追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

喧嘩する程?(:菫)


View.ヴァイオレット


 ソルフェリノ兄様は一瞬気落ちはしたが、すぐに持ち直したので、私達は行動を開始した。

「ああ、はい。バレンタイン家の皆様方はそちらにお願いします。こちらの物はご自由に使って良いので」
「なにか許可が必要だと思った場合、バーント、あるいはアンバーに聞いてくれ。彼らに大抵の裁量は任せているからな」
「私はちょっと教会の方へ行って来るので、なにかあればうちの誰かに言って下さい。大抵は誰でも対応出来るようにしてあるので」

 不仲故に「同じ場所に泊まりたくない!」と言われる事も考慮して宿屋と教会にも連絡を入れつつ、来ると分かった以上は迎え入れる準備を急遽整えた私達。元々迎え入れる準備はしていたのだが、それはそれとして既に迎え入れた相手と喧嘩した相手が追いかけて来た、という事実が準備の緊張感を増幅させていた。
 なにせ向こうからすれば喧嘩をした後急に妹夫婦の所に従者を十数名引き連れて行ったばかりか、追いつかれにくいように移動の手段をかく乱してから仕事でもないのに妻と子を残して出ていかれたのだ。相手がどのような感情を抱いているかは、想像に難くないだろう。
 一応シロガネ以外の従者達にはそれとなくしかシキ来訪の理由を伝えていないようだが、なんとなく察している者も居る。向こうの従者達も緊張感が漂い、主人達が行なう可能性があるだろう対策を急遽準備を始めていた。

「あ、バーント先輩。うちのシロガネ執事長を見られませんでしたか? 見当たらなくて……」
「彼なら今婚活中で、うちの従者とデートしていますよ」
「そうですか……。……え、あの目的って本当だったんですか」

 あと、従者のトップであるシロガネが居ないという事も大きい。
 なにやらシロガネの婚約者探しに関しては「御主人様が喧嘩の隠れ蓑として誤魔化しているだけだろうな」と思われていたらしく、どうするべきなのか悩んでいたようだ。

「ムラサキを迎え入れるのに、シロガネの力は必要ない」
「よろしいのでしょうか?」
「一人欠けて崩れる様なお前達では無いだろう。居る者だけで行え」
「――了解いたしました」

 しかしそれもソルフェリノ兄様の言葉により落ち着きを取り戻し、すぐに全員が役割分担を行い様々な準備をし始めた。誰も彼もが“命令されてただ動く”という事は無く、自分の意志を持って役割をこなしていった。それでいて己が分を弁えて出過ぎた真似はしない。流石はバレンタイン家で働き、ソルフェリノ兄様が連れて来た従者達である。教育が行き届いていると言えよう。

「ねぇヴァイオレット君。彼、格好つけてはいるけど、そもそも慌ただしい理由のほとんどって彼が原因だよね」
「……言ってやるなシュバルツ。ところでなにか用だろうか?」
「ルオ君が“この従者服露出少ないし、スカートは捲くれ上がりにくいよね”って呟いていたけど、どう思う?」
「下着の着用を放棄する可能性がある。確認をし、放棄していた場合の裁量は私の責任でシュバルツに任せる」
了解

 ……対してうちの従者の場合は、臨時という事もあって優秀なのだが何処か危うい。それでいてキチンと仕事はした上で己が欲望を曝け出すので怒りにくいというのもあるので厄介である。……シュバルツも金額分は真面目に働くのだが、昨日はなにやら向こうの従者から美しさの秘訣を聞かれ、「見られると意識する事さ!」と自ら脱衣をして、相手も一緒に脱衣をしていたようだからな。油断は出来ない。

「ソルフェリノ兄様。大丈夫でしょうか」

 私は一通り準備を終え、一息ついたのでソルフェリノ兄様に問いかけた。
 先程の様子を見た限りでは、兄様は義姉様が来る事に心の準備が出来ていないようであった。そして今は友であるシロガネも居ない。彼の代わりは出来ないが、妹として話せる事くらいはあるかもしれない。

「心配は無用だ、ヴァイオレット。生憎と私はいつまでも準備が出来ないほどの男ではない」

 しかしどうやら余計なお世話であったようだ。先程の様子は微塵も見せずに、昔の兄様のように毅然とした態度と心持ちで言葉が返って来た。これなら心配も無用だろう。

「だが、兄を心配してくれた事は感謝しよう」
「おや、これは珍しい事もあるものです。あのソルフェリノ兄様がそのような事を言うのならば、もしや雨が降ってムラサキ義姉様の来訪が遅れるかもしれませんね」
「言うようになったな、ヴァイオレット」
「ええ、なにせ何処かのお兄様の妹ですので。何処かのお兄様に似て、今まで見せた事の無い言葉を言うようになったのです」
「……ふ、本当に強くなったな、お前は」

 ソルフェリノ兄様は私の言葉に僅かだが確かに微笑んだ。すぐに表情は戻ったモノの、その微笑みは私が生まれて初めて見た兄様の笑みだったかもしれない。

「……雹が降るのでしょうか」
「どういう意味だ」
「いえ、その表情をムラサキ義姉様に見せれば喧嘩も起こらなかったのでは、と思うような表情を見せられたので、つい」
「つい、ではない。そもそもアイツは私のそういう表情を嫌った奴だぞ」
「それは……」

 違うのではないか、と言おうとしたが、ムラサキ義姉様とはここ数年はあまり会っていない。子供も生まれ、私の違う変化も起きたのかもしれないし、私がなにか言うのは違う気がした。

「ソルフェリノ御義兄様!」
「む」

 そして私が言葉を続ける前に、クロ殿が私達に声をかけて来た。……この思考はムラサキ義姉様と相対して考えるとしよう。

「どうやら見えられたようです。真っ直ぐ向かっているので、十分も経たないかと」
「そうか。報告感謝する、義弟よ」
「いえ。それでどうしましょう。予定通りバーントさん達が迎え入れて、応接室に通すという形でよろしいでしょうか」
「頼む。私は部屋で待機しよう」
「了解しました」

 さて、ここからが本番だ。シロガネの婚約者探しの方が意外にも良い相手が見つかったので、残す課題である兄様達の喧嘩の仲裁。予定より早まったが、いずれ起こる事であった事柄である。
 ……私はもうバレンタイン家とは名乗れまいが、今後のバレンタイン家のために全力を尽くすとしよう。

――しかし、夫婦喧嘩、か。

 …………。

「どうしました、ヴァイオレットさん。俺をジッと見て」
「いや、よく考えたら私達は夫婦喧嘩というモノをした事が無いな、と思ってな」
「そうですね。ちょっとした言い争いは有りますが、喧嘩と呼べるほどの物はないですね」
「強いて言うなら、シキに来た当初のシュバルツの扱いを巡っての奴が喧嘩に近いだろうか? ……いや、アレは私が言っただけであるしな……」
「どうでしょうね。喧嘩する程仲が良いとは言いますが……今度喧嘩します?」
「ではどっちが相手を好きかで喧嘩しようか」
「それだと喧嘩が終わりそうにないので、やめておきます」
「ふふ、そうだな」

 うん、譲れないからこそ喧嘩をし、喧嘩をする事で分かり合えるかもしれないが、喧嘩はあえてするべきでは無いな。

「妹、そして義弟よ。お前ら普段からそんな感じなのか」
「そんな感じ、ですか?」
「なんの事でしょう?」
「いや、うむ……なんでもない。仲が良くてなによりだ」

 よく分からないが、兄様がなにか疲れている気がしたのは気のせいだろうか。

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