追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

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 食事中、会話を経て義理の兄に何故か心の広さを褒められ、後ろに控える従者の方々は何故か冷や汗を流す様な「なに言ってんだろう、この人……」的な表情をされていた。従者の方々の方は公爵家に仕える従者なだけあってあまり動揺を表に出さないようにはしていたが、それでも会話が進むにつれ複雑な表情……具体的には段々とこちらの正気を疑うような表情を必死に抑えようとしていたと思う。

――まぁシキの連中は実際に見ないと信じられないか。

 俺達のとっては慣れた光景ではあるが、向こうにとっては言葉だけ聞いても信じられるものでは無い。信じさせるには実体験で味合わせた方が良いのだろうが、彼らの正気を保つためには俺達の正気を疑われたままの方が良いような気もする。
 あと、会話中にヴァイオレットさんも厳しい言葉はあったが、あくまでもそれは“評価”であり、貶めたり侮蔑するという事は無かった。過去の失敗に関しては反省すべき事であると認識しているが、現在のヴァイオレットさんのここ一年の行いに関しては、良い物であるとソルフェリノ義兄さんは評価したようだ。

――あくまでもヴァイオレット・ハートフィールド、としてだけど。

 もしも今のヴァイオレットさんが“ヴァイオレット・バレンタイン”ならば良くはないが、ハートフィールドとして……領主としてなら、今の在り方は正解の一つであり、誇るべきだと評された。
 ……これはあくまでも先程の夫婦喧嘩の事を聞いたから思った事だが、ソルフェリノ義兄さんはその“誇るべき事”に関して、少々羨ましそうに見えた。
 バレンタイン家という呪縛から自分は逃げられない。だがかつて見捨てた妹が、呪縛が解け、成長している事を羨ましく思っているように見えたのである。

――多分あの人、逃げられないタイプだな。

 だが、それと同時に「自分はあくまでもバレンタイン家として生きる事を辞める気は無い」と思っているようにも見えた。
 思う事はある。
 羨ましくも思う。
 けれど投げ出すと失う物と迷惑をかける存在を思うと、逃げる程の強さを持ってはいない。逃げたという負い目は、束縛からの開放感よりも重くのしかかる。ソルフェリノ義兄さんはそんな風に思えた。

「確かに、そうかもしれない」

 と、言う事を、食事が終わって寝室にてヴァイオレットさんに話すと、意外にも同意を得られた。
 今の感想はあくまでも今日会ったばかりの俺が抱いた感想であるので、昔から知っているヴァイオレットさんなら別の意見もあると思ったのだが……

「私も今日初めて向き合いながら話した気がするが、ソルフェリノ兄様がいつもと違うように見えたよ」

 どうやらヴァイオレットさんにとって今日、物心がついてから初めてソルフェリノ義兄さんと家族の会話をした、という風に感じたようだ。
 ここ数年は挨拶か業務連絡、近況報告程度しか会話が無かった二人であるが、兄妹としての会話はこれが初めてと思う程だったらしい。
 ……ううむ、バレンタイン家の教育、ハートフィールド家と比べて厳し過ぎない? あの家も大概だったけど、これはなんというか……うん、ヴァイオレットさんの実家だし、これ以上言葉に思考するのはやめておこう。

「悪役令嬢の私が育ったほどだ。私の実家は大概な家だよ」
「ヴァイオレットさんがそれを仰いますか」
「仰いますかなんだ」

 まぁそれを笑って言う位にはヴァイオレットさんも精神的余裕が出来ている証拠だし、とやかくは言うまいが。

「しかし、ソルフェリノ義兄さんはこれから仲を深めていくとして……」

 現在ソルフェリノ義兄さんは、従者の方々も含め屋敷の一角に泊って貰っている。そんな彼らとは別に仕事の話をする訳でも無いので、ゆっくりと交流をしていきたい所だ。一応なにかしないか監視もするが。

「……喧嘩と婚活はどうしましょう?」」
「……どうしようか」

 それは良いとしても、この二つはどうしようか。
 彼らと仕事をする訳では無いが……この二つは避けられまい。ある意味これが俺達の仕事かもしれない。

「喧嘩の方は対策を立てつつムラサキさん? を待つとして、シロガネさんの相手探しからですかね」
「そうだな」
「女性の趣味とか分かります?」
「……彼との会話は今までの全てを合わせても三十分に満たない思うから、よく分からないな」

 ……まぁ、シロガネさんの立場は複雑だから、ヴァイオレットさんもあまり接せない様にしていたのかもしれないな。これならバーントさんかアンバーさんに聞いた方が良かったかもしれない。

「カナリアはどうだろう。彼女なら――」
「カナリアと付き合うのなら、まず俺より強くないと認めません」

 カナリアは姉のような存在。今世で一番傍に居た期間が長い大切な存在だ。
 彼女と付き合うなら、俺より強いか、なにか立派な行いをせんと認めんぞ。

「……結ばれないにしても、彼女と接するのは互いに良い経験になると思ったんだが」
「……紹介するだけ、という事ですか」
「そうだ。……カナリアの事、大切なんだな。だとしても良い相手を見つけたとして、クロ殿が邪魔してはいかんぞ?」
「……はい」

 いや、うん。カナリアが大好きな相手と結ばれるならそれに越した事は無いので、カナリアが好き合うのなら邪魔はしないのだが……どうしても気になってしまうな。グレイのような感じならなにも問題は無いのだが。

「クロ殿は将来、子供の結婚相手にも親バカを見せて立ちふさがりそうだな」

 ……うん、そうかもしれないな。

「では、他には……シュバルツ」
「外見は問題無しですが、誰にも触れられない事を美徳とする方ですからね……」
「エメラルド」
「スカーレット殿下にシロガネさんがやられそうですね」
「トウメイ」
「…………全裸に目を瞑れば、十分紹介出来ますね!」
「落ち着いてくれ、クロ殿。私が言っておいてなんだが、それが一番の問題だ」
「ですね。……サーモンピンクさんとかどうでしょう」
「カーキーと同タイプの女性、か。……トラウマになりそうだ」
「ですね。……モモさん」
「あの御方はまず自分より強さを求めるぞ。婚活で勧められた女性にワイバーンレベルのタックルをして来る戦いを挑まれるというのは……」
「違うトラウマになりそうですね。シクラメンピンクさん」
「メルヘンに引きずり込まれるぞ」
「ですね。ハンティングピンクさん」
「深淵に引きずり込まれるぞ」
「ですね」
「……こうして考えると、紹介も難しいな」
「ですね」

 ……まぁ、頑張って色々と考えるとしよう。ヴァイオレットさんが言った通り、互いの良い経験になるだけの商会でも良い訳だからな。
 そう思いつつ、夜は更けていくのであった。

「……?」
「どうした、クロ殿?」
「いえ、なにか気配を感じたような気がしまして。……一応確認だけしておきますね」

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