追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
温泉からの帰り道の二夫婦
「ところでムラサキお義姉ちゃん」
「なんですヴァイオレット義妹ちゃん」
「服装に関してご相談がありまして。特に――――」
「ああ。これは――――」
温泉から屋敷までの帰り道。ヴァイオレットさんとムラサキ義姉さんはなにやら服に関して話し合いをしていた。
服の話題ならば俺も入りたいが、服というよりは着こなしであるし、女性特有の事っぽいのであまり話には入らない方が良いだろう。……いや、どちらも俺は語れるんだが、女性同士の会話にしゃしゃり出るほど俺も野暮ではない。
「義弟よ」
「はい、なんでしょうソルフェリノ御義兄様」
それに、自然な流れで二人に会話をさせて俺との会話の場を作ったこの人がいるので、二人の会話には入らずに、聞こえない程度に少し離れてソルフェリノ義兄さんと話していた方が良いだろう。
「色々とすまなかったな。突然の来訪な上、夫婦喧嘩に巻き込んでしまい」
「いえ、巻き込まれた、というほど巻き込まれてもいませんよ。大丈夫です」
出来れば喧嘩は余所でやって欲しいと気持ちはあるにはあるが、実際そこまで喧嘩に巻き込まれた訳では無い。すぐに解決したと言えるほどであるし、ご機嫌伺いに苦労した訳でも無い。一番大変だったのは準備期間だった、と思う程である。
「私としては妻が家族と少しでも仲良く出来て、嬉しく思うほどですよ」
むしろバレンタイン家の一族とはほぼ絶縁状態であった中、仲良く出来そうな兄が出来て良かったと思う程である。これからも仲良く出来るかは他の家族なども関わって来るだろうが……話せる味方が出来たというのはとにかく喜ばしい。
「あと、突然の来訪に関しては……まぁ、慣れています。むしろ事前連絡があっただけでも本っっ当に、ありがたいので……」
「……王族が出入りしているという未確認情報があるが、事実であったりするのだろうか」
「機密上の無回答とさせて頂きます」
「そういう事で納得しておこう」
「ありがとうございます」
そういった返事な時点で認めているようなものであるが、そこは「無回答という回答で返す」という俺の意志をくみ取ってくれたようだ。……本来だったら、そういった返事も良くないだろうからな。けどソルフェリノ義兄さんは多分大体分かっているから良いだろう。未確認とは言うが、ソルフェリノ義兄さんの未確認は多分“情報としては確定はしているけど、実際に目で見た訳でも、当事者に直接確認した訳でも無い”という意味だろうからな。
「しかし、改めて感謝をするよ、義弟」
「急にどうされました?」
「妹を変えてくれた事について、だ。……まさかアイツがあんな表情をするとはな」
ソルフェリノ義兄さんはそう言いながら、ムラサキ義姉さんと楽しそうに話すヴァイオレットさんの横顔を見る。その視線は何処か昔を想うような、同時に申し訳なさを孕む視線であった。
「聞こえていたかもしれんが、私はアイツの変化を偶然見かけて自身の中の停滞した感情に気付く事が出来た。それも義弟が妹を変えてくれたお陰だ。感謝する」
「いえ、私は……」
確かにヴァイオレットさんは出会った当初と比べると大分変わったと言える。学園に居た頃を知らない俺もそう思うのだから、さらに昔を知っているソルフェリノ義兄さんはさらに思うかもしれない。
その変化が良い方向で、俺の影響と言って貰えるのは嬉しいが……
「私がいくら傍に居たとしても、良い方向に変わったのはヴァイオレットさん自身のお陰ですよ。彼女が自らの意志で変わる事が出来たんです」
「ほう?」
前世の記憶だが、とある高校の部活を二年連続全国大会優勝に導いた監督が居たそうだ。そして二回目の優勝後、インタビュアーに「優勝したのは監督のお陰」といった内容の事を言われたそうなのだが、それに対し監督は「いくら指導者が良くても、応えてくれなければ意味がない。生徒が良かったから優勝をしただけだ」と返したそうだ。
ふとそんな事を思い出し、俺は言葉を続ける。
「変わる事が出来るほどに彼女が強く、強い彼女に私は惚れたんですよ。少なくとも私はそう思っています」
ようはどっちが影響を受けたかなんて、分からないという事である。
……まぁ、間違いなく、俺もヴァイオレットさんの影響を受けている事は確かだからな。
「つまり、変わったのは当事者の意思次第、という事か」
「はい。……申し訳ございません、差し出がましい事を言ってしまって」
「いや、構わない。むしろありがたい言葉だったよ」
「それは……どういたしまして」
何処に対してありがたさを感じたかは分からないが、感謝の念に関しては嘘偽りない言葉だとはなんとなく分かったので、素直に受け取っておこう。
「意思次第、か。そうだな、だから私も……」
……しかし、こうして見ると本当に変わろうとしている、という感じだな。感情が見えにくい、という事はあまりない。ムラサキ義姉さんもそんな義兄さんを受け入れたようだし、本当に良かった。
「ところで義弟よ」
「なんでしょう」
「夫婦仲の秘訣を知りたい」
「なるほど。つまり私達の過去話を話して、使えると思った事をソルフェリノ御義兄様が愛する妻にする、という事ですね」
「その通りだ。だが、ただ使わず、俺なりにアレンジはするがな」
「それならばお教えしましょう、俺達の仲良しエピソードを……!」
「ふふ、来い……!」
ふふふ、来いとは言うが、俺達の数多くのエピソードを受けきれるかな……!? 主にヴァイオレットさんの可愛さと凛々しさ語りにはなるが、聞かれたからには語るぜ!
ああ、しかし。色々言いたい事はあるが、とりあえずこれだけは先に言っておこう。
「ソルフェリノ御義兄様。とりあえず言葉にしなくては始まりません。そうでないと、好きなのに、思っているだけで好きという言葉を数ヵ月言わずにいて泣かれる、という事もあるので」
「……なるほど」
俺とは違うタイプだろうが、ソルフェリノ義兄さんはなんか言葉足らずで誤解とか生ませそうだしな。キチンと言葉にはした方が良いと忠告をしておこう。
「…………。ムラサキ!」
お、早速言うつもりなのだろうか。
「ソルフェリノ様。言っておきますが、言われたからとりあえず言っておこう、というご様子で言われても私には響きませんので」
しかしながらいつの間にかこちらの話を聞いていたらしいムラサキ義姉さんに先手を打たれた。これは……先程の温泉での意趣返しだろうか。さんざんやられた後だからな。
「なるほど、響くまで俺に叫び続けろ、という事だな」
「はい?」
「では、言うぞ。――スゥ。ムラサキ、俺はお前を――!」
「だからと言って叫ぼうとする人が居られますかーーーーーー!!!」
「もごぅっ!」
おお、負けずというように叫ぼうとするソルフェリノ義兄さんの口をムラサキ義姉さんが思い切り塞いだ。
「良いですか。時と場合を弁えて欲しいと言っているのです。言って貰えるのは嬉しいのですが、だからと言って叫ばれるのは困るのです。分かりましたか?」
「分かった」
「あ、口を塞いだままでしたね。失礼しました。……叫びませんよね?」
「…………。(コクリ)」
「なんだか間があった気がしますが、信じるとしましょう。……ふぅ、これが素なのでしょうか、それともシキの……」
ムラサキ義姉さんはそれ以上言葉を続けなかったが、シキの影響を受けた、と言おうとしたのは気のせいではあるまい。
……多分素だよ。うん、そうに違いない。素が解放したのはシキの影響ではないとは……思いたいな。
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