追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

黒のとある仕事_5(:黄金)


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 私という女は過去に致命的な間違いを犯した。
 愛する男に素直になれなかったという間違いだ。

 優秀であると周囲に持て囃され、それが上辺の世事ではないと自負する程度には研鑽を重ね、帝国内の同年代と比べて学力、魔法、運動においても一つ抜けていた。
 故にプライドを持ってしまった、と言うべきなのだろうか。
 私と同程度、分野によっては私より優れた男に惚れこんだのにも関わらず、プライドが邪魔をして素直になれなかった。好意を素直に示すのは“優秀な私”にとっては恥ずべき事だと思い込んでいたから。

――その結果が、現状だ。

 私が無駄にプライドを高くした結果、夫は“遊ぶ”ようになり、とある男に夢中になった。
 気付いた頃には取り返しのつかなくなっていた。
 夫のしでかした事は許される事ではない。
 タンとテラコッタという男女を本気で殺すつもりはなかったとしても、「可能だからやった」と言わんばかりに死へと誘った事も。
 愛する男のために、愛する男が愛する物全てを壊そうとした事も。
 決して許される事ではない。一生かけて償うべき罪だ。

――だが、私はそれでも……

 醜悪だと理解している。けれど私は夫を愛している。
 ……本気で、愛しているんだ。

 学園の間に夫を変えられなかった。
 だからひたすらに閨で励んだ。
 意地というように子供を作った。
 けれど関心は向かなかった。
 ……愛する夫との間に生まれた、血の繋がる我が子を夫を振り向かせる道具としか見ていなかった。

 そして愛故に目が曇り、夫を変えた男を恨んだ。
 夫を幽閉させるキッカケを作った男を憎んだ。
 だから利用された。義理の母に、そして優秀な共和国の聖女に。

――結局、私はなにがしたかったのだろう。

 散々利用された挙句、夫は私のした事を「大変だったな、俺のせいですまない」と、慰めた。そして分かっていた上でそのままにしていた事を理解した。
 ……結局私は、愛する夫にとってその程度の女だと自覚した。「この女ならこういう行動をするだろう」と、全て見透かされ、止められてもなおそのままにしていた。
 そのままにしておいても結果は変わらない――夫の愛する男を歪ませる事が出来るのだから、そのままが良いと判断したのだ。

 結局私は、愛する夫――カーマインにとってその程度の女であったのだ。







「オラァ、私とアンタの愛の結晶である可愛い我が子達のカルミヌスとヨウコウですよ! さっさと抱き上げろや夫ォ!」
「オール、お前どうした!?」

 という事で私は開き直った。
 その程度の女と思われていたのなら話は早い。それでも私は夫を愛しているのだから、夫がマトモになる前で何度でも向かってやるぞゴルァ!

「どうです、可愛いでしょう我が子達は。以前は向き合ってませんでしたが、改めて向き合うと可愛い事この上ないです。その気持ちを夫にも分けたかったのです」
「そうか。それは分かったが……お前のその格好はなんだ」
「我が子を可愛いと思ったら三人目が欲しくなるのではないかと思いまして。応えられるようにコートの下に夜の臨戦態勢の服を着ていたんですよ!」
「そうか。軟禁中に我が子が増えるという行為には興味はあるが……なにしてんだお前は」
「愛する夫とエロい事をしたいと思う事が――不思議ですか?」
「決め顔で言うな。そして言いながら服を脱がそうとするな」

 結局は愛する夫に「我が子の前で情事をする気は無い」と断られ、見張りの方々を呼ばれ追い出された。残念である。
 しかし追い出される前に我が子達を抱いてはくれた。ならば一番の目的は達成できたので良しとしよう。

――だが、足りない。

 しかしこのままではいけない。
 愛する夫が我が子を抱く姿や、我が子が抱かれて嬉しそうにする姿を見れた事は喜ばしい。だが、このままで満足してはいけないという事は分かっている。
 そのためにはどうすれば良いか、という事を私は考えなければならない。

「よし、クロ・ハートフィールド様に会いに行って、彼を観察しよう」

 クロ・ハートフィールド。爵位は子爵、妻に元公爵家のヴァイオレット様を持つ、夫の愛する男。
 今までは嫌いに嫌って理解をしようとしていなかったが、彼を理解する事で愛する夫が何故クロ様を愛する事になったのかを理解出来るかもしれない。そうすればもっと愛する夫を理解出来るかもしれない!
 一応現在の私は過去の過ちのせいで行動制限をかけられてはいるが、コーラルお義母様に頼めばなんとかなりもする。そもそもお義母様は私を利用した事を後ろめたく思っている。だからイケる。

「ふはははは、待っているのですよ愛する夫。次に帰って来る頃には私を抱きたくて仕様がない女になって帰って来ますからね!」

 よし、そうと決まれば早速シキに行こう。
 そして愛する夫の愛する男を愛する事で夫の愛を理解し愛を学ぶのだ!

「……それに、キチンと謝罪もしないと駄目ですからね」

 ……とはいえ、最優先は彼らに謝罪をする事だ。
 私がクロ様にしでかした事も謝罪する必要があるが、なによりも夫の事について謝罪をするべきだろう。
 愛する夫の不始末は私がせねばならない。例えそれで許される事は無くとも、本人以外が謝罪をしても意味は無くとも。
 他人事ではない家族の事を、誠心誠意、私は謝罪しなくてはならない。

「……身体で償えと言われたらどうしよう……愛する夫に操を立てているけど、愛する夫のためならするべきなのでしょうか……」

 ……以前読んだ本ではそういった内容の事がされていたが……ふ、その時は覚悟を決めなければならない。男は獣で、獣欲に溢れていると言う。私のような女でも弱みに付け込んで群がって来るかもしれない。
 だから――覚悟を決めて、私はシキに行くとしよう……!



「……なんかオールの奴が、思春期のような妄想を繰り広げている気がする」







――あれ、何処、ここ……?

 曖昧な意識は眠っていたような感覚を伴い、思考は現状を把握しようとするのだが今一つ頭が回らない。
 知らない何処かの屋敷のような天井。背中に当たる感触は柔らかく。仰向けになってなにかをかけられている。

――シキに来て、私は……?

 確か意気込んでシキに独りで来て、馬車も使わずに己が足で来た私である。
 そして偶然温泉を見つけ、シキに行く前にいざという時のために身を清めようとして――

――ああ、転んだんだった。

 何処かを打ったような気もするが、ともかく状況からして気を失って誰かに運ばれた、という所か。
 であればここはシキの診療所……いや、天井がそれなりに豪華だから屋敷かもしれない。
 どちらにしろ周囲の状況と私の状態を確認すべきだろう。一体私はあの後どうなって――

「クロクン、コチラ、頼マレテイタ薬草デス」
「すまないな、ロボ。色々やった帰りだというのに」
「イエイエ、構イマセンヨ。トコロデ、エメラルドクンナニヲシテイルノデス?」
「ふへへへへ、この痺れがなんとも……」
「暇だったから毒を作って食べたから、吐き出させた。けど、毒が僅かに残っているからその余韻を堪能中だ」
「イツモノ事デスネ。トコロデヴァイオレットクンハ――」
「クロ殿が裸の女性に惹かれるのなら、私もそうなのではないかと自問自答していたら後ろから抱きしめられてな。そうしたら良い感じに収まったから、そのまま抱きしめられ中だ」
「イツモノ事デスネ」
「うん」
「そうだな」

 ………………。
 謎の生命体。毒を堪能し震える少女。なんかイチャついてる夫婦。

――よし。

 夢だな、これは。
 どうすれば目覚めるか分からないが、とりあえずこの世界で寝ると目覚めるかもしれないし、寝るとしよう。





おまけ オールの素直になれなかった言葉一覧

「勘違いしないでください。あくまでも助けたのは婚約者としての責務によるもの。私の意志とは関係無い政治的な判断です」
意訳:将来の愛する夫のために妻が協力するのは当然! だけど互いのお立場もあるし、今は表沙汰にはしないでおくね!


「貴方のような性格の男と付き合える女など居ないでしょうね」
意訳:貴方の性格を支えてあげられるのは私だけだよ!


「婚約者同士とはいえ気安く触らないでください」
意訳:ああああああ、触られた触られた! もっと触って欲しいけど人前だし気安く触られるとどうしていいか分からなくなる! けれど気安くでなく、人前でなければドンと触ってくれて良いんですよなにせ婚約者同士ですからね!




次話はブツ切りになりますが、1100話記念になります。


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