追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

次兄来訪


 さて、通常業務をこなしつつ、義兄さんを歓待するための準備を整えつつ。気が付けばソルフェリノ義兄さんがシキに来る日になっていた。
 従者の方は、バーントさんとアンバーさんに加え、カナリア(裏方の仕事)とシュバルツさん(脱がない)、オールさん(ノリノリ変装)となった。公爵家相手ならもう少し増やしても良かったとは思うが、下手に見栄を張って従者になれていない人達を増やしても意味はない。むしろマイナスだ。なのでこういった事に慣れている方々にお願いした。
 ちなみにだがオールさんの従者としての腕前は素晴らしく、「これならば問題無いです。むしろお願いしたほどです」とアンバーさんからのお墨付きなほどであった。ただ何故かアンバーさんはオールさんの対応に疲れていた様子だったが。

――一人くらい男を増やしたかったが。

 個人的にはもう少し男女比を均等にしたかったが、そうも言っていられまい。優秀な従者が数名揃っただけでも良しとしよう。……というか、最近精神的に見るとやや危うかったトウメイさんが屋敷に居ないだけでも良しとしよう。トウメイさんが姿を消して見えないと思ってうろついている時に、より無防備に振舞われると結構目に毒だったんだよな。そんなトウメイさんが教会に居るだけ精神的にはいつもより落ち着けるかもしれない。
 あとは理由がハッキリしないままソルフェリノ義兄さんが来る事に、不安と緊張はあるのだが……

「予定通りならば、そろそろだな」
「ええ。……大丈夫ですか?」
「問題無い。バーントとアンバーの前で主の不甲斐ない姿を見せる訳にもいかんし、なによりもクロ殿も傍に居る。ソルフェリノ兄様が来る程度の事で動揺はしていられん」
「……そうですか。不安だったら遠慮せずに言ってくださいね」
「ありがとう、クロ殿」

 俺よりソルフェリノ・バレンタインという男を知っていて不安であろうヴァイオレットさんが、不安も緊張も見せずに振舞っている。ならば俺が一人慌てるような情けないマネは出来まい。
 この気高く優雅な妻に相応しい夫であるように、俺も振舞わないといけない。

「ああ、気高い御令室様から発せられる音が良い……!」
「ああ、優雅な御令室様から発せられる香が良い……!」
、私の美しさはメイド服を着ていても変わらず、抑えきれるものでは無い……!」
「髪を染め、眼鏡をかけ、ガードを固くした給仕服……人妻になると生まれるという人妻オーラを抑えきれるのか……!」
「おおー、なんかよく分からないけど皆さん楽しそうですねー」

 ……周囲の面々が振舞おうとする俺の気力を削ごうとして来るが、頑張って振舞うとしよう。あと従者モードのカナリアが懐かしく、落ち着くなぁ。緊急避難先は同性であるバーントさんの所に行こうとしたが、カナリアの方が良いかもしれない。

「では、私はそろそろ屋敷の前で待機しています」
「馬車が見えましたら私が伝えに参りますので」
「お願いします、バーントさん、アンバーさん。……さて、カナリアはそろそろ裏の方に――」
「ソルフェリノ様を乗せられた馬車が遠くに見えました」
「早いよ」

 バーントさんに言っても仕様がないが、急すぎるよ。
 改めてこの場に居る皆に号令をかけた後、ヴァイオレットさんと何気ない会話をしながら落ち着こうと思ったのだが、いつのまにか屋敷の前に移動したバーントさんがいつの間にか戻って来てソルフェリノ義兄さんの来訪を報告してきた。もう少しゆっくりして欲しかった。

「では、行きましょうか、ヴァイオレットさん」
「そうだな」

 しかし来たモノはどうしようもないし、考え過ぎて下手な緊張をしないで済んだと思う事にしよう。そう思った俺は来たという報告を聞いた瞬間に手が一瞬震えたヴァイオレットさんに近付き、手を取ってから玄関の方へと向かう事にした。
 カナリア達には言葉ではなく頭を軽く下げる事で「お願いします」と伝え、伝えられた方々は先程までの様子とは違う様子で恭しく礼をした。……うん、やっぱりやる時はやってくれる方々だな。後は任せるとしよう。

――さて、バレンタイン家一族と初対面だ。

 正確にはヴァイオレットさんに続く二人目だが、俺の認識での“バレンタイン”は一人目である。
 メアリーさんがヴァイオレットさんを悪役令嬢という認識が崩れる事は無かったような性格の、元となった内の一人であるソルフェリノ・バレンタイン。
 文字通り鬼が出るか蛇が出るかというような相手であるが、俺はヴァイオレットさんの夫であるクロ・ハートフィールドとしていつも通りに振舞えるように頑張るとしよう。その“いつも通り”が、ヴァイオレットさんにとって不安を打ち消す行動であるはずなのだから。

「はじめまして、クロ・ハートフィールド様。そしてお久しぶりですヴァイオレット様。此度は突然の来訪であるにも関わらず、斯様に出迎えて頂いた事、感謝いたします」

 門の所に行き出迎えると、馬車からまず現れたのは、俺より5,6歳は年上かと思うような、執事服に身を包んだ白銀色の髪をした美青年であった。
 その所作は洗練され無駄が無く、同時に絶妙に隠してはいるが強いと思わせる強者の振る舞いであった。

――ソルフェリノ義兄さんと共に育った、シロガネさんだったか。

 ソルフェリノ義兄さんの乳兄弟であり、専属執事であり、護衛でもあるシロガネさん。ヴァイオレットさん曰く「ソルフェリノ兄様が最も信用している相手」らしく、バーントさんとアンバーさん曰く「彼の振る舞いにはまだ勝てません」と言わしめる存在。まさしくソルフェリノ義兄さんの右腕と言っていい存在だろう。

――やはり、来訪理由は重要な事という事か。

 シロガネさんが一緒に来る事自体は知っていたのだが、そのような存在と共に来るとは今回の来訪はやはりただの結婚祝いだけで終わる事はなさそうだ。気を引き締めなくてはならない。

「はじめまして、シロガネ様。此度は遠路はるばる――」

 俺とヴァイオレットさんはシロガネさんに軽めの挨拶をする。
 彼は本命前の牽制であり値踏みをする存在だ。油断せずに振舞うとしよう。

「はい。よろしくお願いします。ではソルフェリノ様、こちらへどうぞ」

 シロガネさんが馬車に呼びかけると、中から誰かが動く音が聞こえてくる。
 さぁ、一体どのような男性が現れるというのだろうか。

――敵か、味方か。

 ……もしヴァイオレットさんを悲しませるような存在ならば、例えヴァイオレットさんと血の繋がった兄であろうとも俺の敵だ。
 決して油断はしない。隙を見せない。どんな相手であろうと、どんな理由で来ようとも――

「――久しぶりだな、妹よ」

 ――この蛇のような男から、家族を守ってみせる。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品