追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

不整脈の正体は(:白銀)


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 私の心臓が激しい理由は不整脈だ。そうと分かれば早めに対応しなければならない。
 体調不良を表に出せば相手に心配をされるし、話がソルフェリノ様にでも伝わればさらなる迷惑がかかる。
 不調の理由さえ分かってしまえばこっちのモノなのだから、痛くはないが妙に痛い感覚を制御して紳士らしく振舞うとしよう。

「あのー……大丈夫、ですか?」
「――――」

 いかん、早く反応しないと相手に不安がられてしまう。
 触れれば折れるのではないかと思うような儚さを伴う体躯の、金髪の長い髪と同じく金色の瞳が美しく、見た目は私と同じくらいの年齢かと思う程だが、表情やあどけなさが子供のようで可愛らしい女性。
 そんな女性が種族の特徴が色濃く出ている森妖精族エルフ特有の長く尖った耳を可愛らしく揺らしながら、私の顔を覗き込みつつ心配そうにしているんだ。早く安心させるように対応しないと。落ち着け私の心臓。後でいくらでも鼓動を早めて良いから、今は落ち着いて話せるほどに静まってくれ。

「――大丈夫ですよ。怪我などはしていないので、ご安心の程を」

 よし、言えた。よく言えたぞ私。
 ははは、私だってもう二十三なんだ。確かに女性と付き合った事は無いが、女性の対応にはなれているし多くの美女もエスコートをしてきたんだ。夜に女性と一対一だからといって、この程度出来ずにしてどうする!

「本当に大丈夫ですか? 私を支えた衝撃で腕などを痛めたんじゃ……」

 ああああああああああああ、服越しで手袋越しだが、女性が私の腕を心配そうに摩って来たああああああ。
 しかもこちらの好意を引くために過去に何度も受けて来たモノと違う、彼女の心優しさがにじみ出た純度十割のこちらを心配する表情を伴う行為。ああくそうなんで優しく接してくるんだよ従者ならもう少し距離感置いてくれよ。
 そして近付かれた瞬間に髪がフワッと舞い上がり、同時に私の鼻孔に良い香りが感じられる。ええいちくしょうなんだこの香りは。何処の香水だ。この香りのする香水を知る事が出来れば間違いなくいい商売になるぞええいなんなんだ。

――け着ち落。

 私はシロガネ・V・スチュアート。Vは私の働きからウィスタリア公爵様よりミドルネームとして名乗る事を許された、バレンタインを意味するミドルネームだ。そんな男が女性相手に服越しに触れられた程度で動揺していられるか。
 今までも情報収集のために何度も女性と接してきたんだ。今更女性経験が乏しい男のような反応をして良いはずがない。だから落ち着け不整脈。落ち着くどころかさらに早まったが、今は落ち着くんだ俺の鼓動。

「だ、大丈夫です。ご心配されるような事はありません。それに羽のように軽い貴女を支えた程度で痛めませんよ」
「羽より軽い……え、私は実体を持つエルフですよ? そんなに軽かったら死んじゃいます」
「いえ、そういう事ではなく。私は貴女様のお身体は細く美しいという事ですよ」
「あ、そういう事ですか。ふふん、なにせエルフですからね!」

 エルフはあまり関係無いと思うのだが、その耳を揺らす反応が可愛いので良しとしよう。というかふふんってなんだふふんって。狙っているのか? 狙っているんだな? 狙っているなら見事に私には命中しているよ凄いなエルフ。

「あのー……それよりもお顔が赤いですけど、まさか熱があるのでは……?」

 ああ、うん。確かに先程から顔が熱い。
 心臓もそうなのだが、顔もとても熱く感じているせいで上手く対応できていないというのもある。
 しかしこれはなんだろう。今私の顔を赤くしている原因が風邪などの流行り病の熱とは違う熱だという事は分かる。しかし原因が分からない。まさか新種の病気にでもかかったのか、慣れない土地で知らぬ内に疲れが溜まっていたのだろうか。
 けれどその心配をさせる訳には行くまい。適当な言い訳をしてこの場を離れるとしよう。なにせこの場を離れると収まる気もするし。

「大丈夫ですよ。ただの急性アルコール中毒です」
「それマズいのではないですか!?」
「大丈夫です、大丈夫。ご心配どうもありがとうございます。ええと……」

 結婚指輪は……してないな。ならばミズ呼びで大丈夫か。……良かった。
 ……なにが良かったのだろう。なんで今私は安堵したのだろうか。

「私はこれで失礼致します、ミズ」

 私の安堵は後で考えよう。だから考えるために、まずはこの場を切り抜けよう。

「ええと……失礼かもしれませんが、心配ですし、支えて貰ったお礼も兼ねて部屋までご案内いたしますね?」

 くっ、彼女は私の監視を目的としているようだ。だから逃がそうとしまいとしているんだな!

「いえいえ、ご心配には及びません」
「いえいえ、心配ですので」
「いえいえいえ。私は健康ですので、大丈夫ですよ」
「いえいえいえ。先程健康じゃないと仰っていましたよね」
「いえいえいえいえ。ただの健康的な急性アルコール中毒の男ですのでご心配なく! ちょっと思考がグルグルと回って今までにない熱と激しい運動をしている最中のような激しい鼓動が脈打っているだけですから!」
「いえいえいえいえ!? おかしいですよ!?」

 おかしいのは貴女が居るからだ。だからこの場を去れば大丈夫なはずなんだ。だから先程から私の腕を離すまいとしているその両手を離して欲しい。華奢で美しい腕だと振りほどないじゃないか。
 でもここは心を鬼にして振りほどくとしよう。早く振りほどかないとますます高鳴る鼓動が許容範囲超えてしまう。

「では、私はこれで失礼します!」
「あっ。……行っちゃった……どうしよう……」

 私は出来る限り相手を傷付けないように手を振りほどき、そのまま彼女が居る方向とは逆の方向へと素早く去っていった。

「ぜー……はー……」

 そして気配を感じない所まで来た所で、私は壁に手をつきながら息を必死に整えていた。なにせ原因不明の不整脈が起こる中、全力で逃げてきたのだ。息を整えるだけでもやっとである。

――なんだったんだよ、チクショウ……

 それにしても先程の私の私らしくない行動はなんだったのか。
 今まで経験した事の無い鼓動と熱、そして上手く回らない思考は、彼女が近付くと悪化の一途をたどっていた。
 この悪化の原因が分からないと、今後同じ事が起きた時に解決出来なくなってしまう。だからこの不整脈を伴う体調不良の原因と対策を考えないと駄目なのだが……

――悪くなかったと思うのは、気のせいだろうか。

 と、そんな事を思ってしまうのであった。

「……あ、あのー……シロガネさん? 私達の部屋の前で何故息を荒げておられるので……?」
「あれ、クロ様……? なんで私はここに来ているのでしょう……?」
「もしや迷われたのですか?」
「ええ、そのようです。お恥ずかしながら、訳も分からず慌ててここまで来てしまったようです」
「でしたら私がシロガネさんの部屋まで案内しますよ」
「いえ、ご心配なく。部屋までの道は分かります。迷ったのは道ではなく、精神ですので」
「はい?」
「ちょっと不整脈な急性アルコールで、中毒な羽なんです」
「ヴァイオレットさん。すみませんがバーントさんを呼んで来てくださいますか」
「分かった。場合によってはアイボリーも呼ぼう」

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