追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

キッカケはどうあれ(:菫)


 ムラサキ・バレンタイン。
 ウィスタリア公爵家の第二子である私の兄、ソルフェリノに嫁いだ女性である。

 我が王国よりも東方の国出身の貴族であり、彼女を評するならば「静かな女性」である。
 公共の場で自ら誰かに話しかける事は無く。
 一緒に居る時はいつも夫の後ろに控え。
 夫の言葉に頷き、自身の意志を見せずに控えめで従順。
 夫を立てる、とでも言うのだろうか。一見従者のような振る舞いではあるのだが、その在り方は不思議と貴族と思わせる様な、静かな女性だ。
 あと、彼女の特徴をあげるのならば美しく長い髪を忘れてはいけない。
 光の反射によって紫に見える事もあるが、黒色に近い癖のないストレートな髪は、まるで濡れたような光沢を放っており、見た者を同性異性問わずに惹き付ける美しい髪である。そして本当に長い。十年以上後ろ髪を切っていないのではないのか、というレベルだ。
 その髪の長さと美しさ、そして静かなあり方が相まって、月下美人などと評される程である。
 私も何度か会い、話した事はあるのだが、表情変化に乏しい……こう言ってはなんだが、ソルフェリノ兄様とはある意味では似たもの夫婦なのだと思いをした。ただ、表情変化に乏しいだけでソルフェリノ兄様と違って不思議と感情は感じ取れた。
 兄様を好きだという感情と言葉は感じ取れたし、一度勘違いした男がムラサキ義姉様に言い寄ろうとした時は、言葉には出さずとも明確な怒りの意志を見せた時もあった。あの時のムラサキ義姉様は怖いと思い、このような怒りの表現もあるのだと学んだものである。

「……数日振りですねぇ、ソルフェリノ様。お元気そうでなによりです」

 そしてムラサキ義姉様は現在、あの時の怒りとは別種の“怒”の感情を見せながらソルフェリノ兄様の前に佇んでいた。
 いや、正確には怒った感情は見せてはいない。子を叱る前の親のような、逆らえない雰囲気をにじませながら座っているのである。

――私達が此処に居て良いのだろうか。

 彼女の生まれ故郷の伝統の服(クロ殿が「着物!」と言っていた)を身に纏い、従者を複数名引き連れて十数分前に我が屋敷に馬車で到着したムラサキ義姉様。
 まずは突然来た事に対する謝罪と、「つまらないものですが」と言いつつお土産の品を渡した後に私達に対する挨拶した。そしてソルフェリノ兄様が居る事を確認した後、私達の案内で相変わらず綺麗な振る舞いのまま屋敷へと入っていった。
 そのまま二名の従者と共にソルフェリノ兄様の居る応接室に入った後、兄様を一瞥だけして椅子へと座り、目を瞑って兄様を見る事無く黙り、待つ事数秒。
 居辛くなったクロ殿が、

『では、私達はこれで……』

 と言い残して去ろうとしたのだが。

『いえ、クロ様も一緒に居られると助かります。ヴァイオレット様も』

 と、まさかのムラサキ義姉様からの言葉により、私達も応接室に居る事になった。なにが助かるかは分からないのだが、それを問いかけるには空気が重苦しく、なによりムラサキ義姉様の言葉があまりにも圧を感じたので、問いかける事は出来なかった。

「あまり余所様の家庭の事情に首を突っ込むべきではないし、巻き込んで欲しくも無いのですがね……」
「嘆いても仕様が無いだろう。私達で出来る事をやろう」
「ですね。仲良く出来るのならば、やる事をやりましょう」

 そしてそんな会話をクロ殿とアイコンタクトで会話をし、私達はこの場に居る事になった。変にこじれて喧嘩した状態で長居されても困るので、出来る事をやるとしよう。……とはいえ、会話の流れを見守るしかないのだが。

「シロガネが居りませんが……まさかなにか企んでおいでで?」
「企んでいない。アイツは今、婚約者候補とデート中だ」
「でぇと」
「デートだ」
「……シロガネが?」
「そうだ。一目惚れした相手とのな」
「……そうですか。それはまぁ、良いでしょう」

 良いのか。

「それで、ソルフェリノ様。なにか私に言う事は無いでしょうか」
「なにか、とは」
「例えば喧嘩した後に突然妹夫婦の所に行く準備を始め、逃がすまいと私も一緒に行く準備をしていましたら、シロガネを使って予定をかく乱し、私より一足早くシキに行っていた事、などです」

 言葉にすると本当になにをやっているのだろうか、ソルフェリノ兄様は。

「予想ではもう少し遅くシキに来ると思っていたのだが、まさか一日違いで来るとはな。予想外の早い動きは私の未熟さを知ると同時に、お前の優秀さを改めて知る事になったよ」

 ソルフェリノ兄様、そうじゃないと思いますよ。というよりワザと言っていないだろうか。


「優秀なソルフェリノ様の妻として優秀である事は当然の務めです。貴方様のためなら例え如何なる困難の前でも私は乗り越えていきましょう」
「それでこそ私の妻だ」
「ええ、そうです。……その言葉と先程の正しい回答に免じて、かく乱した事許しましょう」

 まさかあっていた。
 え、それで良いのだろうか、ムラサキ義姉様。なにか違うような気がするのだが……い、いや、許された事に突っ込むのは野暮だ。あまり気にしないようにしよう。

「……ただ、慌てて来たせいで準備と服装が未熟であった事をお許しください」
「気にする事ではない。その未熟さも、私を思うが故と思うとしよう」
「ありがとうございます」

 ……やはりなにかおかしいのは気のせいか。何故兄様の方が感謝をされているのだろう。
 それと服装の未熟さとはなんだろう。あまり見慣れない服という事もあるが、キチンと着こなしていると思うのだが……やはり、急いで来たせいで普段とは違う、という事か。もしかしたらムラサキ義姉様も内心では今になって未熟さに気付くほどに、内心では慌てふためいているのかもしれない。

「では、本題と行きましょう」

 なにせムラサキ義姉様にとって今回の出来事は異例と言っても良い内容だ。
 普段は大人しく、喧嘩などしないような間柄の夫婦の間に起きた、青天の霹靂といっても過言ではない出来事。

「――何故、出ていかれたのですか」

 夫が会話を拒否して家を出て行くという、離婚の危機が、目の前に差し迫っている。

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