追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

バレンタイン家の教育と価値観


「では、来る理由はひとまず置くとして、出迎えの準備を致しましょうか!」
「テンション高めだな、クロ殿」

 ヴァイオレットさんからの言葉を受けた事で、今なら気が滅入る作業も元気よくこなせる気がして来た。どんな強敵であろうと今の俺には敵ではない。槍でも変態でもどんとこいだ。

「ところで、ソルフェリノ義兄さんの好きな食べ物とか、従者の方々の好みとか分かります?」

 とはいえ、来るのは槍でも変態でも無く、現公爵家に携わる男性とその家族だ。むしろ相手が変態が来たとしても影響を受けぬようにしないと駄目である。
 そしてシキに来る目的はともかく、来るのなら出来る限り良い思いをして帰って貰いたい。屋敷の調度品……は今から用意するのは無理だが、好きな食べ物とかを把握して、美味しいといって貰えたら嬉しく思う。

「クロ殿、あまり言いたくは無いのだが、私の兄が来るんだ」
「はい?」
「細かな性格は違うが、同じ教育を受け、同じ教育理念の元育った兄妹だ。他の兄弟ほど接する期間は少なかったとはいえ、私は兄の行動を見て育った訳であって……」
「ああ、はい、分かりました。本当に好きな食べ物とかそういうのは分からない訳ですね」
「……うむ、すまない」
「良いですよ。ヴァイオレットさんが悪い訳では無いので」

 ヴァイオレットさんは今でこそ美味しく食べてくれて、好きな食べ物は野菜ポタージュとか言ってくれるが、来た当初は、「好きな物も嫌いな物も無い。出された物は頂こう」という感じであった。それだけであればなんでも食べる事が出来る良い事柄なのかもしれないが、単純に食に興味がない、という意味で言っていた。

――バレンタイン家の教育なんだろうなぁ……

 公爵家、バレンタイン。
 実家であるハートフィールド家の近くやこの辺りとは治める範囲がやや離れているため関わりが少なかったが、大きな領地と権力を持つ王族に連なる一族。
 その教育方針はまぁ……愛情を与えて健やかに育つように、というモノとは正反対の厳しい代物だ。そうでなければヴァイオレットさんの物事に対する価値観がああはなるまい。

 宝石は言葉と種類を覚えて褒めるもので、綺麗だという感情は湧かず。
 絵画は絵のタッチとモチーフから歴史と美術的価値を検索おもいだして称賛するだけの代物。
 食事は一人でするなら調理方法による歴史と味の変化を学ぶ時間であり。
 会食ならば一人の時に学んだ情報を元に、評価をして見識の深さを披露する。

 そしてそれらの情報を相手によって必要な量だけ披露する。
 知識のひけらかしは愚者のする事であり、相手が語って満足する輩なら無知を装うのも必要であるのだと。

――ま、貴族としては必要なのかもしれないが。

 個人的に評するならば、バレンタイン家の教育は個人的にどうかとは思うけれど、上に立つ者に教える物としては妥当とも言えるかもしれない。前世でも社長兼友人(元上流階級)の関係で偉い人と会う事もあったのだが、上に立つ者は厳しい教育と研鑽があるから上に立っていると言えるのだな、と思った。その結果俺達が大事にしている事を失い、相応しい立場に居るのだな、と。
 ……まぁそういう“本物”は前世でも今世でもほんの一握りだったが。だがバレンタイン家はその一握りの者として王国のために尽くし、今があるのだろう。そこは思う所は有っても、必要な行いなのだとも感じてはいる。
 ちなみにだが俺の父も似たような事をしようとはしていたのだが、俺があまりにも学ばないので諦めていた。

 宝石は宝石言葉は多くて覚えられんけど、なんか綺麗!
 絵画は上手いか好きか。偶に考察もするけど、詳細な考察はもっと頭の良い人がやってくれるから良いや!
 食事は美味しいのは分かるけど、細かな違いまで分からない!
 会食はマナーが多いから面倒だし、会話が中心で味を楽しめないから苦手!

 ……うん、ブラック父さんも諦めるわな。これでもし運動能力が高くなかったら、俺は追い出されていたかもしれん。俺には前世の知識を利用した知識無双なんて出来る訳なかったんだ。マナーについては役に立ったが。
 と、話が逸れたな。好きな食べ物が特にない、というヴァイオレットさんのお兄さんを歓待するためには……

「ヴァイオレットさんの手料理作戦とか……」
「やめてくれ。あの兄が“この程度か”と見下す表情が目に浮かぶ」
「その場合は俺が“舐めてんのか!”とフォローするんで」
「それが問題なんだ」

 あ、なるほど。確かに問題だ。
 料理をして来なかった妹が料理を作り、食べた後にネタ晴らしして成長と驚愕を感じさせる作戦! とか考えたが、失敗した時にヴァイオレットさんが沈んだ際の俺の精神が良くない。

「では、料理に関してはバーントさんとアンバーさんに料理を作って貰いましょうか。二人ならソルフェリノ義兄さんにも作った事あるでしょうし」
「御主人様、私達はソルフェリノ様には作った事が有りません」
「え、そうなんですか」
「ソルフェリノ様にはソルフェリノ様の料理人がおられましたので……」
「私達共はあくまで御令室様の従者なのです」

 そうなのか。……まぁ公爵家だし、使用人も大勢いるだろうからおかしくも無いか。俺みたいに少人数で回している方がおかしいんだ。あまり裕福ではないシニストラ家の方々だって、従者は何人か来ていたし。

「だとしても大丈夫だろう。二人共料理上手だからな」
『御令室様……!』
「ですね。それにシキの食材を使いますし、ヴァイオレットさんのお兄さんですし」
「確かにシキの食材は良いモノだが……私の兄というのは関係あるのか?」
「ヴァイオレットさんが好きになったモノですからね。なにせ首都で“シキの素材の美味しさが恋しい”とか言う位ですから」
「う、うむ。そうだな。美味しいからな」
「いやー、懐かしいですね。収穫した野菜を“採れたてが一番美味しいんだよ”と言われた時に、“普段でも美味しいのに、採れたてだともっと……!?”と野菜をまじまじと見ていたヴァイオレットさんは。なんと可愛らしかった事か」
「む、昔の話だ!」
「ええ、ええ、そうですねー」
「微笑ましいものを見る目で見ないでくれ……!」

 そう言われても微笑ましい物は微笑ましいのだから仕様がない。来た当初はあまり食べられなかったヴァイオレットさんも、あの食の良さを覚え始めた時の表情は本当に良かったものである。
 ……ところで、料理の事は肉、魚、野菜、それぞれのエキスパートに任せれば最高品質のものを準備は出来るのだが、屋敷への歓待にあたって問題がいくつかある。
 それは……

「あれ、今君達の料理の腕を褒める話題からナチュラルにイチャイチャに結び付けられなかったか?」
「よくある事です、トウメイ様」
「はい、むしろなければ不調を疑います」
「君達も大分慣れてるね……ところで今日の晩御飯ってなに?」
「ミルフィーユ豚カツになります」
「調味料はお嬢様……ではなく、アプリコット様特製です」
「おお、やったね! シキの子供達と遊んでお腹空いていたんだよね」
「トウメイ様、子供お好きですよね」
「そりゃもちろん、子供は宝だからな!」

 ……あの、子供の性癖を歪ませそうな女性をどうしようか。
 この短期間でシキの領民には受け入れられたのだが、これから来るだろう相手にはどう説明して良いか分からない女性を、歓待の際にどう扱えば良いか、悩み者である。

「ところでヴァイオレットさん。全裸マントの女性に対して“あらあらわんぱくな女性と遊べて良かったねぇ”で済ませて遊ばせるシキの領民をどう思います?」
「……寛容だな」
「言葉を大分選びましたね」
「だからこそ変――個性的でなくともシキの領民になれていると思うんだ」
「物は言いようですね」

 だけどそうでなければならないと思ってしまう、領主の俺である。





備考1 クロの学力
学校の勉学などにおいては、実は既にグレイの方が高かったりする。

備考2 注意事項
シキの子供達は特殊な訓練を受けています。
実際に裸マントの綺麗なお姉さんと遊ぶと子供の性癖が大に歪む可能性があるので、実際に遊ぶ時は用法用量を守って楽しく遊ばせてください。

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