追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【26章:紫な一族】始まりは事前報告


「お兄様がシキに来る?」
「……うむ、そうだ」

 今日の仕事も終わりつつある、ある日の夕方前。ヴァイオレットさんからシキへの来訪の報告を受けた。
 シキに来るのはヴァイオレットさんのお兄さんだそうである。一応関係上は俺の義理の兄になる御方だ。しかし結婚してからそろそろ一年になろうとしているが、その近しい人がどういう人かは良く知らない。会った事も無ければ手紙のやり取りもないし、どういう性格かも知らないし、外見も分からない。多分貴族のパーティーかなにかで見た事はあると思うのが……ハッキリと思い出せるような外見は覚えていない。
 辛うじてライラック、ソルフェリノという名前くらいなら知っているが……情報が少なすぎる。ヴァイオレットさん自身も「兄様達との会話は挨拶と業務連絡以外は数年ほとんどない」と言うくらいで、知れる情報はほとんど無い。
 ただ、今まで連絡の一つも無い上に、ヴァイオレットさんの兄に対する思い出とは思えない感想から、相当冷徹で家族の情もほとんど無いような人達なのだろう、とは思う。
 しかしそうなると今更なにをしに来るのだろうか? 今までバレンタイン家は、とある従者の暴走によるシュバルツさんへの暗殺依頼の一件以降はほとんど関わって来なかったというのに。

「……仕事が一段落したから、可愛い妹の結婚祝いに来る、とか?」
「そうであったら喜ばしいが、無いな」
「無いですかー」
「無いな」

 バレンタイン家としてではなく、忙しいであろう公爵家周りの仕事の合間を縫って、個人として妹のために来てくれる……という事は無いようだ。ヴァイオレットさんも口にはしないが「あの兄は絶対にそんな事しない」という表情である。

「バーントさんとアンバーさんも同意見ですか? 実は陰で妹を心配するけれど、表には出さない溺愛系兄であったとかそんな事無いですか?」

 しかしあくまでも妹であるヴァイオレットさんの意見だ。もしかしたら陰では優しく心配していたけど敢えて厳しく接していたとか、家族以外には優しかった、とかあるかもしれない。

「溺愛系? その言葉はよく分かりませんが、私達は言及する立場にはありませんので……」
「兄と同じ意見です」
「ここだけの話で、他の誰かには言いませんので」
「無いですね」
「兄と同じ意見です」
「……そうですか」

 即答かい。含みも迷いもない言葉である。

――……これはまた、難儀な相手が来るようだ。

 お見合いも終わってグレイ達とたっぷり遊んでから学園に見送り、忙しくも平和な日常が戻って来ると思った矢先にシキに来るという報告とはな。何事も無いと思いたいが、そう思うのはあまりにも楽観的というものだろう。
 ……仕方ない。気合を入れて義兄様との会合準備をするとしよう。

「ええと、来られるのはお二人の義兄様達で?」
「いや、次兄であるソルフェリノ兄様だけだ。ムラサキ義姉様――兄様の奥方は予定があうか分からず、来てもタイミングがズレるそうで、来る時はソルフェリノ兄様と従者達との事だ」

 そう言うとヴァイオレットさんは来訪予定の日にち、時刻、人数を記載したものを渡してくる。一緒に手紙もあり、急な来訪連絡に対する謝罪が書いてはあるが……こちらの予定を聞かずに「○○日に行くから」と有無を言わさぬ言葉を投げかけて来る辺り、公爵家という偉い立場の文章なんだな、と感じさせる。
 けれどそれを通せるのが公爵家だ。例えそれが歓待準備に数日追われ続ける羽目になるような日程の予定を差し込んで来ようとも、これに逆らえるなど無理な話である。例え王族でも無理な時は無理であろう。
 とはいえこの報告は正直ありがたい。もう少しゆとりを持った日程にして欲しいとは思うが、それは我がままであり、事前連絡を入れてくれるのは俺にとってかなりありがたく――

「……なんというか、事前に連絡を入れてから来てくれる、という事がありがたく感じるのは、毒されているのでしょうか」
「……確かにそうだな」

 侯爵家を含む学園生は事前告知無しにやって来た(これは第二王子が原因だが)。
 子爵家であり大魔導士は俺の肉体を触りに飛んでやって来る。
 第一王子と第二王女は旅の途中でやって来て温泉で浮いていた。
 第四王子と第三王女はほとんど唐突と言っても良い感じにやって来た。
 第一王女は姿と身分を隠して気が付けば来ていた。
 第二王子の妻は急に来て今ではシキに馴染んでいる。
 王妃様ですら事前相談なしにシキに来られてサウナに入った。

「……皆さんは俺にアドリブ力でも試しているんですかね?」
「……言いたい事が分かってしまうのが辛い所だな」

 ……本当、なんなんだろうな彼らは。
 俺を困らせて楽しいか。楽しいんだろうか。……まぁシキの奴らもよく俺を困らせるし、楽しんだろうな、はは。

「……はは」
「クロ殿、なにか分からないが戻って来てくれ。変な思考に行かないでくれ」

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