女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

第三章 疑い

「んーっ」
 と、オレは自分の部屋の、大部屋のソファにて目を覚ました。目を覚ますなり、大きく伸びをした。


 警察の護送車を襲って、韮山イオリの身柄を強奪したのは昨夜のことである。


 こうして一晩置いてしまえば、昨夜のことがまるで幻覚の類かのように、現実味がなくなっていた。


 黒檀の大きな机。アイランドキッチンに。赤い革のソファ。見慣れた部屋の景色が、オレを日常へと強引に連れ戻してくれた。


 おかげで心は安らいでいた。


「ん?」
 オレが寝転んでいたソファには、寄り添うようにしてミオンが眠っていた。昨夜はオレひとりで眠ったはずだ。オレが帰ってきても、ミオンはまだ仕事から戻っていなかったのだ。夜のうちに忍び込んできたのだろう。


 ミオンは布の薄いネグリジェをつけていた。胸がおおきくふくらんでいる。もしかするとブラもつけていないのかもしれない。手を伸ばせば、すぐに触ることが出来る。触ってもべつに拒否られることはないはずだ。迷ったけれど、触るのはやめた。


 度胸がなかった。


 警察の護送車を襲っておいて、女の胸に触る度胸がないというのはオカシなものだ――と我ながらそう思った。


 こんな現場を見られたら、リコにドヤされそうだ。そのリコはと言うと、幸いというべきか、昨晩はオレの部屋に訪れることはなかった。何をしているのか知らないが、リコはリコで忙しくしているようだ。


「ミオン。朝だよ」


 おはよー、とミオンは起き上がるとグッと伸びをした。ツルリとした腋窩が丸見えになっている。オレはあわてて目をそらした。


「ねぇねぇ。聞いてください。私昨日、ある俳優さんにホテルに誘われたんです。その俳優ってのがSさん」


「マジ?」


「未成年だからって断ったんですけどね。どう? 嫉妬しちゃいますか?」


「俳優のSと比べると、オレなんて塵みたいなもんだからなぁ」


「でも安心してください。私はカゲロウ一筋ですから」
 と、ミオンはトレードマークの「ピースマイル」をして見せた。


「ありがとう」


 嫉妬はしない。なぜならミオンの魂は、すでにオレのスマホによって捕えられている。ゼッタイに他に行かないことはわかりきっている。


 チャームがなかったなら、深く嫉妬していたことだろう。嫉妬だけでなくミオンだって簡単に流されていたかもしれない。いや。チャームがなかったら、オレはそもそもミオンと接点を持つことが出来なかったわけだけど。


「じゃあ私、シャワー浴びてきますね」


「あ、ちょっと待って」


「どうかしましたか?」


「もし誰かに昨夜、オレがどこにいたのか訊かれたら、家にいたって証言してくれないかな」


「良いですけど昨日は、私もここにいませんでしたよ? それでも良いですか?」


「ああ」


「りょーかい、しました」
 と、ミオンは敬礼するように、ひたいに手を当てた。


「理由とか訊かないんだ?」


 あまりに従順なので、オレのほうからそう問いかけた。


「訊きませんよ。だって、どんな理由があってもカゲロウの恋人ですから。かりに人を殺していたとしても――ね。いっしょに地獄まで付いて行きます」


 恋人という率直な言葉に、オレはぐらりと視界が揺らいだ。


「ありがとう」


 チャームによって形作られた偽りの愛情だとわかっていても、その言葉はうれしかった。
 チャームというチカラがなければ、その一途な思慕はオレに向けられるものではなかったのだ。そう思うと心が痛くもあった。


 こんなチカラは間違えているとわかっていても、やめることは出来そうになかった。


 朝食の支度をしようと思ったやさき――。


 ピンポーン。

 インターフォンが鳴った。


 セキュリティカメラを見てみると、リコがニオウダチとなって、睨みつけるようにカメラを覗きこんでいた。厄介なのが来たな、と思ったけれど、入れないわけにはいかない。


 開いてるから、どうぞ――と、セキュリティカメラに付属しているマイクに呼びかけると、リコが入ってきた。


「どうした? こんな朝っぱらから。良かったら朝ごはん食べていくか?」


 リコはオレの前に立ちはだかった。怒気をブツけてくるような気配があったのだけれど、その怒気は不意にひっこめられた。まるで剣を鞘から抜こうとして、やめた武士のような気配だった。


「あんた。昨夜はちゃんと寝た?」


「昨夜? 寝たけど」


「なんだか酷い顔してるわ。いっきに10歳ぐらい老けたように見えるわよ」


「まだ顔洗ってないからな。こんなに朝早く来るから、顔を洗う暇もなかったんだよ」


「いいから、自分の顔を見てみなさいよ」


「ああ」


 ついでに洗顔と歯磨きも済ませてしまおうと思って、洗面所に立ってみると、たちかに酷い顔をしていた。


 顔色は青白く、目のしたには色の濃いクマが出来ていた。昨日の疲労を、カラダは覚えているのかもしれない。韮山の青白い顔にすこし似ている。


「あんた。昨日は、なにしてたの?」


 その問いかけにオレは、心臓が凍りつくような思いがあった。誰かから尋ねられるだろうと身構えてはいたが、まさかリコから尋ねられることになるとは思わなかったのだ。オレは平然を装った。


「なにしてた――って、べつに何もしてないよ。小説読んで、スマホいじって、適当に寝たかな」 と、適当にウソを吐いた。


「スマホ」
 と、リコが手を差し出してくる。


「なんだよ」


「スマホを調べたいから、見せてちょうだい」


「朝イチバンに来て、なに言ってるんだよ。見せれるわけないだろ、そんなの」


「お願い。画像ファイルだけで良いから」
 と、リコは懇願するような物言いとなった。


 スマホには、昨夜、憑人たちにチャームをかけたさいの写真も、韮山の写真も入っている。チャームという能力は、相手を撮影することによって能力を発揮する。撮影したデータを削除しないかぎりは、効果はつづく。


 その特性上どうしても、物的証拠がスマホのなかに残ってしまうのだ。ゼッタイに他人に見せられるものではない。のみならず、最近はやっていないが、過去の盗撮データも記録されているのだ。


「そう言われてもな……」
 と、オレがまごついていると、
「いいから」
 と、なかば強引に奪われることになってしまった。


「あ、おいッ」


「大丈夫。すぐに済むから」
 と、リコはオレのスマホのデータに目を通したようだった。


 画像ファイルだけだと言っていたが、どこを調べたのかはわからない。調べるリコの目は、すこしずつ険しいものになっていった。顔が真っ赤になっている。


「だから見るなって言っただろうが」


「わかったけど、その……あんまり良い趣味じゃないわよ」
 と、リコはスマホを突き返してきた。


 リコに奪われたスマホは、オレのものではないのだ。カチューシャさんから渡されたダミーである。


 なかには、裸で縛られている女性の画像が大量に保存されているのだ。オレからしてみても、趣味が悪いと思うのだが、たしかに良いダミーにはなるのだろう。


「年頃の男子のデータファイルなんて見るもんじゃないよ。お前はオレの母親かっつーの。エロ動画を見てない聖人君子とでも思ったのかよ」


「そ、そうは思ってないけど、さ」
 と、リコは気まずそうに目を泳がせていた。泳がせるというか、むしろ目を回しているようだ。画像がよほど刺激的だったらしい。


「だいたいなんで、オレのスマホなんか見ようと思ったんだよ。こんな朝早くから」


「あ、あんたが、いかがわしいこと、してないかと思って、心配になっただけよ」


「朝から急に?」


「そう。朝起きてイチバンに気になったの。文句ある?」


「文句あるだろ。こっちはスマホ見られてるんだぞ。次からはそんな変な気を起こさないでくれよ。いくら風紀委員だからって、オレがアダルトな動画見るのは自由だろうが」


「それはそうなんだけど……」


 怒ったように見せかけたが、実はさして心的ダメージを負ったわけではない。ホントウに緊縛された女に興味があるのなら別だが、これはカチューシャさんが用意しておいたトラップである。それでもいちおう怒っておかないと不自然だし、今度も強引にスマホを見られたら困る。


「まさかとは思うけど、オレの趣味を言いふらしたりしないよな?」


「言いふらすわけないでしょーが。そんなオゾマシイ画像、思い出したくもないわよ」


「オゾマシイって言うわりには、顔が真っ赤になってるみたいだが?」


「なってないわよ!」
 と、リコは強い語調で言い返してきた。

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