女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

チャーム

 チャームについて、まだひとつ実験できていないことがあった。撮影した相手を、オレに惚れさせるという下品な能力については把握できた。


 撮影した画像を削除した場合は、どうなるのか――という問題が解決できていなかった。


 その問題を解くために、オレは猫山先輩と狸丘後輩の写真を削除することにした。
 するとどうだろうか……。
 猫山先輩も狸丘後輩も、オレにたいして素っ気なくなり、さらにはオレと弁当食べたことも忘れてしまったのである。


 チャームという異能のチカラはいよいよ真実味を増してきた。そして、チャームの能力について、あらかたのところは把握しきった。


 しかし――。
「困ったな」
 と、独りごちた。


 灰都山端区――すなわちオレの家の近くにあるスーパーの前だった。学校が終わり、オレは先に帰った。「スーパーの前で待ち合わせしよ。もうすこしで到着します」とミオンからLINEが来た。


 オレは自転車置き場のすぐ近くにあったベンチに座って、ミオンを待つことにした。ベンチは西日に暖められていたのか、オレが座ると熱を伝えてきたけれど、座れないというほどではなかった。


「何が困ったんじゃ?」
 と、スマホが問いかけてきた。


 さすがに2度目なので、パニックになるほどの驚きはなかった。多少はギョッとさせられる。


 目を細めて、自分のスマホの画面を見つめた。
 待ち受け画面に映し出されているのは紅色の髪をした少女の姿である。


「リリンか」


「意外であったな。オヌシはもっと無能かとも思っていたが、すでにワシの存在を認めておるのだな。しかも、チャームについても把握したと見れる」


「こんな場所で出てくるなよ」


 人通りは多いけれど、誰もオレのほうなんか見てはいない。スーパーの出入り口からはすこし離れたところにいるし、問題はなさそうだった。


「ならば学校内で出てきたほうが良かったかえ?」


 学校なんかで出て来られたほうが困る。困るということを見越して、リリンは揶揄を込めて言ったのだろう。
 逆に言えば、学校では気遣って出てくるのを、控えてくれていたというわけだ。


「君は、いったいなんなんだ?」


「じゃから、色欲の悪魔。リリンと紹介したであろう」


「そういうことを訊いてるんじゃない。君という存在について、尋ねてるんだ」


「チャームについては、把握したようじゃな」
 と、ムリヤリ話を転がしてきた。


「ああ」


「どこまで把握した? 言うてみよ」
 と、まるで教師のような物言いでリリンは言った。


 チャームの能力について答え合わせはしておきたかったし、素直に口を開くことにした。


「相手を撮影することによって、その相手をオレに惚れさせることが出来る。そうだろ?」


「うむ」


「しかしどうやら相手の顔を撮影する必要があるらしいな。背中とか足とか手といった部分だけでは効果を発揮しなかった。逆に言えば、顔さえ撮影できていれば、効果を発揮する」


「続けよ」


「画像を保存しているかぎりは、チャームの効果はつづく。画像を削除すれば相手は、オレへの好意も、オレと接した内容についても記憶から抹消してしまう。そんなところだろう」


「見事じゃな。やはりオヌシはワシが思っていたよりかは、頭が働くようじゃ」


「それ、ホめてるのかよ」


「もちろん、ホめておる。で、チャームについて、他にわからないことがあるならば、答えてやるぞ」


 リリンは黒いスマホの画面のなかを、まるで水中にいるかのように泳ぎ回っていた。


「スクショについて訊いておきたい」


「ほお?」


「ネットに転がってる女優やアイドルの写真を撮影した場合。チャームの効果は発揮されるのか? 実験みてみたいが、相手と会えない以上は、効果を確認することが出来ないんだ」


「答えは否じゃ」


「つまり直接、撮影した相手じゃないと、効果は発揮されないということだな」


「うむ。その解釈で間違いはない」


「そうか。すこし残念だ」


「オヌシの考えていることがわかるぞ。女優やアイドルといった相手を、スクショして惚れさせようと考えていたんじゃろう。残念ながらその手はつかえん。逆に言うと、直接撮影すれば、そんな相手であろうとも惚れさせることが出来るわけじゃがな」


 これでチャームについての理解は、カンペキなものとなった――と言えよう。


 ほかにも気になっていることが、いくつかある。リリンとはいったい何者なのか。どうしてオレにチャームの能力を付与したのか。
 この能力が付与されたのか、この世界でオレだけなのか……。


 リリンの存在と、チャームについて認知することによって、まるで泡のように疑問が浮かび上がってくるのである。


「君はいったい何者なんだ?」
 と、オレはもう一度、そう問いかけた。


「ワシは、悪魔じゃ」


「悪魔?」


「古来より悪魔は人に憑いてきた。悪魔憑きやエクソシストという言葉を聞いたことがあろう? 近年、インターネットの発達によって、ワシらもそっちに移行することにしてな」


「それでスマホのなかに?」


「うむ」


「スマホから出れないのか?」


「データじゃからな。インターネットのなかは自在に行き来できるがな」


「ってことは、急にオレのスマホから消えることもあるわけか」


 このさい悪魔が存在しているのかとかいう、そこの問題は考えないようにしよう。目の前に存在しているのだ。悪魔とは名乗っているが、どちらかと言うと、高度なウイルスに近い気もする。


「安心せい。悪魔にとって重要なのは、どこへ行くかではなく、誰に憑くかという問題じゃからな。ワシはオヌシを選んだ。オヌシから離れることなど、そうそうありはせん。ワシは悪魔で、オヌシは憑人じゃ」


「どうしてオレに憑いた?」


「ワシの好みじゃ」


 二次元の存在とは言っても、その率直に好みと言われると、含羞をおぼえる。


「こ、好みって言うと、つまりその魅力的だったとか、そういうことか?」


「警察に通報することなく、その能力を、非道徳的に存分に使ってくれる人材。世間にたいする鬱屈をかかえており、そしてこちらの思い通りになるような人間。そういうのがワシらにとっては適任じゃからな」


「なんだ。そういうことか」


「そう落胆することはない。男としての魅力も多少は感じたから、オヌシに憑いたんじゃから」


「多少は――って……」


 気落ちしたけれど、この不可解な存在にイケメンだと言われても、それはそれで素直に喜べない気もする。


 たしかに性格面で見るならば、オレはリリンの求めていた人材だったのだろう。


 チャームのことを警察に言うつもりはないし、これからもチャンスがあれば使っていこうと考えている。


 良心の呵責がマッタクないというわけではないが、この魅力には逆らえない。
 悪魔につけ込まれやすい弱い人間なのだ、オレは。


「しかし誤算もあった」


「誤算?」


「思ったよりも頭が回るようじゃな。学校の成績が芳しくないから、もう少しバカなのかと思うておった」


「嬉しいことを言ってくれるけど、それは過剰評価だ。オレは、バカだよ」


「自分で言うのかえ」
 と、リリンは画面のなかで笑っていた。


「そりゃ自覚ぐらいはあるさ」


 中学受験に落ちたのだ。
 オレは親の求める優秀な人間ではなかった。父からは幻滅されて、母は家を出て行った。頭が良いのなら、こんな鬱屈とした人生を送ってはいない。


「たまらんのぉ。その顔」
 と、リリンは顔を赤らめて、唇をナめていた。画面越しにでも感じ取れるような、濃厚な色気だった。


「な、なんだよ」


「ワシは悪魔じゃからな。オヌシのそういう世を恨むような顔がたまらなく好きじゃ」


 悪魔独特の観点と言うべきか。
 率直に言うならば、お前の苦しんでる姿が好きだ、ということだろう。とらえ方によっては、ケンカを売ってるようにも聞こえる。


 腹の出た男がすぐ近くに歩いてきた。オレは口を閉ざした。男は店に付属しているトイレのほうへ向かったようだ。スマホに向かって、こんな独白をつづけていたら変人だと思われてしまう。


「チャームという能力をくれたことは、素直にうれしく思う。もちろん警察に言うつもりもない」


「うむ」



「でもオレがチャームを使うことによって、リリンには何かメリットがあるのか?」


 っていうか。
 悪魔って、そもそもどうして人間に憑くんだろうか。


「古来の悪魔はさておき、ワシには明確な目的があってな。ワシの能力を使いこんでくれると、人間の精気を吸うことが出来る。その精気はワシら悪魔の餌でな。ワシらのチカラを強くしてくれる。そして最終的には実体をもって、そっちの世界に顕現できる」


「なんかファンタジー染みた話だな」


「まあ、それはこっちの事情じゃから、オヌシが気にすることはなかろう。安心せい。精気を吸うと言っても、それによって人間に害意があるわけではない。まぁチャームそのものが害意と言えるかもしれんがな」


 シシシ……と、歯の隙間からこぼすような笑い声を発した。


「さっきから気になってるんだが、悪魔というのはリリンだけじゃない口ぶりだな」


「むろん、他にもおる」


「じゃあ、オレ以外にもチャームの能力を使えるヤツがいるってことか?」


 いいや、とリリンは頭を振った。


「これはワシの固有能力じゃから、チャームを使える者はほかにはおらんし、ほかの悪魔がどうしているのかも、ワシは知らん」


「そう――か」


 チャームじゃないにしろ、別の異能を持った人間が、ほかにもいるかもしれない。その可能性については、頭の片隅にでも置いておいたほうが良さそうだ。


「他人に怪しまれない程度に、チャームをたくさん使ってくれりゃあ良い。そうすればオヌシはモテモテになり、ワシは精気を吸えるのじゃからな。ただオヌシはひとつだけ勘違いをしておる」


「勘違い?」


「チャームの能力はいちおう同性にも効果がある。その場合は、恋慕ではなく、尊敬や親しみという感情が向けられることになる」


「なるほど」
 と、オレはなるべく唇を動かさないようにして、そう答えた。
 ミオンがこちらに向かって歩いてくるところだったのだ。


 ふふっ。
 内心では、ドス黒い笑みがコボれる。その笑顔を表情に表したならば、きっと般若のような怖ろしい笑みになっていたことだろう。


「おまたせー」
 と、ミオンが言う。


「大丈夫。オレもさっき来たところだから」


 ミオンの画像を、スマホのなかにおさめているかぎり、その魂はオレの手中に捕えたと同義だ。間違えて削除しないように、あとでロックをかけておこう。


 ミオンの魂は、もうオレの物だ。

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