追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
明後日の評価(:白銀)
View.シロガネ
私の名はシロガネ・V・スチュアート。
ウィスタリア公爵様が次兄、ソルフェリノ様の乳兄弟にして従者であり、親友だ。
年齢は23、未婚、今まで付き合った女性は無し。勉学はそこそこ、運動の方はソルフェリノ様を守るために様々な武術を納め、それなりに優れている。特技は気配遮断だ。
公爵家の子息の乳兄弟とはいえ私の生まれが少々ややこしく、昔は酷い扱いをされた事も多くあった。母も母でさめざめと泣いて庇いはするけど守りはしてくれなかったし、従者の先輩方からも隠れていじめを受けていた。
なので馬鹿な母に頼らず全員やり返してやった。いい気味である。
しかしやり返した中にド腐れ父のお気に入りが居たそうで、殴られて(蹴り返した)から何処か外国へ売られそうになったのだが、その際にソルフェリノ様に助けられて以降、忠誠を誓い今の今まで生きて来た。
さて、そんな私であるが、ソルフェリノ様が大好きだ。
初めに言っておくが、性交渉を望む類の好きという感情ではない。主としてソルフェリノ様を大好き――愛していると言っても良い。とりあえずまぁ、好きなのである。
救われて以降、乳兄弟という事もあり、恩もあるのでとりあえず従者として忠誠を誓った。そして誓って働いている内にこの御方の才能に惹かれ、この御方の従者としてやっていこうと心に決めた。
学園に入る頃には親友……うん、なんか泣かれてやや幻滅したが、それでも親友として彼を補助していこうと思ったのである。
ソルフェリノ様は性格の奥底ではバレンタイン公爵家に相応しくない部分があるが、それ以外の【仕事】や【処理】の能力があまりにもバレンタイン公爵家に向いている。そして向いている力を持って、ウィスタリア公爵様やライラック様とは違う所で多くの人々を幸せにしようとする御方だ。
ならば私が出来る事は、ソルフェリノ様の手足となって働き、性格の奥底故に苛まれる心を御救い出来る様な拠り所となる事だ。そう決めて幾年月。私はこうしてソルフェリノ様の右腕として働いているのである!
「シロガネ。お前の婚約者を見つけるついでにムラサキと喧嘩してきた。妹と義理の弟が治めるシキに探しに行くぞ」
「なにを仰っているんです」
しかし何故かソルフェリノ様はそんな訳の分からない事を言い、住んでいた屋敷を飛び出したのであった。
私は女性に興味が無い訳では無いのだが、婚姻には興味はない。というか、私は誰と婚姻してもソルフェリノ様を第一とするだろう。ならばそんな男が婚姻するのは相手に失礼と思い、話が上がっても婚姻をして来なかった私ではある。
しかしソルフェリノ様はどうやら私が誰とも婚姻を果たさない事を気になっていたらしい。だから奥方であるムラサキ様と喧嘩して、妹様であるヴァイオレット様が治めるシキに一緒に行くそうだ。
……訳が分からない。何処から指摘すれば良いのか分からないが……
――まぁ、ソルフェリノ様の事だし、きっと深い考えがおありのはず!
と、いう訳でムラサキ様に偽情報を伝えてシキに来るのを遅らせつつ、手紙を超高速便で送ったり、馬車を手配したりした。流石私、ソルフェリノ様のためなら急な事でも頑張れるぞ!
――しかし、目的はそれだけではない。
……ソルフェリノ様の妹様である、ヴァイオレット様。
私の記憶では、能力が高いが、頭の固いお嬢様、という印象の少女である。
ソルフェリノ様がここ数ヵ月、独自で調べている彼女が治められているシキでの動向を見る限りでは良い方向に変わっている、という印象はある。しかし、あまり信じられる内容ではなかった。
それとは別に、私では気付かない程に巧妙に隠された、シキの謎の痕跡。さらには首都での謎の予言文にもシキが関わっている痕跡があるという。
この痕跡とヴァイオレット様、そして領主であるクロ・ハートフィールド様の事をソルフェリノ様は気にされている。
だから目的を果たすために、今回シキに向かった私達である。
「では、夕食を頂きましょうか」
「急な来訪にも関わらず、私のために用意して頂き感謝するよ。義弟よ」
そして現在、ソルフェリノ様達はシキでの挨拶を終え、夕食の場についている。私はソルフェリノ様の後ろに控え、いつでも他の従者に命令をしたり、補助をしたり出来るように待機中だ。
――この食事で、様々な腹の探り合いが始まる……!
ソルフェリノ様の話術は素晴らしく、小さな事から相手の情報を探る事に長けている。そして情報から相手の急所を探り当てるのだ。
過去の経験で何度もやっているそれは、正に芸術と言えるほどである。故に私はそれを補助出来るように、表面上はなんでもないふりをしながらも助けになるよう努めるのである。
そして当然相手にも気を抜かない。
先程話した限りではそれほど警戒する対象とは思えなかったハートフィールド夫妻であるが、ソルフェリノ様がわざわざ足を運び、弱さを見せてまで対峙した相手だ。油断するのは命取りだろう。
「ますはこちらが、うちの領民が狩ってきた王飛翔竜種の肉を使用した、ステーキになります。お口に合うと良いのですが」
……なるほど、これはクロ様が私達に警告をしている、という事か。
相手を高級肉で歓迎しつつ、「シキにはA級モンスターを狩れる領民を抱えている」と、言っているのだ。
そうで無ければわざわざ「うちの領民が」なんて言うまい。まさかA級モンスターを狩るのが当たり前という事でもあるまいし。
しかしそうなるとその相手を警戒しなければなるまい。シキの情報は「先入観を持たぬように」と言われたのであまり情報を仕入れていないが……この件は後で調べておくか。
「シキで採れた野菜もどうぞ」
「新鮮で活きが良く、とても美味しいですよ、兄様」
「ああ、瑞々しいな――活きが良い?」
「はい、とても活きが良いです」
活きが良い……なにかの隠語だろうか。
野菜を背中に宿すモンスターも居るとは聞くが、その類だろうか。
野菜は育つので生きているとは言えるだろうが、それとは違って――ん? なんか野菜が動いた気がするな。……いや、気のせいか。なんだか動いた瞬間にアンバーが目を逸らした気がするが、気のせいだろう。
「――シキに隣接する海は無いな?」
「はい。川や湖はありますが」
「ではこの今朝捕れたという魚は何処の魚だ?」
「サメとイサキですから、海の魚ですね」
「魚屋の主人が水槽で育てていた魚です」
海にしか生息できない魚を、水槽で育てて今朝捕った。
…………。
やはりシキでは隠語があるのだろうか。
……もしや、クロ様達は訳の分からない情報を言って私達を混乱させようとしている訳ではあるまいか?
そうで無ければこんな事を言うまい。まさか「季節の魚はやっぱり美味しいから、美味しい物を食べて貰いたい!」という事で出した訳でもあるまいし。
――……いや、違う。シキには海まで直通で新鮮な魚を持ってくる経路があると言っているんだ!
今朝捕って、海と条件の近い水槽で育てる事で鮮度を保ち、夕食の席には出せるような経路がある。それほどまでに流通が優れているとクロ様達は仰っているのだ!
流通が優れていれば、大いなる力を有しているといえる。なんというアピール。くっ、少しでも「こんな出所不明の魚をソルフェリノ様に食べさせられるか!」と思った浅慮な私が憎い。
なんと言う事だ。クロ様達は油断できない相手であると、改めて認識を――
「ほう、シキでワインが有名な話は聞かないが……それほど熟成させるほどに盛んだったのだな。不勉強である事を恥じるよ。それとも以前の領主の品物か?」
「いえ、亜空間にて一年の時を浮遊させる事で、二十年の熟成に匹敵する熟成をさせたワインだそうです」
――なんて?
「…………そうか」
「ソルフェリノ様、分からないのに納得されないで下さい」
「分からないから納得したんだ」
なるほど。
……なるほど?
「シキで採れた素材を使用した料理が、ソルフェリノ御義兄様や、皆様方のお口に合えば幸いです。さ、頂きましょうか」
「……そうだな、頂こう」
……よし、とりあえず。
なにやら困っているような気がするソルフェリノ様を見て、私が思う事は。
――この食事は、私が今まで経験したモノとは違う食事になる……!
と、いう事である。
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