追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫の悩み_3(:菫)


View.ヴァイオレット


「~フンフーン♪」
「鮮やかな包丁捌きですね、流石です」
「ありがとうー。だけどまだまだだよ。お肉屋さんみたいに肉の生命の線を感じ取れてないからね……!」
「肉屋の主人の領域までは流石にいかないでくださいね」

 不安に思う事はあったが、流石のマゼンタさんも料理に妙な事をする事は無いまま手際よく進めていた。
 手際よく切り、野菜の皮は薄く綺麗に剥き、下味を忘れず、妙なアレンジを加えず基本通りに、だが必要な所では食べる相手の事を考えた細分化を行っている。
 最近はクロ殿やヴァイスに対して色々と奔放な所を見せる御方だが、元々は何事も器用にこなして人々から愛されるような女性だ。やる時はキチンとやる、という事なのだろう。……そもそもシキでも、私達の前以外では格好を除けば清純な元気愛され性格キャラであるのだ。それを改めて認識しただけでもあるのだが。

「あ、ヴァイオレットちゃん。この山菜はね、茎から切るよりも葉の方から切った方が良いんだ」
「そうなのですか?」
「そうそう。こうして葉の方から輪郭をなぞるように切ると……ほら、綺麗に分かれたでしょ?」
「おお、素晴しい。このような特性を持っているとは……山菜も奥が深いですね」
「あははは、だね!」

 そして私にも料理に対するアドバイスをしてくれていた。
 私の知らない知識を教えて貰い、気付かぬ小さな悪癖にも気付いて直して貰った。
 ……こうしていると、以前に出会ったお優しきマゼンタ様そのものだ。気品があり、自然と慕いたくなるお姉さん。あの頃よりも幼い姿ではあるが、やはりこの御方はマゼンタ様なのだと思わされる。

――本当に、普段がな……

 ……よし、余計な事を考えないようにしておこう。マゼンタさんはマゼンタ様であり、あらゆる才能に優れた尊敬すべき御方なんだ。
 料理もシキでアプリコットと神父様の二大巨頭から突然トップ3争いをするほどには上手い女性なんだ。それだけで充分にクロ殿に対する奔放さを相殺……はできないが、とにかく充分素晴しいんだ。

――さて、アプリコットは……

 余計な事を考えるループに入りそうになったので、待ちの時間を利用して一旦アプリコットの方を見る事にした。
 本来私は彼女に教わりながら料理を作る予定であったが、今はこうして私はマゼンタさんに教わっている。そしてアプリコットはシュバルツを教えている訳であるが……

「こちらの山菜は根元にいくほど固いから、茎側から入れると美味しく煮える。次に――不思議そうな表情をしてどうした、シュバルツさん」
「いや、料理を教える際にいつものように高笑いしたりしないんだな、って思ってね」
「火や刃物を扱う料理中に集中を切らすような事を出来るか。真面目にやらねばな」
「普段のアレは不真面目なのかい」
「真面目で格好良いが、それとこれとは話が別という話だ。……なので次に美をアピールしたら、正座で説教を受けて貰うぞ」
「……はい」
「あと味を無視しても説教する」
「…………はい」

 ……うむ、上手くやっているようでなによりだ。
 シュバルツの料理の腕前はそれなりに高い。高いのだが、あくまでも食べられるように調理をするのが上手い、というだけである。恐らくは行商人としてそういった術に長けている、ということなのだろう。
 それだけでも充分なのだが、シュバルツは油断すると「美しさに必要な栄養素を!」といった感じに、味と見た目を度外視するモノを作ろうとする。マゼンタさんは笑って「良いね!」という感じだったのだが、アプリコットがそれを許さず付きっきりで教えているのである。

「ねぇ、ヴァイオレットちゃん」

 アプリコットの料理指南を温かく見ていると、マゼンタさんが山菜を剥きながら私の名を呼んでくる。私は手が止まっている事を咎められたのかと思い、再び料理をしながらマゼンタさんに返事をした。

「お料理、楽しい?」

 そして聞いて来たのは世間話としてはおかしくない質問なのかもしれないが、マゼンタさんの口から出て来るのは少々意外な質問であった。

「ええ、楽しいですよ。しかし急にどうされたので?」
「私の記憶にあるヴァイオレットちゃんだったら、“料理など我ら貴族のする事ではない!”とかいう感じだからさ。今はどうなのかーって思っただけ」
「う。……昔は昔です」
「あははは、そっかそっか」

 マゼンタさんは鮮やかな手つきで着々と仕込みを終わらせていきながら朗らかに笑った。
 確かに去年の今頃は、マゼンタさんの言うような私であり、こんな風に料理を作るなど想像も出来なかっただろう。……仮に今、去年の私に「来年の私だ」と言って会いに行けたら、「お前は私などではない!」という言葉が返ってきそうだ。可能であればやってみたいが、やったらただでさえ追い込まれていた私がさらに追い込まれそうである。

「でも良かった、楽しそうで。ヴァイオレットちゃん、なにか悩んでいたみたいだからねー」
「それは……ご心配をおかけして申し訳ございません」
「良いって」

 その悩みの中に貴女も入っているのだが、流石に私もそれは言わない。
 しかし言い方からして私を心配していたようであるが、急にどうしたのだろう。

「私は言われたら自己解決はよくするんだけど、よく分からない事が多いんだ。ヴァイオレットちゃんの悩みの根本を解決は出来ないかもしれないけど、こうして楽しむ事を共有出来たのなら良かったよ」

 そのように言うマゼンタさんは、朗らかではあるが、何処か曇りを感じさせるエガを作っていた。……この御方は多くを自己完結に持っていく傾向があるが、こうして別の方向に行こうとしているあたり、彼女も変わろうとしているのだろう。

「あ、そうだ。良かったら料理が終わったら小亀魔物スッポンの生き血とか、小蛇魔物マムシを捌いた奴とかあげようか。媚薬は駄目だけど、それならゴー、ホー! だからね!」
「要りません」
「レッツクロ君の活性化!」
「要りません」

 いや、相変わらずな気もする。
 料理として混ぜるのは駄目だけれど、単品として効果があるのならそれで良いとかそういう事ではないのである。
 ……いや、栄養を補給する意味で効果があるのは知っているし、健康のために摂取するのも頷ける。実際怪我を治すためにアイボリーやエメラルドが研究をしているモノではあるのだが……出来れば使いたくない。

「……そういった物を貰っても、正直クロ殿に使いたく――食べて貰いたくはないです」
「へ、なんで? 元気良くなるんだよ? 今まで以上に強く、楽しめるんだよ?」
「……だから、です」
「? ……あ、なるほど。じゃあヴァイオレットちゃん使う?」
「…………。不要です」
「そう。アドバイスが欲しかったら、いつでも相談に乗るからね!」
「……はい」

 ……今回ばかりは頷いておいた。

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