐々に先生とマリノーの仲を取り持っていく予定だった。

 けれど、私は大事な事を見落としていたかもしれない。
 心を傷つけられたマリノーが、これから先も先生に接していけるかという事を失念していた。
 もしかしたらこのまま、マリノーは先生に会う事すらも嫌がるかもしれないのだ。

 どうすればいいだろうか?
 どうすれば、マリノーの心を癒す事ができるだろうか?

 そんな事を考えていると。

「でも、私わかったんです」

 マリノーは顔を上げて告げた。
 その表情に、落ち込んだ様子はない。
 どこか、晴れ晴れとしてすらいた。

「え、何を?」
「私は自分が思っていた以上に、先生が好きなんですよ」
「ん?」

 どういう意味?

「ふられた時、私は気付いたんです。ふられてしまったのに、全然先生の事が嫌いになれなかったんです。諦めようと思えなかったんです」

 マリノーは私に向き、ニコリと笑みを深める。

「私、先生が好き。大好きなの。だから私、先生を諦めません」

 どうやら私は、少しマリノーを見くびっていたらしい。
 そういえば、マリノーの心は私の思う以上に強いのだ。

「協力してくれるのでしょう? 一度約束したのですから、もう逃しませんよ」
「そりゃあ、もう。約束は破りませんとも」
「じゃあ、次です。先生の心を射止める方法、これからも考えていきましょう」

 力強い声で彼女は言った。

 やっぱり、私がどうにかしなくても、マリノーは先生の心を射止めていたのかもしれない。
 楽しげに笑う彼女を見ていると、私にはそう思えてしまった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品