追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫の悩み_2(:菫)


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「マゼンタさん、シュバルツ。申し訳ないが、我が夫を変な事に巻き込まないでくれ」

 本気では思っていないものの、私がそれをしたらクロ殿はどう反応するかと一瞬思いはしたが、アプリコットに言われてその思考を振り切りつつマゼンタさん達を諫める。
 最近なにかとヴァイスを巡って言い争い……というよりは、シュバルツが守ろうと躍起になるがマゼンタさんは飄々としているという状況を繰り広げている両名だが、その一環で夫を巻き込まないで欲しい。ただでさえこの両名は顔も身体も美しいと評せる女性であるのだ。先程アプリコットに相談したように、危惧せざるを得なくなる。

「美しき私を間近で見る事が出来るのだから、クロ君だって喜ぶはずさ!」
「あははは、そうだね。目も食欲も、色んな欲求を満たしてあげられるから喜ぶよ!」

 ええい、話が通じない。あと息が合っているが本当は仲良いだろう。
 というかマゼンタさんは昨日の説教が効いていない。……まぁ、マゼンタさんにとって“そういった行為”は、食欲や睡眠欲と同じ認識なのだろう。同じ三大欲求なのだから、それだけが忌避される謂れは無いと判断しているのだと思う。満たしたかったら満たし、それを自分が叶えられるのなら喜んでやる、という感じなのだろう。……一応は相手を選ぶようなのでそこは安心だが、選んだ上でクロ殿を誘惑するのでそこは不安である。

「大体クロ殿はマゼンタさんの……クリームを塗るとやらはクリームを粗末にするだろうから、するとクロ殿は怒る。私も注意をされた」
「え、そうなの――はっ、まさか……その言い方だと昔試したって事だね!」
「む? 試したというよりは偶然そうなったというか……その時のクロ殿はついたモノをキチンと全て拭ってくれた。少々恥ずかしかったが……なんとなく良く思ったな」
「おおー、ヴァイオレットちゃん、やるー!」
美々ふふ、夫婦仲睦まじいようでなによりだ。かつて心配したのが遥か昔の事のようだよ」
「……イカン。身近な相手で想像コンダクターすると、次にどう接するべきかが怖いな……」

 ……何故マゼンタさんもシュバルツも、私を「やるね!」的な表情で見るのだろう。何故アプリコットは複雑そうに頬を赤らめているのだろう。
 ただ私が頬にクリームをつけた時があり、クロ殿が「珍しい」と言いながらクリームを拭ってくれただけだ。恥ずかしかったがいつもとは違う形で触れられた事にドキリとし、羞恥を隠すために「口であったら唇に触れてくれたかもしれない。今度はつけてみるか」といったら「あまり食べ物を粗末にするのは良くないと思いますよー」と言われたという話なだけなのだが。

「しかし、食べ物を粗末にするのは良くないのは確かだね。クロ君もそう思うのなら……」
「やはり美しき我が裸体のみを示すのが良いという事だ。どうだい、私達で美美美美カルテットをするというのは」
「我を巻き込むでない。……というか、示してどうするのだ? 見せるだけであるのか?」
「そうだよ、私達がポージングするのを眺めるという至高の権利を得ればクロ君も満腹になるさ」
「……恐らくクロさんにとって、それは生殺しになる、とやらではないか?」
「私達の美しさの前でそうなるとは思えないが……もしそうなったらヴァイオレット君が最終的に満たしてくれるさ」
「なるほど」
「納得するなアプリコット」

 仮に私達がポージングを決めた事によりクロ殿が“そう”なったとしても、他の者達が見た事によりなったクロ殿を相手するとなると……うむ、なんか嫌だ。四名の中から私を選んだとしても、なんか嫌だ。

「……む、マゼンタさん、どうかしたのか?」

 と、私がもしそうなったとしたら私はどうするかを考えていると、ふとマゼンタさんがなにか悩んでいるのに気付いた。そういえば先程クロ殿が食べ物を粗末にするのを嫌うと考えるのならばと、別の事を考え始めていたな。なにか気になる事でもあるのだろうか。

「じゃあさ、私達でクロ君に料理を作らない?」

 と、私達が疑問に思っていると、マゼンタさんがそう提案した。

「元々私はクロ殿に作る気ではありましたが……急に何故――もしや、一番美味しいと言った料理を作った者になにか権利を与える的な事で、クロ殿の貞操を!?」
「いや、違うぞヴァイオレットさん。マゼンタさんはきっと料理に精が付く――媚薬を混ぜ、興奮させるつもりだ!」
「君達、見事にマゼンタ君を信用していないね……気持ちは分かるが」

 むしろマゼンタさんはクロ殿に対してはずっと狙っているので、危機感を持たない方が妻としてどうかしているだろう。
 そして料理に媚薬か……クロ殿は一応媚薬であるチョコレートを嗜むし、生半可なモノは効かないとは思うが、注意はせねばならないな。

「あははは、それも良いけど、純粋に料理をしてみたくなっただけだよ。第一媚薬を混ぜるって、それが出来るのならヴァイス先輩にとっくにやっているしね! ……うん、でも精が付く物は良いね……今度動物の肝とかを摂るというのも有りだね!」
「なぁヴァイオレット君。領主権限で今のここを治外法権に出来ないかい」
「無茶言うな」

 気持ちは分かるが、マゼンタさんの言っている事は流石に……冗談だろう。多分。恐らく。

「まぁともかくさ、作ってみようよ。アプリコットちゃんが持ってきた調味料なんでしょ、ここにあるのって」
「む? 確かに我がヴァイオレットさんに教えるにあたって持って来たものではあるが……」

 アプリコットが持ってきた調味料は、元々アプリコットの家にあった物と、首都からお土産として持って来た物があり大分数が多い(恐らく中には衝動買いしてグレイに怒られたやつもあるだろう)。
 中には物珍しい物もあり、それをマゼンタさんは興味深そうに見ている。

「この調味料を使って良いなら、私も使ってみたいんだけど良いかな? 今日の晩御飯は私当番だし、美味しい物を作りたいの! あ、お金は払うよ?」
「お金はいらぬが……本当にそれだけであるか?」
「あははは、本当にそれだけだよ。料理は楽しいからね!」
「……そうであるな。料理は楽しいからな!」
「うん、じゃあ早速作ろっか!」
「良いぞ、そして我が眼に黄金と映りし珠玉の調味料を存分に使うが良い! それが喜びにもつながるのなら、この者達も満足するであろう!」
『フゥーハハハ!』

 アプリコットとマゼンタさんが同時に高笑いをしているようだが……ともかく、大分話はそれたが、本来の目的である料理にありつけるようだ。本来の時間からは大分遅れたが……まだ余裕があるから大丈夫だろう。

「……ヴァイオレット君、大丈夫なのかい?」
「大丈夫とはなにがだシュバルツ」
「いや、珍しい調味料がある事を良い事に、媚薬を混ぜて味を“新しい調味料だよ!”とか言って誤魔化したりしないかな、って思ってね」
「……ないだろう、恐らくな」
「不安なんだね」

 ……大丈夫だろう、恐らく、多分。……きっと。

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