追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

少年達よ、健やかであれ_2(:灰)


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 ブライ様はしばらくすると、スッと立ち上がりなにも言わずに去られて行った。去る間際に右手を横にやり、サムズアップをされていたので私もそれに倣いサムズアップ返しをしておいた。

「……なんか結局満足げに去っていったけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。僕達に気付かれたから、“これ以上会話を邪魔する訳にはいかない。間に挟まるのは死にも値する”って感じで仕事に戻った感じだから」
「大丈夫な要素が少ないが、とりあえず居なくなって良かったよ」

 ブライ様の事を何処かおっかなびっくりではあるが、敬語をやめて自然に話すようになったヴァイス様が説明をする。それにスマルト様はブライ様が去った方向を見ながらも、とりあえず気にしたら負けだと言わんばかりに気持ちを切り替えていた。

「まさかとは思うけど、ああいった性癖……性格の領民ばかりじゃないだろうな」
「大丈夫だよ。小さい子に興奮するのは後一名居るけど、そのカーキーさんって男性は大抵の生命体なら見境なく興奮して夜のお誘いをするというだよ」
「だから大丈夫な要素が見当たらないんだが!?」
「なにを仰るのですスマルト様。カーキー様は愛を紡ぎし伝道師。相手を最も敬愛する素晴らしき男性なのですよ!」
「なにをいって――ハッ、誰にでもという事はスカイさんにも……? もしそうだとしたら困るから、侯爵家権限でどうにかした方が良いか……?」
「あ、カーキーさんは辺境伯家のヒトだから、権力でどうこうするのは難しいよ」
「……マジか。てことは権力で手籠めにするような男なのか……でも権力には屈しないぞ、僕は……!」
「いえ、カーキー様は無理矢理される方では無いですよ」
「それに権力関係無しに、シキの皆さんは彼を止めるために殴りますしね」
「どうなってんだよシキ」

 どうなっていると言われても、カーキー様は偶に愛を紡ぐために身を顧みずに突撃する事が多いので止めているだけである。それにカーキー様は殴ってもダメージがしばらく経ってから魔力に代わる特異体質なので、遠慮なく殴れると皆様仰っているし、カーキー様自身も「愛の暴走を感じたら止めてくれハッハー!」と言っている。ただ私は殴るのは好きでは無いので殴らないが。

「……まぁ僕もそのカーキーという男性には注意するとして、他に注意すべきヒトは居るか?」
「そうだね……あ、アップルグリーンという男性には気をつけてね」
「またなにか変な癖でもあるのか?」
「いや、そういうのではなくて、彼は半ゴブリンでね――」
「ゴブリン!? なるほど、あまり強く無くて半分とはいえ、小鬼の血が流れているなら、いつ襲ってくるか分からないという事か……!」
「そうではなく。彼に手を出すと大変な事になるよ」
「は、手を? それってどういう意味だ?」
「ええとですね。彼の妻が――あ、丁度良いと言ってはなんですが、あんな感じです」
「え?」

 ヴァイス様に言われ、私達は彼が示した方へと視線を向ける。
 するとそこには件のアップルグリーン様いらっしゃり、近くには……冒険者らしき御方が剣を構えておられ、なにやら「街中にまで現れるとは、ゴブリンめ、覚悟をしろ!」と叫んでいらっしゃる。

「お、おい、アレ大丈夫か? というか本当に街中にゴブリンが……ええと、でも彼は領民ならば、助けた方が良いのか……?」
「ああ、いえ。あの状況ですと、冒険者の身が大丈夫か心配せねばなりませんね」
「そうだね。発動しちゃってるし」

 ハッキリ言うのならば、あの状況で心配せねばならないのは剣を向けていらっしゃる冒険者の方だ。
 なにせアップルグリーン様が身に着けていらっしゃる護符アミュレット反応はつどうしてしまっているのだから。

「発動――って、なんだか遠くからすごい勢いで誰かが来ているような――え、アレって確かスカイさんが憧れているという騎士の……」

 アップルグリーン様は首からとある護符をぶら下げている。
 それはとある効果を持っていて、身に着ける者を守ってくださる。いわゆる護身符のようなものであり、少し違うのはバリアのように攻撃を阻む事だ。
 そしてバリアが発動すると、それに対応した護符が反応し音を鳴らす。その音を鳴らす護符はこの二つの護符を作ったとある女性が持っている訳なのだが、その女性は――

「――私の愛する夫に危害を加えるのはテメェか」

 当然、アップルグリーン様の愛する妻である、ホリゾンブルー様である。
 彼女は騎士として運動面だけではなく魔法にも優れていらっしゃり、愛する夫のために護符を作り、夫が危機的状況に陥った時に駆け付けるのである。
 そして今回はアップルグリーン様をモンスターと勘違いして襲おうとした状況に駆け付けている訳であるが……

「お、おい、物凄い形相で冒険者に詰め寄って――ああ、片手で防具事吊し上げてる!?」
「ホリゾンブルー様、以前よりお腹が大きくなられているのに無理をなされますね。母子のためにも手助けした方が良いのでしょうか」
「そうした方が良いかもしれないね。ダッシュも控えるように言われてはいるみたいだけど、アップルグリーンさんのためなら容赦なくなるからなぁ」
「……なんか心配する要素がズレているのは気のせいなんだろうか。周囲も彼女の身体を労わっているだけだし……」

 夫婦愛が強い事は素晴らしい事だが、ホリゾンブルー様は妊娠されている大切な身体だ。あまり無理をされて欲しくない。アップルグリーン様も同様に労わる様に心配しているし、周囲の皆様も「後は俺達がこの兄ちゃんに言っておくから!」と自制を促している。
 私達もアイボリー様を呼んで大丈夫かの確認を取って貰うようにした方が良いかもしれない。

「おい元騎士女、その身体でまた無理をしたな! ええいちょっと待ってろ、今薬を作るから大人しくしろ!」

 と、思っていると偶然通りかかったらしいエメラルド様が慌てて駆け寄っていた。
 良かった、彼女がおられるのならばもう大丈夫だろう。

「あの子……薬師? あんな小さくて若いけど、大丈夫なの? ……いや、年齢も体格も僕が言えた義理じゃないけど」
「エメラルド様は大変素晴らしい薬師ですよ。スカーレット様のお墨付きです」
「スカーレット……え、スカーレット殿下の!? はー、それは凄いなぁ……」
「へぇ、凄いのは知ってたけど、第二王女様のお墨付きなんだ……」

 私の発言にスマルト様とヴァイス様が驚いた表情でエメラルド様を見る。
 そしてエメラルド様は鮮やかな手つきで素材を調合していって、薬をみるみるうちに完成させていく。相変わらずの腕前だ。

「ほら、これを飲め。少しは落ち着くだろう。……よし、飲んだな。じゃあ私は副次効果で出来たこのくすりを飲んで痺れてるから、なにか問題が有ったら言え」

「なにやってんのあの子」
「いつも通りなんだよ、あの子は。毒を摂取するのが大好きなんだ」
「危ない精神状態なのか?」
「否定は出来ないけど、大丈夫だよ。うん、大丈夫だと思いたいよ」
「願望なんだな」

「ククク……エメラルド君、ホリゾンブルー君。あまり妙な事はしないようにね」

「!? おい、なんだあれ、今影から出て来なかったか!?」
「影と亜空間を黒魔術で繋げて出入りしているだけの善良な黒魔術師ですよ」
「善良……?」

「おーい、ホリゾンブルーちゃんー。急に走ったら危ないよー。あとこれ、さっき渡しそびれたキノコ。美味しく食べて、元気な子を産んでね!」

「おい、なんかキノコが生えた女性が空を飛んでやって来たんだけど」
「おお、アレはエルフだから出来ると言われるキノコ胞子飛び……! 頭に大きなキノコを生やす事で飛ぶ事が出来る、キノコを愛すエルフのカナリア様だからこそ出来る芸当です!」
「多分エルフ関係無いな」

「ハッハー! 冒険者の君よ、彼は善良なシキ領民だから気にしないで良いのだぜ! え、ゴブリンなのに良いのかって? その程度は気にしてはならないんだぜ! その辺りを説明するから、この後俺の部屋に来て説明&愛を語り合わないか!」

「……アレが、カーキーというやつ?」
「うん、そうだね」
「冒険者の男を誘っているけど」
「うん、カーキーさんにとって性別は些事だから……」
「些事なのかー……」
「些事だねー……」
「……というか、大分カオスになって来たな、あの場所」
「だね」

 カオスと言うよりは、なにやら楽しそうにしていらっしゃるだけだと思うのだが。
 しかしスマルト様達は不可思議な表情で、遠い目をしながら彼らを見ていた。何故だろう。

「というか、あそこに居る奴ら皆、キノコだったり夫のために全力ダッシュして今はなんか熱い抱擁を交わし合ったり、冒険者を口説いたり……さっきのブライとかいう鍛冶師も含めて欲望忠実なやつらばかりだな」
「シキの皆様は好きに対して真っ直ぐなのです。だから私めはそんなシキが好きです。スマルト様もそう仰ってくれると嬉しいです」
「……まぁ、確かに生き生きとしているのは分かるけどな」
「あ、そういった意味では、スカイ様に対しての好きが真っ直ぐなスマルト様はシキの領民らしいかもしれませんね!」
「おいやめろ。そこで判断されるのはなんか嫌だ」

 ……何故だろうか。

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