追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
お見合い後の戦闘_4
シアンの戦闘スタイルは、武器など使用しない肉弾戦だ。
手や足を補助する防具を身に着ける事はあるが、基本素手である。専門としても充分に通用する魔法を扱えるが、あまり戦いの場で好んで使用はしない。理由は、
『身一つで戦うクリア神に倣っている!』
などと言っているが、多分殴る蹴る感覚が好きなだけだと思う。
ただこの場合の好きというのはサディスト的な殴る蹴る自体が好きなのではなく、殴る蹴るするためには相手に近付く必要があり、その方がより戦っている感が出るので好きなのだと思う。ようはその方が手っ取り早いのでシアンの性格に合っているのである。
ただ好きとは別に、相手に痛みを与えるのに対し“自分も痛みを伴う”というのを忘れないようにするため、というのもあると思う。暴力をふるう以上は相手に痛みを伴わせる訳になる訳だから、そこに痛みを感じなくなるのは良くない、と思っているように見える。
普段のシアンの様子からは想像しにくいかもしれない。だがシアンは奔放には見えるが、相手の事に対し気を使える優しい女性であり、俺が知っているシスターの中では一番シスターらしいと言える女性なのである。
「はははははは、どうしたどうしたクロ! 朝だからって動きが鈍いじゃないの!」
「そう見えるように動いているんだ、よっ!!」
「っ!? 相変わらずの動き――ふっ、これは私も本気を出さなくてはならないようだね!」
「元から本気だろうが、今更なにを――」
「今から屋敷の中にいる二人の一家とかに聞こえるように大声で“クロの変態”とか叫んでやる!」
「やめんかテメェ!」
「そんな事する訳ない隙有り喰らえやクロォ!」
「危なっ!?」
ただ、まぁ気を使わなくても良い相手に対して……ようは俺なのだが、俺に対しては容赦なく殴って来るしドロップキックだって食らわせてくる。なにせ俺は対応出来るので躊躇する必要が無いのである。お陰で今もテンション高めにめっちゃ攻撃してくる。
俺以外だと油断してシアンの攻撃が当たれば「大丈夫!?」と心配をする優しさを見せるが、俺だと「よしっ!」になるのである。……ある意味友人として対等な関係と言えなくもないが、もう少し俺にも優しさを見せて欲しい。
「戦いでクロに優しさを見せるだけ無駄!!」
「ああ、そうだろうなお前はそういうヤツだよ!!」
ええい相変わらず相手の心情を読むのが上手いなシアンは。
まぁ実際心配する時はして来るし、俺に優しくして来ても逆に不安になるから別に良いけどな。
「スマルト君。恐らくあの二人は王国でも指折りの素の戦闘力を持つ二人です。よく観察して見た方が良いですよ」
「……スカイさん、僕は男なんです」
「はい? 分かっていますが、それがどうされました?」
「幻滅されると思いますが、見ているとどうしても見てはならないものが見えそうになって、心が乱されるんです。素晴らしい戦いなのでしょうが、僕には刺激が……それにスカイさんを裏切る訳には……!」
「シアンは魅力的な女性ですし、健全な証拠、というやつですから裏切りではありませんよ。気にされなくて結構です」
「うぅ、ですが……あ、そうか」
「どうされました?」
「クロ様は、この戦いを通じて女性慣れが戦闘力に繋がると教えようとしているのですか……!?」
「違うと思います」
……なんか別の不安が出て来たな。
「ところで神父様」
「どうしたヴァイオレット」
「目を逸らしているが、夫として妻の戦いを見守らなくて良いのだろうか」
「今のシアンは蠱惑的すぎて凝視出来ない」
「……堂々と情けない事を言うんだな」
◆
マゼンタさんの戦闘スタイルはなんでもやってのけるオールマイティ。正直魔法を使用しながら本気を出されれば俺の勝ち筋はほぼ消える。多分“生存”に全集中をしてようやく戦いに挑めるのではないかと思うレベルだ。
以前王城で戦った時はマゼンタさんの「戦いをしたいクロ君のために戦おう!」という、全てを都合の良い自己完結に繋げてたので戦いをする事が出来、世界規模の魔法を行使した後だったから勝ち星が拾えただけだ。本来彼女の才能に、俺はほとんどが足元にも及ばない。戦いではなく殲滅に近い形になるだろう。
しかし魔法無しの戦闘ならば良い勝負をする。事実彼女がシキに来てから何度か戦っているのだが、戦いは互いが本気を出して決着がつかずじまいである。
「あははは! 振、剛、空、地、解、脱、右左震天妖聖凜絶擬凝尖――現!」
「ええい変な言葉で! 惑わせ! ないで! ください! ああでもどの言葉どれに対応した攻撃かが分かるのが嫌だなチクショウ!」
「それを対応しきるクロ君も中々だね!」
「お褒めに預かり恐悦至極ですよ――そこぉ!」
「っ! 打ち消しからの三重攻撃――なかなかだね!」
「そのタイミングで俺の右を攻撃する人に言われたくないですがね!」
「あははは、だって狙えたもんね!」
そんなマゼンタさんの戦い方は、一言で言うなら「クリームヒルトに似ている」だ。
……いや、この言い方は変な感じだな。ようは最適行動を見つけ迷わず行動出来てしまう才覚の持ち主と言うべきか。
本来人が躊躇う部分や大切な事をすっ飛ばして行動をする。何故出来ないのかを理解出来ない、そもそも出来ないという認識を持たない天賦の才である。
……本当に、クリームヒルトや白と同じだな。かつての洗脳戦いのようにあらゆる方向から攻撃が来て、対応だけでやっとだ。彼女に勝つのはやはり難しい。
「…………」
「おや、あの御方も同じような服装なのに、今度はじっくり見るんですね、スマルト君」
「ええ、彼女は凄いですよ。攻撃一つを成立させるために複数の補助を入れ、その補助一つ一つも素晴らしき魔法が込められている……手数で攻めつつ一つ一つが一撃必殺級。まさに素晴らしいとしか言えません。……それに対応して打ち消すクロ子爵も素晴らしいですが……」
「おお、キチンと見られているのですね……。……あのような細身の子がお好みで、興味深々なのかと」
「僕の女性の好みはこの世で最も美しいスカイさんだけですが、安心して見れる理由があるんです」
「美しっ――……その理由はなんでしょうか」
「彼女、先程からシスター服がクロ子爵だけに見えるように戦闘をしているんです。目を奪わせて集中力を乱すために。流石と言わざるを得ません……!」
「……よく気付きましたね」
「ちなみにスマルト。クロ殿は奪われているのか?」
「ヴァイオレット?」
「奪われていないですね。奪われた瞬間がクロ様の負けだと思いますので」
「なるほど」
……あれ、なんだか負けられない戦いになった気がするぞ。
「あれ、スイ君。どうしたの、戦いから目を逸らして?」
「ええと、シスター・マゼンタが、その、戦いの最中に僕に……」
「マーちゃんがどうしたの?」
「……クロさんにだけでなく、僕にもしてくるので……てと、先程の神父様がシアンお姉ちゃんを見ていた時と同じようになっているのです!」
「ヴァイス!?」
「え、神父様。なにがあったのですか?」
「…………なんでもない。男の理性の戦い、というやつだ」
「?」
そして別な所では別の負けられない戦いが起きているな。
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