追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
黒のとある仕事_6(:黄金)
View.オール
「ああ、良かった。起きられたのですね」
夢だとは思ったが、夢にしては鮮明過ぎる感覚に私は素直に目を覚ます事にした。
それによく考えれば謎の生命体(ロボという名らしい)は、以前あの地下空間でも見たりした。体内に妙な物を宿した事による幻覚と思っていたが、改めて見た事で現実なのだと理解した。したくないがした。
「何処か痛む所などは……」
「平気です。お気遣いありがとうございます」
脳を打って幻覚を、と言いたいが、そこは平気と言っておこう。むしろ平気と言わないと精神が揺らぎそうである。
「クロ・ハートフィールド様、ですね。……どうやら御迷惑をおかけしたようで……」
それになにやら危うい女性を除けば、目の前に居るのはクロ・ハートフィールド様、そしてヴァイオレット・バレン――ハートフィールド様。私が今回謝罪を行うべき相手だ。
謝罪をするどころか、こうして気を失った私を運び医者(多分)に診て貰った上に、寝る場所まで提供されている。これではなんのためにシキに来たのかという話になる。
――それに私は恨まれているだろうし……
そして私は彼らに恨まれる対象だ。クロ様は私の夫関連も含めてであるし、この場に居る全員があの地下空間で私が迷惑をかけた方々だ。直接対峙していない子も居るが、私があの事件の発端になったのは確か。間違いなく恨まれているだろう。
「いえいえ、緊急時にそのような事を気にされる必要は有りません」
「このシキに居る以上、貴女はお客人です。領主としてお客人を丁重に扱うのは至極当然の事ですよ」
「はい。お客様になにかあっては、領主として不徳の致すところになりますから」
……これはまた、変わった領主だ。
私は貴族社会で生き抜く以上、相手の建前などをある程度見抜く事が出来る。そして、クロ様とヴァイオレット様の言葉と表情から嘘を感じられない。親切を行う相手が恨むべき女である私に対しても変わらずする。表向きだけでも社交辞令として振舞うのではなく、単に当たり前のことを当たり前にしている、というような様子である。
……一昨年見た時からのヴァイオレット様も同じように対応している辺り、これはクロ様の性格であり、影響、というやつなのだろうか。
――だけどこれでは夫は利用出来るつまらない相手としてしか見ないような……
……余計な事を考えるな。例えそう感じても、今考えるべき事ではない。
「クロ様、ヴァイオレット様。改めて感謝を。そして謝罪をしなければなりません。私は――」
私は貴族として……一応の王族として、ここに居るのだから。例え地に落ちたとしても、私は“そのように”振舞わなければならないのだから。
「――病人が動くな」
「へ?」
そして振舞おうとベッドから出ようとした所で、部屋に謎の男が現れた。
動物の牙のような白い髪に、何処か血走った翠の目。清潔感はあるのだが、その漂う雰囲気のせいで何故か邪悪さを感じる男性が、現れたのである。
「そこの毒女に診察を任せたそうだが、倒れたとあってはなにがあったか分からん。俺に診察をさせろ!」
「お、おい、アイボリー。エメラルドが大丈夫だと判断したんだし、こうして目を覚ましたんだ。変な事は――」
「馬鹿を言うなクロ! 気を失うというのを甘く見過ぎだ! 気を失うのは脳が身体の異常を感じ取って意識を断つ行為! そして外傷が無いのなら、気付かぬ内に死に至る内傷の可能性だってあるんだぞ!」
「それはそうだけど……」
「おい変態医者。私の診察の腕を信じられないというのか!」
「お前の診察の腕は見事なものだが、本職ではない。信じる信じないのではなく、大事を取るだけだ。命は失ったら治せん。文句あるか」
「……ない」
「そうか。なら良い」
よく分からないが、細身の彼女も腕を認められる程の心得はあるようだが、本職ではないようだ。まぁなにやら怪しげな草を食べて妙な笑いをする彼女が医者だったら怖いのだが……そして、彼は話の内容からして医者のようである。
「普段ハ犬猿ノ仲デスガ、腕ハ認メテイマスヨネ」
「そうだな。それに診るのはエメラルドのためでもあるんだろうな」
「ドウイウコトデスカ?」
「万が一なにかあった際に、変に責任を負わせないためだろう。そういった責任は医者が背負うべきだ、ってな」
「ナルホド……」
「さぁ、俺に診せるんだ患者! 外部内部関わらずそれが怪我というのなら観察した後治してやるからな、さぁさぁさあ!」
「……本当ニ?」
「……多分な」
……私の知る医者と様子が違う気がするが、多分医者だ。そうに違いない。なんか興奮しているのは気のせいだと思う。慌てて駆けつけたから息を荒げているとかそんな感じだろう。
そういえば私はどういう風に気を失ったのだろうか。医者というのなら問診用に思い出しておくとしよう。
「ええと、確か偶然見つけた温泉に入って、独りだったので温泉の壁とか仕切りとか見てたんですけど……」
「あ、もしかして看板の近くとかに行きませんでした?」
「看板? ……あ、そうですね。行きました」
確か“近付くな、危険”的な事が書かれていて、なにが危険なのかと看板の近くに行ったのだった。
「申し訳ございません、看板の近くが踏むと地面が沈むという報告が上がっていた場所でして。近付かなければ問題無かったらしいのですが、思ったより範囲が広かったようです。本日私が様子を見てこれからどうするか決める予定だったのですが……」
「そうだったのですね。私の不注意でご迷惑をおかけしたみたいで……つい好奇心が」
「好奇心?」
「あ、なにが危険なのかと思いまして。……見知らぬ土地で気分が高揚していたのかもしれません」
本当はあの看板の近くが男女の仕切りの近くであったので、もしかして覗ける穴とかあって男湯を覗ける――コホン、男湯から覗かれるのではないかと思って確認しに行ったのである。
覗きはいけない事ではあるし、実際に覗けたら覗けたで見ないようにするのだが、見えるかもしれないという可能性を見出して行動する事が楽しいのである。結局は見る事無く足を滑らせて――あれ?
「……もしかして私、裸で倒れてここまで運ばれました?」
私の記憶が確かなら、一糸も纏わぬ状態でこのベッドに運ばれた事になる。
……どうしよう。もし私を運んだのが男性なら、男性に裸を見られた事になる。そして気を失っている事を良い事に、じっくり見られたり、触られたり、あるいはさらに――
「ご安心を。見つけて運んだのはアンバーという、うちのメイドですので」
「あ、そうですか……」
「……なにか残念そうではありませんか?」
「気のせいですよヴァイオレット様。……気のせいです」
決して残念とは思っていない。本当だ。実際にあったらあったで困るのだが、妄想するくらいいいじゃないか。
……だけど何処か嘘を感じる。本当は別の誰かが見つけたんじゃないだろうか。
「よし、状況は把握した。では診察をするぞ!」
と、それよりも目下の状況を乗り越えなければ。
男の医者に診せるのはやや恥ずかしいが、私も知らぬ内に倒れてしまうとか困るし、お医者さんに協力せねば。
「アイボリー。相手は女性で王族の御方だ。あまり肌を触ったりする事はしない……いや、あまりしないでくれ」
「必要以上はしないから安心しろ。だが、する必要があれば剥く。相手が王族であろうとそこは変わらん」
「剥く言うなや」
「大丈夫ですよ、クロ様。患者である以上はお医者さんのいう事は聞きますから」
「オール様……」
「そして私はこれから治療と称して服を剥かれ、触診で身体を敏感にさせて気分を昂らせ、寸止めで止めて悶々とさせるという状況にさせられるのですね!」
「オール様!?」
……結果だけ言うが、特に問題は無かったし、特に剥かれたりしなかった。腕の良いお医者さんのようである。
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