追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

年齢不詳感(:杏)


View.アプリコット


「~♪」
「ご機嫌ですね、アプリコット様」
「フフ、当然であるぞグレイ」

 今の僕はとてもご機嫌であった。
 普段であればしないだろう鼻歌を歌いながら、クロさん邸の誰も居ない廊下を遠くの食堂から聞こえる喧騒を聞きながらグレイと共にステップを踏みつつ、杖を軽快に回しつつ歩いている。そのように歩く理由はグレイが言った通りで機嫌が良いからである。
 僕が機嫌が良い理由。それはスカイさんにが良き相手に出会い、自我を殺してまで家のために頑張らずに済んだ上に、夢である護衛の仕事を続けられる可能性が出来て喜ばしい、という事もある。僕が作ったお見合い用の夕食が美味しいと評判だったというのもある。

「ククク……今宵の闇に輝く明星は我の瞳を大いに潤してくれるわ……!」

 だが一番の理由は、僕の両眼がキチンと見えるという事だ。
 操られていたハクさんからグレイを守るために光を失った右眼であり、眼帯を着用し二度と見る事は出来ないと思っていた我がまなこであるが、今はハッキリと見る事が出来るのである!

「フフフ、アイボリーさんは今宵辺りからハッキリと見えだすと言っておったが、まさにその通りであったな……!」

 それもこれもアイボリーさんのお陰である。アイボリーさんは普段の様子は不審者以外の何者でもないが、腕は確かであり、今までも怪我を後遺症も痕も無く何度も治して貰ってはいた。そして此度も我が眼をなんと見えるようになるまで治してくれた。これは並大抵の感謝では済まないレベルの恩をアイボリーさんに受けたと言えよう。今後困っている事があれば迷わず助けねばなるまい。
 僕は治療が終わって、僅かだが右眼が見える事に恥ずかしくも涙を流し、感謝の念を伝え、恩返しをしたいと伝えた。
 しかしそうするとアイボリーさんは、

『俺に返す暇が有ったら健康な肉体で世にでも貢献してろ! あるいはクリア神に祈れ!』

 と、言ってきた。どうやら治療費さえ貰えば一番の対価は“怪我を治す事”であるので、治した感謝は患者である僕が怪我が治って元気な姿を見せる事が恩返しになるそうである。
 言い方はアレではあるが、医者の鑑と言える発言ではある。……怪我好きが前に出過ぎているだけで、医者としてはかなり立派であるからな、アイボリーさんは。本当に性格と物言いがそう感じさせないだけで。
 ともかく、アイボリーさんを助ける必要がくれば僕は迷わず助けよう。眼帯で名誉の勲章となりし我が眼も良くはあったが、両目で見る事が出来た恩があるには変わりないのだから。

――グレイも喜んでおったからな……

 僕の目が治った事に関しては、クロさんやヴァイオレットさん、シアンさんなども喜んではいたが、一番喜んでいたのは僕のだ――僕の弟子であるグレイだ。
 やはり怪我をさせた負い目があったらしく、何度も見える事を確認された後涙を流して喜ばれた。……それも含めて、アイボリーさんには感謝をしなくては。今度料理でも作って食べさせてみようか。

「あるいは此度の天命ノ法式レギュレーションのように、良い女性でも紹介してみる、とか……」
「アイボリー様にお見合いを取り決める、という事でしょうか」
「うむ」

 アイボリーさんは独身だ。ならば僕とグレイの初めての共同貴族の仕事で行った此度のお見合いのように、誰か良い女性をアイボリーさんに紹介するという恩返しもあると言えばある。
 余計なお世話やもしれぬが、アイボリーさんは見た目も良いし、親しき相手に対しては怪我が絡まなければ気軽に話し合うほどには交流を嫌っている訳では無いし、経済力もある。ならば恩返し云々を置いておいたとしても、良き男性として胸をはって紹介する事も出来る。

「……性格が性格ではあるので結婚にはあまり向かぬやもしれぬが」
「怪我が恋人、という感じですからね! まさに医者の鑑です!」
「グレイ、その認識は改めよ。世の医者のためにもな」
「? 分かりました」
「……ま、それは置いておくとしても余計なお世話というやつであるやもしれぬな」
「なにがでしょう?」
「アイボリーさんのお見合いのであるよ。彼はそもそも女性を好きになる、という事があるかも分からぬからな」

 良い女性を見つけ、アイボリーさんに誰か女性を紹介出来たとしても、問題はアイボリーさん自身が結婚願望が無さそうというか、女性を好きになる事ではあるかどうかという事がある。弟子の言う通り怪我が恋人であり、女性を性的に興味見る感情とかなさそうであるからな、彼。……その場合恋人と別れる治すために全力を尽くす、というよく分からん構図にはなるが。ともかく女性には興味無さそうだ。

「それはないかと思われますよ。アイボリー様の初恋の女性のお話を以前聞きましたし、女性に興味はあるかと」
「ほう?」

 それは意外というか、彼にもそのような時代があったと驚くべきなのか。……いや、当然と言えば当然か。彼も純粋な頃はあったのであろう。今も怪我に対して純粋ではあるが。
 ともかく、グレイは以前温泉に一緒に入った時に彼の初恋話を聞いたそうだ。
 初恋の女性はアイボリーさんの故郷の近くがモンスターの襲撃に会い、その際に皆を救おうと医療を行っていた女性に初恋をし、それがキッカケで医者を目指したとの事だ。

「ならばその女性に再会すれば、運命の再会という事で愛が生まれるやもしれぬな。そうすれば結婚の可能性も……」
「あ、いえ。女性は結婚なされていたそうなので、初恋は諦めてもう区切りをつけたと仰っていました」
「むぅ、そうか……」

 それはなんとも甘苦い初恋話である。……初恋か。僕は実れば良いのだが。

「だが、そうなるとアイボリーさんは年上好きやもしれぬな」
「そうなのですか?」
「うむ、初恋の女性が年上の女性であるならば、似たような女性が好みになるという事は大いに可能性がある」
「つまり、私めが黒髪杏眼の、年上女性が好みになるという事でしょうか?」
「……っ」

 急に精神的に攻撃して来ないで欲しい。どう反応して良いか分からなくなる。

「ですが私めはアプリコット様が好きなので、似たような特徴だからと言って誰でも好きになるという事は無いのですが……」

 追撃をやめて欲しい。グレイ的には当たり前のことを言っているのかもしれないが、だからこそその言い方が僕の精神にダイレクトにアタックしてくる。相変わらず初恋の相手は色んな意味で手強い。

「あくまでも傾向がある、という事だ。必ずしもという事は無い」
「なるほど。ではアイボリー様の初恋の女性に似ている女性……妊娠されながらもモンスター被害者を救おうと縦横無尽に駆け抜けたばかりか討伐まで行った女性に似ている強い女性……」
「……なにやら凄い女性のようだな」

 僕は妊娠経験はないが、ホリゾンブルーさんなどを見ると大変だという事は分かる。にも関わらず戦闘や治療をするなど、一体どのような女性なのだろうか。一度会ってみたい。

「アプリコット様も昨日お会いになられましたよ?」
「む?」

 昨日会った?
 昨日僕は一旦グレイと共に整理を行いに家に戻った後、管理を任せていた神父様達に感謝の言葉を述べに教会に行って、新しいシスターである女性がシアンさんと同じような格好をしていて、もしやあの格好は可愛いのかと思い悩んだ後に再びクロさん邸に戻った位で――

「アイボリー様の初恋の女性はマゼンタ様ですよ。先日再会を果たしたと聞きました」

 …………え。マゼンタさん、おいくつなのであろうか。

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