気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
二十五話 ゲェ! ティグリス!
私は、自分の知識では解決の糸口が掴めないと悟り、ティグリス先生をよく知る人物へのコンタクトを取る事にした。
その矢先である。
私は自宅の廊下にて、声をかけられた。
「クロエ」
か細い声が私を呼び止める。
振り返ると、私と同じ黒髪のほっそりとした女性がいた。
色合いこそ同じだが、私と違ってその黒髪は長く伸ばされている。
上品さはあるが、全体的にやつれた印象の幸薄そうな女性であった。
着ているドレスは黒だ。
「母上、どうしました?」
何を隠そう、彼女は私の母上である。
「あの人が部屋に篭ってからもう五日。そろそろ、許してあげられませんか?」
「あー、その事でしたか。今から、会いに行く予定でした」
私が答えると、母上はホッと安堵の表情を作る。
「ならば良いのです。お願いしますよ」
それだけ言い残すと、母上はふらふらと去って行った。
そう、私が今から会いに行こうとしているのは父上だ。
なんと、ティグリス先生は父上に取り立てられた事がきっかけで、騎士公になったのだ。
まだ騎士だった頃は、父上の部下だったらしい。
そういう経緯があって父上は、私以上に先生の事に詳しいはずだ。
だから、話を聞きに来たのだ。
しかし、私はここ数日父上と口を聞いていなかった。
何故かって?
最近、初対面の人間に会う度、「パパ、だーい好き」を引き合いに出されるからだよ。
しばらくは我慢していたのだが、父上に構われすぎてイラッとした勢いで「パパなんてだいっ嫌い! もう二度と口聞かないから」って言っちゃったのだ。
それ以来、父上は自室に篭ってしまった。
いい歳こいて引きこもりとか、娘として超恥ずかしいよ、パパ!
ドアの前に置いた食事はちゃんと空になっているし、時折部屋の中から風切り音が聞こえるので生きているはずだ。
こんな時でも鍛錬をやめない所は素直に尊敬できるんだけどね。
父の部屋へ辿り着き、ノックする。
返事は無い。
私は部屋の中へ入った。
部屋はカーテンが締め切られ、真っ暗だった。
「クロエか?」
地の底から聞こえてくるような、かすれた低い声が私を呼ぶ。
「父上?」
ドアから差し込んだ明かりが、部屋の奥で座り込む父上の姿を浮かび上がらせた。
その顔はやつれ、目の下には隈ができている。
だが、その目にはギラギラとした野性味のある輝きが宿っていた。
余分な物を落としきった身体つきは、鋭さすら覚える程だった。
あそこまでじゃないが、有名な漫画の減量ボクサーみたいな雰囲気である。
「クロエ。あれから私は、拳を振るい続けてきた。闇の中、実体の無い心の痛みを打ち砕かんがため、拳を打ち続けてきたのだ」
「はぁ、そうですか」
「そして体を苛め抜き、その苦痛が心の痛みを上回り始めた時、私は新たな段階への強さを得ていた」
「そうですか」
「見ろ。孤独がより一層、私を強くしたのだ」
「そうですか。それより、母上が心配しているのでそろそろ部屋から出てください。あと、部屋も父上もすっごく汗臭いのでお風呂に入ってください」
「……そうだな……」
「あと、あんな事言ってすみません。父上の事、今でも大好きですから」
私が言うと、父上の目からギラギラとした輝きが消えた。
代わりに喜びの色が浮かぶ。
パッと表情が綻ぶ。
「そうか……。久し振りに、風呂へ一緒に入るか?」
「それはお断りします」
「……そうだな。年頃だものな」
ちょっと寂しそうな様子の父上は、そのまま一人で風呂場へ向かった。
「ティグリス……。ティグリス・グランの事か?」
お風呂から出て、ホカホカ状態の父は私の質問に問い返した。
場所は食堂。
父が風呂から出てすぐに「腹が減った」と言い出したので、食事をしながら話す事になった。
父の前には、母が嬉しそうに大量生産した手料理が並んでいる。
私も「ありがとう」というお礼と共に渡されたケーキを食べていた。
とっても甘くて美味しい。
「はい。そのティグリスさんです。人柄とか、女性の好みとかわかりますか?」
「なんだ、惚れたか?」
「そうわけじゃないですよ。どっちかと言えば、私の友人が先生に惚れているんです」
「そうか。あいつはいい男だ。あいつになら、お前をくれてやっても構わんと思ったんだがな」
「私にはアルディリアがいます」
「そうだったな。ふっ」
ふっ、じゃないよ。
婚約者を決めたのは父上でしょうに。
「だが、奴に惚れたとしても、諦めた方がいいだろうな」
「どうしてですか?」
「あいつは一途な男だからな。妻を亡くした今でも、あいつは妻以外の女を愛していない」
「詳しく聞いていいですか?」
私は、父上からティグリス先生の奥さんであるコトヴィアさんの話を聞いた。
それは如何にティグリス先生がコトヴィアさんを愛しているかという話であり、そしてコトヴィアさんが如何にティグリス先生を愛しているかという話だった。
「コトヴィアは、副官としても優秀だった」
「え、奥さんも傭兵だったのですか?」
「そうだな。団の諸々の管理と作戦立案はコトヴィアに任されていたらしいな」
意外だ。
なんとなく、ずっとベッドの上で過ごしているような人だと思ってたよ。
「そういえば、こんな事があった。コトヴィアの指揮する部隊が孤立して敵兵に囲まれてしまったんだが、あいつは部下に指揮を任せて単騎で救出に向かった。そして、あいつは数百人の兵士を掻き分けて、見事にコトヴィアを救い出したんだ」
うわ、三国志みたい。
山田ーっ! とか叫びそうなエピソードだ。
「あと、コトヴィアはとてつもなく料理が下手だった。そのせいか、逆にティグリスの作る料理が美味くてな。料理の係はいつもあいつだった」
「へぇ」
だから、調理科の教師もしているんだな。
あらゆる意味でシェフしていたんだな。
父から聞いた感想を踏まえると、正直に言って付け入る隙がない気がした。
ティグリス先生とコトヴィアさん。その二人の間には、誰も入り込めない。
父の客観的な話を聞いていても、それは強く伝わってきた。
しかし、そうすると逆に謎になってくる。
そこまで一途な愛情を持つ先生が、どうしてゲームでは攻略されてしまうのだろう?
結果として、攻略される事実があるのならどこかに糸口はあるのかもしれない。
そうして頭を巡らせ、私は一つの可能性に行き着いた。
先生と奥さんの間に入り込んでいる人間が、一人だけいる。
アルエットちゃんだ。
きっと、彼女が解決の糸口だ。
その矢先である。
私は自宅の廊下にて、声をかけられた。
「クロエ」
か細い声が私を呼び止める。
振り返ると、私と同じ黒髪のほっそりとした女性がいた。
色合いこそ同じだが、私と違ってその黒髪は長く伸ばされている。
上品さはあるが、全体的にやつれた印象の幸薄そうな女性であった。
着ているドレスは黒だ。
「母上、どうしました?」
何を隠そう、彼女は私の母上である。
「あの人が部屋に篭ってからもう五日。そろそろ、許してあげられませんか?」
「あー、その事でしたか。今から、会いに行く予定でした」
私が答えると、母上はホッと安堵の表情を作る。
「ならば良いのです。お願いしますよ」
それだけ言い残すと、母上はふらふらと去って行った。
そう、私が今から会いに行こうとしているのは父上だ。
なんと、ティグリス先生は父上に取り立てられた事がきっかけで、騎士公になったのだ。
まだ騎士だった頃は、父上の部下だったらしい。
そういう経緯があって父上は、私以上に先生の事に詳しいはずだ。
だから、話を聞きに来たのだ。
しかし、私はここ数日父上と口を聞いていなかった。
何故かって?
最近、初対面の人間に会う度、「パパ、だーい好き」を引き合いに出されるからだよ。
しばらくは我慢していたのだが、父上に構われすぎてイラッとした勢いで「パパなんてだいっ嫌い! もう二度と口聞かないから」って言っちゃったのだ。
それ以来、父上は自室に篭ってしまった。
いい歳こいて引きこもりとか、娘として超恥ずかしいよ、パパ!
ドアの前に置いた食事はちゃんと空になっているし、時折部屋の中から風切り音が聞こえるので生きているはずだ。
こんな時でも鍛錬をやめない所は素直に尊敬できるんだけどね。
父の部屋へ辿り着き、ノックする。
返事は無い。
私は部屋の中へ入った。
部屋はカーテンが締め切られ、真っ暗だった。
「クロエか?」
地の底から聞こえてくるような、かすれた低い声が私を呼ぶ。
「父上?」
ドアから差し込んだ明かりが、部屋の奥で座り込む父上の姿を浮かび上がらせた。
その顔はやつれ、目の下には隈ができている。
だが、その目にはギラギラとした野性味のある輝きが宿っていた。
余分な物を落としきった身体つきは、鋭さすら覚える程だった。
あそこまでじゃないが、有名な漫画の減量ボクサーみたいな雰囲気である。
「クロエ。あれから私は、拳を振るい続けてきた。闇の中、実体の無い心の痛みを打ち砕かんがため、拳を打ち続けてきたのだ」
「はぁ、そうですか」
「そして体を苛め抜き、その苦痛が心の痛みを上回り始めた時、私は新たな段階への強さを得ていた」
「そうですか」
「見ろ。孤独がより一層、私を強くしたのだ」
「そうですか。それより、母上が心配しているのでそろそろ部屋から出てください。あと、部屋も父上もすっごく汗臭いのでお風呂に入ってください」
「……そうだな……」
「あと、あんな事言ってすみません。父上の事、今でも大好きですから」
私が言うと、父上の目からギラギラとした輝きが消えた。
代わりに喜びの色が浮かぶ。
パッと表情が綻ぶ。
「そうか……。久し振りに、風呂へ一緒に入るか?」
「それはお断りします」
「……そうだな。年頃だものな」
ちょっと寂しそうな様子の父上は、そのまま一人で風呂場へ向かった。
「ティグリス……。ティグリス・グランの事か?」
お風呂から出て、ホカホカ状態の父は私の質問に問い返した。
場所は食堂。
父が風呂から出てすぐに「腹が減った」と言い出したので、食事をしながら話す事になった。
父の前には、母が嬉しそうに大量生産した手料理が並んでいる。
私も「ありがとう」というお礼と共に渡されたケーキを食べていた。
とっても甘くて美味しい。
「はい。そのティグリスさんです。人柄とか、女性の好みとかわかりますか?」
「なんだ、惚れたか?」
「そうわけじゃないですよ。どっちかと言えば、私の友人が先生に惚れているんです」
「そうか。あいつはいい男だ。あいつになら、お前をくれてやっても構わんと思ったんだがな」
「私にはアルディリアがいます」
「そうだったな。ふっ」
ふっ、じゃないよ。
婚約者を決めたのは父上でしょうに。
「だが、奴に惚れたとしても、諦めた方がいいだろうな」
「どうしてですか?」
「あいつは一途な男だからな。妻を亡くした今でも、あいつは妻以外の女を愛していない」
「詳しく聞いていいですか?」
私は、父上からティグリス先生の奥さんであるコトヴィアさんの話を聞いた。
それは如何にティグリス先生がコトヴィアさんを愛しているかという話であり、そしてコトヴィアさんが如何にティグリス先生を愛しているかという話だった。
「コトヴィアは、副官としても優秀だった」
「え、奥さんも傭兵だったのですか?」
「そうだな。団の諸々の管理と作戦立案はコトヴィアに任されていたらしいな」
意外だ。
なんとなく、ずっとベッドの上で過ごしているような人だと思ってたよ。
「そういえば、こんな事があった。コトヴィアの指揮する部隊が孤立して敵兵に囲まれてしまったんだが、あいつは部下に指揮を任せて単騎で救出に向かった。そして、あいつは数百人の兵士を掻き分けて、見事にコトヴィアを救い出したんだ」
うわ、三国志みたい。
山田ーっ! とか叫びそうなエピソードだ。
「あと、コトヴィアはとてつもなく料理が下手だった。そのせいか、逆にティグリスの作る料理が美味くてな。料理の係はいつもあいつだった」
「へぇ」
だから、調理科の教師もしているんだな。
あらゆる意味でシェフしていたんだな。
父から聞いた感想を踏まえると、正直に言って付け入る隙がない気がした。
ティグリス先生とコトヴィアさん。その二人の間には、誰も入り込めない。
父の客観的な話を聞いていても、それは強く伝わってきた。
しかし、そうすると逆に謎になってくる。
そこまで一途な愛情を持つ先生が、どうしてゲームでは攻略されてしまうのだろう?
結果として、攻略される事実があるのならどこかに糸口はあるのかもしれない。
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