女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

作戦の終わり

 護送車のなかにいた韮山は、たしかに写真で見た通りの人物だった。異様にやつれている。いかなる攻撃も反転させてしまうと聞いていたが、べつに抵抗する素振は見せなかった。オレは韮山の顔を、撮影した。そしてすぐに護送車を後にして、オレと韮山はカチューシャさんの車に乗りこむことにした。ほかの憑人たちは、おのおの散った後だった。


「さすが魔王さまね。ビックリするほど上手くいったじゃない。今日は何か高級なものを奢ってあげるわ」
 と、カチューシャさんはオープンカーで、高速道路を飛ばしていた。


 オープンカーなんて乗るのははじめてだ。普段は電車通学だし、免許も持っていないので、そもそも車に乗るのが久しぶりのことだった。


「車、運転できたんですか? 目、見えないんですよね?」


「言ったでしょ。私には心眼が開いてるのよ」


「はぁ」


 その心眼というのは、何か特殊なチカラなのだろうか。とても目が見えない人の運転とは思えないほど速度を出していた。


 事故らないか不安だった。


 速いことには速いのだけれど、運転から荒々しさは感じられなかった。車の性能が良いのかもしれないが、滑るように進んで行くのだ。


「で。どうなの? 護送車を襲撃したご感想は」


「なんかまだ心臓がドキドキしてますよ、オレ。ホントウに警察の護送車を襲ったんだな――って」


「そうよ。憑人たちには、ボーイのチャームをかけて従順にさせた。ボーイの指揮下で行われた立派な作戦よ」
 と、カチューシャさんは楽しげに言った。


「たしかに憑人たちにチャームをかけたのはオレですけど、作戦を立てたのはカチューシャさんでしょ」


 ETC遮断機に細工をして、護送車を足止めをする。その隙に襲うという計画だった。オレはただカチューシャさんの言われた通りに動いただけだ。


「戦争には3つの能力が必要とされるのよ」
 と、カチューシャさんは右手でハンドルをにぎって、左手で指を3本立ててみせた。


「聞いたことありますよ。武勇と知恵と遵守でしょう」


 何かの本で読んだ記憶がある。
 たぶん戦記物だ。


「あら。よく知ってるじゃない。さすが警視総監さま息子と言ったところかしら」


「やめてくださいよ。父さんは関係ないですよ」


 あら、ごめんなさい――とカチューシャさんは調子良くつづけた。


「武勇を担当するのは戦士。知恵を担当するのは参謀。そして遵守を担当するのは王の役目よ。私は参謀。そしてボーイは魔王なのよ」


 遵守という意味では、たしかにチャームの能力は適している。チャームの前では、問答無用だ。持ち上げるのは構わないが、魔王と言われてもシックリこない。カチューシャさんはたぶん、オレを通して、二階堂万桜を求めているんだろうな、と思った。


「じゃあ戦士は誰なんです?」


「それを手に入れるために、こんな作戦を仕掛けたんじゃないの」
 と、カチューシャさんはデジタルミラーにアゴをしゃくってみせた。そこには後部座席に座っている、青白い顔の韮山がいた。


 なるほど、と、オレは納得した。


「どう? 魔王になった気分は?」


「最高ですよ」
 と、皮肉った。


 ここに戻るまでに、2回ぐらい吐いた。緊張感に耐え切れなかった。そして一緒に作戦を決行してくれた憑人たちが、まるで獣か何かのようになで斬りにされた場面を思い出した。


 でも成し遂げたのだ。


 オレは父の君臨している警察という組織を敵に回した。護送車を襲って、韮山を拉致ったのだ。


 オレを役立たずの無能だと侮りつづけた父への意趣返しである。成し遂げたのだ、と自分を鼓舞した。いつも冷静な父が、焦った顔をしているかと思うと、すこしは気持ちも安らぐというものだ。


 警視総監という立場にいる父は、特務課の内容も把握しているはずだ。


「そう。最高でしょ。私たちは選ばれた者なんだから」


「選ばれた者?」


「悪魔に選ばれたでしょ」


「選ばれたって言って良いのかわかりませんけどね」


 カチューシャさんも弱い心があったから、悪魔に魅入られたのだろう。見た感じでは、オレみたいに弱い存在には見えない。けれどヤッパリ人はどこかに弱点を持っているはずだ。悪魔は、そこを的確に突いてくる。オレも見事なまでに、リリンに籠絡されてしまった。


 ところで――とオレは切り出した。


「あの護送車を守っていた連中のことなんですけど」


「あれが特務課よ」


「なんかヤバい連中いましたよね。変な武器使うヤツとか、変な武装したヤツとか。それに、黒い甲冑のバケモノみたいなヤツもいましたよ」


 オレがそう尋ねると、カチューシャさんの表情がすこし引きしまった。


「あれは、特務課ではフラグメントと呼ばれている武器よ」


「フラグメント?」


「憑人に憑いてる悪魔は、USBに捕えられるのだけれど、そのデータを利用して、武器をつくるの。悪魔は、特殊な能力を持っているでしょ。それを武器に利用したものよ」


「じゃあ、あの全身甲冑でおおっていたヤツも、フラグメントですか」


 甲冑で覆っていたから、顔はわからなかった。が、ひときわカラダの小さいヤツだとは、わかった。カラダが小さいからと言ってバカにはできない。何人もの憑人を、たった1人で蹂躙していた。


「あれは、《カラス》ね」


「カラスって鳥の?」


「カラスみたいに黒いでしょ。それに、《特務のカラス》と呼ばれていた捜査官がいたのよ。その捜査官は二階堂万桜と相討ちになって死んだはずなんだけどね。たぶん誰かがそのフラグメントを引き継いだんでしょうね」


《カラス》。憑人を殺していくさまは、一騎当千であった。あの重厚な鎧の下には、誰かしら人間が入っているはずだ。いったいどんな人間なのだろうか。あれほどの活躍をするのだから、その中身も気になる。


 そしてあの黒々とした甲冑姿は妙に、オレの脳裏に印象強く残されることになった。


「悪魔って、なんなんですかね」


「どうしたの急に」
 と、カチューシャさんがハンドルを切った。それに合わせてオレのカラダが揺れた。カチューシャさんにもたれかかってしまった。すみません、とオレはあわてて姿勢を整えた。


「だって、こんな存在がいるなんてゼッタイ変ですし」
 と、オレは自分のスマホを握りしめてそう言った。画面のなかでは、リリンがあくびをしている。


「悪魔の正体なんて私にもわからないわよ。それはキリストさまにでも訊いてみれば?」


「キリスト? それってイエス・キリストのことですか?」


「だって、キリスト教では、悪魔憑きを拷問したり殺したりしたでしょ。魔女狩りとかエクソシストとかって言うじゃない」


「さあ。今ではそんなことしてないと思いますけど。たぶん昔の話ですよ」


「悪魔ってそういう時代からいたんでしょ。その正体を教えてくれって言われても、私にはわからないわよ」


「それは建前でしょ。処刑したり拷問したりするための言い訳ですよ。悪魔憑きなんてホントウはいないですよ」


「でも、いたじゃない」
 と、カチューシャさんはあっけからんと言った。


「ええ。それはまぁ、そうなんですけど」


「時代が変わって、悪魔も姿を変えたってだけでしょ」


「そう――なんですかね」


「特務課は異端審問界ってところかしら? 国家に忠実な番犬ってね」


 ふふっ、とカチューシャさんは笑った。
 目元をサングラスで隠してはいるけれど、カチューシャさんには大人の妖艶さが帯されている。
 淫靡な笑いだった。


「韮山イオリの身柄は、これからどうするんですか?」


 韮山は特務課に協力的だったと聞いている。いまはオレに撮影されたことで従順になっている。まさかチャームを男相手に使うことになるとは思わなかった。


「韮山ボーイの身柄は、私のほうで預かっておくわ。たぶんすぐに手配されて、表を迂闊に歩けなくなるでしょうから」
 と、カチューシャさんはアクセルを踏み込んだ。


「スピード出し過ぎですって」


「いいじゃない。私の人生は法定速度より速いのよ」


「なに言ってんですか。スピード違反で捕まらないでくださいよ」
 と、オレは深く腰かけてそう注意した。


 夜のなかを、カチューシャさんの真っ赤な車は駆け抜けて行く。

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