追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

恋の前提条件(:杏)


View.アプリコット


 かつてアイボリーさんの住んでいた街は片田舎の、のどかな田舎であった。
 そんな街に、ある時近くにモンスターの集団が現れ、討伐隊が編成されたのだが、その討伐隊が外れの地域一帯で大きな戦闘を行い、損傷を負った。
 このまま行けば街を見捨てるか、討伐隊を犠牲に時間を稼ぎ街の住民を逃がすかの二択を強いられたほどであったという。
 しかしそこに独りの軍服を身に纏った女性が颯爽と現れ、モンスターを討伐したばかりか討伐隊の重傷者全てを治しきり死傷者零という事を成し遂げた。
 アイボリーさんはそんな女性に惚れ、憧れるが、その女性は後に「あまりあの屋敷には近付かず、特に女性には話しかけない様に」と言われていた屋敷から来た、話しかけてはいけない女性である事を知り、名前も知る事は出来ないまま年月が過ぎたのであった。

「そしてその女性がマゼンタ様であり、つい先日感動の再会を果たしたのです!」
「うむ、なるほど……」
「どうされました?」
「いや、なんでもないぞ、グレイ。良い話だな」
「? はい」

 先日改めてクロさんがアイボリーさんにマゼンタさんを紹介した際に、感動の再会を果たしたそうである。その事は理解したがマゼンタさんは本当においくつなんだ。
 聞く限りではどんなに若く見積もっても三十中盤であるぞ。てっきり僕と同じか年下程度に思っていたのだが――む?

――そういえば最近、ヴァーミリオン殿下が母親の事で悩んでいた気が……

 最近ヴァーミリオン殿下が生徒会室で珍しく疲れた表情をしており、どうしたのかと聞いてみると(問い詰めたともいう)、母親の事で悩んでいたと聞く。
 奔放で自由気まま。さらには今まで会えなかった分とばかりに持っている才能を全て使ってベタベタと接してくるため、精神的に疲れたと言っていた。
 その時はコーラル王妃と仲良くなったのだと思ったものだが、もしや違う母親の事であったのではあるまいか。そしてクロさん達や王城での動きを考えると、マゼンタさんは最近共和国で居なくなって混乱しているという、あのマゼンタさんと同一人物になる。

――あの外見で四十代であるか……末恐ろしいな。

 僕と同年代と思っていた女の子が、同年代以上の子供が居る三倍近く生きている子持ちの人妻であった。……うむ、恐ろしい事である。
 そしてもう一つ思う事がある。

「……母親があのような格好をすれば、頭も痛めるであろうな」

 自分の母親が、下着無しな上に捲れやすいロングスカートに深いスリットを入れた状態で軽快に動き回る。……最近ヴァーミリオン殿下めがクロさんからの手紙を読んで遠い目をしていたが、もしかしてこの事が原因だろうか。学園に戻ったらなにかしてやることがあれば良いのだが。

「あのような格好とはなんでしょうか?」
「シアンさんやマゼンタさんのような格好だ」
「? 母上であればお似合いになると思いますよ。父上も喜びそうです!」
「ヴァイオレットさんは似合うであろうが、そういう事ではないぞ。そしてクロさんは……喜びはする、であろうか」
「します!」
「そ、そうであるか」

 人前に出るとなれば間違いなく止めるだろう。そして「そんな姿の貴女は俺が独占したい!」的な事を言ってイチャイチャしそうだ。
 だが、個人的に見せるとかなれば……確かに照れた後に喜びそうだ。そして後は勝手にやってろ状態になりそうだ。
 ……むぅ、イカンな。どちらにしてもあの二人はイチャイチャに持っていきそうだ。最近なにをやってもイチャつきへと持っていくからな、あの夫婦。

――しかし、イチャつきであるか。

 もうクロさん夫婦に関しては良い。ずっと勝手にやって幸せにしてろと言いたくなるような夫婦だ。
 だが、もう一組イチャつきで思い出すカップルが居る。

「どうかされましたか、アプリコット様?」
「いや、ふとシアンさん達を思い出してな。風の囁き(手紙)では聞いていたが、あの二人が夫婦になるという事をな」
「はい、おめでたい事です!」
「ふ、そうであるな」

 シアンさんと神父様は、この度シアンさんからの告白により夫婦の契りを交わしたそうだ。
 正式にはまだだそうであるが、いずれは結婚式を開き、クリア神の前で誓いの言葉を述べた後婚姻をする。そして神父様がシアーズ姓を名乗るそうである。
 なんでも神父様がシアンさんに変な負担をかけたくないという事で、正式に貴族であるナイト姓を捨てて、シアンさんと身分など関係無いただの男として結ばれたという思いから名乗るそうだ。まさに愛であり恋であり、相手を思うからこそ出来る、対等な関係! ……と、昨日散々惚気も交えてシアンさんに説明された。正直惚気られ過ぎてちょっとうんさりもした。
 ……まぁ、実際は完全にはナイト姓を捨てきれぬであろうし、クロさんとも親族になるのであろうが。

「それにスカイ様も同様に、此度のお見合いでご婚約をされて喜ばしいです!」
「スカイさん達はまだ正式にではないぞ。そこを間違えると今後の彼らの立場に響くから、勘違いはせぬように」
「あ、はい。申し訳ございません。先程の仲の良さを見て、つい……」
「ふ、気持ちは分かるがな」

 そしてもう一組、これはイチャつきではないが、これから仲良くなっていくだろうと思う二人。 
 なにがあったかは分からないが、いつの間にか仲良くなっていたスカイさんとスマルト。正確にはスマルトめが大好きな事を隠しきれない様子でスカイさんと話し、それを何処か可愛い弟を見るように微笑ましく、だが確実に歩み寄った様子で会話を楽しむスカイさんという形である。
 その様子はお見合い前にあった不安はなくなり、グレイが言うようにお見合いが成功して婚約を果たすのも有り得ない話ではないと思う程であった。
 そしてそんな彼らを見て思う事がある。

――なんというか、置いて行かれている気がする。

 別に早ければ良いという事ではないが、クロさんとヴァイオレットさん。
 シアンさんと神父様。
 スカイさんとスマルト。
 彼らを見ているとふと思うのだ。僕は彼らのように歩み寄れていないのではないか、と。
 僕が学園を卒業するまでに結婚の告白が出来れば良い方だと思っていたシアンさん達は、シアンさんがあっさり告白するという形をとって、あっさりと結婚前になった。
 クロさんへの想いを捨てきれなかったスカイさんは、良い相手を見つけたと言える形で新たな恋を生み出そうとしている。
 クロさん達はさっきの執務室を覗いた限りでは、次帰る頃にはグレイの弟か妹が出来た報告を聞けるのではないか。というか早く聞かせろ。と言いたくなる歩み寄りぶりである。

――だが我は、グレイに……

 彼らの歩み寄りぶりを見て。そして一昨日シキに帰って来た時にグレイが見せた、カーキーさんに対する反応を見て。僕はふと、「女としてグレイにまだ好かれていないのではないか」と思った。
 尊敬するLIKEの延長線で好かれているだけであり、明確な愛LOVEを芽生えさせていないのでは。そう思ったのだ。……なにせあの時のグレイは、カーキーさんに何故あのような行動をしたかを理解していなさそうであった。嫉妬の理由の元を、理解していなかった。
 だから僕は――

「どうかされましたか? なにやらお考えの御様子ですが」
「いや、なんでもない。強いて言うなら、我が今後行う聖戦に対しての気概を高めていた所である。戦う相手に嫌というほど我という存在を分からせてやるためのな!」
「おお、なにやら分かりませんが、流石はアプリコット様です!」
「うむ、なにせ我であるからな!」

 だから僕は、グレイに僕という存在を嫌でも分からせる事にした。
 なんか今まで僕が恥ずべくもタジタジされていた行動が、無意識の尊敬の延長であったと思うと腹が立ってくる。これでは僕が色恋沙汰に弱いかのようである。
 しかしそんなはずは無い。僕は偉大なる魔法使いことアプリコット。色恋程度は平然とあしらえる偉大なる魔女である。決してLOVEに満たない尊敬LIKEの感情を向けられた程度ですら、照れてしまいなにも出来なくなるなんて事は無いのである!

――だからこそグレイに僕への愛を自覚させて、主導権を握るのだ!

 ふふふ、やってやる、やってやるぞ。
 周囲に置いて行かれるどころか、置いていくくらいの存在になってみせるのである。フゥーハハハ!!

 ……なにやらそもそもこの思考の時点でグレイの事を好きであるとは認めていて前提が間違っている気がしたりしない事もないが、気のせいだと思う。うむ、気のせいであるな。





おまけ アイボリーとマゼンタ。感動の再会シーン。

「あ、昔私に“お姉さんみたいに誰かを救えるヒトになる!”って言ってた子だ」
「そうですね。そして貴女は私の初恋の相手です」
「そうなんだ? 今も好き?」
「ええ、とても」
「じゃあ付き合う?」
「ありがたい申し出ですが、私は今は怪我が愛する妻であり、離婚出来るように調停中ですので……申し訳ございません」
「そっかー。じゃあ離婚して互いにフリーだったら付き合おう! その前に身体だけの関係の不倫でも良いよ!」
「ははは、その時が来ればよろしくお願いいたします」
「うん、よろしくね!」
「……おかしい、俺の知っている初恋の相手との再会の会話じゃない……」
「馬鹿な事を言っている暇が有ったら怪我でもしろクロ」
「せん」
「じゃあ私と気持ち良い事をしよう!」
「せん」

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