追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

それは失恋ではなく(:?)


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「……失恋した相手は、クロクン、デスカ」

 私がそうだと頷くと、ロボは複雑そうな表情をする。しかしその表情を見られている事に気付い彼女は、私に気を使って表情を引き締めた。彼女は私達のような親しい相手に対してはヘッドギア状態で話すのだが、今までのように分かりにくい外装と違い今は表情が相手に伝わりやすいので、このようにハッと気づいて引き締める事が多い。私的には引き締めなくても表情がコロコロ変わって可愛いから別に構わないと思うのだが、そこは本人が顔を外に出す歩みを進めている証拠でもあるのでとやかくは言わない。

「失礼だが、何故今になって失恋をしたと感じたんだろうか」

 ルーシュ・ランドルフが問うているのは、私の失恋相手が婚姻を果たしたのは去年の話であり、その間私は何度も彼に会っていたのに何故今、という事なのだろう。もしかしたら今になって告白をしたのかもしれない、と思っているのかもしれない。
 しかし失恋した理由か。だがその理由はとても単純だから答えられる。
 それは、私が失恋について考えたからである。

「考えたキッカケをお聞かせ願えるだろうか」

 ここで何故失恋それについて考えたのかではなく、考え出したキッカケを聞く辺り、ルーシュ・ランドルフもなにか勘付いているのかもしれない。
 だがどうしようか。それについて考えた理由を話す事は彼のプライバシーに関わる事なのだが……いや、ここまで来て話さないのも良くない。具体的な名称は避けて、理由を話すとしよう。
 私が失恋について考えたキッカケは、

「好かれている?」

 “彼”が私を好いたからだ。
 初めはどうやら外見で、中身を見てますます、という事である。
 男女として、異性として私を好いている。恋愛対象として見ている。自意識過剰ではなく、私は“ソレ”を感じ取ったのだ。それもつい最近。
 そして感じ取った以上、私はその気持ちに答えを見つけなければならない。生憎と自覚した状態でなにかをするほど私は器用ではないのである(むしろ不器用だ)。

「そして答えを見つけようと考えると、恋愛成就か失恋という答えが出た、という事だろうか」

 私はその問いに頷いた。間を取って友人関係、というのもあるかもしれないが、その関係で続けていくのは少々難しい。

「何故デス?」

 ……それを説明するためには、先程の話に戻さなくてはいけない。
 私がこの世で最も好きな異性はクロ・ハートフィールド。これは認める。
 しかし彼は既に妻帯者であり子持ち。例えお互いに好いていようと、恋愛を成就させる訳にはいかない。ならば如何に好かれていようと、この好きを成就させる事出来ないので、私は失恋した事になるはずだ。

「ソレハ……なにか違いまセンカ?」

 いや、違わない。
 私はクロ・ハートフィールドが大好きで、もし私がクロ・ハートフィールドに告白をされれば二つ返事でOKするだろう。そこに迷いはない。それほどまでに好いているのなら、この気持ちは恋であり、叶わないから失恋をした。という事になる。
 しかし私はこの失恋を苦に思っていない。むしろ喜ばしい。

「クロという男が、誰かと結ばれて幸せになる事が、我が身のように嬉しい、という事だな?」

 そうなる。
 クロ・ハートフィールドの本質はクリームヒルト・フォーサイスと似ている。一つ掛け間違えれば簡単に振り切れる危うさを有していた。
 しかしそんな彼が好きな相手と結婚し、楽しそうに笑い、幸せそうに過ごす生活をしているのだ。こんなに嬉しい事は無く、悲しさも悔しさも一切ない。しかしこれを失恋というならば、私は――

「その好いてくれた“彼”に対し、迷わず振る事が、という事だろうか」

 ……そういう事だ。
 この喜びを失恋と名付けてしまっては、私は“彼”を迷わず振る事が出来るだろう。
 なにも迷わず、相手の気持ちを考えず、好かれただけでなにも悪い事をしていないのだからと、自由に振る事が出来てしまう。
 しかしこれが失恋の本質な訳が無い。こんな感情だけが失恋のはずがないんだ。
 私は自分が経験した事を分析し、私の中にある辛い感情を呼び起して失恋だと証明をしたい。そうしなければ――

「ミズ・カナリア。貴女の感情は矛盾している」

 ――そして私の感情に、ルーシュ・ランドルフはきっぱりと断言をした。

「……なんで矛盾しているのですか」
「貴方は最初、オレ達に失恋とはなにかと問うた。まるで失恋を分かっていない様に」
「……そうですね」
「次に失恋を証明したいと貴女は言った。自分が経験したこの感情は本当に失恋なのか、と」
「……言いましたね」
「だが、今の貴女はまるで自分が理解できない感情を、違う経験と感情を当てはめて無理に理解しようとしているように見える。もしかしてだが貴女は――」

 ルーシュ・ランドルフは私に気付かせるように、諭すように。優しくも何処か厳しめの声色で。

「ただ、好かれた相手を悲しませたくないから、我慢して付き合う言い訳を見つけようとしているだけではないのか?」

 そう、私に告げたのであった。

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