気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

十二話 強キャラの片鱗

 アルディリアとの鍛錬に、アードラーが加わるようになってから数日。

 実際に鍛錬を行ってみると、思った通り彼女には闘技の才能があるようだった。
 まず彼女には始めから十分な体力があった。
 私は最初にランニングからして彼女の基礎体力をつけようと思ったのだが。

「あなた、いつもこんな距離を走っているの?」

 と辛そうにしながらも、ちゃんと最後までついてきた。
 体力は十分で、体幹も整っている。
 どうやら彼女は闘技を修めるのに必要な基礎体力も筋力も、すでに持ち合わせているようだ。
 舞踏も体を使うという所で闘技と根本的な部分が似通っているのだろう。
 アードラーはダンスやってるからな。

 なので、それほど基礎鍛錬を行わずに、本格的な技の鍛錬へ移行できそうだった。

 そして私は、鍛錬の次の日にアードラーの家で舞踏を習っている。
 マンツーマンの個人レッスンだ。
 前世で言う所の月水金が鍛錬で、火木土が舞踏だ。

 どちらも学校の授業が終わってから行っていて、連日休みのない稽古三昧である。
 だが、授業が午後三時程度で終わる事とクロエの体力が異常にあるという事もあって意外と余裕だ。

 ちなみに、私も意外と舞踏の筋がいいらしい。
 私にも武芸者以外に、ダンサーの道が開けたようだ。

 ちょっと調子にのって、歩くように見せかけて後ろへ移動するダンスをしてみた。
 キングオブポップみたいに。
 ディスイズイットだ。

 前世ではやり方を知っていても、筋力が足りなくてできなかった。
 今の体なら余裕でできた。

「え、あなたそれどうやってるの?」
「前へ出した足で床を押して、体を後ろへ移動させるんだよ」
「へぇ……。あ、意外と簡単」

 流石はアードラー。
 一度見ただけでできるようになるとは……。

「ポウッ!」
「その奇声は必要なの?」
「いや、別にいらない」
「そう」

 それからしばらく、アードラーはムーンウォークを練習していた。
 一時間ほどすると、前世で言う所のボックスっぽい動きの新しい舞踏を開発していた。
 本当、アードラーは舞踏に関しては天才らしい。
 これが舞踏の真髄……。



 アードラーの動きがだんだんと形になってきたので、その日は組み手形式の鍛錬を行う事にした。
 私対アルディリア&アードラーの練習試合である。
 アルディリアとアードラーを直接対決させてもよかったのだが、如何せん二人とも未熟だ。

 力加減を間違えて、不慮事故が起こっても困る。
 なので、私が二人の相手をする事にしたのだ。
 ドラマチックバトルだ。

 で、戦ってみたのだが、十分程度で終わった。
 攻撃を凌ぎつつある程度二人の動きを見てから、首筋に手刀を叩き込んで終わらせた。
 二人の力量がどんなものか知りたかったからこれでいいんだよ。

 まずアルディリアだが、やっぱりあまり強くない。
 私の動きは少し特殊なので、二人には父上の動きを参考にした闘技を教えている。
 アルディリアは動きを忠実に守っているのだが、全体的に動きのキレが足りない。
 動きは遅いし、威力も乗っていない。

 三年間闘技に関わった人間相応の実力はあるが、それでもまだまだだ。
 対してアードラーはまだ始めたばかりとは思えないくらい強い。
 父上の動きなんてもうアレンジされ過ぎて原型を留めておらず、格闘ゲームの動きに近付きつつある。
 ただ、発展途上なだけって感じだ。

 鍛錬を続ければ、いつか私に追いつくんじゃないだろうか。
 あと、二人とも圧倒的に連携が下手。
 というか、合わせる気が微塵も感じられなかった。
 格上相手なんだから、ちゃんと力を合わせなきゃだめだよ。

 二人を木陰に運んで、しばらくするとアルディリアが目を覚ました。

「あれ?」
「おはよう」
「クロエ……。僕、負けたの?」
「まぁね」
「そっかぁ……。悔しいな」

 本当に悔しそうに言葉を搾り出す。
 どれだけ女子力が高くても、やっぱり男の子なんだなぁ。

「んん……ここは?」

 アードラーも目を覚ます。

「おはよう」
「クロエ……。私、負けたの?」
「まぁね」
「そう……。悔しいわね」

 男とか女とか関係無かったか……。

「よいしょ」

 アルディリアが立ち上がる。
 ふらりとその体が揺れた。
 倒れそうになる。
 私はそんな彼を抱き留めた。
 私の胸に彼の顔が埋まる

「あわわわわ、ごめん!」

 アルディリアは顔を真っ赤に染めて、大慌てで私から離れた。

 大丈夫だよ。不可抗力だ。
 ラブコメみたいに殴ったりしないよ。
 怒りのままに殴ったら、アルディリアは死ぬかもしれないし。

 世の中には、強パンチだけで相手を一撃必殺する世紀末覇王もいるからね。
 天にメッセージってやつだ。

「今まで気を失っていたんだから、急に立ったら危ないよ」
「うん……。ごめん……」

 俯いちゃった。

 その時、アードラーも急に立ち上がる。
 私の話聞いてた?

「ああ……っ」

 アードラーの体が傾く。
 言わんこっちゃない。
 そんな彼女をアルディリアが支えようとする。

 だが、二人の体が触れようとした瞬間、アードラーの体がスッとアルディリアの体をすり抜けた。
 少なくとも、私にはそう見えた。

「「えっ!」」

 私とアルディリアはその不思議な現象に驚きの声を上げる。
 そして、愕然とする私の胸へ、アードラーが飛び込んできた。
 そのまま谷間へ顔を埋める。
 真っ赤になった顔を上げ、一言。

「べ、別に、転びたくて転んだわけじゃないんだからね」

 そりゃそうだろうけど、今はそんな事どうでもいい。

「アードラー、あなた今、何したの?」
「え? 私今、何かしたかしら?」

 気付いていない?
 でも、あれは……。

 そうか、あれは特殊ステップなんだ。
 格闘ゲームで猛威を振るった、彼女を強キャラたらしめる要因の一つだ。
 その片鱗を今、私は見たのだろう。

 私の攻撃を特殊ステップでかわし、超必殺を叩き込まれる日もそう遠くないのかもしれない。

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