追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

勝負を仕掛けて来た!


「随分と楽しそうですね、シロガネ」
「え? あ、ムラサキ様。シキに来られていたのですね。汚れた格好での挨拶で申し訳ございません」
「ええ、貴方がかく乱してくれたお陰で遅れはしましたが、キチンと今日来る事が出来ましたよ」
「はは、主であるムラサキ様をかく乱するなど致しませんよ。私はただ予定が変わる前の情報をお伝えし、変わった事をお伝えする前に話す機会が失われただけです。申し訳ございませんでした」
「良い性格をしていますよね、シロガネは」
「ははは、なんの事やら」
「…………。それでそちらがシロガネの想い――」
「ええ! 私を案内してくださった女性です。とても素晴らしい女性なのですよ!」
「おおー、なにか知らないけどありがとね! そしてご紹介に預かりましたカナリアでっす!」
「…………。はい、よろしくお願いいたします。私はムラサキ・バレンタインという、そこのシロガネの主ですよ。シロガネが想い慕っているカナリアさん」
「はい?」
「ムラサキ様!?」
「おや、どうかしましたかシロガネ。まさか従者が言われたくないからと主の言葉を遮った、なんて事は無いでしょう。ねぇ?」
「う……」
「まさか改めてもう一度言う程とも思わなかったのでしょう? ねぇ、シロガネ?」
「ははははは。ナンノコトヤラ」
「ふふふふふ。なんのことでしょうね」
「ええと……よく分からないですけど、想い慕うって言うのは……」
「えと、それはですね。その……」
「シロガネがカナリアさんのキノコの腕に憧れている、という事ですよ」
「なるほど! ふ、私のエルフとしてのキノコの腕は憧れられるのも無理はないですからね……!」
「ふふ、そうですね。……おや、シロガネ。どうしましたか、その表情は」
「……いえ、なんでもないです」
「ムラサキお義姉ちゃん。あまりシロガネをイジメないでやってください」
「別に虐めてはいませんよヴァイオレット義妹ちゃん。ただここに来るまでに苦労した憂さ晴らしと、先程からソルフェリノ様にいい様にされてる憂さ晴らしです」
「ようは憂さ晴らしですね」
「ですね。……ふぅ。ですがその表情を見れただけでもよしとしましょう」
「ではシロガネの行動は許した、と」
「ええ、シキに来るまでの苦労に関しては許しました」
「それならば良かっ――関して“は”、ですか」
「はい。ソルフェリノ様との仲を深めた事により、今まで許していた最近陰で噂されている“ソルフェリノ様の隣と言えばシロガネだよねー”といった会話を譲れなくなりました。ならばもういっそ勝負を仕掛けようかと」
「いっそじゃないですよムラサキお義姉ちゃん!」
「そ、そうですよ。なんだか呼び名とか仲良くなったとか色々気になる事はありますけれど、主であるムラサキ様と勝負をするなど出来ません!」
「おおー、なんかよく分からないけど勝負? するなら私はシロガネ君を応援するね!」
「よし、下剋上の時が来ました。私はカナリアさんの応援を力に、ソルフェリノ様の最も近き相棒の座を勝ち取ってみせます……!」
「シロガネ!? カナリアも煽るな!」
「良いでしょう。乳兄弟であり相棒、そして同性ゆえの距離感は、夫婦の愛には叶わないと証明して見せます……!」
「ムラサキお義姉ちゃん、落ち着かれてください! 証明せずとも愛は深められますし、それらは比べる物でもありませんから! ソルフェリノお兄様もなにか仰ってください!」
「ムラサキ、俺がお前の故郷から王国に行く際に、言った事を覚えているか!」
「はい、付き従うだけの妻など不要。バレンタイン家ならば強者であれ! です!」
「その通りだ! 強さを見せる時が来たぞ、愛するムラサキよ!」
「兄様まで煽らないでください!!」
「はい、頑張ります! 誇りある御三家であるシキブ家の次女、ムラサキ。勝ってみせます!」
「私とて負けられない時があるのです。いとし――友であるカナリアさんの前で恥を晒すなど、己がプライドのためにもあってはならぬのです!」
「わー、頑張ってシロガネ君!」
「頑張りますよカ、カナリアさん!」
「負けませんよ、シロガネ。名前を呼ぶ事すら照れている貴方に負ける要素など無いのです!」
「ソルフェリノ様を呼び捨てで呼ぶ練習をしては結局出来ずに十年近く経っているムラサキ様に言われたくないです!」
「何故それを!?」
「そうなのか。いつでも呼び捨てで呼んで良いぞ、ムラサキ」
「ぁ、ぅ……戦いで勝ったら呼ばせて頂きます!」
「そうか。頑張ってくれ! あ、ヴァイオレットは審判を頼む。一番公平だろう」
「……分かりました、やりますよ! では勝負方法はなにを――」

「さて、戦いが始まった所で義弟よ。俺に聞きたい事があったのではないのか?」
「妻の戦いを見なくて良いんですか?」
「勿論見るが、先程から静かな義弟が心配でな。兄として話しかけた訳だ」
「それはどうも」
「それで、何故静かだったんだ? 幼少期から傍に居る、第二王子の一件の引き金とも言える彼女がシロガネに取られそうで心配か?」
「引き金、ですか。よく知っていますね」
「情報網は色々あるからな」
「そうですか。まぁ、取られるという危機感は、名前をまともに呼べない今のシロガネさんからは微塵も感じませんが」
「……そうだな。確かに。カナリア嬢も友達感覚だな」
「ですね。後は昨日の話し合いの時から、端々にワザと情報を小出しにしてこちらを知っているというアピールをして来る義兄の事も気になりますが……」
「なんの事だ?」
「惚けなくて結構です。私――俺に気付く範囲で小出しにしているのは分かります」
「ほう、参考までに“それ”も何故分かったか聞きたいな」
「経験ですよ。新しい技術が生まれると詐欺と抜け目を見つける輩とよく交渉をしていたので」
「……なるほど、経験か」
「ええ、経験です。……それで、俺が気になる事は――」
「俺が変わった理由になにかもう一つがあるのではないか、だろう」
「そしてその理由はヴァイオレットさんではない、義兄様の家族が関係していませんか?」
「――――。ほう」
「質問の内容を答えたのに、更に返しをして来るとは思いませんでしたか」
「正直言うならばそうだ。何故分かったかをご教授願いたい」
「勘です」
「勘か」
「ええ、答えが出ても何故自分でそう思ったかは分からないので、勘です」
「ふ、なるほど、勘か。それはどうしようもない。……義弟はエクルという男に似ているな」
「エクルさん? お知り合いなんですか?」
「新進気鋭、若くして伯爵家の中枢を担う男だ。嫌でも知り合う」
「まぁそうですね。……ですが、私が彼と似ている、ですか」
「ああ。……年齢と過ごした経験が違うかのような、なにかが似ている」
「なるほど。よく分かりませんが、そうなのですね」
「……ふ、分からないと来たか。まぁ良い」
「それで、どうなのです? 私の勘は当たっていますでしょうか」
「そうだな。当たっているよ、
「……というと」
「心に素直になろうと思ったのは、ヴァイオレットの表情によるものだ。これは良い方向に進んだ、と自分でも思える」
「となると、もう一つは悪い方向だと?」
「そうだ。……俺は、恐怖したんだ。あのヒトに」
「……その、あの人とは、一体?」
「ああ、それは――む、悪いが話はあとで話すぞ義弟よ!」
「はい?」
「ムラサキが勝負をしようとしている。夫として応援するぞやっほーい!」
「ソルフェリノ義兄様ちょっとハッチャケ過ぎですよ!」
「シキの影響だ!」
「シキのせいにするんじゃねぇ!」

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