気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
十九話 這い寄る深淵
調理実習の時間。
「あまいなぁ~ティグリスちゃん……アマアマや!」
先生の方に肘を乗せてちょっと狂犬っぽい雰囲気を出しながら言う。
「砂糖の分量を多めに間違えたクッキーだからな。それから、爵位が下とはいえ一応教師だ。馴れ馴れしい態度を取るな」
そんなつもりはないんだけどね。
今の私達はクッキー作りの調理実習をしていた。
「しかし、本当に甘いな」
「すいません」
これは私のせいだったりする。
いつも私は、調理から遠ざけられている。
この授業で私が担っている役割など、材料の運搬ぐらいだ。
それはいかんと思って私は強引に調理へ参加したのだが、その結果が御覧の有様だよ。
料理の分量なんて適当でいいんだよ。
炒飯だって、塩コショウと醤油を目分量で美味しく作れるんだぞ。
「いつもグループの仲間に任せ切りだからだな。全然、調理に関して学べていないんだろうな」
それは私のせいじゃないよ。
みんなが私を調理に関わらせてくれないんだ。
今回の失態でこれからは本当に何も触らせてくれなくなりそうだし。
「少し補習が必要かもしれないな。ビッテンフェルト、今日の放課後は残れ」
「はぁ、わかりました。お手数かけます」
「というわけで、二人には悪いんだけど今日の鍛錬は中止になっちゃった」
私はアルディリアとアードラーに頭を下げる。
今日は、二人との鍛錬の日だったのだ。
「そうなんだ。残念だけど仕方ないね」
「はぁ、仕方ないわね」
二人は本当に残念そうな声で返す。
「じゃあ、補習が終わるまで暇ね」
「もしかして、待っててくれるの?」
「……当たり前でしょ、……友達なんだから」
ボソリ、ととても小さい声で答えてくれる。
大丈夫。私は主人公性難聴なんて患ってないから、ばっちり聞き取ったよ。
「ア〜ドラ〜」
「こら、ちょっ、ベタベタしないでよ! 髪が乱れるでしょ!」
おっと、失礼。
最近アルエットちゃんと接する事が多いから、スキンシップする癖がついてるんだよね。
なでなで。
「あの、僕も待ってるからね」
アルディリアが控えめに申告する。
「アルディリア〜」
「わ、やめて、持ち上げないで! 高い高いしないで!」
おっと、失礼。
最近アルエットちゃんと接する事が多いから、高い高いしてあげる癖がついてるんだよね。
あの子、肩車とか高い高いとか、視点が高くなる事してあげると喜ぶんだよ。
ワッショイワッショイ。
「じゃあ、暇つぶしに付き合ってくれるかしら? アルディリア」
「仕方ないね……」
「ボロボロにしてあげるわ」
「……君の思い通りになると思ってるの?」
「言うじゃない。校舎裏に行きましょう」
「いいよ。そこなら、君の負ける姿を衆目に晒さなくて済むからね」
やや挑発的な言葉を交し合う二人。
意外な事に、最近この二人の練習試合の勝敗が拮抗しているんだよね。
それから君達、最近言い回しが少年漫画みたいになってる時があるよ。
気をつけないと、クロエみたいになっちゃうぞ。
「思ったよりできるみたいだな。少し安心した」
「まぁ、少しは。ただ、分量計りが面倒なんですよ」
「菓子作りには向かないわけだな」
「そうですね。それじゃあ、ありがとうございました」
「ああ、気をつけて帰れよ」
ティグリス先生の補習を終えて教室から出ると、廊下には誰もいなかった。
いつもなら、少なくても四、五人はいる。
だから、誰もいない校舎というのは少し新鮮だった。
生徒がみんな帰って、誰もいない校舎というのは物悲しさを覚える。
そんな寂しい廊下を私は一人で歩いた。
そんな時だ。
私は、首筋にゾワリとした気配を感じた。
「ズェアッ!」
肌の粟立つ様な感覚に恐怖し、私は思わず振り返りながらの裏拳を放っていた。
しかし、振るった拳は何も捉える事がなかった。
「きゃっ」
代わりに、女の子の小さな悲鳴が下から聞こえた。
見下ろすと、そこには尻餅をついたマリノーがいた。
「フカールエル様……」
「び、びっくりしました」
「ごめん」
私はマリノーに手を差し出す。それを支えに彼女が立ち上がった。
しかし、彼女はそのままバランスを崩して、こちらに倒れ込んできた。
私は抱く形で彼女を受け止めた。
「……あの。これは、私じゃなければ死んでいましたよ?」
彼女の手には、調理で使うキッチンナイフが握られていた。その刃先が、私の腹部から数ミリの所で止まっていた。
私が空いていた方の手でキッチンナイフの側面を摘み、止めていたからだ。
「死ねば……死ねばよかったのに……」
呟くように言い、彼女は私を見上げた。
その目には、光が宿っていなかった。
海のような深い青の底、黒の瞳孔が深淵じみた闇のように見える。
そんな目で、マリノーは私を見ていた。
一度のぞき込めば目が離せなくなるような、吸い込まれそうな眼差しだった。
こっわ……。
「どうして? どうして私じゃないの? 私の方が、私の方が! 先生の事、何倍も好きなのに、誰よりもずっとずっと、好きなのに! 好きで好きでどうにかなっちゃいそうなのに! あなたを殺してしまいたいと、そう思ってしまうほど好きなのに!」
マリノー・フカーエル。
彼女の特徴。
それは愛情過多である事。
「あまいなぁ~ティグリスちゃん……アマアマや!」
先生の方に肘を乗せてちょっと狂犬っぽい雰囲気を出しながら言う。
「砂糖の分量を多めに間違えたクッキーだからな。それから、爵位が下とはいえ一応教師だ。馴れ馴れしい態度を取るな」
そんなつもりはないんだけどね。
今の私達はクッキー作りの調理実習をしていた。
「しかし、本当に甘いな」
「すいません」
これは私のせいだったりする。
いつも私は、調理から遠ざけられている。
この授業で私が担っている役割など、材料の運搬ぐらいだ。
それはいかんと思って私は強引に調理へ参加したのだが、その結果が御覧の有様だよ。
料理の分量なんて適当でいいんだよ。
炒飯だって、塩コショウと醤油を目分量で美味しく作れるんだぞ。
「いつもグループの仲間に任せ切りだからだな。全然、調理に関して学べていないんだろうな」
それは私のせいじゃないよ。
みんなが私を調理に関わらせてくれないんだ。
今回の失態でこれからは本当に何も触らせてくれなくなりそうだし。
「少し補習が必要かもしれないな。ビッテンフェルト、今日の放課後は残れ」
「はぁ、わかりました。お手数かけます」
「というわけで、二人には悪いんだけど今日の鍛錬は中止になっちゃった」
私はアルディリアとアードラーに頭を下げる。
今日は、二人との鍛錬の日だったのだ。
「そうなんだ。残念だけど仕方ないね」
「はぁ、仕方ないわね」
二人は本当に残念そうな声で返す。
「じゃあ、補習が終わるまで暇ね」
「もしかして、待っててくれるの?」
「……当たり前でしょ、……友達なんだから」
ボソリ、ととても小さい声で答えてくれる。
大丈夫。私は主人公性難聴なんて患ってないから、ばっちり聞き取ったよ。
「ア〜ドラ〜」
「こら、ちょっ、ベタベタしないでよ! 髪が乱れるでしょ!」
おっと、失礼。
最近アルエットちゃんと接する事が多いから、スキンシップする癖がついてるんだよね。
なでなで。
「あの、僕も待ってるからね」
アルディリアが控えめに申告する。
「アルディリア〜」
「わ、やめて、持ち上げないで! 高い高いしないで!」
おっと、失礼。
最近アルエットちゃんと接する事が多いから、高い高いしてあげる癖がついてるんだよね。
あの子、肩車とか高い高いとか、視点が高くなる事してあげると喜ぶんだよ。
ワッショイワッショイ。
「じゃあ、暇つぶしに付き合ってくれるかしら? アルディリア」
「仕方ないね……」
「ボロボロにしてあげるわ」
「……君の思い通りになると思ってるの?」
「言うじゃない。校舎裏に行きましょう」
「いいよ。そこなら、君の負ける姿を衆目に晒さなくて済むからね」
やや挑発的な言葉を交し合う二人。
意外な事に、最近この二人の練習試合の勝敗が拮抗しているんだよね。
それから君達、最近言い回しが少年漫画みたいになってる時があるよ。
気をつけないと、クロエみたいになっちゃうぞ。
「思ったよりできるみたいだな。少し安心した」
「まぁ、少しは。ただ、分量計りが面倒なんですよ」
「菓子作りには向かないわけだな」
「そうですね。それじゃあ、ありがとうございました」
「ああ、気をつけて帰れよ」
ティグリス先生の補習を終えて教室から出ると、廊下には誰もいなかった。
いつもなら、少なくても四、五人はいる。
だから、誰もいない校舎というのは少し新鮮だった。
生徒がみんな帰って、誰もいない校舎というのは物悲しさを覚える。
そんな寂しい廊下を私は一人で歩いた。
そんな時だ。
私は、首筋にゾワリとした気配を感じた。
「ズェアッ!」
肌の粟立つ様な感覚に恐怖し、私は思わず振り返りながらの裏拳を放っていた。
しかし、振るった拳は何も捉える事がなかった。
「きゃっ」
代わりに、女の子の小さな悲鳴が下から聞こえた。
見下ろすと、そこには尻餅をついたマリノーがいた。
「フカールエル様……」
「び、びっくりしました」
「ごめん」
私はマリノーに手を差し出す。それを支えに彼女が立ち上がった。
しかし、彼女はそのままバランスを崩して、こちらに倒れ込んできた。
私は抱く形で彼女を受け止めた。
「……あの。これは、私じゃなければ死んでいましたよ?」
彼女の手には、調理で使うキッチンナイフが握られていた。その刃先が、私の腹部から数ミリの所で止まっていた。
私が空いていた方の手でキッチンナイフの側面を摘み、止めていたからだ。
「死ねば……死ねばよかったのに……」
呟くように言い、彼女は私を見上げた。
その目には、光が宿っていなかった。
海のような深い青の底、黒の瞳孔が深淵じみた闇のように見える。
そんな目で、マリノーは私を見ていた。
一度のぞき込めば目が離せなくなるような、吸い込まれそうな眼差しだった。
こっわ……。
「どうして? どうして私じゃないの? 私の方が、私の方が! 先生の事、何倍も好きなのに、誰よりもずっとずっと、好きなのに! 好きで好きでどうにかなっちゃいそうなのに! あなたを殺してしまいたいと、そう思ってしまうほど好きなのに!」
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